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LINEを起動して、道林とのトーク画面を開く。
履歴を遡っていって、一番古いもの、すなわち連絡先を交換して最初に交わしたメッセージから見ていくことに。
『一応、改めて自己紹介!』
これが彼女から来た、初めてのメッセージ。
『二年二組、道林花緒です!』
『道林でも花緒でも、花緒ちゃんでも花緒りんでも、好きな呼び方してね!』『美化委員、一緒に頑張ろーね!』
続けて三通、連続で届いたんだ。
オレは『二年三組、藤宮隼人です』と、無難に返信をした。さらに続けて『うん、一緒に頑張ろう』と送ったんだ、無難も無難に。
このときは、まだ道林花緒に恋心なんて抱いていなかった。
好意すらなかった。
ただ同じ委員会に属する、隣のクラスの女子生徒でしかなかった。
連絡先を交換したのは、委員会初日に集まったとき、彼女から訊かれたからなわけだけど。それだって、彼女はオレ以外の他の委員にも男女問わず連絡先を訊いていたから、オレに特別何かあるから~というわけではなかった。
オレと彼女の間に繋がりが生まれたのは、たんに道林花緒という女の子のフレンドリーさによるものでしかなかったのだ。
そんな彼女を意識するようになったのは、偶然のことだった。
いや、必然と言ってもいいかもしれない。必然だなんて、なんか運命どうのこうの言ってるようでハズいけど。でも、間違っちゃいないと思う。
意識したのは、美化委員による放課後清掃をしてたとき。
オレと彼女は二人で体育倉庫の担当だった。
これは、偶然によるものだ。なにせクジ引きで割り当てを決めたんだから。
でも、意識するキッカケになった出来事には、必然も関係してる。
だって、オレが汗っかきでなかったら起きなかったはずだから。
汗っかきは、オレにとって、必然。
だからオレが彼女を意識するようになったのは、偶然であり必然なんだ。
※
オレと彼女、二人、体育倉庫の掃除に励んでいたあの日――
「汗、凄いね」
箒で土埃と格闘していたオレを見て、彼女は言った。
「え、あ~、ゴメン」
反射的に、オレは謝った。
彼女の言葉に、気持ち悪いとか、そういう暗い意味が含まれていると解釈したからだ。体育倉庫は換気がよくなくて空気がこもっていて、狭いからどうしても距離感が近くなってしまっていたから、もしかすると汗臭いのかもしれないとも思った。だったら申し訳ないなと。だから謝ったんだ。
あのときの、きょとんとした彼女の顔、今でもよく覚えている。
「なんで謝るの?」
偽善とか綺麗事を一切感じさせない、本当に素直な疑問だった。
もしあのとき、あのきょとん顔で発せられた彼女のこの言葉に裏が……あとで本人(ここで言うところのオレだが)がいないところで陰口叩くようなものが込められてたとしたら、彼女はとんだ演技派だろう。
「や、ん~、ヤダかなって思って」
正直、オレは流されると思ってた。
ゴメン。あ~、いいよいいよ~。
そんな軽い、上っ面だけみたいなやり取りが交わされて終わるもんだと思ってた。だって今どきの高校生、みんな、人の言葉を平気で受け流すし。
だから、意表を突かれた形になって、しどろもどろな返事になった。
汗もさらに噴き出た。
予想外の展開は、汗っかきにはよろしくない。
「ヤダ? 何が?」
「え? 何って、その、汗がさ……」
「汗?」
「……オレ、汗、めっちゃかいてるじゃん? だから、嫌かなって」
「うん? ん~、まだよくわかってないんだけどぉ~。汗なんてさ、誰だってかくものなんだから! べっつに謝ることじゃないよ!」
そう言った彼女の、屈託ない笑顔。
オレはそれまで彼女を向きながらも手は動かし続けていたけど、箒で掃くことなんてもうすっかり忘れてしまって、ぽかーんとしてしまった。
その日以来だった、いや、その瞬間依頼だった。
彼女のその笑顔が頭から離れなくて。
翌日からずっと、家にいるときも学校にいるときも、彼女が気になるようになってしまったのは。
※
「……多分、深い意味なんて彼女にはなかったんだよな」
っていうか、間違いなくそうだ。
汗なんて誰でもかく。だから謝らなくていいじゃん。
よく考えれば、いや、よく考えてみなくたって、普通のことしか言っていない。特別なことなんて、彼女には一ミリも抱いていなかったはずだ。
でも、オレには特別だった。
汗なんて誰でもかく。
そんな当たり前のこと、今まで男友達にすら言われてこなかったから。
いつだって、笑われて、茶化されて、そこまでだった。
お前、汗かきすぎ~。
マジ服のシミ、どうにかしたほうがよくね?
