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本編
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視界を埋め尽くす、禍々しい邪気を放つ黒い波の中。
花のように可憐な口許に微かな笑みを浮かべた少女は、ただ一人舞うように、踊るように、一対の双刀の刃を振るい戦い続ける。
絶望を希望で塗り替えていくその姿。
まるで英雄譚のような光景を前に、人々はずっと失っていた“光”の存在を思い出す。
だが、それは同時に少女に対して僅かに畏れを抱かせた。
追い縋る全てを置き去りにして行く、異常なまでの“力”──天災的なまでの暴力。
人々は少女に畏敬とも疑心ともいえる視線を送った。
しかし、それでもオレは、彼女をただ、“美しい”と思った。
戦いの最中であっても彼女の桜鼠色の柔らかな髪は艶やかに風に揺れ、細く靭やかな四肢は力強く躍動し、陽に照らされた薄い褐色の肌は煌めくような汗を流している。
優美な踊り子のような衣装は、夜闇を溶かしたかのような限りなく黒に近い藍色をしている。
全体を見れば、その色味は寧ろ地味で暗いとも言える。
だが、それにより彼女の深紅の瞳はより鮮やかに映えていた。
やがて、戦いという名の演舞を終えると、彼女はオレの元に駆けつける。
ふわりと飛びついてきた彼女を、オレは力いっぱい抱き締めた。
「ただいま!イース!!」
「おかえり、ラミィ。お疲れさん」
彼女の名は、ラーミナ=ホレフティス。
この国──ベースティア王国最後の“神獣の愛し仔”であり、第四王子たるオレの后になる娘だ。
オレと彼女の出会いは、十年以上も遡る。
オレは、第54代目の王・アルドル=レークス=ベースティアの側妃の子として産まれた。
しかし、オレの誕生はそこまで祝福されたものではなかった。
何故なら、すでに正妃には二人の王子と一人の王女がいて、オレの母にも王子と王女が一人ずついたからだ。
その上、オレは父たる王のような光輝く白金の髪ではなく、母方の祖母に似た鴉のように黒い髪を持っていた。
ちなみに、母の髪は見事な亜麻色だ。
この国では白金の髪こそ王族の証と崇める風潮があり、オレ以外の兄弟姉妹は皆、父と同じ髪色をしていた。
そのため、オレは幼い頃から微妙に冷遇され、唯一庇っていてくれた母も正妃に王子──つまり、オレの異母弟──が産まれると、少しずつオレから離れていくようになった。
それを見かねて実兄と正妃の二番目の王子が、オレの教育を手伝うようになったが、やはりどこか距離を感じていた。
そんなある日、兄たちが公務で王都の街へ行くこととなった。
当時オレは、城での奇妙なものを見るような視線に耐えかねて、自室に籠りがちになっていた。
そこで、兄たちは公務のついでにと、オレを王都へ連れ出すことにしたのだ。
オレは初めて乗った馬車に揺られる間、緊張で頭がくらくらしていた。
「そんなに固まらなくても……」
兄たちは苦笑していたが、オレは子ども心に
(兄上たちにシツボーされたくない)
と思っていたので、その言葉によりさらに緊張を高めてしまっていた。
そして、ついに目的地に着いたときオレは、極度の緊張と乗り物酔いのため、真っ青になって気絶してしまったのだ。
目覚めたとき、オレは簡素な──というより安物の──ベッドの上にいた。
見慣れない場所にオドオドしていると、ベッド脇の小さなデスクに実兄から手紙が残されているのを見つけた。
そこには、ここが“孤児院”であることと、兄たちの公務が終わるまでここで待つように、といった旨の言葉が書かれていた。
そもそも、兄たちのその日の公務というのは“孤児院訪問”だったようだ。
もしかしたら行く前に兄たちから説明があったのかもしれないが、初外出の緊張で今朝のことはあまり覚えていなかったため、オレは今更ながら理解した。
(どーしよう……兄上たち、怒ったかな?)
そう思っていたとき、部屋に大きな音が響いた。
──ドンドンドンッ……バキャアッ
連続して何かがぶつかる音、そして物が破壊された音が聞こえて、オレは縮みあがった。
誰か、怖い人が来たのかもしれない……と、布団を被って震えていた。だが、
「いんちょー!いーんちょー!パパルナが転けたー!!」
明朗快活な少女の声──それが聞こえた瞬間、オレはぽかーんとなってしまった。
当時のオレにとって近しい女性というのは、母と姉たち、そして乳母と侍女だった。
その人たちは皆、王族貴族然として淑女らしく、物静かで大人しい人ばかりだった。
ただでさえ少ない人との交流の中、オレは“女性とはこういうものだ”と勝手に思っていた。
だからこそ、突如聞こえた少女の声が信じがたいものに思えたのだ。
女性が雄叫びをあげるなんて、と。
(だ、誰……?)
