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5.編み物好きなお姫さまの結婚
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とんでもない速度で氷竜のセーターを仕上げたお姫さまは、艶やかに目を細めました。大蜘蛛との修行の成果といって差し支えない逸品の完成です。
「お礼に何でも望みを叶えてやろう」
王さまに負けないレベルのとんちきセーターを着て小躍りした氷竜は、満足そうに言いました。氷竜の目からすると、巨大なハートマークの中で竜がウインクをしながら微笑む絵柄は最高にイケているようです。
氷竜のお礼の言葉に、お姫さまはちらりと大蜘蛛を見ました。こくんとうなずいた大蜘蛛は、頭をこすりつけながら願い出ました。
『偉大なる氷竜よ。どうか自分を元の姿に戻してもらえないか』
「何を言っている? 好きで大蜘蛛生活を満喫していたのではなかったのか?」
『そんなわけがないだろうが! 俺はこのまま一生を大蜘蛛の姿で終えるのではないかと夜も眠れぬ日々を送っていたのだぞ』
「そうでしたかしら? 結構ぐっすりとお休みになっていたように思いますけれど」
首を傾げるお姫さまを無視して、大蜘蛛はさらに身を低くして床に這いつくばりました。氷竜もまた不思議そうに首をひねります。
「それだけ編み物が上手になったのだ。自分の呪いくらい自分で解いてしまえばよかろうに」
『……なんだと?』
「人間はそんなこともできぬのか。まあ良い。せっかくだから呪いの解き方も教えてやろう。編み物に糸端があるように、呪いもまた編み目に気を付ければ簡単にほどけるのだ」
ひょいひょいと氷竜が大蜘蛛の身体を撫でますと、するすると黒く長い鎖のようなものが伸びてきました。氷竜はそれをくるくると器用に巻いてしまうと、氷漬けにして足で粉々に踏み潰してしまったのです。そして大蜘蛛がいた場所からは、見目麗しいひとりの王子さまが姿を現わしたのでした。
お姫さまは、王子さまが氷竜に頭を下げる様子をなんともいえない表情で眺めておりました。そんなお姫さまの様子に気が付いたのでしょう。氷竜がゆっくりと振り返ります。
「お前はどうだ。編み物の名手になれるような才が欲しいか? 人並み程度の腕を得たとはいえ、お前の望むものはそんなところではなかろうて」
問われたお姫さまは、思わず吹き出してしまいました。先ほどまでの物憂げな様子はどこへやら。ころころとそれはそれは可笑しそうに笑い続けるのです。
「嫌ですわ、氷竜さま。自分で編むのが楽しいのです。降ってわいた才能で編み物をしたところで、何が面白いというのでしょう。確かに一度や二度はその才能に感動するかもしれません。けれど努力せずに得た才は、きっと私から編み物への情熱を失わせることでしょう。私は私自身の手で高みを目指すのです」
「一理あるな。俺を大蜘蛛にして王位継承権を簒奪した弟も、結局は国を失った。まあ今回の寒波騒動がなくても、いずれ足元をすくわれただろうがな。卑怯な手を使って手に入れたものは、いずれ己の手からすり抜けていってしまうのだろうよ」
さもありなんとと氷竜はうなずきました。氷竜はもしかしたら、お姫さまが断ることを見越して、先ほどの申し出を行ったのかもしれません。そこでお姫さまは、頬に手を当ててふと残念そうにつぶやきました。
「旦那さまが本来の姿を取り戻したことは喜ばしいことなのでしょうが。大蜘蛛ならではの手法やデザイン、極上の蜘蛛糸が失われてしまったことは惜しゅうございましたわねえ。もっと私に時間があれば、せめて編み図として残しておきましたのに」
大変な奇跡を目にしているにもかかわらずこの言い草。編み物を愛するお姫さまにとってはなんとも口惜しい事態だったようです。
「そなた、大蜘蛛のままの俺の方が良かったと思っているのではあるまいな?」
「……そんなまさか」
「どうして即答しない!」
「そうか、そうか。それならば良い方法がある。なに、簡単なことだ。王子は長いこと大蜘蛛として暮らしていたゆえ、人間の姿に戻ってからも、いくつか大蜘蛛の特殊能力を引き継がせることが可能だ。それはお前の望みに沿うのではなかろうか」