いつまで汗ダラダラなんだよ。
そんなようなことを言われるばっかりだった。
オレはと言えば、ヘラヘラ笑って、ゴメンゴメンって謝って、済ませてた。
汗なんて誰でもかく。
当たり前のことだけど、その言葉を言える人は、当たり前じゃないんだ。
汗っかきのオレにとって、汗を気にしてる人にとって、多分、それほど救われる言葉はない。
誰だって汗かくよ~、だから気にすんなって。
汗に悩んでる人は、みんな、そう言って欲しいんだ。
もちろん言われたからって、悩みがすべて吹っ飛ぶわけではないけどさ。どれだけ救われるかは人によって違っても、絶対に救われるのは間違いない。
道林花緒が特別な存在になって以降、彼女はオレの頭のどこかにいつでもいるようになった。彼女のことばっかり考えてしまうときすらできて、勉強とかやらなきゃいけないことが疎かにもなったし、ゲームとか読書とか好きな遊びですら退屈にもなった。
毎日毎日、彼女のことばっかりで過ごすようになった。
そして――そんな煩悶とした日々に我慢できなくなったのが、昨晩のこと。
夏休み中も、新学期に入ってからも、そんな妄想生活を続けて過ごすくらいなら、想いを伝えてしまおうと思い立ったんだ。
つまり、告白。
成功しても、失敗しても、前に進めることにはなる。
付き合えれば嬉しいし、断られても自分の思いにひと区切り付けられるわけだから、どちらに転んでも悪くはない。
だから、やる、と決めたんだ。
履歴を遡っていって、一番古いもの、すなわち連絡先を交換して最初に交わしたメッセージから見ていくことに。
『一応、改めて自己紹介!』
これが彼女から来た、初めてのメッセージ。
『二年二組、道林花緒です!』
『道林でも花緒でも、花緒ちゃんでも花緒りんでも、好きな呼び方してね!』『美化委員、一緒に頑張ろーね!』
続けて三通、連続で届いたんだ。
オレは『二年三組、藤宮隼人です』と、無難に返信をした。さらに続けて『うん、一緒に頑張ろう』と送ったんだ、無難も無難に。
このときは、まだ道林花緒に恋心なんて抱いていなかった。
好意すらなかった。
ただ同じ委員会に属する、隣のクラスの女子生徒でしかなかった。
連絡先を交換したのは、委員会初日に集まったとき、彼女から訊かれたからなわけだけど。それだって、彼女はオレ以外の他の委員にも男女問わず連絡先を訊いていたから、オレに特別何かあるから~というわけではなかった。
オレと彼女の間に繋がりが生まれたのは、たんに道林花緒という女の子のフレンドリーさによるものでしかなかったのだ。
そんな彼女を意識するようになったのは、偶然のことだった。
いや、必然と言ってもいいかもしれない。必然だなんて、なんか運命どうのこうの言ってるようでハズいけど。でも、間違っちゃいないと思う。
意識したのは、美化委員による放課後清掃をしてたとき。
オレと彼女は二人で体育倉庫の担当だった。
これは、偶然によるものだ。なにせクジ引きで割り当てを決めたんだから。
でも、意識するキッカケになった出来事には、必然も関係してる。
だって、オレが汗っかきでなかったら起きなかったはずだから。
汗っかきは、オレにとって、必然。
だからオレが彼女を意識するようになったのは、偶然であり必然なんだ。
※
オレと彼女、二人、体育倉庫の掃除に励んでいたあの日――
「汗、凄いね」
箒で土埃と格闘していたオレを見て、彼女は言った。
「え、あ~、ゴメン」
反射的に、オレは謝った。
彼女の言葉に、気持ち悪いとか、そういう暗い意味が含まれていると解釈したからだ。体育倉庫は換気がよくなくて空気がこもっていて、狭いからどうしても距離感が近くなってしまっていたから、もしかすると汗臭いのかもしれないとも思った。だったら申し訳ないなと。だから謝ったんだ。
