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001 最強への気付き
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モブキャラっているじゃん?
作者から名前も与えられないような、世界にとってはいてもいなくてもどうでもいい存在。
そんな存在が、最強になったら面白くない?
◇
「唸れ! オレの灰色の脳細胞!」
かれこれ一時間ほど前世のゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の記憶を遡ってみても、アベル・ヴィアラットの名前は出てこなかった気がする。
『ヒーローズ・ジャーニー』は、綺麗なイラストと3Dで流行ったスマホゲームだ。その自由度の高さから、前世では爆発的な人気を誇っていた。
ブラック企業勤めからの過労死というよくあるコンボを決めたオレに待っていたのは、それこそ寝る間を惜しんでプレイするほど大好きだった『ヒーローズ・ジャーニー』の世界への転生だったのだが……。
「アベル・ヴィアラットって誰やねん……」
アベル・ヴィアラット。辺境に領地を持つヴィアラット男爵家の長男。
どんなに記憶を掘り返しても、そんな登場人物いなかったぞ?
地理や家族の話から、ここが『ヒーローズ・ジャーニー』の世界であることは間違いない。だけど、ゲームを何度もプレイしたオレにもアベル・ヴィアラットなんて名前は知らなかった。
どうやらオレは、ゲームの主人公どころか主要キャラでもネームドキャラでもないただのモブに転生してしまったようだ。
しかも、領地も王都から遠く離れた辺境のド田舎の貧乏貴族の生まれだ。
どうせなら主人公、それは無理でも主要キャラやネームドキャラに転生したかった……。
そしたら、ゲームの知識を使って最強に……ん?
それってモブのオレでもできるんじゃね?
オレは『ヒーローズ・ジャーニー』を何度もプレイした廃人ゲーマーだ。もちろん効率のいい育成方法や、レアアイテムの隠し場所なんてのも知っている。
モブだから初期ステータスが低いかもしれないし、生まれつき特別な才能のあるギフテッドでもない。
だが、そんなものは些細な問題だ。
最強ってすべての男の子の憧れだよね!
「よし! やるぞ! オレは最強になってやる! いてて……」
オレは簡素なベッドの上で拳を突き上げ、しくしくと痛む頭に苦い顔をするのだった。
◇
オレはアベル・ヴィアラット。十歳。辺境のヴィアラット領に住む男爵家の一人息子だ。
そんなオレが前世の記憶を思い出して早五年。オレはこの五年で思いつく限りの肉体的な訓練をやってきた。素養の無いオレには、魔法を使えないからね。なんともモブらしいハンデだ。ちくしょうめ!
腕立て伏せや腹筋、ランニングはもちろん、背筋やスクワット、プランク、などなど。効率的に肉体をいじめ、筋肉を休ませる時間は、わずかな期待を寄せて瞑想などをして魔力的なトレーニングもしている。
まだ十歳だからか、そこまでムキムキになれなかったが、運動神経は上がった気がするよ。
まぁ、家族や使用人、村の人たちには奇妙な目で見られたけどね。
どうやらこの世界では、効率的に体を鍛えることの知識がまだないみたいだ。
それから、自作の木剣と木の盾を持って素振りをする。
ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』では、色々な武器が登場する。その中でも一番攻守のバランスがよく、攻略サイトでも最優と呼ばれていたのが片手剣と盾の組み合わせだ。
オレは最強になりたいからね。もちろん片手剣と盾を選んだ。
『ヒーローズ・ジャーニー』では、一般的なレベルの他に技術レベルがある。例えば剣。剣の技術レベルが設定されていて、剣の技術レベルを上げることで剣のスキルを覚えるのだ。
オレはもう剣の最初のスキルであるファストブレードと盾の最初のスキルであるバッシュを覚えていた。五年間の成果と考えると微妙を通り越してもう絶望だが、実戦をまだしてないから仕方ないね。むしろよくスキルを覚えるまで研鑽したと誇ってもいいかもしれない。
