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魔界カフェ〈死のはざま〉
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静かだ。何も聞こえない。聖夜はゆっくり目を開けると仰向けになっている体を起した。あたりは暗くどうやら夜のようだ。どこからともなく青い光が射しこみ、闇を薄暗く照らしていた。
間違いなく電車に飛び込んで死んだはずだが、生きている時と同じように意識がある。どれくらい気を失っていたのだろうか、時間の感覚がない。
聖夜は目の前で両手を広げ握ったり開いたりを二、三回繰り返した。しっかり動くし痛みもない。
電車にぶつかった衝撃で体中ばらばらになっているかと思ったが、そうではないようだ。体のあちこちを触って確認したが足も腕もお腹も頭だってちゃんとくっついている。
「ここが…… 天国?」
聖夜は頭上に広がる夜空を見上げ言った。普段よく目にする星空のように見えたが、ここが地球ではないことがすぐにわかった。星の間に真っ青な三日月が浮かんでいるのだ。
「わぁ、すげぇ」
聖夜は見たこともない色の月に目を奪われ、すくりと立ち上がった。
すると何とも心地よい音が足元に広がった。地面には石が敷き詰められていて、月明かりで青白く光っている。それが足を動かすたびにシャリ、シャリと小気味よく鳴るのだ。
どうやらこの青い光は白いものが膨張して見えるようだ。足元の白石だけでなく聖夜のTシャツも青白く浮かんで見えた。
石は青白く浮かび上がる一本の小道になっており、道の先には西洋風の屋敷が一軒建っていた。窓から明りがもれているが誰かいるのだろうか。
小道の両わきにはバレーボールほどの丸い石と街灯が屋敷に向かって一列に並び、その奥には光さえ飲み込んでしまいそうなほどの暗闇に木々の陰影が浮かびあがっていた。太い木が密集しているようだが枯れ木なのか、葉っぱがごっそり抜け落ちているようだ。
それに加えて奇妙なのは街灯の明かりだった。真っ黒な光沢を放つ金属でつくられていて四面のガラスが張られている。その中に蝋燭が入っているのだが、月と同じ青い色の炎がゆらめいているのだ。炎の先端の濃い青から水色へと変わり中心は淡い黄色に輝いている。
聖夜は見慣れない景色を前にして、これからどうすればいいのかわからずにいた。
生きていることが嫌になり電車に飛び込んだはずが、死んだ後の世界がこんな事になっているとは予想もしていなかった。それに生前に思い描いていた天国や地獄とはまるで違っている。
仕方なく聖夜は再び小道の先にある屋敷に目をやった。中に誰かがいるのは間違いないようだ。窓から人が動く影が見えている。
いくら周りを見ても屋敷以外の建物は見当たらず、後ろをふり返れば雲の中にいるような真っ白な霧が立ち込めるばかり。とにかくあの屋敷にいって、ここがどこなのか聞くしかなさそうだ。
さっそく足を動かした聖夜だったが、何となく視線を感じ暗闇にたたずむ木々の奥へと顔を向けた。しかし何も変りない。
気のせいだと思い目を離そうとした瞬間、何かが動いたように感じた。目を凝らしもう一度よく見てみると、聖夜の体はまるで凍ったように動かなくなった。
木の幹に人間の顔のようなものが浮かび上がっているのだ。
血走った目をカッと見開き、こちらを見つめている。その顔は苦悶の表情を浮かべ、大きく開いた口からはうめき声がもれていた。
しだいに木の顔は何カ所にも浮かび上がり、低いごろごろといった男の苦しそうな声が二重、三重と重なり響いていた。
さっき見た時は気づかなかったが、暗闇に目が慣れたせいかごつごつした木の幹には藁人形や五寸釘がいたる所に刺さっていた。巨大な獣が爪でひっかいたような大きな傷もある。それに誰かが首を吊ったのだろうか、枝に縄まで垂れ下がり、その先には人間や動物の頭蓋骨があちこちに刺さっていた。
