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本編
4話 side・シュタール
しおりを挟む弟の変化は、それはもう一目瞭然だった。
「シュタール兄上っ、今度はいつ、孤児院に行かれますか?」
勉強の間にサロンで休憩していると、ひょっこりと弟──アイゼンが顔を出した。
アイゼンは、つい先日まで自室に篭って誰とも口を利かずに過ごしていたはずだ。
……なのに、気晴らし目的で連れていった孤児院で出会った少女をえらく気に入ったようで、最近は「いつ行くのか」と聞くために私やレドの元に聞きに来るようになった。
その姿は初恋に受かれる年相応の子どもらしく、微笑ましいものだった。
そもそも何故アイゼンが引き篭もっていたのかというと、アイゼンの髪が黒いからだった。
たったそれだけのことで、アイゼンは周囲から無視されていたのだ。
この国の王族というのは、代々白金の髪を持つ者を大事にする傾向がある。過去には第一王子であっても、髪が白金じゃなかったために王太子にもなれなかった者もいるという。
私なんかはたかが髪色一つがなんだと思っているが、凝り固まった概念を持つ高位貴族の中にはバカみたいに“白金の髪こそ至高の存在!”と崇める輩もいるから困ったものだ。
しかも、アイゼン以外の兄弟が全員その白金の髪だというからたちが悪い。
もし、もう一人でもアイゼンと同じように髪色が白金じゃない者がいれば──言い方は悪いが標的が分散されて少しは楽になっただろう。
だが、現実は残酷だった。
壊れかけた母ではアイゼンを庇いきれないし、人格的に問題のある父はそもそも気づいていないだろう。
私はレドと共に弟を守るために働きかけたが、それでもあまり効果がなかった。
……のにも関わらず、孤児院から帰ったあとのアイゼンはとても楽しげだ。
自室より出るようになったことで以前より多くの中傷の言葉を耳にするようになっただろう。
私も何度か言ってるところを耳にしたことがあるが、それはそれは酷いものばかりだった。多くはその黒髪を揶揄したものだが、稀に性格を貶すようなものもあった。
言ってる輩のほとんどはアイゼンの顔すら見たことのないはずの者だ。何も知らないくせに、私の弟を語るなど笑止千万である。
そこで私がわざと近くを歩いて咳払いして見せると蜘蛛の子を散らすように逃げていった。臆病者め。
一度そのことをアイゼンに尋ねたことがある。悪いことばかり言われて辛くないのか、と。
すると、返ってきた言葉は幸せそうなものだった。
「たしかに、前よりも悪口はよく聞きますね。
でも、そんなのどーでもいいのです!
ぼくの髪は、ラーミナが“コクヨーセキみたいにキレーだね!”と言ってくれたので、それがぼくにとってすべてですから!」
満面の笑みで答えたアイゼンはとても眩しかった。
それからアイゼンは自分の首に提げている黒曜石の付いたネックレスをこっそりと見せてくれた。
それは“ファイアーオブシディアン”と呼ばれる、とても稀少なものだった。
「これ、ラーミナが“お守りだよ!”ってくれたんです。
綺麗でしょう?」
にこにこと笑うアイゼンは、きっとこれがどれほどの価値を持つものか気づいていない。それは、おそらく相手のラーミナという少女も同様だろう。
私は曖昧に微笑むと、誤魔化すようにアイゼンの頭をくしゃりと撫でた。
「でも、一つだけ分からないんです」
「何がだい?」
「ラーミナが、これをくれた理由がですね……」
アイゼンの話によると、ネックレスをくれる際にラーミナに『なやみがあるんでしょ?』と看破されてから渡されたのだという。
それがよく分からないのだ、と。
私の周囲でその手の話に詳しそうな人物で一番最初に思い至ったのは、妹であるアハティスだった。
彼女は私たち兄弟の中でもダントツに人脈──と言っても貴族令嬢がほとんどだ──が広い。
彼女が頻繁に開催する茶会では、令嬢たちが殿方にどのような贈り物をされたのか、といった内容をよく話すと前に言っていた。
だが、そのアハティスは、普段は完璧な淑女らしくしているが、時々飛び出す言葉が凶器的な娘だった。そんな彼女にプライベートで気弱なアイゼンを会わせるのも悪い気がして、私が代わりに聞いてくることにした。
「ハティ、ちょっといいか?」
「シュー兄様、いかがなされたのでしょう?」
アハティスの私室を訪ねると、彼女はお気に入りの揺り椅子に腰かけて趣味の刺繍を刺しているところだった。
私は、アハティスに事の顛末を話し、黒曜石のことを聞いた。
すると、案の定何か知っていたのか「まぁ!」と言って、アハティスは頬を染めた。
「ハティは、やっぱり何か知ってるのかい?」
「えぇ────と言っても、その子はきっとそこまで考えていないかもしれません」
そして、また楽しそうに「でも……きゃっ!」と言うとアハティスはとても羨ましそうに続けた。
「黒曜石というのは、パワーストーンの中でも精神に作用するものとして有名ですわ。何でも、悪いものを寄せ付けないとか……。
それと同時に、それを贈ると言うことで“相手の幸せを永遠に守る”という意味もありまして、そこから独占欲の表れとも言われておりますの!」
……よく分からないが、どうやらラーミナはアイゼンの心を守るために黒曜石のネックレスを贈ったようだ。
後日そのことをアイゼン伝えると、大層喜んでくれた。
ちなみに、ついでのように一応そのネックレスはあまり人に見えないようにするようにと言うと、
「大丈夫です!────これは、ぼくのですから」
と、少し照れたように笑って答えた。そのとき、私はアイゼンの手がさっとネックレスを庇うように動いたのを見た。
……どっちかと言うと、アイゼンの方が独占欲が強いんじゃないか?
そんな弟に、ふとそう思う今日この頃だった。
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