巫女見習い、始めました。

石河 翠

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第三章

(4)凪くんに呼び出されました。

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 椿さんの家は古いからか、夜になるとすごく冷える。特にお風呂場とお手洗いは特別寒い。だから晩御飯の後にお風呂に入るのが面倒くさくて、ぎりぎりまでぐずぐずしてしまう。今日もえいやっと頑張ってお風呂に入り、このままお布団に潜り込んでしまおうと脱衣所を出た瞬間、目の前には神社があった。そんな、お風呂に入った後にお出かけとか聞いてないよ。

「ちょっと、ちょっと、こんな状況で神社に呼び出されたら風邪ひいちゃうよ!」
「寒くはないだろう? この周りだけは結界が貼ってあるから。そもそも、今までも美優をこの神社に呼んだ時は、結界を張っていたが?」
「え、そうだっけ?」
「そうじゃなければ白衣と袴では、美優はすぐに凍えてしまうよ」

 なぜか勝手に呼び出した凪くんに笑われてしまった。失礼すぎる。だって、お風呂上りにいきなり外に呼び出されたら慌てちゃうのも仕方がないよね?

「それで、急にどうしたの?」
「美優が巫女見習いとして新しい仕事を始めたようだから気になったんだ」
「新しいお仕事?」

 一体何のことかと考えて、碧生くんのことが頭に浮かんだ。碧生くんと碧生くんの従兄弟が仲直りすることが、どうやら巫女見習いのお仕事としてカウントされるみたい。前回の茜ちゃんの時もそうだったけれど、あんまり巫女見習いっぽくないお仕事だよね。もしかして、この島に住むひとの困りごとを解決できたら、何でもオッケーだったりするのかなあ。

「ええと、クラスに碧生くんっていう男の子がいるんだけれど。島の外に住んでいる従兄弟と仲直りがしたいんだって」
「喧嘩の原因は?」
「うーん、まだ聞いてないの。細かいことはわからないんだけれど、とりあえず仲直りするためには、年賀状を書こうか迷っているみたい」
「年賀状? 今どきは電話をかけないのか?」
「今どきはむしろ電話はかけないよ。メッセージアプリばっかりじゃない?」

もしかしたら、凪くんは携帯を持っていないのかもしれない。小学生のうちは、メッセージアプリの利用は禁止っていうおうちもあるみたいだし。喧嘩をしていることを内緒にしているなら、お父さんやお母さんの電話を借りるのも頼みにくいよね。年賀状は、この機会ならなんとか謝れるっていう最高のタイミングだったのかも。

「それで、仲直りのたに年賀状を書くのって、凪くんはどう思う?」

 凪くんが不思議そうな顔をした。わたし、何か変なこと言ったかな?

「どう思うというのは?」
「年賀状で、謝ることってできるのかな?」
「どんな形であっても、自分の気持ちを相手に伝えることは大事なことだ。自分が何を考えているのかは、言葉にしなければ相手に伝わらないのだから」

 いつの間に合流したのか、凪くんの足元でペンギンがうんうんとうなずいている。

「そういうものかな。でも、『明けましておめでとう』のあとに、『去年はごめんなさい。今年も仲良くしてください』って書くのは変じゃない?」
「変とか変じゃないとか、普通とか普通じゃないって言うのは、誰が決めるんだ? 自分が言いたいことをそのまま伝えたらいいんじゃないか。俺も、美優に巫女見習いになってほしかったから、会うたびにずっと伝えてきただろう?」
「凪くんは、自分の言いたいことばっかり言いすぎだよ。ああいうのは、言われた方も困るからちょっとやめた方がいいと思う」

 出会ったときのことを思い出して、つい眉をひそめてしまった。正直なところ、あのやり方を正しいとは思ってほしくない。確かに凪くんの気持ちは伝わったし、言いたいことはよくわかったけれど、そこには相手がどう感じるのかって思いやる気持ちなんかが一切なかったんだ。

「そういうものか」
「そういうものなの」
「俺は相手のことを考えていなくて、美優や美優の友だちは相手のことばかりを考えているみたいだ。その辺りが、ちょうどバランスよくなれたらいいのにな」
「本当だね」

 ちょうどよくっていうのが、案外一番難しいのかもしれない。とりあえず、明日学校に行ったら、碧生くんに喧嘩の原因を聞いたうえで、年賀状を出してみるようにアドバイスをすることにした。