聖夜は腰が抜けたように地面に尻餅をついた。急いでこの場から逃げなければという衝動にかられた。ところがどんなに立とうとしても足が麻痺をしてしまったかのようにピクリとも動かないのだ。
あわてて手で足を持ち上げようとすると、自分が座っている青白い石に目が止まった。石の形がすべていびつで小さな穴がぽつぽつと空いているのだ。
「これ、石じゃない!」
フライドチキンを食べた後に出る鳥の骨のようなものが敷き詰められていた。おしりの下にあるのは心地よい音が広がる石ではなく、得体のしれない小さな生き物の骨だったのだ。
「動け、動け」
聖夜は息を速め動かない足をはたいた。
すると今度はどこからともなくカスタネットを叩くような音が鳴っている。恐ろしくなった聖夜は耳をふさぎ、目を閉じると無視を決め込んだ。ところが音はみるみる大きくなり、敷き詰められた小骨が勢いよく体にぶつかってくる。
それでもかまわず無視を続けていると、弱々しい声が聞こえた。
「ねぇ、こっち。こっちを、見て……」
何かに話しかけられ聖夜はそっと目を開き、音がする方へゆっくり顔を向けた。
「うわあぁ !」
バレーボールほどの丸い石が一斉に聖夜に振り返ったのだ。大量の人間の頭蓋骨が向かって顎をカタカタと鳴らし、笑い声まで上げている。まるで地獄のような光景だ。
聖夜は立つことをあきらめると動く腕で這いつくばり、屋敷まで逃げようとした。必死に右の肘をつけて、次に左腕を前に出す。これでどれくらい進んでいるのだろうか。
周りからはこの世のものとは思えない耳障りなうめき声に乾いた歯を鳴らす音が聞こえている。
冷たい汗が額からながれ、胃液が逆流しそうだ。今までに味わったことのない恐怖が全身を巡っている。
すると何かに肩を叩かれた。背後に人の気配を感じる。今度は何が始まるのだろうと体中の筋肉がこわばっていく。聖夜は目を閉じ動くのをやめ、気配が消え去るのをやりすごそうと考えた。
しかし抵抗する暇もなく何者かに両肩をつかまれ、強引に持ち上げられてしまった。
足は震えているが何とか地面を踏みしめている。そのままじっとしていたが不思議と何も起こらない。そこで恐る恐る聖夜は振り返った。
するとそこには黒いマントを羽織り、フードを深々と被った人間が立っているのだ。どうやら自分以外にも人間がいたようだ。安堵した聖夜は震える口を開いた。
「は、早く、逃げないと。こ、ここには、ば、ばば化け物がた、たくさん ――」
しかしその人間はまるで反応がない。それどころか口のあたりから白い霧のようなものが漂い、地鳴りのような低い声が聞こえる。
よく見ればまるでゲームや漫画に出てくるアレにそっくりの姿だ。
「も、もしかして、し、死神!?」
声にならない声で聖夜がたずねるとフードをかぶった人間は縦にゆっくりと首を振った。さらにどこからともなくお経のような声が聞こえると、死神の体が徐々に薄くなっていき黒い人影になったのだ。
その姿に聖夜はハッと思い出した。電車に飛び込んだとき目の前にいたあの影にそっくりなのだ。
「あ、あの時、ぼぼ、僕の目の前にいた?」
人影は静かにうなずいた。なぜこの死神は電車に飛び込んだとき、目の前にいたのだろうか。死神は人の命を奪う悪魔のような存在のはずだ。もしかしたら自分の魂を狙っているのかもしれない。そうだとしたら、殺される前にこの場から逃げるしかない。
聖夜は死神にバレないようにそっと足を動かし前を向いた。
ところがあっけなく後ろから肩をつかまれた。死神の先のとがった爪が鎖骨に食い込み痛みが走る。それと同時に首すじに嫌な気配を感じる。
「お前の ……魂 ……食わせろ ――」
