龍の花嫁は、それでも龍を信じたい

石河 翠

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龍の花嫁は、それでも龍を信じたい(2)

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 この国は、龍との契約によって恵みをもたらされたのだと伝えられている。かつては、草木も生えぬ不毛の地だったのだとか。

 あるとき、日々の貧しさを嘆いた娘の前に、一匹の龍が現れたのだという。龍は娘を憐れみ、一粒の涙を流したそうだ。涙は大きな湖になり、川になり、土地を潤した。

 それだけにとどまらず、龍は娘とともに土を耕した。はじめの頃はあまりの固さゆえに、龍の爪でさえ剥げてしまうほどだったらしい。龍がその手を痛めた場所には、赤い花――龍爪花――が咲くようになり、やがて肥沃な土地として発達していったという。

 ところがあろうことかその娘は、龍と夫婦になることを嫌がり、龍の宝玉を持って逃げ出したのだそうだ。許しを乞う娘を殺め、宝玉を粉砕し、それでも怒り狂う龍を静めるため、この国の王はこれからも娘の罪をあがなうことを約束した。

 宝玉の欠片をその身に宿して生まれた子どもは娘の生まれ変わり。その者は罪を灌ぐために、かつて龍が涙と血とを流した始まりの場所で、花守をしなければならないのだと決められている。たったひとり死ぬまで辺境の土地で過ごす。それがこの地で千年も続く古くからの習わし。

 死後に残った宝玉の欠片は王家に保管され、完全な形を取り戻した時、再び龍がこの地に舞い降りるのだという。その時ようやく、娘、ひいてはこの国の民が背負った罪が許されるのだとか。

 そして私の背には、龍の宝玉の欠片がある……らしい。らしいというのは、私は自分でその宝玉とやらを見たことがないからだ。鏡は王族だけに許された貴重品。私のような穢れた者が触れることは許されないのだという。揺れる水面には、私の姿さえはっきりとは映らない。

 物心ついた時には、既に神殿で暮らしていた。暴力を受けることはなかったけれど、それは宝玉に傷がつけばこの国に災いがもたらされると言われているから。あの温度のない眼差しを見れば、いかに自分が厭われているかなど容易く理解できた。

 涙を流すことなかれ。
 感情を出すことなかれ。
 言葉を発することなかれ。 

 戒めを破ればたちどころに私は息絶え、宝玉の欠片もまた失われるのだという。よもや国に迷惑をかけることはあるまいな。そう脅されれば、自死さえできない。

 当たり前のことすら許されず、果たして私が生きている意味はあるのか。それすら私にはわからない。生まれてこのかた、すべてを否定され続けていれば、いつの間にか考えることすら億劫になってしまった。
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