婚約者から悪役令嬢と呼ばれた公爵令嬢は、初恋相手を手に入れるために完璧な淑女を目指した。

石河 翠

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 ――馬鹿だな。どうして諦めようとするんだ。君らしくもない――
 ――戦え。欲しいものはどんな手段を使ってでも手に入れろ――
 ――君が欲しいものは何だ。君の将来の夢は?――

 渋い顔をしているくせに、心の中は誰よりも熱いあのひと。

 そして、そんな彼を困らせているのが大嫌いな婚約者だということが何より許せなかった。あの男は、自分だけではなくカルロの人生まで食い潰すのか。

(私のカルロに、近づかないで!)

 不意に込み上げてきた感情に、頬が熱くなる。国のためではなく、カルロと自分の未来のために、完璧な淑女を目指さなければならない。自分たちの人生を誰に邪魔されることもなく、切り開いていくために。

(神さま、どうぞお願いです。愛するひとを守り、その隣で生きていくための力を私にください)

 この世界が未来の世界だとして、神は一度、アンジェラの願いを叶えてくれた。きっと神さまは、王国を救う代わりに、アンジェラの「淑女たる公爵令嬢としての正しい振舞いを求められるのではなく、自分が自分として過ごしても許される場所でただの子どもとして過ごしてみたい」という願いを叶えてくれた。

 次の願いを無償で叶えてくれと申し出ることは、あまりにも厚かましいだろう。けれど、どんな対価を支払えば、神の御心にそえるのだろうか。

 アンジェラは願掛けを行う際に、「断ち物」をする大人たちを知っている。自分の願いを叶えるために、自分の大好きなものを差し出すのだ。神さまは代償なんて求めないと神官さまは言うけれど、アンジェラはそんなことはないと思っていた。自分の願いを叶えてもらうのだ、何の代償もいらないはずがない。

 酒も煙草も縁のない子どものアンジェラだけれど、彼女にとっては欠かせない嗜好品が存在する。それが甘味だ。女子どもを魅了する至福のひと時。けれど、カルロに笑顔で巡り合うためならばなんだって我慢できる。そうしてアンジェラは、願いを叶えるための対価として甘味を断つことを決めたのだった。

「どうしようもなくなったら、俺のところに来い。都落ちで悪いが、故郷まで連れて行ってやる」
「約束ですよ? 神に誓えますか?」
「神と君の名に誓って、約束してやる。何かあったら、俺が面倒をみてやる。安心して、喧嘩してこい」

 そのアンジェラを後押しするように、カルロは約束してくれた。きっと彼は、この約束にアンジェラが結婚の可能性を見出しているなんて思いもしていないだろうけれど。

 アンジェラの覚悟を待っていたかのように、アンジェラの周りに力が満ちる。別れの挨拶とともに、アンジェラはカルロの頬に口づけをひとつ落としたけれど、きっと鈍感な彼のことだ。子どもの可愛らしい親愛の挨拶としてしか受け止められていないだろう。それでも、その温もりを忘れないでほしかった。
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