空気が漏れるような低くかすれた声が耳をかすめると、死神は肉が干からびほとんど骨だけになった腕を突き出してきた。そこから丸々と太った蛆虫がころりころりと落ちていき、聖夜の肩に何匹かくっついた。蛆虫はとがった頭を左右に動かし聖夜の肩を移動している。
そのしぐさに思わず顔をのけぞらせたが、すぐそこには死神の顔があった。ミイラのように皮膚は茶色く骨にくっつき、目の奥は真っ黒にくぼんでいる。
死神は金属をこすり合わせたような声を出すと、あごが切れそうなほど口を大きく広げた。
「うわあぁぁ!」
聖夜は大声をあげた。
死神の口の中から派手な色のムカデや黒光りした大きなヤスデ、それにシデムシにゴキブリといった虫たちが我先にと這い出てきたのだ。
聖夜は死神を振り払い屋敷をめざし、無我夢中で駆けだした。一歩が重く、地面に敷きつめられた骨がまるで足を吸い込んでいるかのように、なかなか前に進まない。
やっとの思いで屋敷の前にたどりつくと木でできた五段ある階段を震える足で一段ずつ登り、息を切らしドアノブに手をかけた。
すると聖夜がドアを引く前に扉が開き、中から風変わりな男が現れた。
首から上の肌の色といえば生きている人間の健康的な色とはまったく違っている。そのせいか口が異様に赤く見え、目の周りはアイシャドーを塗りまくったように真っ黒だ。
「いらっしゃいませ、お客様」
男は暗やみで光る猫の目のように黄色い瞳を輝かせ頭を下げた。かぶっている大きなシルクハットの下からは真っ青な髪に羊のように巻いた角が見える。
その異様な男の姿に聖夜は一瞬ためらった。しかし振り返ればいつの間にか大きな鎌を持った死神がゆらり、ゆらりとこちらへ向かってきている。
「た、助けて、し、死神に追われてるんだ」
ところが目の前にいる長身の男は涼しい笑顔をしている。
「あの方は大事なお客様ですよ」
「お客様? どういうこと? とにかく、助けてください! 僕、殺されちゃうよ」
聖夜は男が着ている赤茶色のスーツのふちをつかみ必死に訴えたが、思わずのけぞった。男の服の袖やズボンのふち、それにシルクハットに至るまで横に何本もの太い線が生き物のように波打ち動いているのだ。
しかし男は気にもとめていない。
「殺されてしまう ……? ふふふ、面白い御冗談を!」
「じょ、冗談なんか言ってません!」
「何をおっしゃいます、お客様。だってここにいるお客様や従業員を含め全員、もうすでに死んでいるんですよ」
男は口に手をもっていくとくすくすと笑っていた。
確かにそうだ。あまりの恐怖で忘れていたが自分はもう死んでいるのだ。
「あ、ちょっと失礼」
男がそう言って屋敷に出てくると扉の奥から血色の悪い肌をした、赤ちゃんのような大きな腕がにゅっと出てきた。四本の太い指には爪は見当たらず、毛も一本も生えていない。扉から体のようなものが出てこようとしているが、ぎゅうぎゅうに詰まっているせいか、先に出ている腕が左右に暴れている。そのせいで扉が今にも壊れそうな音を立て鳴いていた。
聖夜は男の後ろに隠れ様子を見た。
分厚い腕から体がゆっくりと出てくると、ジャガイモに太い手と短い足が生えたような化け物が現れた。二メートルはあろうかという巨大な肉の塊だ。口らしきものはあるが目や鼻といったものは肉が垂れさがりまるでわからない。動くたびに垂れ下がった肉はゼリーのように揺れていて、ところどころ黒くくすんでいたり、肌の色が青っぽく変色している。
その異様な姿に聖夜は言葉を失った。
「ありがとうございました。またお越しください」
男の挨拶に肉の塊は小さくお辞儀をすると、重そうな足をゆっくり動かし目の前を歩いて行った。
そのとたん、息を吸い込んだ聖夜は力なく崩れ落ちた。
今までかいだことのない刺すような匂いが鼻を通りこし、脳や肺を貫いたのだ。瞬時に毛穴がその匂いを防ごうとしているのか全身に鳥肌が立った。眼球はチクチクと刺すような痛みを感じ、涙がとめどなくあふれてくる。そのせいでまぶたを開くことができず、鼻の奥にじっとりとこびりつく悪臭に吐き気をもよおしている。
