4 / 18
本編
2話
しおりを挟む
オレを真っ直ぐに見つめる、深紅の瞳。
人の視線を正面から受けたのは、覚えている限り初めてのことだった。
「キミ、誰?」
少女は、好奇心旺盛なキラキラとした表情で、オレに問いかける。
うずうずといった風に少しずつオレに迫ってくる押しの強さに負けたように、思わずオレは名前を白状した。(別に後ろめたいことがあったわけではない)
「ぼ、ぼくの名前は、アイゼン。アイゼン=レーグ……」
「ラーミナちゃんっ!バンソーコー!」
オレが答える言葉に被せるように叫ぶ声。
ふと見るとベッドの上にいた子どもが、いつの間にか泣き止んで、しびれを切らしたように少女の袖を引いた。その膝は擦りむいたのか赤くなり、血が滲んでいる。
「パパルナ、ちょっと待っててね」
少女は子ども──たぶん、女の子──を宥めるように頭を撫でると、部屋の角にある箪笥の方に行き、ゴソゴソと中身を漁り始めた。
「ん~、いんちょーがいればすぐなのになぁ」
戻ってきた少女は、その手に透明な液体の入った瓶と大きめの絆創膏を持っていた。
少女がパパルナと呼んだ子どもは、その液体をつけてもらっている間、ぎゅっと目を瞑っていたが、絆創膏をつけ終えるとにこりと笑った。
「ラーミナちゃん、ありがとー!」
「いえいえ、パパルナが頑張ったからだよ」
えらいね、と少女がもう一度頭を撫でるとパパルナは嬉しそうに笑って部屋を出ていった。
「さて、お騒がせしちゃったね。大丈夫?」
少女は、子どもを見送るとオレの傍に寄ってきた。そして、ベッドの端に座ると再びオレを真っ直ぐに見つめた。
「い、いや……その、ぼく」
「アイゼン君だっけ?そんなビビんなくてもへーきだよ~!」
少女は手を伸ばすと、オレの髪を掻き回すように力強く撫でた。それは、もうぐりんぐりんと頭がもげそうな勢いだった。
そういえば、頭を撫でてもらったのはいつぶりだったろうか。
混乱する頭の中で、ふとそう思った。
やがて満足したのか、少女はオレの頭から手を引っ込めると今度はオレの前──ベッドの上だ──に立ち上がり、自己紹介し始めた。
「私はラーミナ!
ここの子じゃないんだけど……たまに遊びにくるんだ!」
よろしくね、と差し出された手をそっと握り返すと陽が射したようにパァッと笑顔になった。キラキラして、とても可愛かった。
それから、オレとラーミナは兄たちが戻ってくるまで二人でずっと喋っていた。
そのとき知ったのは、ラーミナの母が異国人であることや、躍りが上手であることなど、他愛のないものばかりだったが、オレは初めて会話が楽しいと思っていた。
「アイゼン君の髪、すごくキレーだね!コクヨーセキみたい」
突然ラーミナはそう言った。
当時のオレにとって、黒髪はコンプレックスの最たるものだった。だが、彼女は羨望の眼差しでオレの髪を撫でていた。
「コクヨーセキってなに?」
「コクヨーセキはね!お守りなんだよ!
