私はヒロインを辞められなかった……。

015 いじめ②

　クスクスと言う笑い声と共に、パタパタと数人が駆け去る音が聞こえてくる。おそらく、犯人達が逃げたのだろう。

「はぁ…」

　私はため息を吐き、濡れて垂れた髪をかき上げる。

「くっさ！」

　ただの水かと思ったら、臭い！なんかヌメヌメするし！なんてもの人に浴びせてくれちゃってるのよ！

「最悪ね…」

　本当に最悪な気分だ。此処はトイレの個室。便器に座って一息ついた途端に、上から汚水が降ってきた。きっとバケツか何かをひっくり返したのだろう。まとまって降ってきた汚水は、見事私に命中し、私は頭の天辺からつま先まで汚水塗れだ。

「たしかに、定番のいじめではあるけれど…」

　まさか自分の身に起こるとは…。

「いじめ止めるって言ってたのに…」

　シュヴァルツの話によると、システィーナは私へのいじめを止めると言ったらしいけど、一向にいじめが止む気配は無かった。むしろエスカレートしている。

　システィーナが嘘を吐いたのだろうか？でも、システィーナがシュヴァルツに嘘を吐くだろうか？バレたらシュヴァルツの不興を買うのだから、嘘を吐くとは思えないけど…。分からないわ、不興を買ってでも私をいじめたい程憎まれているかもしれないし…。

　それとも、ホッケカイヤ貴族の娘達が独断で私へのいじめを継続しているのだろうか？笑い声も聞こえてきたし、明らかに私へのいじめを楽しんでいる。いじめが楽しくて止められないとか？彼女達、ホッケカイヤ貴族は『国無し』と蔑まれている。そのストレスのはけ口に私をいじめているのかも。

「何にせよ、この状況をどうにかしないと」

　私は自分の格好を見下ろす。髪や服の端から汚水がポタポタと落ちていく。服が濡れて、肌に張り付き気持ち悪い。

「一旦、寮に帰らないと。でも、このまま出ていくのもアレよね…」

　廊下に汚水をまき散らしながら歩くのは気が引ける。私はできる限り髪や服から汚水を絞ってからトイレから出た。目指すは寮のお風呂だ。早く汚水で汚れた身体を綺麗にしたい。

　廊下を歩いていると、周囲の人がざわつき、私を避けるように距離を取る。そうよね。水浸しだし、臭いし、そりゃ避けるわよね。なんか悲しくなってきたわ、泣いちゃいそう。私は見られることが耐えられなくなって、足早に廊下を進んだ。

「さっむ！」

　寒い。校舎から出ると、秋の冷たい風が私を出迎える。ただでさえ濡れて低くなった体温を根こそぎ奪われていく。濡れた肌は風を敏感に感じて、余計に寒く感じる。なんかもう『こうかはばつぐんだ！』といった感じだ。

　私は走って寮まで帰ることにした。一刻も早くお風呂に入りたい。走るなんて優雅じゃないし、はしたないマネだけど、全身汚水塗れで優雅も何もあったものじゃない。

　私は走りながら考える。いじめが続いていること、シュヴァルツに言うべきだろうか？でも、ゲームではヒロインちゃんがいじめを受けていることを告白するシーンなんて無かったのよねー。ただでさえゲームのシナリオから外れ気味だし、余計なことはしない方が良いだろう。となると、いじめはこのまま続行か…。はぁ…。