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4.申し訳ないのですけれど、聖女といえども人間ですもの。
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「まさか聖女さまが、聖地巡礼の旅に出られるとは……。正直、驚きました」
「あら、私、もともと平民同然の男爵家出身なのです。質素な生活には慣れております。むしろ、働かざる者食うべからずの精神で生きてきましたから、神殿での生活はなかなかに居心地が悪うございました」
屋台で食べ歩きをしながら、クレアは護衛騎士に微笑んだ。フードも被らずに顔を出し、大口を開けて肉の串にかぶりついている姿は上品とは言い難い。けれど、美味しそうに食べる彼女の様子はしっかり広告塔の役割を果たしているらしく、屋台には行列ができ始めていた。
「さてせっかくの旅ですが、これからどちらに向かいましょうか?」
「これが私のやりたいことリストですわ」
「なんだか、食べ物関係のことが多いような……?」
「当然ではありませんか! せっかく旅に出るのです。その土地の文化を知るには、その土地の食べ物を食べるのが一番。美味しいものを食べて、世の中のためになるなら最高の巡礼になりますとも」
「聖女さま、ずいぶんとお変わりになりましたね。まるで、神殿にいらっしゃったばかりの頃のようです」
「私は、私らしく生きた上で、聖女の役割を全うしたいのです。それは我儘なことでしょうか?」
王族は、国のため、民のために生きることを求められる。聖女とて、似たような立場ではあるのだ。けれど、クレアの質問に護衛騎士は小さく首を横に振った。
「まさか、滅私奉公など必要ありません。聖女さまが、聖女さまらしくお過ごしいただければそれで十分です。わたしは王族とて、自分の責任を果たすことができるのであれば自分らしく生きる権利があると思っておりますよ」
「まあ、嬉しい。それでは、私のやりたいことリストのひとつ目をまず叶えましょうか。わたしのことは今後、クレアと呼んでくださいませ。私もあなたのことは、今後名前で呼ばせていただきます」
「承知しました、クレアさま。わたしのことは、デズモンドと」
「クレアと呼んでいただいて構わないのですけれど。でも、しばらくはこのままでいきましょうか。デズモンドさま」
大陸を西へ西へと進む巡礼の旅は終わらない。ひとつの町でリストの願い事がいくつも叶うこともあれば、複数の町を越えても願い事が叶わないこともままあった。
「ちなみに、リストには他にどのような願いが書かれているのですか?」
「難易度順に書いてあるので、上位には結婚、出産などがありますね。何せこれらは、私の希望では通らないものですから。神殿の権威を振りかざして、ごり押しするなど絶対に嫌ですもの」
「王家でもあるまいし、ということですね。とはいえ、聖女さまの夫になることを嫌がる者などおりましょうか。むしろわたしは、王家からの横槍の方が心配です」
「諸国漫遊に出た聖女を今さら取り返そうとするなんて」
「要らないと自分が捨てたものであれば、自分が求めればいつでも喜んで戻ってくると思っているのですよ」
「あら、私は自分の意思で出て行ったのですけれど。見解の相違というのは恐ろしいものですわね」
しかし残念ながら嫌な予感ほどあたるもの。デズモンドの心配は的中し、クレアたちの前にかつてクレアを捨てた王太子が姿を現した。ああ、こんな顔だったなとしみじみ反芻する。
「久しぶりだな、婚約者殿。俺の気を引きたいのは理解できるが、国を出奔するのはやり過ぎだ」
よくわからないことを言い出した王太子を前にしつつも、クレアは聖女らしく柔らかく微笑んでみせた。
「あら、私、もともと平民同然の男爵家出身なのです。質素な生活には慣れております。むしろ、働かざる者食うべからずの精神で生きてきましたから、神殿での生活はなかなかに居心地が悪うございました」
屋台で食べ歩きをしながら、クレアは護衛騎士に微笑んだ。フードも被らずに顔を出し、大口を開けて肉の串にかぶりついている姿は上品とは言い難い。けれど、美味しそうに食べる彼女の様子はしっかり広告塔の役割を果たしているらしく、屋台には行列ができ始めていた。
「さてせっかくの旅ですが、これからどちらに向かいましょうか?」
「これが私のやりたいことリストですわ」
「なんだか、食べ物関係のことが多いような……?」
「当然ではありませんか! せっかく旅に出るのです。その土地の文化を知るには、その土地の食べ物を食べるのが一番。美味しいものを食べて、世の中のためになるなら最高の巡礼になりますとも」
「聖女さま、ずいぶんとお変わりになりましたね。まるで、神殿にいらっしゃったばかりの頃のようです」
「私は、私らしく生きた上で、聖女の役割を全うしたいのです。それは我儘なことでしょうか?」
王族は、国のため、民のために生きることを求められる。聖女とて、似たような立場ではあるのだ。けれど、クレアの質問に護衛騎士は小さく首を横に振った。
「まさか、滅私奉公など必要ありません。聖女さまが、聖女さまらしくお過ごしいただければそれで十分です。わたしは王族とて、自分の責任を果たすことができるのであれば自分らしく生きる権利があると思っておりますよ」
「まあ、嬉しい。それでは、私のやりたいことリストのひとつ目をまず叶えましょうか。わたしのことは今後、クレアと呼んでくださいませ。私もあなたのことは、今後名前で呼ばせていただきます」
「承知しました、クレアさま。わたしのことは、デズモンドと」
「クレアと呼んでいただいて構わないのですけれど。でも、しばらくはこのままでいきましょうか。デズモンドさま」
大陸を西へ西へと進む巡礼の旅は終わらない。ひとつの町でリストの願い事がいくつも叶うこともあれば、複数の町を越えても願い事が叶わないこともままあった。
「ちなみに、リストには他にどのような願いが書かれているのですか?」
「難易度順に書いてあるので、上位には結婚、出産などがありますね。何せこれらは、私の希望では通らないものですから。神殿の権威を振りかざして、ごり押しするなど絶対に嫌ですもの」
「王家でもあるまいし、ということですね。とはいえ、聖女さまの夫になることを嫌がる者などおりましょうか。むしろわたしは、王家からの横槍の方が心配です」
「諸国漫遊に出た聖女を今さら取り返そうとするなんて」
「要らないと自分が捨てたものであれば、自分が求めればいつでも喜んで戻ってくると思っているのですよ」
「あら、私は自分の意思で出て行ったのですけれど。見解の相違というのは恐ろしいものですわね」
しかし残念ながら嫌な予感ほどあたるもの。デズモンドの心配は的中し、クレアたちの前にかつてクレアを捨てた王太子が姿を現した。ああ、こんな顔だったなとしみじみ反芻する。
「久しぶりだな、婚約者殿。俺の気を引きたいのは理解できるが、国を出奔するのはやり過ぎだ」
よくわからないことを言い出した王太子を前にしつつも、クレアは聖女らしく柔らかく微笑んでみせた。
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