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本編
5話
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「この度はまことにおめでとうございます、アイゼン殿下。
……お初にお目にかかります。私は、ラーミナ=ホレフティスと申します」
今夜の催事の主役であるオレの元に、挨拶に来た父親とおぼしき人物と共にオレの前で臣下の礼をとる令嬢──ラーミナ。彼女も夜会は初めてだろうに、その立ち振舞いはどこまでも堂々としている。
ちなみに、なぜ彼女が夜会が初めてなのだと分かったかと言うと、この国の決まりで初めての夜会では女は右耳の上に、男は左胸に白い花を飾るからだ。
だから、オレは白百合を胸につけていたし、彼女の頭にも確かに白いスズランがちらちらとついていた。
花は“生花である”ことと“白い花”という決まりさえ守れば、種類は自由に選べるのだ。
……あぁ、話がずれた。
ところで、オレは今、彼女が目の前にいることが信じられなかった。
あのとき彼女は王都の下町出身だと言っていたし、貴族であるなどと一言もいっていなかった。
しかも、彼女は高位の伯爵家の者だった。
ホレフティス家は、古くは王家との血縁もあったほどの名家。優秀な魔法使いを多数排出する貴族家の元締めでもある。と、あの頃のオレですら知っていた。
驚愕の事実にオレは内心ぽかーんとなっていた。しかし、表情だけはここ数年で身につけた仮面を貼り付け、なんとか誤魔化してみせた。
「────では、失礼します」
伯爵がそう言ってラーミナを連れて下がると、オレはようやく血の気が戻って顔が熱くなった。
(また、会えた……!)
すでに新たな貴族が挨拶に来ていたが、オレはそれすら気づかないほど頭がぼぅっとしていた。
彼女の灰色の煙っぽかった髪は、僅かな赤みを得て艶のある桜鼠色になっていて、肌は日焼けすることがなくなったからか昔よりほんのり白さが増している。すらりと伸びた背は彼女の心を表すように真っ直ぐで気高く、深紅の瞳は相も変わらず宝珠のように美しかった。
(あぁ、今すぐ近くに行きたい。会いたいな)
だが、今日の主役であるオレは前半は招待客の貴族たちの挨拶(という名の縁談)を聞かなければならないし、後半も姉──異母姉・ミーカ姉上の方だ、今日は婚約者が来れないらしい──のエスコートを頼まれている。つまり、自由時間はないに等しかった。
それに、ラーミナの言葉にも引っ掛かった。
ラーミナはオレに「お初にお目にかかります」と言っていた。孤児院で会ったとき、オレは身分を明かしていない……というか言おうとしたところをぶった切られた。たしか女の子に。
だから、ラーミナがオレを分からない可能性があった。つまり、彼女の中でアイゼン君=オレとならないかもしれない、と。
いや、それならまだいい。
下手したらオレは忘れられているかもしれないのだ。
あの出会いは、オレにとって大きな影響を与えてくれたが、彼女にとってはどうだっただろうか?
よくある下町の一期一会として記憶の中から流されているかもしれない。最近お忍びで王都に行くようになって、街の者から「そーゆーもんだ」と教えられた。
それが、そのことが、どうしようもなく不安だった。
(ラーミナ……おまえはどっちだ?)