……ほら、これっ!」
ラーミナは自分の胸元を探ると、大人の親指の爪位の大きさの黒い石が付いたネックレスを取り出した。
石は真っ赤な夕陽を浴びても尚、艶々と黒く輝き、その中に金と虹の煌めきを抱いているように見えた。
(綺麗だ……)
オレはその石を惚れ惚れとするように見つめていた。それを見ていたラーミナは、少し考えるとネックレスをオレに渡した。
「これ、あげる!」
「えっ!?でも……いいの?」
「うん!これね、私が拾ったのをおかーさんがカコーしてくれたんだ。
でも、これはアイゼン君が持ってた方がいいかもって」
その言葉にオレはキョトンとなった。
ラーミナは内緒話をするようにオレの耳許に口を寄せると、こっそりと呟いた。
『アイゼン君、なやみがあるんでしょ?』
「っ!?」
驚いたオレをよそにラーミナはクスクスと笑った。
「だからね、お守り!」
どうしてそこに繋がるかは分からなかったが、ラーミナは楽しそうだった。
ラーミナは正面からオレの首の後ろに手を回し、ネックレスをつけた。
まるで抱きつかれているかのような格好にオレはドキドキした。
「アイゼン、戻ったぞ……って、何してるんだ?」
「っ!シュタール兄上……」
ノックもなしに実兄──シュタール兄上が入ってくる。
今のオレはラーミナと抱き合っているようにも見える体勢だった。そんな姿を兄に見られたことにより、ますます顔に熱が集まっていく。
もう、沸騰しそうだ。
兄はそんなオレを見て一瞬驚いたように目を見開いたが、賢く察しのいい兄は「外で待ってる」と言って部屋を出ていった。
……少しにやにやしているように見えたのは、気のせいじゃないはず。
「今のおにーさん?」
「うん……」
ふーんと言ってラーミナは興味無さげにその後ろ姿を見送った。それからまたオレの方に向き直ると、顔を近づけてラーミナは迫った。
「そ れ よ り!
アイゼン君、もう帰っちゃうの?」
「……そう、だね。兄上たちもお仕事終わったみたいだし……」
「えー!?まだお喋りしたかったのにぃ!」
心底しょんぼりしたラーミナを見て、オレはちょっと慌てた。
表情がくるくると変わるラーミナを見ていると、オレもなんだか感情豊かでいられる気がするから不思議だ。
「ま、また会いに来るから!」
「……ホント?」
「や、約束するっ!」
思わずオレはラーミナの手を両手で包むように握り、大きな声で叫んでいた。
ラーミナはもう片方の手でオレの頬をそっと擦ると、にっこりと微笑んだ。
「分かった!ゼッタイだよ!」
オレたちは、外に出るまで二人で手を繋いでいた。
────だが、その約束はしばらくの間果たされることはなかった。
人の視線を正面から受けたのは、覚えている限り初めてのことだった。
「キミ、誰?」
少女は、好奇心旺盛なキラキラとした表情で、オレに問いかける。
うずうずといった風に少しずつオレに迫ってくる押しの強さに負けたように、思わずオレは名前を白状した。(別に後ろめたいことがあったわけではない)
「ぼ、ぼくの名前は、アイゼン。アイゼン=レーグ……」
「ラーミナちゃんっ!バンソーコー!」
オレが答える言葉に被せるように叫ぶ声。
ふと見るとベッドの上にいた子どもが、いつの間にか泣き止んで、しびれを切らしたように少女の袖を引いた。その膝は擦りむいたのか赤くなり、血が滲んでいる。
「パパルナ、ちょっと待っててね」
少女は子ども──たぶん、女の子──を宥めるように頭を撫でると、部屋の角にある箪笥の方に行き、ゴソゴソと中身を漁り始めた。
「ん~、いんちょーがいればすぐなのになぁ」
戻ってきた少女は、その手に透明な液体の入った瓶と大きめの絆創膏を持っていた。
少女がパパルナと呼んだ子どもは、その液体をつけてもらっている間、ぎゅっと目を瞑っていたが、絆創膏をつけ終えるとにこりと笑った。
「ラーミナちゃん、ありがとー!」
「いえいえ、パパルナが頑張ったからだよ」
えらいね、と少女がもう一度頭を撫でるとパパルナは嬉しそうに笑って部屋を出ていった。
「さて、お騒がせしちゃったね。大丈夫?」
少女は、子どもを見送るとオレの傍に寄ってきた。そして、ベッドの端に座ると再びオレを真っ直ぐに見つめた。
「い、いや……その、ぼく」
「アイゼン君だっけ?そんなビビんなくてもへーきだよ~!」
少女は手を伸ばすと、オレの髪を掻き回すように力強く撫でた。それは、もうぐりんぐりんと頭がもげそうな勢いだった。
そういえば、頭を撫でてもらったのはいつぶりだったろうか。
混乱する頭の中で、ふとそう思った。
やがて満足したのか、少女はオレの頭から手を引っ込めると今度はオレの前──ベッドの上だ──に立ち上がり、自己紹介し始めた。
「私はラーミナ!
