黒金王子の最愛

嘉藤 静狗

文字の大きさ
3 / 18
本編

1話

しおりを挟む
 視界を埋め尽くす、禍々しい邪気を放つ黒い波の中。
 花のように可憐な口許くちもとに微かな笑みを浮かべた少女は、ただ一人舞うように、踊るように、一対の双刀の刃を振るい戦い続ける。

 絶望を希望で塗り替えていくその姿。

 まるで英雄譚サーガのような光景を前に、人々はずっと失っていた“光”の存在を思い出す。
 だが、それは同時に少女に対して僅かに畏れをいだかせた。
 追い縋る全てを置き去りにして行く、異常なまでの“力”──天的なまでの暴力。
 人々は少女に畏敬とも疑心ともいえる視線を送った。

 しかし、それでもオレは、彼女をただ、“美しい”と思った。

 戦いの最中であっても彼女の桜鼠さくらねず色の柔らかな髪は艶やかに風に揺れ、細く靭やかな四肢は力強く躍動し、陽に照らされた薄い褐色の肌は煌めくような汗を流している。
 優美な踊り子のような衣装は、夜闇を溶かしたかのような限りなく黒に近い藍色をしている。
 全体を見れば、その色味はむしろ地味で暗いとも言える。

 だが、それにより彼女の深紅の瞳はより鮮やかに映えていた。

 やがて、戦いという名の演舞を終えると、彼女はオレの元に駆けつける。
 ふわりと飛びついてきた彼女を、オレは力いっぱい抱き締めた。

「ただいま!イース!!」
「おかえり、ラミィ。お疲れさん」

 彼女の名は、ラーミナ=ホレフティス。
 この国──ベースティア王国最後の“神獣の愛し仔”であり、第四王子たるオレの后になる娘だ。










 オレと彼女の出会いは、十年以上も遡る。

 オレは、第54代目の王・アルドル=レークス=ベースティアの側妃の子として産まれた。
 しかし、オレの誕生はそこまで祝福されたものではなかった。
 何故なら、すでに正妃には二人の王子と一人の王女がいて、オレの母にも王子と王女が一人ずついたからだ。
 その上、オレは父たる王のような光輝く白金プラチナの髪ではなく、母方の祖母に似たカラスのように黒い髪を持っていた。
 ちなみに、母の髪は見事な亜麻色だ。

 この国では白金の髪こそ王族の証と崇める風潮があり、オレ以外の兄弟姉妹は皆、父と同じ髪色をしていた。
 そのため、オレは幼い頃から微妙に冷遇され、唯一庇っていてくれた母も正妃に王子──つまり、オレの異母弟──が産まれると、少しずつオレから離れていくようになった。
 それを見かねて実兄と正妃の二番目の王子が、オレの教育を手伝うようになったが、やはりどこか距離を感じていた。

 そんなある日、兄たちが公務で王都の街へ行くこととなった。
 当時オレは、城での奇妙なものを見るような視線に耐えかねて、自室に籠りがちになっていた。
 そこで、兄たちは公務のついでにと、オレを王都へ連れ出すことにしたのだ。
 オレは初めて乗った馬車に揺られる間、緊張で頭がくらくらしていた。
「そんなに固まらなくても……」
 兄たちは苦笑していたが、オレは子ども心に

(兄上たちにシツボーされたくない)

 と思っていたので、その言葉によりさらに緊張を高めてしまっていた。
 そして、ついに目的地に着いたときオレは、極度の緊張と乗り物酔いのため、真っ青になって気絶してしまったのだ。

 目覚めたとき、オレは簡素な──というより安物の──ベッドの上にいた。
 見慣れない場所にオドオドしていると、ベッド脇の小さなデスクに実兄から手紙メモが残されているのを見つけた。
 そこには、ここが“孤児院”であることと、兄たちの公務が終わるまでここで待つように、といった旨の言葉が書かれていた。
 そもそも、兄たちのその日の公務というのは“孤児院訪問”だったようだ。
 もしかしたら行く前に兄たちから説明があったのかもしれないが、初外出の緊張で今朝のことはあまり覚えていなかったため、オレは今更ながら理解した。

(どーしよう……兄上たち、怒ったかな?)

 そう思っていたとき、部屋に大きな音が響いた。

 ──ドンドンドンッ……バキャアッ

 連続して何かがぶつかる音、そして物が破壊された音が聞こえて、オレは縮みあがった。
 誰か、怖い人が来たのかもしれない……と、布団を被って震えていた。だが、

「いんちょー!いーんちょー!パパルナが転けたー!!」

 明朗快活な少女の声──それが聞こえた瞬間、オレはぽかーんとなってしまった。

 当時のオレにとって近しい女性というのは、母と姉たち、そして乳母と侍女だった。
 その人たちは皆、王族貴族然として淑女らしく、物静かで大人しい人ばかりだった。
 ただでさえ少ない人との交流の中、オレは“女性とはこういうものだ”と勝手に思っていた。
 だからこそ、突如聞こえた少女の声が信じがたいものに思えたのだ。
 女性が雄叫びをあげるなんて、と。
(だ、誰……?)
 気になったオレが思いきって、布団の隙間から声の主を覗こうとした──そのとき、

「……ぅあぁっ!」
「え!?何っ!?」

 オレの上──正確には布団の上だが──に重たい何かが降ってきた。……しかも、ちょうど腹の上に。
 息苦しくなって慌てて布団をどけると、そこにはベッドの上でわんわんと泣きじゃくる子どもと、オレの方を見て目を丸くする少女がいた。
 あまりの衝撃に肺から空気が抜けてしまった気がして、オレは思いっきり深呼吸をしたが、逆に噎せてしまい、盛大に咳き込むはめとなった。

「……えっと、ゴメンね?」

 ゴホゴホと咳をするオレに、気不味そうに首を傾げる少女。

 それが、オレと彼女のファーストコンタクトだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...