「しまった。お客様、しっかり」
聖夜は男に頬を叩かれたが、例えようのない強烈な匂いに意識が遠のき動くことができない。
「仕方がありませんね」
そのまま聖夜は男に引きずられていくと、冷たい床に座らされた。静かにしていると水が流れる音や食器のぶつかる音が聞こえる。それにもう一人、低く滑らかな声で話す別の男の声が聞えた。二人は何かを話しているようだが、日本語ではなさそうだ。テレビでよく耳にする英語やほかの国の言葉とも違う。
すると低い声の男に話しかけられた。
「すぐに楽になりまーすから、暴れないで下さーいね。まずは目に特製の目薬を入れまーす」
外国人が日本語を話しているような独特のなまり口調だ。
聖夜は言われたとおりじっとしていると、先のとがった棒のようなもので無理やりまぶたを広げられた。そこへ冷たい水が数滴入ってきた。
目の表面に刺すような痛みを感じたが、それから数秒後にはメンソールを塗ったような冷たい感触が浸透していくのがわかった。眼球を洗浄したかのような不思議な感覚が走り、いつの間にか痛みや涙が止まっている。
「さあ、次はこれを飲んでくださーい。温かいハーブティーでーす。飲まなーくても香りだけでもいいので、楽しんでみてくださーい。気分が良くなりまーすよ」
聖夜は涙でかすむ目を開くとペリドットのような美しい黄緑色をした飲み物が入った白いカップを渡された。顔を近づけるとレモンのような爽やかな香りが鼻から肺にまで広がり、鼻にまとわりついている頑固な悪臭が一瞬にしてどこかへ消えてしまったかのようだ。
たまらず一口、口へと含む。味はないが癖もない。かわりにハーブ独特の香りに包まれ、舌の上はまるで消毒をされたかのようにさっぱりとしている。
ハーブティーなど飲んだことはなかったが、あまりの喉ごしの良さにあっという間に飲み干してしまった。そのころには鼻の奥にこびりついた悪臭も吐き気もきれいさっぱりなくなり、心地よいハーブの余韻だけが残っていた。魔法をかけられたような感覚に聖夜は感動するばかりだ。
すると今までしなかった砂糖の甘い香りやコーヒーの香ばしい香りがするのに気づいた。
さっそく聖夜は苦痛から解放された体を動かし、あたりを見まわすとどうやらここは厨房のようだ。
部屋の中央には焦げ茶色の木でできた大きなテーブルがあり、そこにはリンゴやオレンジにレモン、マスカットや洋ナシといった具合に様々なフルーツがカゴに入っていた。それに果物といっていいのかわからない、赤茶色の棘の生えたソフトボールくらいの丸い実や薄黄色の長い毛におおわれた楕円形の実もある。
その隣には少し小さめのカゴが置いてあり、イチゴやサクランボそしてブルーベリーにラズベリーが山積みになっていた。
黄ばんだ白い壁には大きさの違う不格好な黒いフライパンや片手鍋がいくつもかけられている。壁に掛けられた三重の木の棚には様々な形や色をした瓶が並べられ、液体や漢方薬のようなものが入っていた。
近くにはコンロが三つあり、その下に年機の入ったオーブン。天井には黒くなった柱にひもでくくりつけられた乾燥した様々なハーブがたれさがっている。
古い木でできた戸棚には食器がきれいに並べられ、隣には銀色の大きな冷蔵庫と中が透けている冷蔵庫が二つ並んでいた。透けている冷蔵庫には美味しそうなケーキがいくつも見える。
聖夜はゆっくり立ち上がった。後ろにある棚にはサイフォンなど、コーヒーを抽出するための機械が所狭しと並んでいた。
「ご気分は良くなられまーしたか?」
なまり口調の男に話しかけられ聖夜は振り返った。ところが声のする方へ顔を向けたはずが誰もいない。不思議に思い目線を上にしたとたん、聖夜は目を大きくひろげたまま硬直した。
