黒金王子の最愛

嘉藤 静狗

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本編

3話

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 それは、突然のことだった。
「アイゼン、前に行った孤児院のこと覚えているか?」
 その日は珍しく実兄のシュタール兄上ではなく、正妃の二番目の王子──レド兄上に声をかけられた。
 あれからすでに二ヶ月が経っていて、オレはまたラーミナに会える日が来ないかと少しそわそわしていた。
「はい、覚えております。できれば、また行きたいと……」
「それがな、あの孤児院。つい先日、潰れてしまったようなのだ」
 その言葉に、オレの頭が真っ白になる。
(そんな、だって、また会おうって……)
 そんなオレを困ったように見ながらレド兄上は話を続けた。


 あの孤児院は、とある伯爵家と子爵家が共同で送ってくる資金により保たれていたようだった。
 ……だが、最近は伯爵家の方で後継を巡る問題が発生し、資金援助が滞っていた。
 そして、その間に子爵がその孤児院に手伝いとして出入りしているという下町の娘に懸想し始めたのだ。
 最初は愛妾として子爵家に迎えようとしていたのだが、くだんの娘は断り続け、やがてしびれを切らした子爵はその娘を誘拐しようとした。
 しかし、そこを救ったのがあの孤児院の院長だった。
 怒った子爵は、孤児院への資金援助を止め、あまつさえ人を雇って建物を破壊したり、子どもに危害を与えようとした。
 後者はなんとか未遂で留まったが、日に日にエスカレートしていく行為に、とうとう院長は孤児院を閉じる決心をしなくてはならなくなった。
 院長は孤児たちを別の所へ預けると、そのまま行方を眩ました。


「──それが起きたのが、私たちがあの孤児院を訪問したあとだったのだ」
 行ったときに異変に気づければ……と、レド兄上は悔しそうだったが、オレにはどうでもよく思えた。

 だって、もうラーミナに会えないのだ。

 例え兄上たちが孤児たちを探したとしても、ラーミナはあの孤児院の者ではないから見つからないだろう。
 きっと王都のどこかには、ラーミナがいるのかもしれない。
 しかし、仮にも王子という身分を持つオレが彼女を探すためだけに王都へ行くことは叶わないし、そもそもオレはあまり外に出してもらえないのだ。
 そう思ったとき、オレの中で“ラーミナ”がどれ程大きな存在であったのか理解した。
 異国人の血を引き少し特異な容姿をした、底抜けて明るく、物知りで、優しい少女。
 たった一度しか会っていないのに、オレは彼女に完全に惚れていた。
 目に見えて落ち込んだオレを、レド兄上は慰めてくれたが、オレはまた自室に引きこもり鬱々とした日々を過ごすようになった。

「アイゼン」

 ある日、自室の前からあまり聞き覚えのない声がした。
 声の主は、ノックするやいなやオレの返事も待たず、すっと部屋に入ってきた。
 ──そこにいたのは、正妃の一番目の王子で父王の最初の子、そして王太子であるアルジャン兄上だった。
 アルジャン兄上は、オレより十二も年上で優秀な人だ。
 すでに成人していて、王の補佐役や名代のような公務をするかたわら、正妃と共に子育てもしている。アルジャン兄上は忙しすぎて、オレは数えるほどしか会ったことがなかったのだ。
「ずいぶん落ち込んでいると聞いたが、体調は大事ないか?」
「はい……お気遣い感謝いたします……」
「そんな堅苦しい言葉は使わなくても良い。
我らは、半分だが血の繋がった兄弟であろう?故に、そのような言葉遣いは不要だ」
 アルジャン兄上は、優しく背を擦ってくれた。
 その気遣いに心が痛くなって、オレは思わず涙をポロポロと溢していた。
「……大事に想う者と会えぬ辛さはよく分かる。
だがな、それを引き摺ってばかりいてはならぬのだ。分かるか?」
「はい……はい、兄上……!」
「それに、その相手は死んだわけではなかろう?もしかすれば、また、会えるやも知れぬ」
「っ!!」
 パッと顔を上げると、そこには僅かに目を細めこちらを見て微笑むアルジャン兄上の顔があった。
 アルジャン兄上はオレの頭をぽんっと叩くと、優しい顔のままオレに言った。
「だから強くなれ、アイゼン。
力だけでなく、心もだ。そうすれば、大事なものも守れるようになるぞ」
 そう言ってアルジャン兄上は、オレの部屋を出ていった。その背中は、大きくて、とてもかっこよかった。

 それが、オレとアルジャン兄上との最初で最後のな兄弟としての交流だった。

 以後は会うことすら稀で、人目のあるところではやはり言葉遣いも丁寧にせざる得なかった。だが、侍女や従僕などを通して手紙を送れば、数日のうちに返してくれるようになった。


 アルジャン兄上の助言を得て、オレは決心した。
(ぼくは強くなるんだ)
 オレはその日以降、積極的に勉学に励み、王族としての嗜み以上に熱を入れて剣術を学び、人脈形成のため人との交流も多くしていった。
 時同じくして、オレを構っていてくれた兄たちもそれぞれ自分の道を優先するようになっていった。
 家族としての交流は減ったが、オレにも目的ができたためあまり気にならなかった。





 それから七年が経ち、オレの十五歳の誕生日に盛大な夜会が催されることとなった。
 十五歳の生誕祭と十八歳の成人式は王族として必須の儀式。
 その日だけは、オレも形式的ながら祝福される。
 兄たちはますます忙しくなったことで会う機会が減り、実姉は結婚してしまい、もう一人の姉も婚約者と共にいるため滅多に会わなくなってしまった。
 だが、この儀式には是が非でも参加するとのことだった。
 相変わらず人から少し距離を置かれていたが、最近では貴族令嬢たちからのラブコールを受けるようになった。
 明らかにオレのとしての価値を狙っていると分かるが、それでも眼中にないと思われていた子供の頃よりはだいぶましになったと思う。
 そして、いざ会場に入った──そのとき、

「……ラー、ミナ?」

 オレの視線は、壁の隅にポツンと咲く花のように佇む、薄紫のドレスを纏った一人の少女に釘付けになった。
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