偽聖女として断罪追放された元令嬢は、知らずの森の番人代理として働くことになりました

石河 翠

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3.藍のカップを満たすもの

(3)

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 どうしたことか、お菓子を持ってパティスリーの扉を出たブルーベルは、見知らぬ女性の家の中に入り込んでいた。ちょうどお茶の準備をしていたらしい女性は、ティーポットを持ったままこちらを見て目を丸くしている。

「え? 嘘、どうして?」

 まったくもって意味がわからない。慌てて後ろを振り返れば、先ほどまでいたはずのパティスリーの扉はすっかり消え失せていた。手に持ったままのお菓子の包みが、ブルーベルが先ほどまでパティスリーにいたという唯一の証拠だ。心細さのあまりぎゅっと荷物を握りしめた。

 じっといぶかしむように、女性の足元にいた白い大きな犬がこちらを見つめてくる。犬? 本当にそうだろうか。あんな大きな犬種は見たことがない。ふわもこな毛皮を触らずとも感じられる筋肉質かつしなやかな体躯、猟犬よりも鋭い眼光。それは狼なのではなかろうか。そして犬であれ狼であれ、不審者としてとびかかられてしまえばひとたまりもない。必死で自分に害意はなかったことを伝えようとするもの、うまく口が回らない。だが女性は表情を一転して柔らかいものにすると、大丈夫ですよと安心させるように小さくうなずいた。

「あの、違うんです! 決して怪しいものでは!」
「ええ、そうでしょうとも。お客さまの様子を見れば、予期せぬ訪問だということはすぐにわかります。この家に迷い込む方は、意外と多いんですよ。自ら望んでここへいらっしゃるお客さまと同じくらいに」

 なんともおおらかかな回答に、つい首を傾げてしまった。部屋に迷い込むひとがたくさんやってくるなんて、普通に考えてありえない。けれど今まさに不思議な状況に陥ってしまっているがゆえに、ブルーベルは「そんなはずはない」だなんて言えなくなってしまっている。

「ええとせっかくですし、しばらく休んでいかれますか?」
「あの、出口はどちらに?」
「信じてもらえるかどうかわかりませんが、帰るべき時が来たら、自然と帰れるようになるものなのです」
「そんなことがあるわけ」
「あるのですよ。ここは、知らずの森なのですから」

 それは、確かにブルーベルにとってもなじみ深い名前だった。

 ――どうしても叶えたい願い事があるならば、『知らずの森』へ行ってごらんなさい。強い想いがあるならば、必ず番人に会えるから。けれど生半可な気持ちで行ってはいけませんよ。そんな愚かな人間は、願いを叶えるどころか森から出られなくなってしまうのですから――

 それは古くから王国に伝わるお伽噺。眠りにつく前、祖母や母が幼子に語って聞かせる寝物語が真実だったなんて、一体誰が予想しえただろう。それならばこの自分よりもずいぶんと若い、年端も行かなそうな女性が例の番人とでも言うのだろうか。

「それでは、ご迷惑でなければ」
「もちろんですとも」

 リリィと名乗った女性は、どうせなら一緒にお茶にしましょうとブルーベルに椅子をすすめてくれた。
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