「坊ちゃま、お食事の準備が整いましたよ」
「ああ」
家で働く中年メイドのデボラがオレを呼ぶ。
もう朝食の時間か。オレは自作の木剣と木の盾を片付けると、家の中に入っていく。
仮にも貴族の家だというのにそこまで大きくない我が家。朝なのに少し薄暗い家の中を進んでいく。歪んだ窓から零れる光も歪んで濃淡ができていた。質のいい窓ガラスはまだ貴重みたいだから仕方ないね。
「お待たせしました。おはようございます、父上、母上」
「ああ、おはよう」
「おはようございます、アベル」
食堂には黒髪の大男と小柄で綺麗な女性がいた。父親であるガストンと、母親のアポリーヌだ。二人の息子であるオレは、同年代の子どもに比べると高い身長と、わりと綺麗な顔立ちの二人のいいところを受け継いでいたりしている。やったね。
オレも席に着くと、デボラが食事をテーブルに並べていく。
ふむ。ウィンナー一本と目玉焼き、山盛りサラダとバゲットか……。圧倒的にタンパク質が少ないな。食事も改善したいところだが、家にはあんまりお金がないので仕方がない。これでも村人からすれば羨ましがられるレベルだからね。大切に食べないと。
それに、俺が最強になれば、きっと仕事やお金もたくさん貰えて、きっと両親にもいいものも食べさせることもできるのに。
そうだね。やっぱり最強になろう!
「アベルは今日も鍛錬をしていたのか?」
「はい、父上」
サラダを飲み込んでガストンに答えると、ガストンはうんうんと機嫌がよさそうに頷いた。
「辺境の男は強くなければならん。励むようにな」
「はい!」
「それよりも今日はこの後、教会に行きますから、ちゃんと着替えて待っているのですよ?」
「はい、母上!」
今月はオレの誕生月なので、教会で祝ってくれるらしい。この世界では、十歳の誕生月を教会で祝う風習がある。隣の村から、わざわざ教会のあるこの村へとやってくるくらいだ。
まぁ、辺境だから同年代は十人もいないんだけどね。
そんなこんなでなごやかな朝食後、滅多に袖を通さない晴れ着を着て、村の小さな教会へと両親と行く。
白い小さな教会。教会の屋根の上には逆十字がキラキラと輝いている。
小さな教会の敷地には、オレたちの他にも二組の家族がいた。
その近くには白地に青のラインが入った神官服を着たおじいちゃんがいる。この教会にいる唯一の神官だ。
おじいちゃん神官がオレたちを見てこちらに歩いてきた。
「男爵様、よくぞおいでくださいました」
「うむ。今日は頼むぞ」
「はっ! では、さっそく始めましょう。子どもたちはこちらへ」
おじいちゃん神官の言う通りに子どもたちだけで教会に入っていく。オレの他にも二人の子どもがオレに付いてきた。真っ白な壁や天井の教会の中は珍しいのか、子どもたちがキョロキョロとしている。オレもキョロキョロしておくか?
「最初はキミからにしよう。こちらにおいで」
おじいちゃん神官が一人の少女を手招きする。
教会の狭い礼拝堂の奥。女神を祀った祭壇の前には、大きな水晶玉が鎮座していた。
「この玉に手を置いてごらん」
「はい……」
少女がおっかなびっくり水晶玉に手を乗せるが、なにも変化はなかった。
「ありがとう、お嬢さん。ご両親の所に戻っていいよ」
「はい!」
おじいちゃん神官の言葉に、少女がパタパタと駆けていく。よくわからない儀式から解放されて嬉しそうだ。
「じゃあ、次はキミだ」
「おう!」
今度は少年が水晶玉に手を置くが、やっぱり変化はない。
「では、アベル様。こちらに手を」
「ああ」
ところで、この儀式は何なんだろう? 必要なことなのか?
そんなことを思いながら水晶玉に手を置くと、水晶玉が本当に微かに光った。
「おぉ! これぞ女神さまのご恩寵……! アベル様、やりましたな! さっそく男爵様にもお伝えせねば!」
「え? ああ……?」
おじいちゃん神官がオレの肩を叩いて感激している。
だが、オレはいまいち状況がわからなかった。
これって何なの? なんかのマジック?
