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5.編み物好きなお姫さまの結婚
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すっかりふたりが仲良くなった頃、白銀の国には今までに経験したことのない寒波がやってきました。隣国は既に氷漬けになり、白銀の国に多くの民が避難してきているそうです。
「このままではみんなが凍え死んでしまいます」
『どうする気だ。そなたにできることは何もないと思うが』
大蜘蛛がぬばたまの瞳でお姫さまを見据えました。大蜘蛛の言うことはもっともな話です。だっていくら才能があったとはいえ、お姫さまの行動がすぐさま実行されてきたのは、お姫さまがお姫さまであったからです。大蜘蛛と神殿で編み物ばかりしているお姫さまに、一体何ができるのかと思われても仕方がありません。けれどお姫さまは胸を張って答えます。
「今の私はただの編み物好きに過ぎません。けれど、編み物好きにしかできないことがたくさんあるのですよ」
そうしてたまりにたまった作品たちを抱えると、愛する民に配りにいくことにしたのです。
大蜘蛛の姿はさすがに怖がる者も多いでしょう。お姫さまのアイディアで、大蜘蛛はデフォルメした大蜘蛛の着ぐるみマントをかぶっています。この着ぐるみマントは大蜘蛛自身が作ったものですので、どの方向から見ても可愛らしいという奇跡の一品です。おかげさまで、子どもたちが泣きわめくことなく防御魔法の付与が織り込まれたセーターやひざかけ、マフラーなどをつつがなく配ることができています。
『よくもまあこんなに作ったものだな』
「編み物好きなら、完成品はあっという間に山になってしまうものですよ。それにあなたとの修行のおかげで、普通程度の腕前にはなりましたし、魔法のおかげで複製もたっぷり作ることができました。まあ、オリジナル本体の魔法耐性には遠く及びませんが、この寒波をしのぐことは可能なはずです」
お姫さまたちは、平民から下級貴族、上級貴族と順々に回っていきます。身分の高いものたちは、自分たちの魔力でしのげるぶん後回しなのです。お姫さまに編み物を止めろと言っていた人間たちが後回しになっているような気もしますが、それはたぶん気のせいです。しれっと文句を言ってきた人間の顔と名前は、笑顔で脳内に記憶しているので問題ありません。
そして夜遅くになって、お姫さまは実家である王宮に足を踏み入れたのです。そこでは青い顔をした王さまが、鼻水を凍らせたまま身体を震わせていました。そんな王さまが膝をついて謝ると同時に、お姫さまは大きな大きなセーターを王さまに着せてやりました。
「ああ、なんて温かいのだろう。お前の優しい心根そのもののようだ。お前の愛するものを取り上げようとしたわたしが愚かだったのだ。本当にすまない。……おや、なんだ、これは。ちくちくする。なんだか、とてもちくちくして、その言いにくいのだが、着心地が非常に悪いのだが……」
「あら、仕方がないではありませんか。ちくちく言葉で私の心を悩ませたのですもの。少しばかりちくちくするセーターでも、我慢して着ていただかなくては。凍えるよりはましですわ、ええ」
お姫さまは銀糸や金糸が織り込まれているとびきりの毛糸玉で、王さまのセーターを編んだのです。とっても、華やかできらきらしていて素敵なのですが、洋服には向いていない毛糸玉。もちろんそんな毛糸玉でできたセーターの着心地は最悪としか言いようのない代物でした。それでもお姫さまの魔力と愛情がたっぷり詰まったセーターです。この寒さからきっちり身を守ってくれるでしょう。毛根以外は。
「ううう、父を許しておくれ……」
さめざめと王さまが泣きだしたその時です。
「そのセーターとやら、儂にも一枚もらえんかの?」
へっくしゅんと大きなくしゃみをひとつして、氷竜が窓から顔をのぞかせたのでした。
「このままではみんなが凍え死んでしまいます」
『どうする気だ。そなたにできることは何もないと思うが』
大蜘蛛がぬばたまの瞳でお姫さまを見据えました。大蜘蛛の言うことはもっともな話です。だっていくら才能があったとはいえ、お姫さまの行動がすぐさま実行されてきたのは、お姫さまがお姫さまであったからです。大蜘蛛と神殿で編み物ばかりしているお姫さまに、一体何ができるのかと思われても仕方がありません。けれどお姫さまは胸を張って答えます。
「今の私はただの編み物好きに過ぎません。けれど、編み物好きにしかできないことがたくさんあるのですよ」
そうしてたまりにたまった作品たちを抱えると、愛する民に配りにいくことにしたのです。
大蜘蛛の姿はさすがに怖がる者も多いでしょう。お姫さまのアイディアで、大蜘蛛はデフォルメした大蜘蛛の着ぐるみマントをかぶっています。この着ぐるみマントは大蜘蛛自身が作ったものですので、どの方向から見ても可愛らしいという奇跡の一品です。おかげさまで、子どもたちが泣きわめくことなく防御魔法の付与が織り込まれたセーターやひざかけ、マフラーなどをつつがなく配ることができています。
『よくもまあこんなに作ったものだな』
「編み物好きなら、完成品はあっという間に山になってしまうものですよ。それにあなたとの修行のおかげで、普通程度の腕前にはなりましたし、魔法のおかげで複製もたっぷり作ることができました。まあ、オリジナル本体の魔法耐性には遠く及びませんが、この寒波をしのぐことは可能なはずです」
お姫さまたちは、平民から下級貴族、上級貴族と順々に回っていきます。身分の高いものたちは、自分たちの魔力でしのげるぶん後回しなのです。お姫さまに編み物を止めろと言っていた人間たちが後回しになっているような気もしますが、それはたぶん気のせいです。しれっと文句を言ってきた人間の顔と名前は、笑顔で脳内に記憶しているので問題ありません。
そして夜遅くになって、お姫さまは実家である王宮に足を踏み入れたのです。そこでは青い顔をした王さまが、鼻水を凍らせたまま身体を震わせていました。そんな王さまが膝をついて謝ると同時に、お姫さまは大きな大きなセーターを王さまに着せてやりました。
「ああ、なんて温かいのだろう。お前の優しい心根そのもののようだ。お前の愛するものを取り上げようとしたわたしが愚かだったのだ。本当にすまない。……おや、なんだ、これは。ちくちくする。なんだか、とてもちくちくして、その言いにくいのだが、着心地が非常に悪いのだが……」
「あら、仕方がないではありませんか。ちくちく言葉で私の心を悩ませたのですもの。少しばかりちくちくするセーターでも、我慢して着ていただかなくては。凍えるよりはましですわ、ええ」
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さめざめと王さまが泣きだしたその時です。
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