【異世界恋愛短編集】冷遇された身代わり花嫁は、継子の不幸を許さない。

石河 翠

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4.申し訳ないのですけれど、聖女といえども人間ですもの。

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 クレアは真面目なだけが取り柄の平凡令嬢だ。「将来、世界を救う聖女になる」なんて神託が下りてしまったせいで、貴族というのもおこがましい辺境の貧乏男爵家から神殿に引き取られた。持参金を用意するのも難しかった両親は、聖女に選ばれたことを大層喜んだ。何せ、聖女は基本的に王族に嫁ぐのが一般的なのである。最高の玉の輿が約束されたも同然だった。

 神殿はクレアを聖女として粛々と育て上げた。彼女に教えられたのは、神殿の理想とする聖女としての生き方だ。清く正しく美しく。すべてに対して平等に、公平に、愛を分け与える。決して怒らず、相手の心を受け止める。迷える者を導き、教え諭す。常に柔らかな微笑みを浮かべるクレアに、かつての田舎娘の面影などどこにもなかった。

 クレアは慣例通り、王太子の婚約者に据えられた。実はクレアは王太子と話したことがほとんどない。婚約が決まった際に少しばかり会話を交わしただけ。それ以降は、誕生日の際にちょっとした贈り物が届くばかり。それでも、頼れるものが何もないクレアにとって、王太子の存在は何よりも大きな心の支えだったのだ。王宮など初めてで右も左もわからないクレアのことを馬鹿にすることなく、柔らかな声で労わってくれた。それだけで好意を抱くに十分だったのだから。

 住まいが神殿から離宮に移ったところで、クレアの暮らしは静かなものだ。つい先日まで貴族らしからぬ庶民的な家庭で暮らしていたクレアにはどうしても寂しさが募る。それでも彼女は涙をこらえて必死に頑張った。それもこれも、婚約者となった王太子に迷惑をかけないためだ。

 とはいえ世界の危機も起きないままクレアが年齢を重ねていくと、周囲も次第に腫れ物を扱うように変わっていった。さすがに女神の神託が間違いであったとは思わないが、既に危機は乗り越えられたのではないか。それならば聖女に予算をかける必要はないと少なくとも王家には思われたのだろう。離宮にあったクレアの部屋はなくなり、神殿に戻された。クレアの扱いは年々悪くなり、今ではたったひとりの護衛騎士がいるばかりである。護衛騎士が身に着けている骨董品のような鎧を新調させてやることさえ、クレアにはできなかった。

 今のクレアのあだ名は、「穀潰しの聖女さま」だ。それならば自分の食い扶持くらい自分で稼ごうと神殿で働くことを申し出たが、聖女としての格が下がることを恐れたのか、はたまた逃亡防止のためか、クレアが神官たちに交じって働くことは許可されなかった。それどころかさらに神殿の奥深く、かつて不治の病に侵された高貴なる人々が隔離された北の離れに閉じ込められてしまったのである。

 なぜ今さらになって、この離れへ隔離されたのかクレアには理解できなかった。しかもおしゃべりで噂好きな使用人たちに加えて、王家の近衛騎士たちまで配置されている。今までとは雲泥の差だ。一体、何が起こっているのか。不思議に思いつつも、これまでとは異なり自由に神殿内を歩き回ることのできなくなったクレアは、確認することができなかった。そんなクレアに答えを教えてくれたのは、おしゃべりな使用人たちだ。

「それにしても聖女さまもお気の毒よね。婚約破棄されたことも知らないまま、こんなところに閉じ込められて」
「そりゃあ、穀潰しの聖女さまかもしれないけどさあ。『念のため』なんて理由で、一生飼い殺しにされるなんて、あたしはまっぴらごめんだわ」
「大体、王族は中央神殿で結婚式を挙げるのが習わしだからって、聖女さまがいるところで結婚式を挙げなくたって……」
「あんたたち、滅多なことを言うもんじゃないよ。不敬罪で死にたいのかい」

 ああ、なるほどと妙にクレアは納得した。突然、待遇が変わって疑問に思っていたことが全部理解できた。急に増えた使用人も、厳重な警備も、クレアのために用意されたものではない。隣国の王女を娶る王太子を、クレアから守るためのものだった。嫉妬に狂ったクレアが凶行に及ぶとでも思われたのだろうか。

 ころころと聖女教育の賜物たる声で、クレアは笑った。王家の心配も、神殿の対応も、使用人たちの同情もすべてが滑稽で仕方がない。護衛である神殿騎士が差し出したハンカチなど受け取らぬまま、涙が止まらなくなるまで笑い続けた。そしてその夜、クレアは自室の窓から転落して死んだのである。享年17歳。早すぎる死だった。
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