私はヒロインを辞められなかった……。

くーねるでぶる(戒め)

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007 ゲオグラムの詰問

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 コンコッココンコンコン

 リズミカルに扉をノックする。別に遊んでいるわけじゃない。実はこれ暗号なのだ。此処は林の中の木々の迷路を抜けたゴールであるテラスへの扉。遂に私はこの扉を使うことを許されたのだ。毎回木々の隙間を這って行くのは大変だからね。シュヴァルツにお願いしてみたのだ。それにしても、暗号って…男の子はそういうの好きよねー。女の子も秘密のやり取りとかは好きだけどね。

 ガチャリと扉が少し開くと、ゲオグラムが顔を覗かせる。ゲオグラムが素早く周囲に目を配ると私を見た。

「一人か?」

「もちろんですわ」

 ちゃんと後を付けられないように確認してきた。シュヴァルツはキャーキャー騒がれるのが嫌いだ。此処には私一人で来ることにしている。

「入れ」

 漸く扉が開かれ、入ることを許された。いつも思うんだけど、念入り過ぎない?

 扉の中に入ると、すぐに扉が閉められる。歩いてテラスに向かおうとすると、私の前にゲオグラムが立ちはだかった。あの、邪魔なんだけど?私は頭一つ分上にあるゲオグラムの顔を見る。

「殿下はいらっしゃらない」

「え?」

 今日シュヴァルツ居ないの?まぁ会う約束をしているわけじゃないし、居ないこともあり得るか。でも、なんでゲオグラムは此処に居るんだろう?いつもシュヴァルツと一緒に居るのに。

「今日はお前に聞きたいことがある」

 ゲオグラムの瞳が細くなり、こちらを見下ろす顔は真剣そのものだ。なんか怖い。

「わたくしに聞きたいことですか?」

 その時、ゲオグラムの左手が跳ね上がり、私の顔のすぐ横を高速で通り過ぎ、扉にぶつかり大きなドォンと音を立てた。え?何!?私は何一つ反応できなかった。ゲオグラムの左手が動いたと思ったら、いきなり耳元から大きな音が響いてきた感じだ。怖い。

 今此処にシュヴァルツは居ない。ゲオグラムと二人きりだ。でも、そこに甘いものなんて一つもない。あるのは恐怖だけだ。怖い。私何されちゃうんだろう…。

 ゲオグラムは真剣な表情でこちらを睨み付けてくる。私は蛇に睨まれた蛙の様に恐怖で身動きが取れなくなってしまった。ただただゲオグラムの顔を見返すことしかできない。ゲオグラムの顔がぐにゃりと涙で歪む。ヤバイ私泣いちゃう。

「お前の目的は何だ?誰に頼まれた?」

 私の目的?誰に頼まれた?私の目的は王子二人を仲直りさせること。誰に頼まれたわけでもない。一体何を言っているの?

 でも、この言葉で、私の中の記憶が蘇った。そうだ!たしかゲームでもゲオグラムに同じ質問されるシーンがあった!でもアレはゲオグラムに壁ドンされるときめきシーンのはずだけど…。え?もしかしてこれ壁ドンなの!?迫力あり過ぎて恐怖しか感じないんですけど!よくコレでときめけたなヒロインちゃん!心臓に毛でも生えてるのかよ!

「答えろ」

 えっと、ヒロインちゃんはなんて答えたんだっけ?ダメだ恐怖でパニクって思い出せない。これはもう正直に言うか?でもなー…下手なこと言ったら何されるか分かんない。

「答えろ!」

「ヒッ」

 怖い怖い怖い。なんで怒るのよ!なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!ごめんなさい。言いますから許してください!

「も、目的はあ、ありますけど、誰かに頼まれたわけじゃありません」

 言ってから、しまったと思った。ゲームでヒロインちゃんはこんなこと言ってない。私からゲームのシナリオから外れてしまった。どうしよう?!でも、ゲームでヒロインちゃんが何て言ってたかなんて覚えてないよ!

「お前の目的は何だ?」

「それは…」

 どうしよう?正直に王子達の仲直りが目的だって言う?でも、攻略に影響が出たらどうしよう?最悪、王子達の仲直りイベントが無くなってしまったら、取り返しがつかない。

「い、言えません…」

「答えろ!」

「言えないんです!」

「では、お前が今後殿下に近づくことを禁じる!」

「そんな!?」

 そんなことされたら、攻略以前の問題よ!ゲームではこんなシナリオなかった。どうすればいいの!?



 いつものようにシュヴァルツを訪ねたら、シュヴァルツは居らず、ゲオグラムに詰問されることになってしまった。壁ドンである。壁ドン。正しくは扉ドォン!だった。迫力があり過ぎて怖い。こんなのでときめくなんて、ヒロインちゃんはイカレてる!