天井の隅に長い脚を器用に折りたたんだ巨大なクモがいたのだ。色は白っぽく細い体をしていた。頭にはコックの帽子をかぶり、膨らんだお腹の部分にエプロンをまいている。
そのクモはたたんでいた足を一本ずつ伸ばし、こちらにゆっくり歩みよってきた。八本あるすべての足が広がると、厨房の半分を覆い尽くすほどあった。
見上げるほど大きなクモに圧倒され返す言葉も出ない。
そんな聖夜をよそに巨大なクモは帽子をとると、手前に生えた一番長い足を伸ばし握手を求めてきた。
「初めまーして。わたくしはここのパティシエ、ロビンと申しまーす」
正面の顔には瞳が六つあり、左右に三つずつに分かれている。そのうちの二つは聖夜を見ているが残りの四つはそれぞれ別の方を向いている。
八本ある足は手前が一番長く、腹部にいくにつれ短くなっていた。瞳と同様に足もすべて違う動きをしている。
ロビンは握手を催促するかのように伸ばした足を動かすとウインクをしてみせ、人間のように生えた歯を鳴らし笑顔を見せた。その様子にこちらに危害を加えようとしていないと感じた聖夜はゆっくり手を広げ、ロビンの足を迎えいれた。
先端はかたい毛が生えていて少し痛かったので軽く握るだけにした。
「今、ミミズさんを呼んできまーす」
ロビンは長い脚を器用に動かし、聖夜をまたぎ厨房の入り口から顔を出した。
ロビンが言うミミズとは誰のことなのだろうかと聖夜は思ったが、その疑問はすぐに解決した。シルクハットの男が小走りで現れたのだ。
「ご気分はどうですか、お客様」
ミミズはにっこりと笑顔を向け聖夜に話しかけてきた。
「ハーブティーのおかげですごく楽になりました。一瞬であの吐き気や目の痛みが消えるなんて、まるで魔法みたい!」
「それはよかった」
ミミズは胸に手を当て安堵の表情を見せた。
さらに話しを聞いていたロビンが少し興奮したように聖夜に近づいてきた。
「魔法だなんて最高の褒め言葉をありがとうございまーす! あのハーブティーはわたくしが貴方の症状を見て、特別にブレンドしたものなんでーす。お役に立ててよかった」
ロビンは帽子を二本の足で握りつぶすほど感動しているようだった。その様子にミミズも満足したようにうなずいていた。
どうやら聖夜を治してくれたのはロビンのようだ。あの棒のような先のとがったもので目を広げられたのも、今思えばロビンの足の先端だ。
どこか親しみやすい二人に気を許した聖夜は疑問を口にした。
「あの、一体何が起きたのか教えてもらえますか。すごく嫌な匂いがしたけれど ……」
するとミミズは待ってましたとばかりに流ちょうに話し始めた。
「実はお客様が倒れてしまったのは、ぬっぺふほふのよっちゃん様が放つ匂いが原因だったんです」
「よっちゃん様?」
「ええ、そうです。彼の名前です。僕がつけたんです。可愛いでしょ?」
よっちゃんという名前に思わず口元が緩んでしまった。すると聖夜に応えるようにミミズは笑顔を向け話しを続けた。
「よっちゃん様はぬっぺふほふという人間の死肉でできた日本の妖怪なんです。体が死肉なものですから、彼が通った後は腐敗臭が漂ってしまうのです。僕たち魔人は何も感じないのですが、人間の方は腐敗臭を強烈に感じとってしまうようなんです。ほかにも嫌悪感を抱くお客様もいらしたり、コーヒーの香りが死肉の臭いでかき消されてしまうので、ぬっぺふほふのお客様が入店されたときには僕の魔力でにおいを封じ込めているんです。ですが、ちょうどよっちゃん様がお帰りになる際にお客様と鉢合わせしてしまったので匂ってしまったようですね」
人間の死肉の妖怪、しかも腐っているだなんてどおりで吐き気がする訳だと聖夜は思った。それにくわえて魔人と名乗る男の疑問に満ちた話しに、考える暇もなく聖夜の口が勝手に動いた。
「あの、ここは一体どこなんですか?」
その問いにミミズは眉をつりあげた。
