【異世界恋愛短編集】冷遇された身代わり花嫁は、継子の不幸を許さない。

石河 翠

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2.最後を決めるのは、あなたではなくて私なのだけれど?

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 王妃ヘスターは希代の悪女として、処刑されようとしていた。なぜこんなことになったのか、ヘスターにはさっぱりわからない。わからないことが、もしかしたらヘスターの罪なのかもしれなかった。

 ヘスターは学のない女だ。そもそも、王妃になるような身分の人間ではない。田舎貴族どころか、ただの片田舎に住むごく平凡な平民の村娘に過ぎなかったのだ。特筆すべきことは、遠い街から引っ越してきた綺麗な男の子スチュアートと仲が良かったということくらい。

 それでもヘスターは、その男の子と一緒に大きくなり結婚できる自分は世界で一番の幸せ者だと思っていた。大好きなスチュアートのためにお料理を頑張ろう。スチュアートと自分の誕生日、それから新年を迎える日にはふわふわの白パンも食べられたらいいな。そんなささやかな希望を抱きしめて、ふたりは寄り添っていた。

 そんな未来が崩れ去ったのは、村でささやかな結婚式を挙げた翌日のこと。スチュアートを迎えに来た王都の騎士団から、彼が高貴な血を引いていること、早逝した国王と王太子の代わりに王座に就くのだと知らされた瞬間に、ヘスターの幸せは壊れてしまった。

 スチュアートを迎えに来た騎士たちは、彼とヘスターが既に婚姻済みだと知ると、大層難しい顔をした。この世界で離婚は不可能だ。神殿で誓いを行えば、神の名のもとに婚姻は承認される。なかったことにはできない。

 唐突に騎士の剣が迫りヘスターは覚悟を決めたが、命を落とすことはなかった。彼女の身は、スチュアートの母の形見である加護の指輪が守ってくれたのだ。その指輪は亡くなった国王からスチュアートの母に贈られたものらしいが、取り上げようにもヘスターの指から外れることはなかった。

 結局ヘスターは故郷に残ることなく、スチュアートの正妻として王都に帯同することになる。図々しい田舎女と蔑まれたが、ヘスターは気にも留めなかった。ヘスターはわかっていたのだ。スチュアートを迎えに来た時でさえ、不意打ちで殺されそうになってしまった。彼と離れてしまえば、どうせすぐに殺されるに決まっている。一緒に行っても死ぬ。一緒に行かなくても死ぬ。それならば、最期の時までスチュアートの隣にいよう。それが自分のたったひとつの望みなのだから。

 しかしヘスターは甘かった。確かに彼女は平民なりにいろいろと考えて行動していたけれど、悪辣さではどうしても貴族には敵わない。彼女はスチュアートと一緒に王都に引っ越してから数年の後に、国王をたぶらかした希代の悪女として処刑されることになってしまったのである。

 一体何が起きたのか、意味がわからなかった。何せ罪状は、横領。王国の財政難はヘスターが無駄な贅沢をした結果起きたのだという。そんなはずはない。城に連れてこられてからというもの、ヘスターは基本的に軟禁状態だった。数度社交の場に出たことはあったが、すぐにお声もかからなくなった。食事も日に数度差し入れが行われるのみ。

 初めのうちはスチュアートもヘスターの元を訪れていたが、それもしばらくするとなくなってしまった。いくら幼馴染とはいえ、王都の高貴な女性と比較すれば粗が目立つのだろう。そんな風に心ない者は噂したが、ヘスターはそんなことちっとも構わなかった。ただ心配なのは、スチュアートがちゃんとご飯を食べているか、ちゃんと夜眠れているか、それだけだったのだから。

 処刑が決まってからも、国王となったスチュアートはヘスターの前に姿を現わさなかった。代わりに当日、彼女を最も敵視していた宰相とその娘である侯爵令嬢が品のない笑みを浮かべて特別席に座っていた。処刑は庶民の娯楽とはよく言ったものだけれど、うら若き乙女が堂々と見学に来るのはいかがなものだろうか。

 詮無きことを考えつつ処刑人の前にひざまずき、そっと首を垂れた。スチュアートが誉めてくれた髪の毛も、斬首の邪魔にならないように短く切られてしまった。そういえば冤罪の処刑の場合、守りの指輪はどうなるのだろうかと思っていたヘスターは、最期の瞬間に驚きに目を見張ることになる。なんと、守りの指輪はその加護を発動しなかったのである。

 ころころと転がったのは、ヘスターの首か、それとも加護を失った指輪か。スチュアートのことなど、恨んではいない。けれどもしも可能ならば、スチュアートに自分のことをどれだけ愛していたのか聞いてみたいと思った。
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