ふと視線は自然と彼女の姿を追っていたが、彼女の深紅がこちらに向くことはなかった。
ようやく夜会も大詰めという頃になって、オレは束の間自由になった。
ミーカ姉上は、いつのまにかレド兄上を捕まえて会場の真ん中で踊っている。……あの姉の躍りは、見た目によらず豪快(特に足元)でオレはすぐに疲れてしまった。
ラーミナはすでに帰ってしまったのか、キョロキョロ辺りを見ても見つからない。オレはものすっっっごくガッカリした。
「アイゼン殿下」
はぁ……と、バレない程度に小さくため息を吐いていると突然背後から声をかけられた。若い女性の声だ。
護身のため辺りの気配を察知する訓練を受けたオレは、薄々この令嬢の視線に気づいていた。興味がないからスルーしていたが。
(えーと、たぶん西方の侯爵家のご令嬢だったはず)
たぶん、美人なのだと思う。前に姉──この場合はアハティス姉上の方だ──に婚約者候補として勧められたような気がしないでもない。
曰く、落ち着いたブルネットの髪と、新雪のような澄んだ肌色、そして神々しい美貌から【森の女神】とも称されているらしい。が、オレには「ふーん」程度のことでしかない。本当にどうでもいい。
「おや、これは【森の女神】殿。……こんな私にどのようなご用事でしょうか」
「……っ!まぁ、殿下!私のことをご存じですの!?」
「えぇ、まぁ我が姉から(興味ないけど)お噂はかねがねと」
「嬉しいですわっ」
はっはっはっと笑いながら、全力で猫を被るオレ。
猫を被ると一人称が私になるのは、この口調がシュタール兄上とレド兄上の真似だからだ。
……つーか、この令嬢はアハティス姉上にオレに自分を売り込むように頼んだんだと思う。ただの勘だけど。
そして、おそらくだがその姉もそのお願いに悪乗りしてオレに紹介したのだ。
だって、アハティス姉上はオレがいまだに初恋引き摺ってるの知ってるからな!それでも、面白半分で人を紹介してくるのはやめてほしい……と、切実に思う。
「殿下、少々お話しできませんか……?」
【森の女神】(えーと、名前が分からん)はオレの腕にそっと自分の腕を絡め、柔らかな双丘を押しつけてくる。……こんな儚げな見た目でゴリ押しする派なのか。止めてくれ……。
って、おいこらこんなところで上目遣い!?
ちょっと待て、これで断ったらオレ、完全に悪者じゃないか!ただでさえ刺さる視線が痛いのに……。
「え、えぇと……」
何とか丁重に(かつ断固として)断らねば、と言葉を探していると、
「キャアァァァッ!!」
「なんだ!何が……うわぁっ!?」
「ま、魔獣だっ!逃げろーーーっ!!」
「陛下は!?王族の方をお守りするんだ!」
突如として、庭の方から悲鳴と絶叫が響き渡った。
……お初にお目にかかります。私は、ラーミナ=ホレフティスと申します」
今夜の催事の主役であるオレの元に、挨拶に来た父親とおぼしき人物と共にオレの前で臣下の礼をとる令嬢──ラーミナ。彼女も夜会は初めてだろうに、その立ち振舞いはどこまでも堂々としている。
ちなみに、なぜ彼女が夜会が初めてなのだと分かったかと言うと、この国の決まりで初めての夜会では女は右耳の上に、男は左胸に白い花を飾るからだ。
だから、オレは白百合を胸につけていたし、彼女の頭にも確かに白いスズランがちらちらとついていた。
花は“生花である”ことと“白い花”という決まりさえ守れば、種類は自由に選べるのだ。
……あぁ、話がずれた。
ところで、オレは今、彼女が目の前にいることが信じられなかった。
あのとき彼女は王都の下町出身だと言っていたし、貴族であるなどと一言もいっていなかった。
しかも、彼女は高位の伯爵家の者だった。
ホレフティス家は、古くは王家との血縁もあったほどの名家。優秀な魔法使いを多数排出する貴族家の元締めでもある。と、あの頃のオレですら知っていた。
驚愕の事実にオレは内心ぽかーんとなっていた。しかし、表情だけはここ数年で身につけた仮面を貼り付け、なんとか誤魔化してみせた。
「────では、失礼します」
伯爵がそう言ってラーミナを連れて下がると、オレはようやく血の気が戻って顔が熱くなった。
(また、会えた……!)