「こことは、この世界のことですか? それともこの場所のことですか?」
「えっと、両方」
「なるほど、もしかしてお客様は死なれて間もない方ですか?」
「はい、たぶんそうです」
「やはりそうでしたか。それではご説明しましょう! ここは魔界という世界です。そしてこの場所は魔界にある〈死のはざま〉というカフェです。僕がカフェの店長」
ミミズは手を胸に当て深々とお辞儀をしてきた。
「ここ、魔界なの? それにカフェもあるの?」
「ええ、そうです。魔界にカフェがあるなんておしゃれでしょ? ちなみにどちらからいらっしゃったのですか?」
どういう意味だろうと答えに困っていると慌ててミミズが付けくわえた。
「魔界カフェ〈死のはざま〉に来るためには、人間界にある三つの入り口を通らなければいけません。入り口は海に橋に列車なのですが ……。亡くなられる前にその三つのどこかにいませんでしたか?」
「えっと、電車です」
「なるほど。ということは、飛び込み自殺 ……でしょうかね? それとも突き落とされたとか?」
「その、自殺の ……」
微笑みながら聞いてくるミミズに、人の死というものに対して笑いながら話せるものなのかと聖夜は不快に思いながら返事をした。
するとミミズはすべてを話す前に人差し指を立てると聖夜の話しをさえぎった。
「やはりそうでしたか。それ以上、言わなくて結構! 誰だって嫌なことはありますからね。ここにはお客様のように魔界への入り口で自ら命を絶ったり、何かの不運で亡くなった方がまれに迷い込んで来るんです」
「そうなんだ」
聖夜は小さな声で返事をすると黙り込んだ。
この不思議な世界に飲み込まれていたが、自殺という言葉に一気に現実に引き戻されたのだ。そう、自分はすべてが嫌になり電車に飛び込んだ。それなのに感情は生きてる時と何も変わっていない。
あの世だろうが魔界だろうがそんなことはどうでもよかった。死んで何もない世界を望んでいた聖夜にとって、今の状況は喜ばしいものではないのだ。
これから先、自分はどうすればいいのか、どうなってしまうのかと思うと瞬時に不安と恐怖に襲われ、思考回路が止まり言葉がつまる。
そんな聖夜をよそにミミズといえば黙っていることが耐えられないのか、落ち着きのない様子で厨房にあるサクランボを口に入れ話しかけてきた。
「もしかして、これからどうすればいいか悩んでます?」
「はい」
「そうでしょうね。ここに迷われた皆さん、そうおっしゃいます。迷い込んだ方の道案内をさせていただくのも僕の仕事の一つです。先ほどもいいましたがここは天国でも地獄でもない、魔界という世界です。ちなみに魔界はご存知?」
「聞いたことはあるけど ……。化け物がいる世界のこと?」
「ええ、まあそんなところです。妖怪や幽霊、魔物に悪魔、それに妖精も暮しています。魔界と聞いて亡くなられた皆さんは天国へ行きたいとおっしゃられるのですが、残念なことに僕は天使ではなくミミズの魔人ですから、天国へ導いてあげることはできないのです」
そう言ってミミズは白い手袋をとると、そこには人間の手の形をした赤茶色の大量のミミズが絡み合っていた。ミミズは自慢げにその手を握っては広げ、再び白い手袋をはめ話しをつづけた。
「それに人間の霊魂が逝く霊界と魔界は別次元の世界ですから、ここから天国へ通じている道など聞いたことがありません。ですから、お客様の今後の選択肢は二つです」
「二つしかないの ?」
「はい、もっといっぱいあれば楽しいんですけれどね。それでは説明させていただきます。カフェを出てまっすぐ歩いて白い霧を抜けて行くと道が四つに分かれています。その先にはそれぞれ石像が置いてありますから、自分が死んだ時に入ってきた石像を通って人間界をうろうろするか、魔界専用の石像を通って魔界探索をするかそのどちらかになります」
