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5.お姫さまと本の悪魔のおはなし
(6)
「わたしに会ったことは、誰にも言ってはいけないと教えたではありませんか」
「だって、あなたは私にこの世界は広いことを教えてくれたもの。お城以外の世界があることを知ることができたもの。だから、お礼に私を本にしてしまってかまわないのよ。私の中は、もう空っぽではないでしょう? たくさん本を読んで、たくさんいろんなことを学んだわ。本になって、あなたの蔵書のひとつに加えてもらえたら私はそれで幸せなの」
くすりと神官さま……いいえ、悪魔が笑いました。
「いいえ、あなたの中身は本にしてしまうほど満ちてはおりません」
「本で勉強したことは無意味だとおっしゃるの?」
「まさか。それは大切なことでしょう。けれど、せっかく外の世界は広いことを知ったのです。それならば、一緒に出かけませんか?」
「それは、どういう意味で?」
「もちろん、こういう意味ですよ。わたしの花嫁殿」
悪魔がお姫さまの手を取ると、辺りは一瞬闇に包まれます。その闇が晴れた後、北の塔の中にはお姫さまの姿どころか、本の一冊も残ってはおりませんでした。
それからしばらくして、お姫さまの生まれた国は大きな争いがありました。美しい女神さまとその御使いによって知恵を授けられた勇敢な男が、傲慢な王族を打倒し、新しい国をひらいたのです。
それからもよく学び、よく考える者の前には、この美しい知恵の女神が御使いを連れて現れるようになりました。
「知恵の女神だなんて、恐れ多いわ」
「あなたにぴったりではありませんか」
悪魔が嬉しそうにうなずきました。
「そもそもあなたとの約束を破ったのに、どうして私は本にされていないのかしら?」
「あなたは本にされてしまう代わりに、わたしの図書館の管理人として働くことになりましたからね。さあ、新たな王国を支えるために適切な人材を育成しなくては」
「魔法で国を潰したりはしないのですね」
「やってもよいのならやりますが」
「いいえ。人間は学ばなければ過ちを繰り返します。手助けだけに留めるべきでしょう」
「それでこそ、わたしが見込んだあなたです」
それからお姫さまは、本で学んだことを、悪魔と一緒に本物の世界の中で知ることになります。悪魔との約束の場所はかび臭い書庫ではなく、お日さまの匂いに満ちた日常の中にありました。
ある時、お姫さまはあっと小さく声を上げました。
「私、王国の本を全部借りっぱなしにしています。どうしましょう、返しに行った方がよいのでしょうか」
「別に気にする必要はないのではありませんか。そもそも陛下は、あなたが死んだら本を引き上げると言ったのでしょう? あなたより先に死ぬほうが悪いのです」
「まあ、悪いひと」
「だって、わたしは悪魔ですから」
目を丸くするお姫さまの横で、悪魔が片目をつぶってみせました。
***
もしもあなたの目の前に見知らぬ扉が現れたなら、怖がらずに扉を開けてみてください。扉の向こうには、美しい図書館が見えることでしょう。図書館には、びっしりと本が並べられています。そこに並べられている本は、あなたのためのもの。どうぞご自由にお読みください。
たくさんの本があり過ぎて選べなくなってしまったら、奥の部屋で本を読んでいる図書館の主に尋ねてみるのも良いかもしれません。
綺麗なお姫さまは、わくわく胸が高鳴る、希望に満ちた本を選んでくれます。
黒衣の魔法使いは、ちょっぴり小難しくて、少しばかり苦いけれど、ためになる本を選んでくれます。
どちらの本を読んでも構いません。
どちらの本を読まなくても構いません。
あなたの心の準備が済むまで、扉は開き続けることでしょう。
あなたが冒険に出かけたいと願ったならば。それこそがまさしく出発の合図なのですから。
