狼憑きと妖精

嘉藤 静狗

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1話

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「────ぃ!おい、ロッティ。大丈夫か?」

 アルエットは、自分の傍らに立つ男──双子の兄・ロビン=フラメントに肩を叩かれ我に返った。

(いけない。私ってば、またトリップしてたわ)

 心配そうに自分を見つめる兄を過保護だなぁと思いつつ「大丈夫」と返すと、アルエットは意識を周囲に向けた。
 今、彼女たちがいるのは皇城の夜会会場。
 上からはシャンデリアの光が、下からは魔力灯の灯りが、左右からは集まった貴族の装飾品の反射が煌めく。
 正直、どこに目を向けてもキラキラが目に刺さるようで、アルエットは遠い目をしてしまう。あぁ、また意識が飛びそうだ。

「……気持ちは分かるが、我慢してくれ」

 今日を乗りきれば領地に帰っていいから、と同じような目をしたロビンに諭され、アルエットは扇で顔を隠しながら溜め息をいた。それはそれは盛大に。
 なぜなら、


(早く帰りたい~、人多い~!目がチカチカする~)


 アルエットは非常に人見知りだったのだ──それも同年代限定で。


 多くの令嬢がそうであるように、アルエットも幼少期は領地で箱入り娘として育った。
 だが、実家が代々武門系の家柄だったため、領地の家には多くの騎士や兵士が出入りしている。領主館の裏に、訓練施設があるからだ。
 そのためアルエットは、小さな頃─それこそ赤子の頃─から自分より年上の存在を多く見てきた。ほとんどが図体のいいむさ苦しい男ばかりだったが。
 かくいう騎士も兵士も、自分のことを兄同然(あるいは父同然?)に慕うアルエットを大層可愛がり、アイドル的存在として大事にしていた。だからアルエットは年上は割りと好きだ。

 一方、年下はアルエットの趣味の“街歩き”の度に新しいを作るほどすぐに仲良くなれた。アルエットは屋敷にある本をよく読むので、誰より知識が豊富だった。それを、よく教えて回ったのだ。
 領内の子どもたちは皆一様にアルエットを姉や親分のように慕っているため、下に弟妹のいないアルエットは彼らを大切にした。

 だが、同年代はなぜか苦手だった。
 最初の原因はおそらく父・フラメント侯爵だ。アルエットの父は、ことあるごとにアルエットに婚約話を持ち帰った。曰く、「かわいい娘の花嫁姿が早く見たい!」とのこと。
 持ち帰ってきたものはしょうがないと、一応顔合わせはするのだが……いかんせん相性が悪かった。
 アルエットは分類するなら儚げな美少女だ。
 国内でも珍しい明るいアッシュオレンジの猫っ毛に、銀色にも見える穏やかなダークブルーの瞳。背は平均よりやや高めだが、身体は華奢で細い。そんな彼女を初めて見た人たちは口を揃えて“陽だまりの妖精”と誉め讃える。
 しかしその本性は、並の騎士より強く、兵士のように逞しく、自由奔放に暴れまわるかなりのじゃじゃ馬だ。
 よって、見目のよさにヘラヘラと集まってくるなよっちい令息ヤローなど、アルエットの敵ではない。
 アルエットが思い通りにならないからと強引な手段を使う輩は、片っ端から返り討ちにされてしまうのだ。物理的に。
 父が持ち込む婚約者(候補)が揃いも揃ってアルエットの中身を否定するものだから、アルエットはまず貴族令息を嫌いになった。

 ついで招待されたお茶会で、容姿を嫉妬され、外見同様にか弱いと判断された令嬢に嫌みを言われ、嫌がらせをされるため、アルエットはブチ切れて令嬢に反撃した。どうしたかというと、決闘を挑んだのだ(相手をしたのは彼女たちの護衛だったが)。もちろん、アルエットは全戦全勝を飾った。
 アルエットに突っかかった貴族令嬢の中には、兄(もしくは弟、または親戚)との顔合わせのときの話を知っててなお事に関与した強者もいたが、やっぱりアルエットは令嬢も嫌いになった。

