三度目の結婚ですが、ようやく幸せな家族を手に入れました。

石河 翠

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 私が嫁いだのは、格上の侯爵家。きっと碌な扱いではないと覚悟していたものの、継子となったクララは私に友好的で拍子抜けしてしまった。とはいえ、この家庭に問題がなかったわけではない。

「まあ、クララ。今日は先生からの宿題もピアノの練習ももう終わらせてしまったのですね。すごいです」
「だって今日は、久しぶりに三人で夕食を食べられるもの。ご飯を食べ終わったら、みんなでチェスをして遊ぶのよ。ナンシーは審判ね! あと、わたしが負けそうになったらちゃんと手助けをしてね」
「私もあまり強くはないのですが。一緒に頑張りましょう!」
「おやおや、実質二対一ということかな。困ったな」

 そこへ苦笑しながらでもなお涼やかな声が聞こえてくる。クララが小さな子どものように駆け出した。

「だって叔父さまはお強いもの!」
「まあ、ボニフェースさま。お早いご到着ですね」
「君たちに会いたくて、頑張って仕事を終わらせてきたんだよ」
「叔父さま、大好き!」
「こらこら、重いだろう。このお転婆さんめ」

 ボニフェースさまに抱き着いたクララは、幸せそうに微笑んでいる。このふたりの姿だけ見ていれば、理想の親子とでもいうべき美しい光景だ。実際は叔父と姪という関係なのだが。クララの父親は、ボニフェースさまの兄なのである。

 もともとこの侯爵家は、クララの母親が女当主だった。そこにクララの父親が入り婿としてやってきたわけなのだが、彼は結婚当初から浮気を繰り返していたらしい。向こうの言い分としては、「子種は提供した。好きでもない女と生活するなんてまっぴらだ」ということなのだそうだ。夫としても、父親としてもとんでもない男である。

 それでも、クララの母親が生きていた頃は問題なかった。役に立たない夫が家に寄り付かないことを歓迎していた節さえあったらしい。侯爵家の名前では借金できないように管理した上で、ある程度自由にさせていたそうだ。

 あるいは彼女は、どうせ離婚したところで別の結婚相手を紹介されるに過ぎないだけだと理解していたのかもしれない。女が自由になれるのは、未亡人になってから。けれどクララの母親は早逝してしまい、父親が男やもめになってしまった。ままならない世の中である。

 しっかり者の女当主がいなくなり、残されたのは分別がつく年齢とはいえまだ成人前の一人娘だけ。クララの父方の実家に家を食い荒らされてはたまらないと、クララの大叔母が用意した新しい母代わりというのが石女のわたしだったわけだ。

「夕食までにはまだ時間があります。せっかくですから、クララのピアノを聞いてくださいませんか? 一生懸命練習していたんですよ」
「ぜひ一曲お聞かせ願おう」
「一曲と言わず、二曲でも三曲でも。せっかくですから、叔父さま。曲に合わせてナンシーと踊ってくださってもいいのよ?」
「ははは、急にダンスを申し込んだらナンシーも困ってしまうだろう?」
「ええ、そうですとも。クララったら」

 こんな素敵なひとにダンスを申し込まれたらどんなに幸せなことだろう。ボニフェースさまとのダンスが実現しなかったことに胸を撫でおろし、そして少しだけ残念に思う。

 私と、夫の弟と、義理の娘。不思議な組み合わせかもしれないが、三人での生活はそれなりにうまく回っていた。
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