「だって、あなたは私にこの世界は広いことを教えてくれたもの。お城以外の世界があることを知ることができたもの。だから、お礼に私を本にしてしまってかまわないのよ。私の中は、もう空っぽではないでしょう? たくさん本を読んで、たくさんいろんなことを学んだわ。本になって、あなたの蔵書のひとつに加えてもらえたら私はそれで幸せなの」
くすりと神官さま……いいえ、悪魔が笑いました。
「いいえ、あなたの中身は本にしてしまうほど満ちてはおりません」
「本で勉強したことは無意味だとおっしゃるの?」
「まさか。それは大切なことでしょう。けれど、せっかく外の世界は広いことを知ったのです。それならば、一緒に出かけませんか?」
「それは、どういう意味で?」
「もちろん、こういう意味ですよ。わたしの花嫁殿」
悪魔がお姫さまの手を取ると、辺りは一瞬闇に包まれます。その闇が晴れた後、北の塔の中にはお姫さまの姿どころか、本の一冊も残ってはおりませんでした。
それからしばらくして、お姫さまの生まれた国は大きな争いがありました。美しい女神さまとその御使いによって知恵を授けられた勇敢な男が、傲慢な王族を打倒し、新しい国をひらいたのです。
それからもよく学び、よく考える者の前には、この美しい知恵の女神が御使いを連れて現れるようになりました。
「知恵の女神だなんて、恐れ多いわ」
「あなたにぴったりではありませんか」
悪魔が嬉しそうにうなずきました。
「そもそもあなたとの約束を破ったのに、どうして私は本にされていないのかしら?」
「あなたは本にされてしまう代わりに、わたしの図書館の管理人として働くことになりましたからね。さあ、新たな王国を支えるために適切な人材を育成しなくては」
「魔法で国を潰したりはしないのですね」
「やってもよいのならやりますが」
「いいえ。人間は学ばなければ過ちを繰り返します。手助けだけに留めるべきでしょう」
「それでこそ、わたしが見込んだあなたです」
それからお姫さまは、本で学んだことを、悪魔と一緒に本物の世界の中で知ることになります。悪魔との約束の場所はかび臭い書庫ではなく、お日さまの匂いに満ちた日常の中にありました。
ある時、お姫さまはあっと小さく声を上げました。
「私、王国の本を全部借りっぱなしにしています。どうしましょう、返しに行った方がよいのでしょうか」
「別に気にする必要はないのではありませんか。そもそも陛下は、あなたが死んだら本を引き上げると言ったのでしょう? あなたより先に死ぬほうが悪いのです」
「まあ、悪いひと」
「だって、わたしは悪魔ですから」
目を丸くするお姫さまの横で、悪魔が片目をつぶってみせました。
***
もしもあなたの目の前に見知らぬ扉が現れたなら、怖がらずに扉を開けてみてください。扉の向こうには、美しい図書館が見えることでしょう。図書館には、びっしりと本が並べられています。そこに並べられている本は、あなたのためのもの。どうぞご自由にお読みください。
たくさんの本があり過ぎて選べなくなってしまったら、奥の部屋で本を読んでいる図書館の主に尋ねてみるのも良いかもしれません。
綺麗なお姫さまは、わくわく胸が高鳴る、希望に満ちた本を選んでくれます。
黒衣の魔法使いは、ちょっぴり小難しくて、少しばかり苦いけれど、ためになる本を選んでくれます。
どちらの本を読んでも構いません。
どちらの本を読まなくても構いません。
あなたの心の準備が済むまで、扉は開き続けることでしょう。
あなたが冒険に出かけたいと願ったならば。それこそがまさしく出発の合図なのですから。
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きらさびさま
感想ありがとうございます!
『本の虫』姫のお話、楽しんでいただけてとても嬉しいです。
書庫にベッドを置いてそこに住めたら最高ですよね! 図書室が自分の部屋だったらなんて素敵なことでしょう。楽しすぎて部屋から出られないかもしれません(笑)
まさに私も最近は電子書籍が多くなってしまいました。省スペースで便利なのですが、紙の本の良さは格別ですよね。
素敵な感想、ありがとうございました!