ここの子じゃないんだけど……たまに遊びにくるんだ!」
よろしくね、と差し出された手をそっと握り返すと陽が射したようにパァッと笑顔になった。キラキラして、とても可愛かった。
それから、オレとラーミナは兄たちが戻ってくるまで二人でずっと喋っていた。
そのとき知ったのは、ラーミナの母が異国人であることや、躍りが上手であることなど、他愛のないものばかりだったが、オレは初めて会話が楽しいと思っていた。
「アイゼン君の髪、すごくキレーだね!コクヨーセキみたい」
突然ラーミナはそう言った。
当時のオレにとって、黒髪はコンプレックスの最たるものだった。だが、彼女は羨望の眼差しでオレの髪を撫でていた。
「コクヨーセキってなに?」
「コクヨーセキはね!お守りなんだよ!
……ほら、これっ!」
ラーミナは自分の胸元を探ると、大人の親指の爪位の大きさの黒い石が付いたネックレスを取り出した。
石は真っ赤な夕陽を浴びても尚、艶々と黒く輝き、その中に金と虹の煌めきを抱いているように見えた。
(綺麗だ……)
オレはその石を惚れ惚れとするように見つめていた。それを見ていたラーミナは、少し考えるとネックレスをオレに渡した。
「これ、あげる!」
「えっ!?でも……いいの?」
「うん!これね、私が拾ったのをおかーさんがカコーしてくれたんだ。
でも、これはアイゼン君が持ってた方がいいかもって」
その言葉にオレはキョトンとなった。
ラーミナは内緒話をするようにオレの耳許に口を寄せると、こっそりと呟いた。
『アイゼン君、なやみがあるんでしょ?』
「っ!?」
驚いたオレをよそにラーミナはクスクスと笑った。
「だからね、お守り!」
どうしてそこに繋がるかは分からなかったが、ラーミナは楽しそうだった。
ラーミナは正面からオレの首の後ろに手を回し、ネックレスをつけた。
まるで抱きつかれているかのような格好にオレはドキドキした。
「アイゼン、戻ったぞ……って、何してるんだ?」
「っ!シュタール兄上……」
ノックもなしに実兄──シュタール兄上が入ってくる。
今のオレはラーミナと抱き合っているようにも見える体勢だった。そんな姿を兄に見られたことにより、ますます顔に熱が集まっていく。
もう、沸騰しそうだ。
兄はそんなオレを見て一瞬驚いたように目を見開いたが、賢く察しのいい兄は「外で待ってる」と言って部屋を出ていった。
……少しにやにやしているように見えたのは、気のせいじゃないはず。
「今のおにーさん?」
「うん……」
ふーんと言ってラーミナは興味無さげにその後ろ姿を見送った。それからまたオレの方に向き直ると、顔を近づけてラーミナは迫った。
「そ れ よ り!
アイゼン君、もう帰っちゃうの?」
「……そう、だね。兄上たちもお仕事終わったみたいだし……」
「えー!?まだお喋りしたかったのにぃ!」
心底しょんぼりしたラーミナを見て、オレはちょっと慌てた。
表情がくるくると変わるラーミナを見ていると、オレもなんだか感情豊かでいられる気がするから不思議だ。
「ま、また会いに来るから!」
「……ホント?」
「や、約束するっ!」
思わずオレはラーミナの手を両手で包むように握り、大きな声で叫んでいた。
ラーミナはもう片方の手でオレの頬をそっと擦ると、にっこりと微笑んだ。
「分かった!ゼッタイだよ!」
オレたちは、外に出るまで二人で手を繋いでいた。
────だが、その約束はしばらくの間果たされることはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる