愛して欲しいと言えたなら

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生きている矛盾

生きている矛盾・・・その13

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年の功とでもいうのだろうか、マスターは、自分の顔色が変わっていくのを
裕子に察知されたと感じ取ると、少しだけ目を閉じてから、静かに言葉を口にする。

「雪子様は、他には何か言っていませんでしたか?」

「ええ、実は、雪子にお願いされた事があるんです。ただ、その時は、そのお願いの理由をあえて訊かなかったのですが、いえ、たとえ私がその理由を訊いたとしても、雪子は、はぐらかすだけだろうなって思ったし」

「そうですか・・・」

「それに、雪子自身も、その理由がよく分からないとは言っていましたけど。本当は分かってるんだってすぐに分かったんです。ただ・・・」

「ただ・・・?」

「なぜか、その先には、とても悲しい未来しか待っていないような・・・それで、私には訊けなかったんです」

「雪子様は、夏樹様に会いに行くんですね?」

「ええ・・・それも、たぶん近いうちに、だと思います」

「そして、その先は探さないで欲しいと・・・そう、言ったんじゃありませんか?」

「もしかして、マスターにも?」

「いえ・・・」

「それじゃ、どうして、雪子の言った言葉が分かったんですか?」

マスターは少し考えるような仕草をしてから、

「裕子様は、煙草はお嫌いでしょうか?」

「煙草ですか?いえ、別に、私も、時々吸いますから」

「そうですか。それじゃ少しお時間を下さい。それから、暖かいコーヒーのお替りはいかがですか?」

「あっ・・・それじゃ、お願いしてもいいですか?」

「はい・・・」

マスターは、テーブルの上のコーヒーカップをトレーに移して静かに席を立つと、
ゆっくりとした足取りでカウンターの方へと歩いて行く。

しかし、雪子は、いったい、何を考えているのかしら?
確かに、雪子の言う通り、夏樹さんの写真を旦那さんに見せれば安心もするだろうし。
この写真の人のところに会ってくるとでも言えば、別に何も問題はないはずなんだけど。
でも、気になるのよね・・・。雪子の言った言葉と、最初の行動が・・・。

まずは、なぜ、一年前に、突然、夏樹さんに会いに行ったのか?
そして、夏樹さんなら、誰の生活も壊さないで終わらせる方法を取ると思う。と、いう言葉。
最後に、雪子が、こんな風に夏樹さんに会うのは、これが最後だと言い、
そして、夏樹さんに会いに行ったその後は、探さないで欲しいと言った雪子の言葉。

確かに、まあ、雪子が、夏樹さんと再会した後も今まで通りの日々を・・・
とは、思ってはいなかったわよ。
とりあえずは、懐かしさから何度か会って、それから、何度か、お茶でもして。
もしかしから、一夜限りの・・・くらいは、あるかもしれないとは思ってはいたけど。

何となく、それだけでは済まないような気がして仕方がないのよね。
かといって、それじゃ、旦那さんと離婚してから・・・とは、言っても。
別に、家庭内が不和状態だったわけでもないし、家庭内別居からその先へ、というわけでもないし。
優しい旦那さんと二人の子供、どこにでもある普通の家庭なわけだから。

そこに、雪子が、いきなり離婚届なんて差し出したって旦那さんが(はい、そうですか。)と、
納得して判を押してくれるわけもないだろうし・・・いったい、どうするつもりなのかしら?

ほどなくして、マスターがトレーに新しいコーヒーを運んで来てくれた。
最初に、裕子の方へコーヒーカップを置くと、続いて自分の席にコーヒーカップを置いてから、
小さなガラス製の灰皿を、そのすぐ隣に置いて、静かに席に着いた。

「そういえば、マスターは、まだ夏樹さんを見た事がないんでしたよね」

「はい。まだ、一度もお目にかかっておりません」

裕子は、隣の椅子の上に置いておいたバッグの中から白いスマホを取り出すと、
少し画面を操作してから、マスターの前に、スマホの画面が見えるように置いた。

「この人が、夏樹さんです」

「この方が・・・ですか?」

「ええ、近くから顔を見ると、男性と言われれば何となくそうかなって?思えるんですけど、パッと見た感じは男性だって気がつかないんですよね」

「いや、驚きました、まさか、ここまでとは・・・」

「ですよね。私なんか、今でも、ちょっと信じられないんですよ」

「確かに・・・どこから見ても綺麗な女性にしか見えないと思いますが、この方が、雪子様の・・・」

「ええ、この写真の女性?が、雪子の赤い糸のお相手なんです」

「夏樹様という方は、不思議な人ですね」

そう言って、スマホの画面に映る夏樹の写真を見ているマスターの表情が、
さっきまでの悲しい表情から優しい笑みに変わっていくのが裕子には嬉しかった。

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