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13.彼の部屋で

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 呆然としながら、彼について建物内に戻る。
 
 どっちの部屋がいいかと聞かれて、彼の部屋と答えた。小さな震えが止まらなくて、彼のベッドの上でシーツを巻き付けて訴えた。

「無理よ、無理。怖い。ねぇ、私は綺麗な人間じゃないの。気まぐれに滅んでしまえばいいとか焼き尽くされてしまえばいいとか願ってしまう人間なのよ! どうしたらいいの、いつか壊してしまうわ」
「……大丈夫だ。その程度の気持ちで魔法は行使されない」
「強い気持ちでその時だけ酷いことを思ってしまうかもしれない、言ってしまうかもしれない。そーゆーものでしょ? 強い怒りだって、たまには持ってしまうのが人間なんじゃないの!? そんなものまで抑えられない。あんな一言で浄化なんてできちゃうの、怖い……無理よ……私は聖女なんて器じゃない……」

 無理って言葉、簡単には言わないようにしようと思っていたのに……。体の震えが止まらない。

「魔女が選んだ。お前は……そうならないことが決まっている。大丈夫だ」
「決まっている……」
「そうだ、決まっている。大丈夫なんだ」

 嫌な言葉のはずなのに、何度も頭の中で反芻する。

 大丈夫……決まっている……大丈夫……大丈夫……そうか、大丈夫なのか……。

 なんて私はお子様なのだろう。今までずっと幼い頃から消えてしまいたいとか、いきなり地球もろともなくなってしまえばいいとか思ったりしていた。それなのに、いざ強い力を目の前にするとこんな……矛盾ばかりだ。意思も何もかもゆらゆら揺れて、確たるものなんて何もない。

 彼が私の背中をシーツ越しになでてくれる。

「お前は聖女になってしまう。もうそんな扱いもされている。だが、どんな聖女になるかだけは自分で決められる」
「……どんな……聖女……」
「今ならまだ髪型も変えられる。白い服を着て銀の髪をたなびかせて耳障りのいい言葉だけを並べる聖女になったっていい」

 前の聖女ね。

「黒い服を着て、虹色の髪をはためかしながらお前しか吐けないような言葉を発して、お情けで世界を救う聖女になってもいい」
「そんなのが許されると……」
「許される。扱える魔法の力が大きければ神に愛されているんだと、許されているんだと思われる。何を言ったって構わないんだ」
「……強さが全てって?」
「ああ。強くて浄化さえできるようになるなら、誰も文句は言わない。聖女の機嫌を損ねたら世界が危ないだろう?」
「そんなモノになりたくなかったわ……」
「そうだろうな。世界を滅ぼす気がないのなら……せめてお前がなりたい聖女になれ」
「……文句を言う人がもしいたら?」
「言わせない。少なくともお前の目には触れないようにしておこう」

 言わせないって……どうやってよ。でも、全部をこの人が認めてくれるというのなら……。

「……気は進まないけど、なりたい聖女について考えてみる。怖いけど……大丈夫だと決まっているのなら少しずつでも、前に進むわ」
「ああ。お前が望む限りは側にいる。悪いな……勝手に喚んで勝手にたくさんのものを背負わせる。役目を終えたら自由に生きろ」

 彼の膝の上に、シーツに包まれながら頭をのせる。よしよしとされて、安心して目をつむる。

 お父さん……みたい。想像上のお父さん。実の父みたいに面倒くさい存在だって顔を私に向けるのでもなく、次の父親みたいに居心地の悪そうな愛想笑いをするでもなく……。

「――あ。でも最初に会った時にあなた、ものすごく不機嫌そうな顔をしていたわよね」
「は……あ?」
「なんでよ。女よけの言い訳に最適だったけど実際に来ちゃって面倒だなって?」
「なんでいきなり、そんな話になるんだ。怯えてたんじゃなかったのか」

 心の中で色々考えて聞いているのだから、気にしないでほしいわね。

「いいから答えてよ」
「神と同じかもな、同情だ。こんな小娘に世界を託すのかと。可哀想だなとな」

 言い方がムカつくわね。私をなでる手はこんなにも優しいのに。

「一目惚れしたとか嘘でも言ってよ」

 いや、一目惚れしてあの顔はないか。
 
「はぁ……あと先考えろ。他に好きな男ができた時に、日頃からそんなことを言っていたら私に打ち明けづらくなるだろう。保護者だと思っておけ」

 だんだんと苛立ちで、さっきの怖さを忘れてきたわ。甘やかされて立ち直るなんて、我ながら単純すぎね。

「そんな口をきけなくなるくらいに、私に夢中になってほしいわね」

 バサリと起き上がって時計を見ると、もうすぐ昼食の時間だ。いつものマナー講習が始まる前に、もう少しだけ……。

 今はできる限り彼に甘えたい。怖い気持ちを忘れたい。光魔法を叩き込み、抗いきれない彼の唇に私のそれを近づけた。
 
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