気になったオレが思いきって、布団の隙間から声の主を覗こうとした──そのとき、
「……ぅあぁっ!」
「え!?何っ!?」
オレの上──正確には布団の上だが──に重たい何かが降ってきた。……しかも、ちょうど腹の上に。
息苦しくなって慌てて布団をどけると、そこにはベッドの上でわんわんと泣きじゃくる子どもと、オレの方を見て目を丸くする少女がいた。
あまりの衝撃に肺から空気が抜けてしまった気がして、オレは思いっきり深呼吸をしたが、逆に噎せてしまい、盛大に咳き込むはめとなった。
「……えっと、ゴメンね?」
ゴホゴホと咳をするオレに、気不味そうに首を傾げる少女。
それが、オレと彼女のファーストコンタクトだった。
花のように可憐な口許に微かな笑みを浮かべた少女は、ただ一人舞うように、踊るように、一対の双刀の刃を振るい戦い続ける。
絶望を希望で塗り替えていくその姿。
まるで英雄譚のような光景を前に、人々はずっと失っていた“光”の存在を思い出す。
だが、それは同時に少女に対して僅かに畏れを抱かせた。
追い縋る全てを置き去りにして行く、異常なまでの“力”──天災的なまでの暴力。
人々は少女に畏敬とも疑心ともいえる視線を送った。
しかし、それでもオレは、彼女をただ、“美しい”と思った。
戦いの最中であっても彼女の桜鼠色の柔らかな髪は艶やかに風に揺れ、細く靭やかな四肢は力強く躍動し、陽に照らされた薄い褐色の肌は煌めくような汗を流している。
優美な踊り子のような衣装は、夜闇を溶かしたかのような限りなく黒に近い藍色をしている。
全体を見れば、その色味は寧ろ地味で暗いとも言える。
だが、それにより彼女の深紅の瞳はより鮮やかに映えていた。
やがて、戦いという名の演舞を終えると、彼女はオレの元に駆けつける。
ふわりと飛びついてきた彼女を、オレは力いっぱい抱き締めた。
「ただいま!イース!!」
「おかえり、ラミィ。お疲れさん」
彼女の名は、ラーミナ=ホレフティス。
この国──ベースティア王国最後の“神獣の愛し仔”であり、第四王子たるオレの后になる娘だ。
オレと彼女の出会いは、十年以上も遡る。
オレは、第54代目の王・アルドル=レークス=ベースティアの側妃の子として産まれた。
しかし、オレの誕生はそこまで祝福されたものではなかった。
何故なら、すでに正妃には二人の王子と一人の王女がいて、オレの母にも王子と王女が一人ずついたからだ。
その上、オレは父たる王のような光輝く白金の髪ではなく、母方の祖母に似た鴉のように黒い髪を持っていた。
ちなみに、母の髪は見事な亜麻色だ。
この国では白金の髪こそ王族の証と崇める風潮があり、オレ以外の兄弟姉妹は皆、父と同じ髪色をしていた。
そのため、オレは幼い頃から微妙に冷遇され、唯一庇っていてくれた母も正妃に王子──つまり、オレの異母弟──が産まれると、少しずつオレから離れていくようになった。
それを見かねて実兄と正妃の二番目の王子が、オレの教育を手伝うようになったが、やはりどこか距離を感じていた。
そんなある日、兄たちが公務で王都の街へ行くこととなった。
当時オレは、城での奇妙なものを見るような視線に耐えかねて、自室に籠りがちになっていた。
そこで、兄たちは公務のついでにと、オレを王都へ連れ出すことにしたのだ。
オレは初めて乗った馬車に揺られる間、緊張で頭がくらくらしていた。
「そんなに固まらなくても……」
兄たちは苦笑していたが、オレは子ども心に
(兄上たちにシツボーされたくない)
と思っていたので、その言葉によりさらに緊張を高めてしまっていた。
そして、ついに目的地に着いたときオレは、極度の緊張と乗り物酔いのため、真っ青になって気絶してしまったのだ。
目覚めたとき、オレは簡素な──というより安物の──ベッドの上にいた。
見慣れない場所にオドオドしていると、ベッド脇の小さなデスクに実兄から手紙が残されているのを見つけた。
そこには、ここが“孤児院”であることと、兄たちの公務が終わるまでここで待つように、といった旨の言葉が書かれていた。
そもそも、兄たちのその日の公務というのは“孤児院訪問”だったようだ。
もしかしたら行く前に兄たちから説明があったのかもしれないが、初外出の緊張で今朝のことはあまり覚えていなかったため、オレは今更ながら理解した。
(どーしよう……兄上たち、怒ったかな?)
そう思っていたとき、部屋に大きな音が響いた。
──ドンドンドンッ……バキャアッ
連続して何かがぶつかる音、そして物が破壊された音が聞こえて、オレは縮みあがった。
誰か、怖い人が来たのかもしれない……と、布団を被って震えていた。だが、
「いんちょー!いーんちょー!パパルナが転けたー!!」
明朗快活な少女の声──それが聞こえた瞬間、オレはぽかーんとなってしまった。
当時のオレにとって近しい女性というのは、母と姉たち、そして乳母と侍女だった。
その人たちは皆、王族貴族然として淑女らしく、物静かで大人しい人ばかりだった。
ただでさえ少ない人との交流の中、オレは“女性とはこういうものだ”と勝手に思っていた。
だからこそ、突如聞こえた少女の声が信じがたいものに思えたのだ。
女性が雄叫びをあげるなんて、と。
(だ、誰……?)
気になったオレが思いきって、布団の隙間から声の主を覗こうとした──そのとき、
「……ぅあぁっ!」
「え!?何っ!?」
オレの上──正確には布団の上だが──に重たい何かが降ってきた。……しかも、ちょうど腹の上に。
息苦しくなって慌てて布団をどけると、そこにはベッドの上でわんわんと泣きじゃくる子どもと、オレの方を見て目を丸くする少女がいた。
あまりの衝撃に肺から空気が抜けてしまった気がして、オレは思いっきり深呼吸をしたが、逆に噎せてしまい、盛大に咳き込むはめとなった。
「……えっと、ゴメンね?」
ゴホゴホと咳をするオレに、気不味そうに首を傾げる少女。
それが、オレと彼女のファーストコンタクトだった。
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