うちの天然お嬢さまが、「悪い男っていいわ。わたくし、騙されてみたいの」などと自分に向かって言い出しやがったのだが、押し倒しても許されますか?

石河 翠

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 誰にも言ったことはないが、レイモンドは今までに3回人生をやり直している。

 1度目の人生で、セリーヌは別の女性に懸想した王太子から婚約を破棄されたあげく、辺境の修道院への追放を言い渡された。

 セリーヌは物語で登場する悪役令嬢のようなきつい顔立ちと物言いをしていたが、身分が下の人間を理不尽にいじめるようなそんな下衆な女性ではない。けれど落ち目のセリーヌをかばう人間は皆無だった。

 公爵家は領地を取り上げられ多くの財産も没収された。追放されるセリーヌに、十分な護衛をつけることも叶わぬほどに。

 そしてセリーヌとレイモンドは北の修道院に向かう途中で野盗に襲われた。もちろん統率の取れっぷりからして、野盗ではなく王太子から指示を受けた騎士団であろうことは明白だ。しかし正体がわかったところで、レイモンドが有利となることはない。

 そもそもレイモンドは、セリーヌの気まぐれで貧民街で拾われ、執事をしていただけ。そんな彼では騎士団を撃退することは難しい。せめて主人が辱めを受けることだけは避けなければ。

 レイモンドはセリーヌを強く抱きしめると、ごうごうと流れる濁流に向かって崖から飛び降りた。公爵令嬢セリーヌ及び執事レイモンド。ともにわずか18年の短い人生だった。

 2度目の人生で、レイモンドはセリーヌを幸せにするために奔走した。

 セリーヌは立ち回りがうまくない。どれだけ賢く優れていても、相手に与える印象が悪ければ損をする。

 頻繁に起こる他者とのすれ違いをセリーヌ以上にもどかしく思っていたレイモンドは、セリーヌの言葉遣いや立ち居振る舞いをそれとなく誘導した。

 1度目の人生ではそんなことをしようものなら癇癪を起こしたに違いないセリーヌだったが、不思議と2度目の人生では素直に従った。

 不幸だったことは、セリーヌの聡明さに隣国の王が目をつけたことだ。戦争を仕掛けられたあげく、セリーヌは王太子との婚約をなかったことにされ、年の離れた国王に嫁がされた。

 けれど結婚後も表舞台に立つことはなかった。彼女が逃げ出すことを恐れた国王によって、幽閉されたのだ。国王は自分がセリーヌに愛されることはないだろうということだけは理解していたらしい。

 宦官として付き従ったレイモンドを目の敵にした王は、セリーヌの目の前でレイモンドを酷くいたぶった。2度目の人生でレイモンドが最後に見た光景は、なぶられ息絶える寸前のレイモンドの横で、人生に絶望し自害するセリーヌの姿だった。この時のセリーヌとレイモンドもやはり18歳だった。

 3度目の人生。レイモンドは今までと趣向を変えることにした。目立たず、病弱な令嬢としてセリーヌを過ごさせる。普通にしていれば、王太子との婚約は立場上避けられない。目立てば他国から横やりを入れられる。だからこそ、セリーヌの両親さえもふたりで欺いた。

 どうしてセリーヌが自分の突飛な提案を受け入れてくれたのか、いまだにレイモンドにはわからない。年頃の高位貴族の少女だ。社交界や王子さまに憧れを持つほうが普通だというのに、彼女は王都から離れた公爵家の領地でのレイモンドとの生活を選んでくれた。もしかしたらセリーヌは、自分が思っている以上に拾ったレイモンドのことを気に入ってくれていたのかもしれない。

 だが突然領内で流行した流行病にかかり、セリーヌは本当にベッドから起き上がれない体になった。いっそ穏やかにも思える静かな療養生活は、世話をしていたレイモンドが先に病を重篤化させたことで終わりを告げる。自分の最期をレイモンドは覚えていないが、きっとふたりしてそのまま天に召されたのだろう。結局18歳を超えて生き残ることはできなかった。
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