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前編 恋の自覚と両思い

45.大好き

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 レイモンドが袋から取り出したのは……何冊もの本だった。

「これ……は……」

 全て、職業案内や仕事図鑑の類だ。

「全てを網羅しているわけじゃないけど、簡単にそれぞれの職業について書かれている。それから、こっちは王立魔法学園についてね。俺と結婚してくれるなら完全に何かの職業に就けるわけじゃないけど……やってみたいことがあって入ってみたい学科が見つかれば、それを選びなよ。俺もそっちに行くしさ」

 なんでもないことのように、レイモンドが軽く言う。
 
 ああ……もう……もう……無理だ……これ以上は止められない……。息が苦しい……呼吸が速くなる……目の前のレイモンドの顔がだんだんと驚いて、慌てた顔に――。

「ア、アリス……? え、アリス!?」

 だって――、ここにある学園に魔導保育士課程を設けたいんだよね? 私の世界にいたのなら、保育士になってみたかったんだよね? ここの保育園にも何度も通ってるんだよね? 私の部屋に絵本を置いたのも……そんな発想ができてしまうくらいに小さい子が……好きなんだよね?

「お願いだから……っ」

 目の前にあるレイモンドの服を掴む。

「私がこれを見て他の学科に入りたくなっても……お願いだから、レイモンドは保育科を選んで……」
「そ……れは……」

 泣きながら、レイモンドに訴える。

「私のために……っ、自分の興味まで犠牲にしないで!」
「だ、大丈夫だよ。補講とか覗かせてもらったり話を直接聞いたりだってできるし……」
「でも、保育科……入りたいんだよね……?」
「そ、それは、まぁ……」
「私が心配なら指輪もするよ。そうしたら婚約同然なんでしょ? 誰も私のことをそんな目では見ないよ。なし崩し的にレイモンドと結婚することになるし、約束もする……だから……私に合わせようとかしないで……っ」
「アリス……」

 ぼろぼろと涙が止まらない。
 私のせいでレイモンドがしたいことをできないなんて……そんなの絶対に嫌だ。

「ごめん……ごめん、アリス」

 レイモンドが私の涙を指で拭う。

「俺……駄目なんだ。迷ってばかりで頭も回っていなくて……本当はアリスに釣り合わないくらいに、駄目な奴なんだ」
「…………え?」
「アリスなら……俺が君の選択に合わせることを負担に思うのなんて分かりきっているのに……泣かれるまで気付けないんだ。一緒にいたくて……それしか考えられなくなっちゃうんだ。甘やかして……俺の手でたくさん笑顔になってほしいと思っているのに……幸せにしたいのに……全然……全然駄目なんだ……」

 レイモンドが私を抱きしめる。また……泣くのを見られたくなくてそうしているのかもしれない。

「今も俺……酷いことを考えているんだ。それなら今すぐ婚約してってお願いすれば受けてくれるのかなって……。アリスの優しさにつけ込みたくなるんだ……俺を好きになって君はそう言ってくれたわけじゃないのに……俺の選択を変えてしまうことへの罪悪感……ただそれだけなのに……」

 ああ……レイモンドが話すたびに、落ちていく……好きになっていく……私のために葛藤してくれる彼に、もう、どうしようもないほど…………。

「……情けないこと言ってるね……レイモンドらしくないよ」
「そうなんだ、情けないんだ、俺……。ねぇ、なし崩し的に結婚してもいいと思うくらいには、好意を持ってはくれているんだよね?」
「そりゃ……これだけ親切にされていればね」
「それならさ、学園の近くに家を用意してもいい?」
「……家?」
「違う学科になっても……毎日そこで、少しでもいいから二人で話をしたい。そのあとに寮に戻ろうよ。全寮制ではないから学園と契約している寮は学園外にいくつもあるんだ。寄り道できるんだよ。結婚の約束は……まだしなくてもいいからさ。やっぱり俺、泣きながら選んでほしくないよ。笑顔で俺と結婚したいって思ってほしい」
「……レイモンドと結婚する以外の道はなくすって言ってなかった? その上で笑顔で?」
「そう、俺のことが大好きーって思いながら結婚する以外の道は、頑張って潰すよ」
「前よりも道が狭まってない?」
「ああ。俺って駄目な奴だから……仕方ないよね」

 涙で濡れた顔のまま、肩をすくめて困ったようにレイモンドが笑う。

 可愛いな……私、可愛い系の男子が好みだったのかな。それとも、私だけが可愛く思っちゃうのかな。すごくすごく可愛くて……。

「ア、アリス!?」

 むぎゅーっと力いっぱい抱きしめた。

「え、えっと……ど、どうしたのかな……。あれ、もしかして俺のこと……」
「お願いしてたじゃん。アンディくんにしたのと同じことしてって」
「え……って、あれ? 却下してなかった?」

 レイモンドも、もう一度私を抱きしめる。

「うん。却下したけど……私のことを好きすぎて可哀想だから、叶えてあげようかなって」
「え、同情……?」
「うん、同情」
「そっかぁ……でもかなり進展したよね? なし崩し的に結婚してもよくて、同情で抱きついてくれるほどには、好きなんだよね?」
「……そうかもね」

 もう、完全に落ちてしまった。引き返せないくらいにって、自分でも自覚している。

 それでも、やっぱり怖い。
 頼りっきりになるのも怖いし……一つ屋根の下で恋人になっちゃうのも怖い。好きって言い合っていっぱいキスをして……こんなに私を好きなレイモンドとそんな関係になるのは、そのあとが見えなさすぎて怖い。
 変なことをお願いされても……たぶん受け入れちゃう。

 まだ……このままでいい。
 月に一回はキスも、してくれるんだもんね?
 それなら、もう少しだけこのままでいたい。

 学園では私も、たくさんレイモンドと一緒にいよう。女の子と話すのも邪魔しちゃおう。
 私のことをずっと好きでいてもらえたら……その時は……。

「レイモンド!」
「ん?」

 少しだけ身体を離して、彼の顔をもう一度見る。
 
「なし崩し的に結婚して、同情で抱きついてもいいかなって思えるくらいに、大好き!」

 驚いた顔をしながら赤くなるレイモンドに、私も熱くなった顔のままで笑う。

 ――結婚したいくらいに大好き。

 その言葉は、もう少しだけ先にとっておこう。
 
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