胸を高らかに張り上げるミミズをよそに、聖夜は硬い表情を向けた。
教えられた二つの選択肢のどちらも選びたくないのだ。
「あの、何もない世界とかってあるんですか? できればそういったところに行きたいんだけれど ……」
「何もない世界とは ?」
「その、意識が消えてなくなるような……」
「残念ですがそんな世界はありません。お亡くなりになっても魂はちゃんと存在しますし、意識が消えてしまうなんてことはありえません。よく人間界で死んだら終わり、なんていう方がいらっしゃいますが、それは迷信です。亡くなってからは新しい生活が待っているんです。ちなみに参考になるかわかりませが、迷い込んだ人たちのほとんどの方が人間界へ帰って行きますよ」
聖夜は息を深く吐いた。
これでは何のために死んだのかわからなかった。またあのつらい世界に帰らなければいけないと思うと、胸が痛いほどしめつけられる。
しかも今度は幽霊としてさまようことになるなんて考えたくもない。
「そうがっかりしないでください。人間界に行けば……そう! 運が良ければ霊媒師に成仏させてもらえるかも知れませんよ。それにいつでもここにきてかまいません。亡くなっていれば魔界と人間界を何回だって往復できますし、相談や愚痴だって僕でよければいつでも聞きます」
ミミズは口が裂けそうなほど不気味な笑顔を見せているが、聖夜にとって憂うつなのは変わりがなかった。
「とにかく、あちらへ座って御注文ください。ここはカフェです。何か口にすればきっと心が落ち着きますよ。それから先のことを考えてもいいじゃありませんか。時間はたくさんありますからね。だってもう死んでいるんですから!」
聖夜はミミズに促され厨房を抜け、カフェの店内へと入っていった。
すると入口のすぐそばにフロントがあり、そこに十七歳か十八歳くらいの女の子が立っているのが見えた。
その姿に聖夜は一瞬にして釘づけになった。
長い髪の毛を二つに結び、複雑な緑色が重なった柄のメイド服を着ている。顔つきは人間と少し違うようで、白目がなく真っ黒だ。角度によってはその黒い瞳が光に反射し紅く見える。
「彼女が気になりますか? 当店の従業員、スズメです」
「いや……別に」
そう言いながらも、神秘的に映るスズメに聖夜は思わず会釈をした。
しかし向こうからの反応はない。あっさりと目線をそらされただけだった。
「さあ、お客様! お好きな席へお座りください。すぐにメニューをお持ちいたします」
聖夜は耳を赤く染めながら、静かに一番手前の近い席に座った。
長方形の木でできた古い机に椅子が四脚。机のまん中には正方形の小さな赤い布が置かれ、その上には鮮やかなピンク色をした花が一輪飾ってあった。細く先のとがった濃い緑色の葉に丸みを帯びた花びらだ。
一輪挿しの下には細長い小さな紙が立てかけてあり、見たことのない文字が書かれている。
眺めていると紙の中で文字が動き、あっという間に日本語に変わった。そこに書かれた文字を読むと文章が右から左へと流れていった。
『キョウチクトウ 何度も死の苦しみを味わいたい者以外、間違ってもこの植物を食べてはいけません』
キョウチクトウと聞いて聖夜は園芸好きの父親がこの植物を育てていたのを思い出した。確か毒があったはずだ。きっとそのことを言っているに違いないと聖夜は思った。
ほかにも文字が流れてくるかもしれないと紙を見つめていたが、わけのわからない元の文字に戻っただけだった。
聖夜はキョウチクトウの花に目を戻した。その瞬間、体中の血液が凍ったような恐怖を感じ、慌てて目線をそらした。
向かいの席に自分を追いかけて来た死神が座っているのだ。
「お待たせしました。こちらがメニューです。えっと、お客様は日本人ですから日本語のページですね」
ミミズが死神をさえぎったおかげで恐ろしい姿が見えなくなった。