 ***


「それにしても、もう年賀状の季節なのか」
「まあ、年賀状の前にクリスマスがあるんだけれどね」
「俺にとっては正月のほうが身近だし、わくわくするからな」
「やっぱり、神社ではクリスマスは祝えないの?」
「そういう意味ではない」

 じゃあどういう意味なんだろう。凪くんの言葉はなんだかちょっとしんみりしていた。大みそかは除夜の鐘、元旦になったら初詣でどこもすごい人手だ。もしかしてこの神社も、昔はあの不思議な扉を通らなくても、普通にみんなが来ることができたのかもしれない。今ここにいるのは、凪くんとペンギンだけだから、もしかして寂しいのかな。

「凪くんは、お正月が好きなんだね」
「ああ。美優は、好きじゃないのか?」

 驚いたように言われて、肩をすくめてしまった。こんな風に驚かれたのは、お友だちにクリスマスがあんまり好きじゃないってうっかり言ってしまったとき以来かもしれない。お正月が好きじゃないっていうのも、あんまり言わないようにした方がいいのかも。

 ちょっと仲良くなると、うっかり心の中に閉じ込めていたものがするりと口から抜け出てきちゃうことがある。それは他のひとにとって好ましくないものであることも多いから、慌ててしっぽを捕まえてお腹の中に戻すようにしているんだ。

「うーん、そうだね。あんまりお正月は好きじゃないかも。お正月の三が日以外は塾の冬季講習があるし、せっかくの休みなのに面白いテレビはやっていないし。部屋でだらだらしてたら、勉強しなさいって怒られるし」

 こういうときは、誰にでも身に覚えがあることを持ち出すと納得してもらえる。ああ、そういうことかって笑ってもらえる話にするのが一番だ。わたしの返事に、ペンギンが首を左右に振りながら、身体を上下に動かしていた。すごくせわしない動きで、ちょっと笑ってしまう。

「美優はつまらんの。ようやく待ちに待ったお正月が来るというのに、美味しいお節を食べようとも思わんのか?」
「お餅はまあまあ好きだけれど。お節やお雑煮はそれほどでもないかなあ」

 そもそも我が家では、お節を食べたがるのはお父さんだけだ。一応、毎年デパートで予約をしているけれど、正直、もっと違うものが定番になってもいいのになんて思う。お節のそれぞれにひとつひとつ意味があることは知っているけれど、栗きんとん以外に好きなものがないんだよ。

「なんじゃと。ということはまさか、そなたは正月になまこやクジラを食べることもないのか!」
「えええ、なまこにクジラ? 全然食べたことないよ。美味しいの?」
「美味しいから、勧めるのであろうが」
「そりゃあそうだけれど。でも、なまこにクジラだよ? わざわざ食べなくてもよくない?」

 そもそも目の前のペンギンは、神社に祀られているクジラと繋がりがあるんだよね? 本体なのか、関係者なのかわからないけれど。それなのに、本人が「お正月にクジラを食べないのか?」なんて聞いてくるのって、変な気がする。

「美優は細かいのう。ほれ、スーパーのチラシでも、鳥や魚が『おいしいよ』などと言うておるではないか」
「それもよく考えると結構怖いからね」
「じゃが、吾輩たちにしてみれば、理由があって捕まえたのならば、骨のひとかけらまで無駄なく使ってもらうことこそ本望じゃがの。誰に顧みられることもなく、朽ちていくのは耐えられぬ」

 思ってもみない言葉に、言葉が出なかった。何となく、「クジラは食べたくない」と言うわたしと、「捕まえたのならちゃんと全部使ってくれ」というペンギンもといクジラさん。わたしは、この辺りの島でどうしてクジラを捕まえていたのかすら知らない。どんな風に食べるのかも。

 それはもしかしたらみんなが当たり前に知っているから教わったいないのかもしれないし、すっかり忘れられてしまっているから教わっていないのかもしれない。でも、この島と海にまつわる歴史を知ることも、巫女見習いの大事な役割なんじゃないのかな。

「家に帰ったら、クジラのこと、調べてみるね。お正月に食べるのかも、聞いてみる」
「無理はせんでよいぞ」
「ううん、こういう機会でもないと、たぶん食べることなんてないと思うから」
「むむむ、これもまた時代の移り変わりよの」

 凪くんとペンギンさんは、なんとなく嬉しそうな顔をしているように見えた。
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