氷竜の申し出に王子さまは冷や汗が吹き出ました。お姫さまは普段は大変真面目で優しいひとなのですが、編み物のこととなりますと信じられないくらい突拍子もない行動に出てしまうのです。
蜘蛛の能力といっても、いくつもあります。複眼で死角なしに周囲を見渡すことのできる視覚。毒の無効化。このような能力であれば、王子さまだってちょっといいなと思ったかもしれません。けれど、残念ながら氷竜が授けてくれようとしているもの、そしてお姫さまが欲しがっているものはそんな類のものではないでしょう。
「蜘蛛は腹から糸を出すのだが、人間にはそのような場所が残念ながらない。このままではさすがに王子が糸を出すことは難しいだろう」
「ええ、やはりそうですわよね」
お姫さまが落胆の声を上げ、王子さまが一瞬ばかり胸を撫でおろしたその時です。
「だが、人間どもは蜘蛛は尻から糸を出すと勘違いしている者が多いようだな。信じる人間が多ければ、それは魔法として成立する。喜べ、人間の王子よ。お前には、解呪のほかに尻から極上の蜘蛛糸を出せる能力を贈ってやろう。儂からの結婚祝いだ。受け取れ」
「俺にそんな面白機能をつけるんじゃない!!!」
「慎み深い男だな。よい、よい。遠慮するな。せっかくだから、蜘蛛の糸は一年のうち一定期間のみ黄金色に輝くようにしておいてやろう」
「まあ、普段は銀糸、期間限定で金糸だなんて。なんて素晴しいのでしょう!」
「素晴らしくないからな! 絶対に嫌だからな!」
セーターを着こんだ彼らの賑やかなおしゃべりはいつまでも続きました。足元では、もうすっかり松雪草が顔をのぞかせています。
それからお姫さまは、献身的な旦那さまと結婚して素晴らしい女王さまになりました。好きを仕事にできなかったお姫さまですが、好きのために大変な仕事を頑張ることにしたのです。女王さまの楽しみは、大好きな編み物をすること。そしてそれを優しい旦那さまと可愛い子どもたちにプレゼントすることです。少しばかり風変りな模様のセーターは、いつしか冬の風物詩となり、国中に広く伝わることになったのでした。
「お礼に何でも望みを叶えてやろう」
王さまに負けないレベルのとんちきセーターを着て小躍りした氷竜は、満足そうに言いました。氷竜の目からすると、巨大なハートマークの中で竜がウインクをしながら微笑む絵柄は最高にイケているようです。
氷竜のお礼の言葉に、お姫さまはちらりと大蜘蛛を見ました。こくんとうなずいた大蜘蛛は、頭をこすりつけながら願い出ました。
『偉大なる氷竜よ。どうか自分を元の姿に戻してもらえないか』
「何を言っている? 好きで大蜘蛛生活を満喫していたのではなかったのか?」
『そんなわけがないだろうが! 俺はこのまま一生を大蜘蛛の姿で終えるのではないかと夜も眠れぬ日々を送っていたのだぞ』
「そうでしたかしら? 結構ぐっすりとお休みになっていたように思いますけれど」
首を傾げるお姫さまを無視して、大蜘蛛はさらに身を低くして床に這いつくばりました。氷竜もまた不思議そうに首をひねります。
「それだけ編み物が上手になったのだ。自分の呪いくらい自分で解いてしまえばよかろうに」
『……なんだと?』
「人間はそんなこともできぬのか。まあ良い。せっかくだから呪いの解き方も教えてやろう。編み物に糸端があるように、呪いもまた編み目に気を付ければ簡単にほどけるのだ」
ひょいひょいと氷竜が大蜘蛛の身体を撫でますと、するすると黒く長い鎖のようなものが伸びてきました。氷竜はそれをくるくると器用に巻いてしまうと、氷漬けにして足で粉々に踏み潰してしまったのです。そして大蜘蛛がいた場所からは、見目麗しいひとりの王子さまが姿を現わしたのでした。
お姫さまは、王子さまが氷竜に頭を下げる様子をなんともいえない表情で眺めておりました。そんなお姫さまの様子に気が付いたのでしょう。氷竜がゆっくりと振り返ります。
「お前はどうだ。編み物の名手になれるような才が欲しいか? 人並み程度の腕を得たとはいえ、お前の望むものはそんなところではなかろうて」
