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中編 愛の深まりと婚約
98.もう一つの家
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外に出ると、冷たい冬の風を肌に感じて冷静になった。
我ながら可愛いジェニファー様を見てテンションがおかしくなっていた……部屋さえ見ずに雰囲気で出てきてしまった。家具とかもう揃えてあったのかな。まぁ……あとでいっか。
ジェニファー様、あそこでしばらくダニエル様と過ごせるといいんだけど。ついでに仲がもっと深まるといいんだけど。
「アリス、ちょうどよかったよ。案内したいところがあるんだ。ついてきて」
「うん……分かった」
例のあそこかな。
ソフィとショッピングをした時に察してしまった、アレだろうか。
あらためて寮を外から見ると、結構オシャレだ。「カナリア寮」と看板が掲げられている。
アイアン製の蔦をイメージした手すりもレンガ調の階段も可愛い。
視線を前に移すと、遠くには海が見えた。空に溶け込んで見えるけれど、船も停泊している。
「海だね……」
「ああ、俺たちのところとは反対側のね。魔獣の心配もない」
「この国って形がえぐれているもんね。王都、国の中央寄りなのに」
「えぐれ……大きな湾だよね」
海はここから続く街並みのずっと向こう側だ。すごく見晴らしがいい。
「ただ、見た感じ階段が多いね……」
「疲れたら風魔法を使っちゃえばいいよ。ダニエルと一緒じゃないと高くは飛べないけど、階段が多いから普通にこの辺りは許されている」
「飛んでいる人、チラホラいるね。あの前後が赤、サイドが黒の目立つ服の人は何者……」
「遠距離専門の配達業者だよ。領地を外に持つ貴族も多いし、ここではよく見ると思うよ」
「ああ……」
何回かラハニノスでも見たけれど制服だったのか。色の使い方がゴスっぽい。なんでそんなデザインに……。
「さぁ行こう。鞄は持つよ」
ス、と持って行かれる。
目の前の石階段を軽やかに降りて鞄を浮かせると、爽やかな笑顔で手を広げられた。
こうやって、なんてことのない道でも彼は私を試す。腕の中に躊躇いもなく入ってきてくれるよねって。そのたびに、好きなんだと自覚をさせられる。
包むようにされたあと、手を繋いで王都の街を歩く。
うん……確かに芸術の街かも。聖女様の銅像だけじゃなくてその辺のベンチにも精霊のモニュメントがくっついていたり、建物の門なんかも曲線的なデザインが多い。脇にそれたところには入ってみたくなるような細道もあってワクワク感はあるものの、整然とした街並みではないのかな。
しばらく歩いて、中央区のかなり外れまで来た。目の前には一軒の家。扉の真ん前だ。
「それでね、えっと……」
うん、もう言いたいことは分かってる。
「今月から家を……借りちゃったんだよね……。前に言ってた、同じ学科じゃないのならってやつ。気軽に二人になれる場所がほしくてさ」
「買ったんじゃなくて、ほっとした」
「……引かないの?」
「もう予想していたから」
「さすがアリスだね。俺のことを分かっているなぁ」
いや……ソフィのお陰だけど。
それにしても、このデザイン!
私好みだ!
どの家も私好みだけど。全部ヨーロピアンだよね。でもこの建物は特に――、
「アールヌーボーって感じだね!」
「ご、ごめん……それは分かんないな」
「えー、ストーカーの風上にも置けないね」
「置けなくていいよ……なに、アールヌーボーって」
「私もよく分かんないけど、私の持っていた栞の女の人の絵もそうだったはず。ミュシャって人の絵。美術展に行った友達にもらった」
「ますます分からないな……栞の絵は分かるけど」
「さすがだね。ストーカーの鑑だよ」
「風上にも置けなかったよね、さっきまで!」
……そういえば、風上にも置けないなんて言葉、ここにもあるのかな。
「……レイモンドには、あっちの慣用句とかも通じるの?」
「風上って言葉も、置くって言葉も存在するからね。俺はそれが慣用句だと気付けるけど、他の人は無理だろうね。俺も、なんとなくで意味を察して会話しているだけだよ」
さすがだな……。
「他の人に使ったらどうなるの?」
「どういう意味なのか聞かれて説明するハメになるんじゃない? 意味はこうで、どうして風上って言葉を使ったかというと……みたいに」
ひっど!
スベったギャグを説明する痛い人じゃん!
気を付けよう……。書籍やなんかで確認がとれた慣用句だけを使おう。
「完全に意味が同じものはこっちの言葉に変換されているかもしれないけど。思いつく限りの慣用句を一つ一つ検証する?」
「しない……」
「ま、気になったら都度聞いてよ。それで、一階部分にはハンスとソフィに住んでもらおうかと思ってさ。外階段から直で二階や三階にも行けるよ。二階は物置として使って、たまに三階で一緒に過ごそう。どっちの扉から入ってもいいし」
「ソフィも来てくれるのは嬉しい。なんだか安心できる」
「うん、そう思ってね」
やっぱりソフィも来る予定だったんだ!
うわー、ここがあの二人の愛の園に!?
実はあの二人、結婚したばかりだ。新婚さんだ。全従業員の結婚式に出るわけにもいかないし差をつけてもよくはないので、部屋でお祝いの言葉を述べただけだ。レイモンドのご両親からも、お祝いの品はいくつも渡されているらしい。
だから外階段から上に行ける家にしたんじゃ……お邪魔していいのかな。
あ、だから二階を挟んで三階に!?
レイモンド……恐ろしい子……!!!
