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023 手紙
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「アベル、あなたにお手紙が届いていますよ」
「え?」
ある日のこと、いつもの鍛錬を終えて昼食のために食堂に入ったら、母上から手紙を差し出された。
オレに手紙? 誰から?
「その顔はわかっていませんね。シャルリーヌからのお手紙ですよ。あなたがシャルリーヌにお手紙を書いたんでしょう? きっとそのお返事ですよ」
「ああ……」
そういえば、母上に促されてシャルリーヌに手紙を書いたっけ?
もう二か月以上前のことだから忘れていたよ。
オレは呆れた顔をした母上から手紙を受け取ると、そのまま読み出した。
綺麗な文字だな。丸っこくてそれがシャルリーヌらしくてかわいらしい。
そういえば、これって念願の推しから手紙を貰ったことになるんだよな。まさか、オレが一番の推しキャラであるシャルリーヌと婚約するとは思わなかったよなぁ。
まぁ、ゲームでのシャルリーヌは婚約者からひどいことをされたらしいが、オレはもちろんそんなことをするわけがない。
でも、すれ違いってありえるからなぁ……。
思い出してきた。たしか、オレは手紙にお互いに溜め込まずになんでも言える関係になりたいと書いたはずだ。
つまり、いきなり婚約破棄じゃなくて、ちゃんと事前に話し合おうねということだね。婚約破棄はしたくないけど、もし婚約を破棄するなら両家禍根の残らない形で円満な婚約破棄を目指すつもりだ。
「なになに……」
手紙を読んでいくと、まずは丁寧な季節の挨拶が書いてあり、本文が続く。
手紙には、手紙をもらったことへの礼と婚約を喜ぶ文言、そしてこちらの気遣いに付いて礼が書いてあった。全体的に喜んでいるような内容だが、本当だろうか?
十一歳の女の子が、見ず知らずの人間との婚約を喜ぶだろうか?
しかも、相手は辺境の貧乏貴族だ。王都で育ったシャルリーヌには意味合いは違うが左遷のようなものだと思う。それをこんなに喜べるだろうか?
「うーん……」
これってシャルリーヌの本心なのかな?
たぶんだが、違うと思う。
貴族の結婚は政治だ。シャルリーヌ本人ではなく、ブラシェール伯爵が決めたものだ。おそらくこの手紙を書いたのはシャルリーヌ本人だろうが、文章は他の誰かが考えたものだろう。
「なんだかなぁ……」
気が付けばオレは苦い顔をして呟いていた。オレが純粋な十一歳の少年なら、シャルリーヌがオレとの婚約を喜んでいると知って喜べただろう。
だが、オレには前世の記憶がある。手紙の裏をなんとなく察してしまうだけの知能があった。
なんだか素直に喜べないなぁ。
シャルリーヌはオレの一番の推しキャラだ。オレはシャルリーヌのことが好きだけど、シャルリーヌにはオレを好きになる要素がないしね。
こんな状態でシャルリーヌと上手くやっていけるだろうか?
まぁ、もうすぐ学園が始まるし、そこでシャルリーヌと会える。そこでシャルリーヌの気持ちを確かめよう。
そして、シャルリーヌに好きになってもらえるようにがんばろう。
それでもダメだったら……。やっぱり婚約解消になるのかな……。
オレだって、シャルリーヌに幸せになってほしい気持ちがあるのだ。
「なんと書いてありましたか?」
母上がわくわくした様子を隠さずに、猫のような笑みを浮かべて尋ねてきた。なんだか楽しくて仕方がないといった表情だね。やっぱり息子の婚約者のことが気になるのかな?
「母上も読みますか?」
「まあ! それでは二人だけの秘密ではなくなってしまいますもの。わたくしはそんな無粋なことはいたしません」
そういえば、オレからの手紙は母上や父上に検閲されていなかったな。オレのことを信じてくれたのかな?
それなら嬉しい。
「ですが、内容は気になります。アベルはお手紙を読んでいる時、嬉しそうではありませんでしたもの」
「それは……」
さすが母上だ。よく見ている。
オレは素直に訊いてみることにした。
「シャルリーヌから手紙は婚約を喜んでいるようにしか見えなくて……。シャルリーヌに不安はないのでしょうか? 母上は父上と結婚する時、不安はありませんでしたか?」
「そういうことでしたか。そうですね。不安がなかったと言えば嘘になります」
母上の目はオレを映しながら、どこか遠いものを見るような目をしていた。
「わたくしとガストンは学園でも一緒ではなかったですから、本当に結婚式の日が初対面でした。前日はとても不安で泣いてしまったことを覚えています」
不安で泣いてしまったと語っているのに、その顔は優しい笑みを浮かべていた。
「ですけど、ガストンから心の籠ったお手紙を頂いていたので、ガストンに会えることを楽しみにしていた心もあったのです。実際に会ったガストンはとても紳士的……とは言えませんでしたけど、わたくしのことを心から想っていることが伝わってきました。だからわたくしは、この人と一緒になろうと決めたのです」
父上と母上の馴れ初めとか初めて聞いたな。昔のことを話す母上は、まるで少女のように屈託のない笑みを浮かべていた。
「ですからアベル、心を籠めて手紙を書きなさい。アベルだって、親しい人の前だから不安を口にできるのでしょう? まだアベルはシャルリーヌから不安を口にしてもらうことができないだけです」
「はい……」
なるほど。そういう見方もあるか。
オレも手紙を書こう。そして、 いつかオレもシャルリーヌと共に、父上と母上のような関係を築きたい。心からそう思った。
「え?」
ある日のこと、いつもの鍛錬を終えて昼食のために食堂に入ったら、母上から手紙を差し出された。
オレに手紙? 誰から?