 私はゲオグラムのあまりの怖さに、頭がパニックになってしまい、ついゲームのシナリオには無いセリフを言ってしまう。そして、ゲオグラムからシュヴァルツへの接近禁止命令を出されてしまった。こんな展開、ゲームでは無かった。最悪だ。

「話は以上だ。消えろ」

 ゲオグラムが扉から手を放し、私に背を向ける。このままじゃマズイ。どうにかして、接近禁止の命令を解いてもらわないと!ゲオグラムはいつもシュヴァルツと一緒に居るから、本当にシュヴァルツに近づくことを阻止されてしまう

「待ってください!お、横暴です」

「横暴なものか。お前は怪しすぎる。これ以上、殿下の御傍には置いておけない」

「怪しい!?」

 え!?怪しいって何よ!?もしかして、刺客か何かだと勘違いされてる?

「わたくしは、シュヴァルツ殿下を害するつもりなんてありません!」

「じゃあ、お前の目的とは何だ?」

「それは…」

 ぐぬぬ。たしかに、目的不明の人物が王子に近づいて来たら警戒もするか…。でも、どうする?話しちゃう?でも私が話すことで未来が変わって、もし王子達の仲直りイベントが無くなったら…。でも、今のままじゃシュヴァルツに近づけなくなっちゃうし…。話すしかないか。シュヴァルツと会えなくなったら、何もできなくなっちゃうし…。

「わたくしの目的を話します。けれど、シュヴァルツ殿下には秘密にしてください」

「それは私が決めることだ」

 くそう。内緒にしてくれても良いじゃん。ゲオグラムのケチ。

「わたくしの目的は……シュヴァルツ殿下とヴァイス殿下の仲直りです」

 ゲオグラムがこちらを向いた。その顔には驚きがある。

「何?」

「ですから、わたくしの目的は、シュヴァルツ殿下とヴァイス殿下の仲直りです」

「分からない。何故お前がそんなことをするんだ?」

 何故、か。たしかに不思議だよね、いきなりよく分からない女がこんなこと言い出したら。でも、王子達に仲直りしてもらわないと国がヤバイのだ。

 ゲオグラムの顔が能面みたいに無表情になっている。シュヴァルツとヴァイスの不仲はとても繊細な問題だ。それはゲオグラムにとってもそうである。私みたいな良く知りもしない女が首を突っ込むのが不愉快なのだろう。人の不幸で遊ぶ下種と見られたかもしれない。でも、この問題を解決できそうなのが私以外居ないのだ。私が動くしかないじゃないか!

「それが、私にできる唯一の事だからです」

 私には政治も軍事も分からない。混乱しているこの国を導くことなんてできないし、アルルトゥーヤ帝国の侵攻をどうすれば防げるのかも分からない。そんな私に唯一できることが、王子達の仲直りだ。王子達が仲直りしても、アルルトゥーヤ帝国には勝てないかもしれない。私のしていることは無駄なのかもしれない。でも、私には他にできることが無いのだ!

「貴様に何が分かる!」

 ゲオグラムが激昂する。その整った顔は歪み、人を殺せそうな程の憤怒だ。今、私が生きているのは奇跡かもしれない。正直すごく怖い。あまりの恐怖に足がガクガク震えてしまう。でも、逃げない!

「良く知りもしないくせに適当なことを言うなよ、女ぁ!両殿下を仲直りさせるだと?そんなことができるなら、私がとうに昔にやっている!無理なのだ!私が何もしていないとでも思ったか?知恵を絞り、幾度も試みた。だが無理だった!」

「無理じゃありません!お二人を仲直りさせることはできます!できるんです!」

 足の震えは止まらないし、声は震えて裏返ってるし、堪えていた涙も流れてしまった。それでも、私はゲオグラムに負けないように、自分を叱咤するように叫び返した。

「無理だ!」

「できます!」

 お互い息を切らして叫び合う。どうして分かってくれないのかしら。ゲオグラムの石頭!減る物じゃないし、試させてくれても良いじゃない。ケチ!

「はぁ、はぁ、お前も頑なな奴だな…。その自信は何処から来ているのだ…」

 私は家族の運命も背負っているのだ。簡単に諦めるわけが無い。ゲオグラムが睨み付けてくるけど、私も負けじと睨み返す。

「……嘘を吐いている者の目ではないな。いったいどうやって両殿下の仲を取り持つ?」

「手紙です」

 言ってから、私は失敗を覚った。ヤバイ、手紙のイベントはまだ先の話だ。ヤバイヤバイどうしよう?

「何を言うかと思えば、手紙だと?そんな物、ヴァイス殿下の元にたどり着く前に側近に握り潰されるのが落ちだ。話にならんな」

 ゲオグラムが私に興味を無くしたように見えた。マズイ。ここでゲオグラムに見放されたらシュヴァルツに会えなくなる。なんとかしてゲオグラムの気を引いて信頼を勝ち取らないと!手紙のこと言っちゃったし、もう全部言っちゃうか?えぇい、言っちゃおう!
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