あのときの、きょとんとした彼女の顔、今でもよく覚えている。
「なんで謝るの?」
偽善とか綺麗事を一切感じさせない、本当に素直な疑問だった。
もしあのとき、あのきょとん顔で発せられた彼女のこの言葉に裏が……あとで本人(ここで言うところのオレだが)がいないところで陰口叩くようなものが込められてたとしたら、彼女はとんだ演技派だろう。
「や、ん~、ヤダかなって思って」
正直、オレは流されると思ってた。
ゴメン。あ~、いいよいいよ~。
そんな軽い、上っ面だけみたいなやり取りが交わされて終わるもんだと思ってた。だって今どきの高校生、みんな、人の言葉を平気で受け流すし。
だから、意表を突かれた形になって、しどろもどろな返事になった。
汗もさらに噴き出た。
予想外の展開は、汗っかきにはよろしくない。
「ヤダ? 何が?」
「え? 何って、その、汗がさ……」
「汗?」
「……オレ、汗、めっちゃかいてるじゃん? だから、嫌かなって」
「うん? ん~、まだよくわかってないんだけどぉ~。汗なんてさ、誰だってかくものなんだから! べっつに謝ることじゃないよ!」
そう言った彼女の、屈託ない笑顔。
オレはそれまで彼女を向きながらも手は動かし続けていたけど、箒で掃くことなんてもうすっかり忘れてしまって、ぽかーんとしてしまった。
その日以来だった、いや、その瞬間依頼だった。
彼女のその笑顔が頭から離れなくて。
翌日からずっと、家にいるときも学校にいるときも、彼女が気になるようになってしまったのは。
※
「……多分、深い意味なんて彼女にはなかったんだよな」
っていうか、間違いなくそうだ。
汗なんて誰でもかく。だから謝らなくていいじゃん。
よく考えれば、いや、よく考えてみなくたって、普通のことしか言っていない。特別なことなんて、彼女には一ミリも抱いていなかったはずだ。
でも、オレには特別だった。
汗なんて誰でもかく。
そんな当たり前のこと、今まで男友達にすら言われてこなかったから。
いつだって、笑われて、茶化されて、そこまでだった。
お前、汗かきすぎ~。
マジ服のシミ、どうにかしたほうがよくね?
いつまで汗ダラダラなんだよ。
そんなようなことを言われるばっかりだった。
オレはと言えば、ヘラヘラ笑って、ゴメンゴメンって謝って、済ませてた。
汗なんて誰でもかく。
当たり前のことだけど、その言葉を言える人は、当たり前じゃないんだ。
汗っかきのオレにとって、汗を気にしてる人にとって、多分、それほど救われる言葉はない。
誰だって汗かくよ~、だから気にすんなって。
汗に悩んでる人は、みんな、そう言って欲しいんだ。
もちろん言われたからって、悩みがすべて吹っ飛ぶわけではないけどさ。どれだけ救われるかは人によって違っても、絶対に救われるのは間違いない。
道林花緒が特別な存在になって以降、彼女はオレの頭のどこかにいつでもいるようになった。彼女のことばっかり考えてしまうときすらできて、勉強とかやらなきゃいけないことが疎かにもなったし、ゲームとか読書とか好きな遊びですら退屈にもなった。
毎日毎日、彼女のことばっかりで過ごすようになった。
そして――そんな煩悶とした日々に我慢できなくなったのが、昨晩のこと。
夏休み中も、新学期に入ってからも、そんな妄想生活を続けて過ごすくらいなら、想いを伝えてしまおうと思い立ったんだ。
つまり、告白。
成功しても、失敗しても、前に進めることにはなる。
付き合えれば嬉しいし、断られても自分の思いにひと区切り付けられるわけだから、どちらに転んでも悪くはない。
だから、やる、と決めたんだ。
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