作者から名前も与えられないような、世界にとってはいてもいなくてもどうでもいい存在。
そんな存在が、最強になったら面白くない?
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「唸れ! オレの灰色の脳細胞!」
かれこれ一時間ほど前世のゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の記憶を遡ってみても、アベル・ヴィアラットの名前は出てこなかった気がする。
『ヒーローズ・ジャーニー』は、綺麗なイラストと3Dで流行ったスマホゲームだ。その自由度の高さから、前世では爆発的な人気を誇っていた。
ブラック企業勤めからの過労死というよくあるコンボを決めたオレに待っていたのは、それこそ寝る間を惜しんでプレイするほど大好きだった『ヒーローズ・ジャーニー』の世界への転生だったのだが……。
「アベル・ヴィアラットって誰やねん……」
アベル・ヴィアラット。辺境に領地を持つヴィアラット男爵家の長男。
どんなに記憶を掘り返しても、そんな登場人物いなかったぞ?
地理や家族の話から、ここが『ヒーローズ・ジャーニー』の世界であることは間違いない。だけど、ゲームを何度もプレイしたオレにもアベル・ヴィアラットなんて名前は知らなかった。
どうやらオレは、ゲームの主人公どころか主要キャラでもネームドキャラでもないただのモブに転生してしまったようだ。
しかも、領地も王都から遠く離れた辺境のド田舎の貧乏貴族の生まれだ。
どうせなら主人公、それは無理でも主要キャラやネームドキャラに転生したかった……。
そしたら、ゲームの知識を使って最強に……ん?
それってモブのオレでもできるんじゃね?
オレは『ヒーローズ・ジャーニー』を何度もプレイした廃人ゲーマーだ。もちろん効率のいい育成方法や、レアアイテムの隠し場所なんてのも知っている。
モブだから初期ステータスが低いかもしれないし、生まれつき特別な才能のあるギフテッドでもない。
だが、そんなものは些細な問題だ。
最強ってすべての男の子の憧れだよね!
「よし! やるぞ! オレは最強になってやる! いてて……」
オレは簡素なベッドの上で拳を突き上げ、しくしくと痛む頭に苦い顔をするのだった。
◇
オレはアベル・ヴィアラット。十歳。辺境のヴィアラット領に住む男爵家の一人息子だ。
そんなオレが前世の記憶を思い出して早五年。オレはこの五年で思いつく限りの肉体的な訓練をやってきた。素養の無いオレには、魔法を使えないからね。なんともモブらしいハンデだ。ちくしょうめ!
腕立て伏せや腹筋、ランニングはもちろん、背筋やスクワット、プランク、などなど。効率的に肉体をいじめ、筋肉を休ませる時間は、わずかな期待を寄せて瞑想などをして魔力的なトレーニングもしている。
まだ十歳だからか、そこまでムキムキになれなかったが、運動神経は上がった気がするよ。
まぁ、家族や使用人、村の人たちには奇妙な目で見られたけどね。
どうやらこの世界では、効率的に体を鍛えることの知識がまだないみたいだ。
それから、自作の木剣と木の盾を持って素振りをする。
ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』では、色々な武器が登場する。その中でも一番攻守のバランスがよく、攻略サイトでも最優と呼ばれていたのが片手剣と盾の組み合わせだ。
オレは最強になりたいからね。もちろん片手剣と盾を選んだ。
『ヒーローズ・ジャーニー』では、一般的なレベルの他に技術レベルがある。例えば剣。剣の技術レベルが設定されていて、剣の技術レベルを上げることで剣のスキルを覚えるのだ。
オレはもう剣の最初のスキルであるファストブレードと盾の最初のスキルであるバッシュを覚えていた。五年間の成果と考えると微妙を通り越してもう絶望だが、実戦をまだしてないから仕方ないね。むしろよくスキルを覚えるまで研鑽したと誇ってもいいかもしれない。