問われたお姫さまは、思わず吹き出してしまいました。先ほどまでの物憂げな様子はどこへやら。ころころとそれはそれは可笑しそうに笑い続けるのです。
「嫌ですわ、氷竜さま。自分で編むのが楽しいのです。降ってわいた才能で編み物をしたところで、何が面白いというのでしょう。確かに一度や二度はその才能に感動するかもしれません。けれど努力せずに得た才は、きっと私から編み物への情熱を失わせることでしょう。私は私自身の手で高みを目指すのです」
「一理あるな。俺を大蜘蛛にして王位継承権を簒奪した弟も、結局は国を失った。まあ今回の寒波騒動がなくても、いずれ足元をすくわれただろうがな。卑怯な手を使って手に入れたものは、いずれ己の手からすり抜けていってしまうのだろうよ」
さもありなんとと氷竜はうなずきました。氷竜はもしかしたら、お姫さまが断ることを見越して、先ほどの申し出を行ったのかもしれません。そこでお姫さまは、頬に手を当ててふと残念そうにつぶやきました。
「旦那さまが本来の姿を取り戻したことは喜ばしいことなのでしょうが。大蜘蛛ならではの手法やデザイン、極上の蜘蛛糸が失われてしまったことは惜しゅうございましたわねえ。もっと私に時間があれば、せめて編み図として残しておきましたのに」
大変な奇跡を目にしているにもかかわらずこの言い草。編み物を愛するお姫さまにとってはなんとも口惜しい事態だったようです。
「そなた、大蜘蛛のままの俺の方が良かったと思っているのではあるまいな?」
「……そんなまさか」
「どうして即答しない!」
「そうか、そうか。それならば良い方法がある。なに、簡単なことだ。王子は長いこと大蜘蛛として暮らしていたゆえ、人間の姿に戻ってからも、いくつか大蜘蛛の特殊能力を引き継がせることが可能だ。それはお前の望みに沿うのではなかろうか」
氷竜の申し出に王子さまは冷や汗が吹き出ました。お姫さまは普段は大変真面目で優しいひとなのですが、編み物のこととなりますと信じられないくらい突拍子もない行動に出てしまうのです。
蜘蛛の能力といっても、いくつもあります。複眼で死角なしに周囲を見渡すことのできる視覚。毒の無効化。このような能力であれば、王子さまだってちょっといいなと思ったかもしれません。けれど、残念ながら氷竜が授けてくれようとしているもの、そしてお姫さまが欲しがっているものはそんな類のものではないでしょう。
「蜘蛛は腹から糸を出すのだが、人間にはそのような場所が残念ながらない。このままではさすがに王子が糸を出すことは難しいだろう」
「ええ、やはりそうですわよね」
お姫さまが落胆の声を上げ、王子さまが一瞬ばかり胸を撫でおろしたその時です。
「だが、人間どもは蜘蛛は尻から糸を出すと勘違いしている者が多いようだな。信じる人間が多ければ、それは魔法として成立する。喜べ、人間の王子よ。お前には、解呪のほかに尻から極上の蜘蛛糸を出せる能力を贈ってやろう。儂からの結婚祝いだ。受け取れ」
「俺にそんな面白機能をつけるんじゃない!!!」
「慎み深い男だな。よい、よい。遠慮するな。せっかくだから、蜘蛛の糸は一年のうち一定期間のみ黄金色に輝くようにしておいてやろう」
「まあ、普段は銀糸、期間限定で金糸だなんて。なんて素晴しいのでしょう!」
「素晴らしくないからな! 絶対に嫌だからな!」
セーターを着こんだ彼らの賑やかなおしゃべりはいつまでも続きました。足元では、もうすっかり松雪草が顔をのぞかせています。
それからお姫さまは、献身的な旦那さまと結婚して素晴らしい女王さまになりました。好きを仕事にできなかったお姫さまですが、好きのために大変な仕事を頑張ることにしたのです。女王さまの楽しみは、大好きな編み物をすること。そしてそれを優しい旦那さまと可愛い子どもたちにプレゼントすることです。少しばかり風変りな模様のセーターは、いつしか冬の風物詩となり、国中に広く伝わることになったのでした。
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