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プロローグ
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私──アルエット=フラメントには、誰にも言っていない秘め事が、一つだけある。
あれは確か、十五の夏。
例年より長い梅雨が、ようやく終わった頃のことだったか。
あの日私は、父の治めるフラメント侯爵領のとある森を一人で散策していた。まぁ、よくあることだ。
本来なら、生粋の貴族令嬢である私が外出するには護衛が付いて然るべきなのだが……お忍びで街歩きを楽しむには目立って邪魔だし、ついでに色々と煩くて面倒なので、いつも撒いてしまうことにしている。第一、私に護衛は必要ない。本職の騎士レベルには強いから。
その最たる例の森は、私にとって勝手知ったる庭のようなものだ。そこに暮らす魔獣も、普通の動物も、草も、木も、花も、私の友達。誰も私を傷つけない。
いつものように皆と一緒に、私は森の奥にある湖へと歩いていった。
そして私は、そこで一匹の獣と出会ったのだ。
血と泥に塗れて薄汚れた紫銀の毛並み、空虚で何も映していない硝子玉のような蜜色の双眸、半身を水に浸け四肢を力なく伸ばしピクリとも動かない巨大な体躯。
きっと、普通の神経をしている者なら、まず眉を顰めてしまうだろうその姿。
見た目で一番近いのは狼だろうか?魔獣化しても、ここまで大きいのは珍しいだろう。
でも、あのとき私の中で声がした。
“守らなきゃ”って、叫ぶ力強い声が。
だから、私は心の声に従って、森の中にひっそりと小屋を建てて、その中で獣を匿った。
大きな怪我は背中と脇腹と額の三ヶ所。それの治療は私の力を使ったから、すぐに終わった。代償にひどく疲れるんだけどね。
その所為かな、獣の目が覚めるまで五日、まともに動けるようになるまでさらに一週間かかった。
その間、私は毎日侍女の監視を掻い潜り、護衛を振り切って、街へ行くふりをして小屋へ通ったものだ。楽しかったけど。
やったことと言っても、森の生き物を食べないよう実家の厨房から盗み出した肉を与えたり、鈍った身体が強張らないように解したり、夏とはいえ冷える森で風邪を引かないように毛布を掛けてあげたり、それくらいだ。
そんな私の健気(?)な努力を知ってか知らずか──いや、知らないだろうなぁ。何せ、獣は完全に元気を取り戻すやいなや、いつのまにか姿を消してしまったのだ。
どうやら私がいない夜中か早朝を狙ったように出ていってしまったらしい。がらんと誰もいなくなった小屋を見たとき、私は無性に寂しく思った。
まぁ、前にも助けた生き物たちも皆似たようなものだったから、そんなものかと割りきることにした。森には他にも生き物がいっぱいいたしね。
そういえば、あれ以来、あの森でその獣を見ることはなかったから、他の所から流れてきた子だったのだろう。流れ者は少なくないし。
でも、私はふとこうしてあの日々を思い出すことがある。
それは刺繍を刺してるときだったり、家族とお茶をしているときだったりと、ほんの些細な瞬間に。
あの獣は、この糸のような毛色だったな、とか。
あの獣は、なぜかこの菓子を好んで食べていたな、とか。
そういうときは決まって周囲の景色が白んで、意識だけが浮いたような状態になる。周りにはボーッとしているように映ってるらしいけど。
あぁ、やっぱり。
あの獣は、今もなお私を惹き付けてやまないのだ──。
あれは確か、十五の夏。
例年より長い梅雨が、ようやく終わった頃のことだったか。
あの日私は、父の治めるフラメント侯爵領のとある森を一人で散策していた。まぁ、よくあることだ。
本来なら、生粋の貴族令嬢である私が外出するには護衛が付いて然るべきなのだが……お忍びで街歩きを楽しむには目立って邪魔だし、ついでに色々と煩くて面倒なので、いつも撒いてしまうことにしている。第一、私に護衛は必要ない。本職の騎士レベルには強いから。
その最たる例の森は、私にとって勝手知ったる庭のようなものだ。そこに暮らす魔獣も、普通の動物も、草も、木も、花も、私の友達。誰も私を傷つけない。
いつものように皆と一緒に、私は森の奥にある湖へと歩いていった。
そして私は、そこで一匹の獣と出会ったのだ。
血と泥に塗れて薄汚れた紫銀の毛並み、空虚で何も映していない硝子玉のような蜜色の双眸、半身を水に浸け四肢を力なく伸ばしピクリとも動かない巨大な体躯。
きっと、普通の神経をしている者なら、まず眉を顰めてしまうだろうその姿。
見た目で一番近いのは狼だろうか?魔獣化しても、ここまで大きいのは珍しいだろう。
でも、あのとき私の中で声がした。
“守らなきゃ”って、叫ぶ力強い声が。
だから、私は心の声に従って、森の中にひっそりと小屋を建てて、その中で獣を匿った。
大きな怪我は背中と脇腹と額の三ヶ所。それの治療は私の力を使ったから、すぐに終わった。代償にひどく疲れるんだけどね。
その所為かな、獣の目が覚めるまで五日、まともに動けるようになるまでさらに一週間かかった。
その間、私は毎日侍女の監視を掻い潜り、護衛を振り切って、街へ行くふりをして小屋へ通ったものだ。楽しかったけど。
やったことと言っても、森の生き物を食べないよう実家の厨房から盗み出した肉を与えたり、鈍った身体が強張らないように解したり、夏とはいえ冷える森で風邪を引かないように毛布を掛けてあげたり、それくらいだ。
そんな私の健気(?)な努力を知ってか知らずか──いや、知らないだろうなぁ。何せ、獣は完全に元気を取り戻すやいなや、いつのまにか姿を消してしまったのだ。
どうやら私がいない夜中か早朝を狙ったように出ていってしまったらしい。がらんと誰もいなくなった小屋を見たとき、私は無性に寂しく思った。
まぁ、前にも助けた生き物たちも皆似たようなものだったから、そんなものかと割りきることにした。森には他にも生き物がいっぱいいたしね。
そういえば、あれ以来、あの森でその獣を見ることはなかったから、他の所から流れてきた子だったのだろう。流れ者は少なくないし。
でも、私はふとこうしてあの日々を思い出すことがある。
それは刺繍を刺してるときだったり、家族とお茶をしているときだったりと、ほんの些細な瞬間に。
あの獣は、この糸のような毛色だったな、とか。
あの獣は、なぜかこの菓子を好んで食べていたな、とか。
そういうときは決まって周囲の景色が白んで、意識だけが浮いたような状態になる。周りにはボーッとしているように映ってるらしいけど。
あぁ、やっぱり。
あの獣は、今もなお私を惹き付けてやまないのだ──。
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