「坊ちゃま、お食事の準備が整いましたよ」
「ああ」
家で働く中年メイドのデボラがオレを呼ぶ。
もう朝食の時間か。オレは自作の木剣と木の盾を片付けると、家の中に入っていく。
仮にも貴族の家だというのにそこまで大きくない我が家。朝なのに少し薄暗い家の中を進んでいく。歪んだ窓から零れる光も歪んで濃淡ができていた。質のいい窓ガラスはまだ貴重みたいだから仕方ないね。
「お待たせしました。おはようございます、父上、母上」
「ああ、おはよう」
「おはようございます、アベル」
食堂には黒髪の大男と小柄で綺麗な女性がいた。父親であるガストンと、母親のアポリーヌだ。二人の息子であるオレは、同年代の子どもに比べると高い身長と、わりと綺麗な顔立ちの二人のいいところを受け継いでいたりしている。やったね。
オレも席に着くと、デボラが食事をテーブルに並べていく。
ふむ。ウィンナー一本と目玉焼き、山盛りサラダとバゲットか……。圧倒的にタンパク質が少ないな。食事も改善したいところだが、家にはあんまりお金がないので仕方がない。これでも村人からすれば羨ましがられるレベルだからね。大切に食べないと。
それに、俺が最強になれば、きっと仕事やお金もたくさん貰えて、きっと両親にもいいものも食べさせることもできるのに。
そうだね。やっぱり最強になろう!
「アベルは今日も鍛錬をしていたのか?」
「はい、父上」
サラダを飲み込んでガストンに答えると、ガストンはうんうんと機嫌がよさそうに頷いた。
「辺境の男は強くなければならん。励むようにな」
「はい!」
「それよりも今日はこの後、教会に行きますから、ちゃんと着替えて待っているのですよ?」
「はい、母上!」
今月はオレの誕生月なので、教会で祝ってくれるらしい。この世界では、十歳の誕生月を教会で祝う風習がある。隣の村から、わざわざ教会のあるこの村へとやってくるくらいだ。
まぁ、辺境だから同年代は十人もいないんだけどね。
そんなこんなでなごやかな朝食後、滅多に袖を通さない晴れ着を着て、村の小さな教会へと両親と行く。
白い小さな教会。教会の屋根の上には逆十字がキラキラと輝いている。
小さな教会の敷地には、オレたちの他にも二組の家族がいた。
その近くには白地に青のラインが入った神官服を着たおじいちゃんがいる。この教会にいる唯一の神官だ。
おじいちゃん神官がオレたちを見てこちらに歩いてきた。
「男爵様、よくぞおいでくださいました」
「うむ。今日は頼むぞ」
「はっ! では、さっそく始めましょう。子どもたちはこちらへ」
おじいちゃん神官の言う通りに子どもたちだけで教会に入っていく。オレの他にも二人の子どもがオレに付いてきた。真っ白な壁や天井の教会の中は珍しいのか、子どもたちがキョロキョロとしている。オレもキョロキョロしておくか?
「最初はキミからにしよう。こちらにおいで」
おじいちゃん神官が一人の少女を手招きする。
教会の狭い礼拝堂の奥。女神を祀った祭壇の前には、大きな水晶玉が鎮座していた。
「この玉に手を置いてごらん」
「はい……」
少女がおっかなびっくり水晶玉に手を乗せるが、なにも変化はなかった。
「ありがとう、お嬢さん。ご両親の所に戻っていいよ」
「はい!」
おじいちゃん神官の言葉に、少女がパタパタと駆けていく。よくわからない儀式から解放されて嬉しそうだ。
「じゃあ、次はキミだ」
「おう!」
今度は少年が水晶玉に手を置くが、やっぱり変化はない。
「では、アベル様。こちらに手を」
「ああ」
ところで、この儀式は何なんだろう? 必要なことなのか?
そんなことを思いながら水晶玉に手を置くと、水晶玉が本当に微かに光った。
「おぉ! これぞ女神さまのご恩寵……! アベル様、やりましたな! さっそく男爵様にもお伝えせねば!」
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