 とどめは街に出ても同年代から絡まれると録なことが起こらなかった。
 いつのまにか少女たちの恋を巡る陰謀に巻き込まれたり、頼んでもいないのに逆ハーの女王にされていたり……まぁぶっちゃけ散々だった。

 いつしかアルエットは同年代──特に上下三歳以内の男女が──身分容姿関係なく付き合うのが嫌になっていた。
 今やアルエットがまともに話せる同年代は、双子の兄のロビンと彼女の従者と侍女ぐらいなのだ。


 そして、本日の夜会はその苦手な同年代が山程いる。というより、相手のいない伯爵家以上の貴族は全員いた。
 それもそうだ。そもそも、今回の夜会の趣旨がの婚約者候補を探すことだったのだから。
 開催するにあたり、皇家から各高位貴族宛に“未婚及び相手のいない者を全て連れてくること”と書いた招待状が送られてきた。なお、年齢も夜会デビューが終わっているなら問わないようだ。
 アルエットも貴族戸籍に名がある以上どうやっても誤魔化せないので、しかたなしに参加することにした。
 ちなみに、ロビンはあらゆる誘いを断りアルエットのエスコートに立候補したらしい。


(はぁ……皇子の嫁探しとか、どうでもいい!)


 アルエットは、もはや半ば魂が抜けかけていた。夜会が、あまりにもつまらなすぎたのだ。
 兄であるロビンは()父の名代として参加しているため、ある程度の挨拶回りをしなければならない。付き合いも大事だから。たまに娘を連れた御仁に会うたびその娘から睨まれたりしたが、アルエットは気づかない振りをした。いや、私たち兄妹だからね?
 それに気疲れしたアルエットは、全力で目立たないようにロビンの後ろをさながら背後霊のように付いて回るだけで何も喋らないでいた。下手に会話に入ると、長引くからだ。
 が、いい加減焦れてきた。

「ロビン……まだ帰らないの?」
「すまないロッティ、最後にもう一人だけ頼む……」

 ヒソヒソと声をかければ、ロビンも疲れたように返事した。
 悲しいかな、ロビンは小難しい話も腹芸も苦手な脳筋騎士なのだ。アルエットは少ない語彙で必死に会話を続ける兄を憐れに思った。自分なら耐えられない。
 未来の侯爵様も大変である。

「────あぁ、ようやく終わった。次で最後だ」
「最後は誰のところに?」
「……殿下だ」

 よりにもよって主役メインが最後か!アルエットは内心で兄にツッコミを入れた。家だったら確実に声にしているが、外なので自重した。
 普通なら最初に行くでしょう、とロビンを睨みつけると、当の本人は「殿下に最後で構わないと言われた」と答えた。アルエットずいぶん気安いなと思ったが、そういえばロビンは皇子付きの騎士をしていたんだと思い出した。今日は担当を代わってもらったらしい。

「さぁ、行くぞ────ん?」

 尻込みするアルエットの背中を叩いて誘導しようとしたロビンは、ふいに視線を巡らせ眉間にシワを寄せた。
 急に雰囲気が変わった兄を不審に思ったアルエットは、「どうしたの?」と聞こうとして……できなかった。


「ロッティ、少しの間客室に行っててくれ。私が来るまで、絶対に帰るな。
────すまないが、仕事だ」


 普段からは考えられない険のある声でアルエットに言い残すと、ロビンは素早くどこかへ走っていってしまった。

「え、と。……とりあえず、客室に」

 豹変した兄に混乱しながらもアルエットは、近くの皇城付きの侍女と思しき人に案内を頼むとさっさと客室に引っ込むことにした。

 どうやら、何かが起きているらしい。
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