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本編
9話
しおりを挟む──それはまるで、舞い踊る黒衣の天女のようだった。
無数の白刃と黒刃が閃き、ゴオォッと吹き荒ぶ爆風に切り刻まれ、いまだ空中にいた巨獣が文字通り霧散する。
一度少女が地面に降り立てば、シャランッという涼しげな音色とともに辺りに蛍火がふわりと舞い上がる。
その蛍火に当てられた魔獣は抗うことすら敵わず、スゥッと大気に溶けていく。
オレたちは、その光景に呆然として見ていた。
突然現れたのは、古に伝わるベースティアの巫女姫の模したような闇色の存在。
だが、その顔はヴェールに秘され、ダボついた衣装では真の姿を窺うことはできない。
唯一分かるのは、その声が若い娘の物であるということだ。
(一体、誰────?)
オレは彼女が、少なくとも騎士ではないと思った。
なぜならその戦い方は、一々形式張った彼らのものとはかけ離れているからだ。それに騎士は魔獣との戦いより、むしろ人との闘いを想定した訓練を施されるという。魔獣狩りは、国防のために一応は行われていると言った程度だ。
いつだったか騎士の戦いは仲間と協力してということを前提にしていると、レド兄上が言っていた。……本人は、単独戦闘もできると豪語していたが。
それに引き換え目の前の彼女は、一対多の戦闘を重きに置いた戦い方を熟知しているようだ。体捌きも、剣の振るい方も、魔法を使うタイミングも、その全てが少女の場数の多さを見せつける。
黒い鮮血が舞い、塵芥となった魔獣の欠片と風に散る。大柄な死体は山となり、それを踏み越えて、かの少女はさらに高い所へと跳躍していくのだ。
絶妙な剣舞に傲慢なまでの魔法使い方、ブレることのない体幹に裏付けされたバランス力で、それらは一層輝いて見えた。
まさに、絶技。
「なんて、美しい────……」
惚れ惚れするような戦いぶりに魅せられて、オレは呆けるように吐息を漏らした。
それと同時に先程まで死の際に瀕していたことなど忘れ、オレは再び魔獣に特攻していた。
「アイゼンッ!?」
背後で誰かの呼び止める声が聞こえたが、知ったこっちゃない。
ただ、オレはあの天女の如き少女のそばで、その戦いをもっと見たいだけなのだ。
だから──それを邪魔する奴らなど、存在する価値もない。
「どけぇぇぇぇぇえええっっ!!」
視界に入る魔獣を片端から斬り倒す、それ以外の気配は魔法で蹴散らす。早く早く、もっと早く。
誰よりも、何よりも彼女の傍に。
オレの思考はついにそれ一色に染まりきっていた。そして──
「……やっと、会えたなっ」
いつしかオレたちは背中合わせで戦っていた。
彼女は最初、自分の元に辿り着いたオレを驚愕するように見た……気がした。だが、すぐにそんな気配すら打ち消して、さっさと戦いに戻っていってしまった。
それでもオレは追い縋るよう剣と魔法を振るい続けた。
彼女が躱した分はオレが殺し、オレが討ち漏らした分は彼女が止めを差した。
正しく、以心伝心。
彼女はどうか分からないが、少なくともオレはまるでずっと探し求めていた半身を見つけたような気持ちだった。
(あぁ、そうだ。オレはずっと彼女に会いたかったのだ)
不思議とオレはそう理解した。
先程までは全く別の女性──ラーミナのことばかり想っていたというのに。
脳内麻薬に溺れるように、ただこの身に宿る本能が彼女を欲しているのだ。
(お前は──愛しいお前は、誰だ?)
言葉すら交わしたこともない、ただ視線が交差したにだけの相手。
一目惚れというには、あまりにも過ぎた想い。もはや運命だったのだ、とさえ思考が飛んだ。
オレが狂喜に乱れた瞳で見つめる──と、ふいに彼女もこちらを見つめ返した。
瞬間、ヴェールが風に煽られ、彼女の美貌が明かされた。
その瞳は──忘れようもない、深紅だ。
「…………!?」
一瞬にして夢から覚めた思いだ。脳に直接冷水をかけられた、とでもいえるだろう。それほど頭が一気に冷静になった。
そして、オレの中で生まれた一つの疑問。
この天女の正体は──……。
いつのまにか周りには誰もいなかった。
あるのは、魔獣だったものの砂塵と、死体の山。それから、彼女とオレだけだ。
ミーカ姉上は、おそらく魔力切れを起こす前に退散したのだろう。大分前に気配が遠退いたのに気づいた。
「なぁ、一つ、いいか?」
思いきってかけた声は、思ったよりも掠れていて、少し息も切れているようだった。
(聞こえなかったか?)
と、思った瞬間、それまでオレに背を向けていた彼女の肩がビクッと跳ねたのが見えた。
「……別に、怒ってるわけじゃねぇ。ただ、お前の正体を知りたいだけだ」
つい、言葉が荒れた。……実はこっちがオレの本性なのだが、もしかしたら怖がらせたかもしれない。少し反省だ。
ザッと足を擦るように一歩だけ彼女に近づく、するとまた彼女の肩が震えた。
「頼む、答えてくれ。
お前は、ラーミナ……嬢なのか?」
どうかそうであってくれと半ば祈るように問いかけた。……が、答えは返ってくることはなかった。
「っ!おいっ!大丈夫か!?」
次の瞬間、彼女はその場に膝から落ちるように体勢を崩した。間一髪駆け寄って受け止めることに成功したが、すでに彼女に意識はなかった。
だが、身体が接触するほど近づいたお陰で、先の疑問が解消された。
「やっぱ、ラーミナ、だったのか……」
後ろから抱き止める形となった彼女は、薄い褐色の肌を持つ、薄紅色の混じった銀髪の美しい少女──ラーミナ=ホレフティス、その人だった。
オレは、彼女の顔を隠すようにしっかりとヴェールをかけ直し、姿隠しの結界を張ると、ラーミナを抱えてその場をあとにした。
東の空は僅かに白み始めて、もう夜明けは間近のようだった。
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