「じゃ、入ろっか」
「うん」
今回は、一階の玄関からちゃんと中に入った。
我ながら可愛いジェニファー様を見てテンションがおかしくなっていた……部屋さえ見ずに雰囲気で出てきてしまった。家具とかもう揃えてあったのかな。まぁ……あとでいっか。
ジェニファー様、あそこでしばらくダニエル様と過ごせるといいんだけど。ついでに仲がもっと深まるといいんだけど。
「アリス、ちょうどよかったよ。案内したいところがあるんだ。ついてきて」
「うん……分かった」
例のあそこかな。
ソフィとショッピングをした時に察してしまった、アレだろうか。
あらためて寮を外から見ると、結構オシャレだ。「カナリア寮」と看板が掲げられている。
アイアン製の蔦をイメージした手すりもレンガ調の階段も可愛い。
視線を前に移すと、遠くには海が見えた。空に溶け込んで見えるけれど、船も停泊している。
「海だね……」
「ああ、俺たちのところとは反対側のね。魔獣の心配もない」
「この国って形がえぐれているもんね。王都、国の中央寄りなのに」
「えぐれ……大きな湾だよね」
海はここから続く街並みのずっと向こう側だ。すごく見晴らしがいい。
「ただ、見た感じ階段が多いね……」
「疲れたら風魔法を使っちゃえばいいよ。ダニエルと一緒じゃないと高くは飛べないけど、階段が多いから普通にこの辺りは許されている」
「飛んでいる人、チラホラいるね。あの前後が赤、サイドが黒の目立つ服の人は何者……」
「遠距離専門の配達業者だよ。領地を外に持つ貴族も多いし、ここではよく見ると思うよ」
「ああ……」
何回かラハニノスでも見たけれど制服だったのか。色の使い方がゴスっぽい。なんでそんなデザインに……。
「さぁ行こう。鞄は持つよ」
ス、と持って行かれる。
目の前の石階段を軽やかに降りて鞄を浮かせると、爽やかな笑顔で手を広げられた。
こうやって、なんてことのない道でも彼は私を試す。腕の中に躊躇いもなく入ってきてくれるよねって。そのたびに、好きなんだと自覚をさせられる。
包むようにされたあと、手を繋いで王都の街を歩く。
うん……確かに芸術の街かも。聖女様の銅像だけじゃなくてその辺のベンチにも精霊のモニュメントがくっついていたり、建物の門なんかも曲線的なデザインが多い。脇にそれたところには入ってみたくなるような細道もあってワクワク感はあるものの、整然とした街並みではないのかな。
しばらく歩いて、中央区のかなり外れまで来た。目の前には一軒の家。扉の真ん前だ。
「それでね、えっと……」
うん、もう言いたいことは分かってる。
「今月から家を……借りちゃったんだよね……。前に言ってた、同じ学科じゃないのならってやつ。気軽に二人になれる場所がほしくてさ」
「買ったんじゃなくて、ほっとした」
「……引かないの?」
「もう予想していたから」
「さすがアリスだね。俺のことを分かっているなぁ」
いや……ソフィのお陰だけど。
それにしても、このデザイン!
私好みだ!
どの家も私好みだけど。全部ヨーロピアンだよね。でもこの建物は特に――、
「アールヌーボーって感じだね!」
「ご、ごめん……それは分かんないな」
「えー、ストーカーの風上にも置けないね」
「置けなくていいよ……なに、アールヌーボーって」
「私もよく分かんないけど、私の持っていた栞の女の人の絵もそうだったはず。ミュシャって人の絵。美術展に行った友達にもらった」
「ますます分からないな……栞の絵は分かるけど」
「さすがだね。ストーカーの鑑だよ」
「風上にも置けなかったよね、さっきまで!」
……そういえば、風上にも置けないなんて言葉、ここにもあるのかな。
「……レイモンドには、あっちの慣用句とかも通じるの?」
「風上って言葉も、置くって言葉も存在するからね。俺はそれが慣用句だと気付けるけど、他の人は無理だろうね。俺も、なんとなくで意味を察して会話しているだけだよ」
さすがだな……。
「他の人に使ったらどうなるの?」
「どういう意味なのか聞かれて説明するハメになるんじゃない? 意味はこうで、どうして風上って言葉を使ったかというと……みたいに」
ひっど!
スベったギャグを説明する痛い人じゃん!
気を付けよう……。書籍やなんかで確認がとれた慣用句だけを使おう。
「完全に意味が同じものはこっちの言葉に変換されているかもしれないけど。思いつく限りの慣用句を一つ一つ検証する?」
「しない……」
「ま、気になったら都度聞いてよ。それで、一階部分にはハンスとソフィに住んでもらおうかと思ってさ。外階段から直で二階や三階にも行けるよ。二階は物置として使って、たまに三階で一緒に過ごそう。どっちの扉から入ってもいいし」
「ソフィも来てくれるのは嬉しい。なんだか安心できる」
「うん、そう思ってね」
やっぱりソフィも来る予定だったんだ!
うわー、ここがあの二人の愛の園に!?
実はあの二人、結婚したばかりだ。新婚さんだ。全従業員の結婚式に出るわけにもいかないし差をつけてもよくはないので、部屋でお祝いの言葉を述べただけだ。レイモンドのご両親からも、お祝いの品はいくつも渡されているらしい。
だから外階段から上に行ける家にしたんじゃ……お邪魔していいのかな。
あ、だから二階を挟んで三階に!?
レイモンド……恐ろしい子……!!!
「じゃ、入ろっか」
「うん」
今回は、一階の玄関からちゃんと中に入った。
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