すでに新たな貴族が挨拶に来ていたが、オレはそれすら気づかないほど頭がぼぅっとしていた。
彼女の灰色の煙っぽかった髪は、僅かな赤みを得て艶のある桜鼠色になっていて、肌は日焼けすることがなくなったからか昔よりほんのり白さが増している。すらりと伸びた背は彼女の心を表すように真っ直ぐで気高く、深紅の瞳は相も変わらず宝珠のように美しかった。
(あぁ、今すぐ近くに行きたい。会いたいな)
だが、今日の主役であるオレは前半は招待客の貴族たちの挨拶(という名の縁談)を聞かなければならないし、後半も姉──異母姉・ミーカ姉上の方だ、今日は婚約者が来れないらしい──のエスコートを頼まれている。つまり、自由時間はないに等しかった。
それに、ラーミナの言葉にも引っ掛かった。
ラーミナはオレに「お初にお目にかかります」と言っていた。孤児院で会ったとき、オレは身分を明かしていない……というか言おうとしたところをぶった切られた。たしか女の子に。
だから、ラーミナがオレを分からない可能性があった。つまり、彼女の中でアイゼン君=オレとならないかもしれない、と。
いや、それならまだいい。
下手したらオレは忘れられているかもしれないのだ。
あの出会いは、オレにとって大きな影響を与えてくれたが、彼女にとってはどうだっただろうか?
よくある下町の一期一会として記憶の中から流されているかもしれない。最近お忍びで王都に行くようになって、街の者から「そーゆーもんだ」と教えられた。
それが、そのことが、どうしようもなく不安だった。
(ラーミナ……おまえはどっちだ?)
ふと視線は自然と彼女の姿を追っていたが、彼女の深紅がこちらに向くことはなかった。
ようやく夜会も大詰めという頃になって、オレは束の間自由になった。
ミーカ姉上は、いつのまにかレド兄上を捕まえて会場の真ん中で踊っている。……あの姉の躍りは、見た目によらず豪快(特に足元)でオレはすぐに疲れてしまった。
ラーミナはすでに帰ってしまったのか、キョロキョロ辺りを見ても見つからない。オレはものすっっっごくガッカリした。
「アイゼン殿下」
はぁ……と、バレない程度に小さくため息を吐いていると突然背後から声をかけられた。若い女性の声だ。
護身のため辺りの気配を察知する訓練を受けたオレは、薄々この令嬢の視線に気づいていた。興味がないからスルーしていたが。
(えーと、たぶん西方の侯爵家のご令嬢だったはず)
たぶん、美人なのだと思う。前に姉──この場合はアハティス姉上の方だ──に婚約者候補として勧められたような気がしないでもない。
曰く、落ち着いたブルネットの髪と、新雪のような澄んだ肌色、そして神々しい美貌から【森の女神】とも称されているらしい。が、オレには「ふーん」程度のことでしかない。本当にどうでもいい。
「おや、これは【森の女神】殿。……こんな私にどのようなご用事でしょうか」
「……っ!まぁ、殿下!私のことをご存じですの!?」
「えぇ、まぁ我が姉から(興味ないけど)お噂はかねがねと」
「嬉しいですわっ」
はっはっはっと笑いながら、全力で猫を被るオレ。
猫を被ると一人称が私になるのは、この口調がシュタール兄上とレド兄上の真似だからだ。
……つーか、この令嬢はアハティス姉上にオレに自分を売り込むように頼んだんだと思う。ただの勘だけど。
そして、おそらくだがその姉もそのお願いに悪乗りしてオレに紹介したのだ。
だって、アハティス姉上はオレがいまだに初恋引き摺ってるの知ってるからな!それでも、面白半分で人を紹介してくるのはやめてほしい……と、切実に思う。
「殿下、少々お話しできませんか……?」
【森の女神】(えーと、名前が分からん)はオレの腕にそっと自分の腕を絡め、柔らかな双丘を押しつけてくる。……こんな儚げな見た目でゴリ押しする派なのか。止めてくれ……。
って、おいこらこんなところで上目遣い!?
ちょっと待て、これで断ったらオレ、完全に悪者じゃないか!ただでさえ刺さる視線が痛いのに……。
「え、えぇと……」
何とか丁重に(かつ断固として)断らねば、と言葉を探していると、
「キャアァァァッ!!」
「なんだ!何が……うわぁっ!?」
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