「その顔はわかっていませんね。シャルリーヌからのお手紙ですよ。あなたがシャルリーヌにお手紙を書いたんでしょう? きっとそのお返事ですよ」
「ああ……」
そういえば、母上に促されてシャルリーヌに手紙を書いたっけ?
もう二か月以上前のことだから忘れていたよ。
オレは呆れた顔をした母上から手紙を受け取ると、そのまま読み出した。
綺麗な文字だな。丸っこくてそれがシャルリーヌらしくてかわいらしい。
そういえば、これって念願の推しから手紙を貰ったことになるんだよな。まさか、オレが一番の推しキャラであるシャルリーヌと婚約するとは思わなかったよなぁ。
まぁ、ゲームでのシャルリーヌは婚約者からひどいことをされたらしいが、オレはもちろんそんなことをするわけがない。
でも、すれ違いってありえるからなぁ……。
思い出してきた。たしか、オレは手紙にお互いに溜め込まずになんでも言える関係になりたいと書いたはずだ。
つまり、いきなり婚約破棄じゃなくて、ちゃんと事前に話し合おうねということだね。婚約破棄はしたくないけど、もし婚約を破棄するなら両家禍根の残らない形で円満な婚約破棄を目指すつもりだ。
「なになに……」
手紙を読んでいくと、まずは丁寧な季節の挨拶が書いてあり、本文が続く。
手紙には、手紙をもらったことへの礼と婚約を喜ぶ文言、そしてこちらの気遣いに付いて礼が書いてあった。全体的に喜んでいるような内容だが、本当だろうか?
十一歳の女の子が、見ず知らずの人間との婚約を喜ぶだろうか?
しかも、相手は辺境の貧乏貴族だ。王都で育ったシャルリーヌには意味合いは違うが左遷のようなものだと思う。それをこんなに喜べるだろうか?
「うーん……」
これってシャルリーヌの本心なのかな?
たぶんだが、違うと思う。
貴族の結婚は政治だ。シャルリーヌ本人ではなく、ブラシェール伯爵が決めたものだ。おそらくこの手紙を書いたのはシャルリーヌ本人だろうが、文章は他の誰かが考えたものだろう。
「なんだかなぁ……」
気が付けばオレは苦い顔をして呟いていた。オレが純粋な十一歳の少年なら、シャルリーヌがオレとの婚約を喜んでいると知って喜べただろう。
だが、オレには前世の記憶がある。手紙の裏をなんとなく察してしまうだけの知能があった。
なんだか素直に喜べないなぁ。
シャルリーヌはオレの一番の推しキャラだ。オレはシャルリーヌのことが好きだけど、シャルリーヌにはオレを好きになる要素がないしね。
こんな状態でシャルリーヌと上手くやっていけるだろうか?
まぁ、もうすぐ学園が始まるし、そこでシャルリーヌと会える。そこでシャルリーヌの気持ちを確かめよう。
そして、シャルリーヌに好きになってもらえるようにがんばろう。
それでもダメだったら……。やっぱり婚約解消になるのかな……。
オレだって、シャルリーヌに幸せになってほしい気持ちがあるのだ。
「なんと書いてありましたか?」
母上がわくわくした様子を隠さずに、猫のような笑みを浮かべて尋ねてきた。なんだか楽しくて仕方がないといった表情だね。やっぱり息子の婚約者のことが気になるのかな?
「母上も読みますか?」
「まあ! それでは二人だけの秘密ではなくなってしまいますもの。わたくしはそんな無粋なことはいたしません」
そういえば、オレからの手紙は母上や父上に検閲されていなかったな。オレのことを信じてくれたのかな?
それなら嬉しい。
「ですが、内容は気になります。アベルはお手紙を読んでいる時、嬉しそうではありませんでしたもの」
「それは……」
さすが母上だ。よく見ている。
オレは素直に訊いてみることにした。
「シャルリーヌから手紙は婚約を喜んでいるようにしか見えなくて……。シャルリーヌに不安はないのでしょうか? 母上は父上と結婚する時、不安はありませんでしたか?」
「そういうことでしたか。そうですね。不安がなかったと言えば嘘になります」
母上の目はオレを映しながら、どこか遠いものを見るような目をしていた。
「わたくしとガストンは学園でも一緒ではなかったですから、本当に結婚式の日が初対面でした。前日はとても不安で泣いてしまったことを覚えています」
不安で泣いてしまったと語っているのに、その顔は優しい笑みを浮かべていた。
「ですけど、ガストンから心の籠ったお手紙を頂いていたので、ガストンに会えることを楽しみにしていた心もあったのです。実際に会ったガストンはとても紳士的……とは言えませんでしたけど、わたくしのことを心から想っていることが伝わってきました。だからわたくしは、この人と一緒になろうと決めたのです」
父上と母上の馴れ初めとか初めて聞いたな。昔のことを話す母上は、まるで少女のように屈託のない笑みを浮かべていた。
「ですからアベル、心を籠めて手紙を書きなさい。アベルだって、親しい人の前だから不安を口にできるのでしょう? まだアベルはシャルリーヌから不安を口にしてもらうことができないだけです」
「はい……」
なるほど。そういう見方もあるか。
オレも手紙を書こう。そして、 いつかオレもシャルリーヌと共に、父上と母上のような関係を築きたい。心からそう思った。
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