さっそく、ミミズが持ってきたメニューを見てみると辞書のように分厚く、図鑑のように大きい。表紙は茶色く、そこに金色で見たこともない文字が書いてある。
ミミズは手際よく分厚いメニューを広げると、深い赤色のランチョンマットを敷き、温かいお絞りとワイングラスを置いた。そこへガラスポットの水を注いだ。透明な水の中に輪切りになったレモンと生のハーブの葉が数種類入っている。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
ミミズは手を胸におき、深々と頭を下げるとその場からいなくなった。
聖夜はグラスに手を伸ばし、水を一口飲んだ。レモンとミントの香りがする。厨房で飲ませてもらったハーブティーよりも癖は少なく水に香りがついたようなものだ。きっとこれも厨房にいたロビンが作ったに違いないと聖夜は思った。
もう一度口に含むと、とりあえずメニューに目をやった。特に何かが食べたいというわけではなかったが、ミミズの申し出を断ることができずにいたのだ。
メニューの初めのページは飲み物のようだ。一番上に大きな文字でドリンクと書いてある。
まず目に飛び込んできたのはコーヒーだ。何十種類と書いてあるが、コーヒーをあまり飲まない聖夜にとって何がいいのかちっとも分らなかった。
その他にカフェラテ、紅茶、フルーツジュース、野菜ジュース、と続きドリンクだけで三ページも埋まるほど書いてあった。しかしほとんどが聞いたことのない名前の飲み物ばかりだ。
ドリンクのページが終わると、次はデザートだ。こっちはドリンクのページよりもさらにメニューが多かった。五ページほどデザートの名前が続いたが、やはりドリンクと同様にどんな食べ物なのか想像がつかないものばかりだった。
それを過ぎると軽食が書かれていたが、メニューの数といえば二つしかなかった。なぜかサンドイッチとおにぎりしかないのだ。
次のページをめくると英語がずらりと書かれていた。どうやらこれで日本語といわれたページは終わりのようだ。
しかし他のページが気になった聖夜は、注文を決めることなく次々とメニューを開いていった。難しい漢字が並ぶ中国の言葉。なじみのないアラビアの文字、ロシア語や韓国語など、開けば開くほど様々な国の言葉がメニューに記載されていた。
けれど地球上の言葉がメニューに書かれていたとしても、到底この分厚さにはなりそうもない。聖夜はさらにページを進めていくと、今度は何語なのか見当もつかないページへ突入してしまった。
象形文字のようなもの、点だけが描かれているもの、蛇のような文字が紙の中で動いているものもあった。
それ以上に理解不能だったのは、大きく一文字しか書かれていなかったり、逆に小さくて虫眼鏡を使わないと見えそうにない文章。さらに真っ黒に塗りつぶされていたり、開くと何も書かれていない代わりに話し出すものまであった。もちろん何を言っているのかはわからない。そのかすれた声に聖夜は怖くなり、手で挟んでおいた日本語のページへと一気に戻った。
「お決まりになりましたか?」
突如聞こえたミミズの声に聖夜は我に返った。メニューを見ているだけで時間がかかっていたのだろう。どうやらミミズが待ち切れず聖夜のところにやって来たようだ。
「えっと、それじゃあ ……」
ドリンクのページを見て何にしようか悩む聖夜だったが、今か今かと待ち切れずミミズがメニューを覗き込んでくる。そのせいでゆっくり考えられず、適当にミルクティーを注文するはめになった。
「はい、かしこまりました。そのほかにご注文は?」
「そのほか ……?」
「スイーツはいかがですか。おいしいですよ」
そう言ってミミズはデザートのページをめくった。再びミミズの襲撃に合わないように、聖夜は一番わかりやすいパンケーキを選んだ。
「パンケーキは五種類ありますが、どれにいたしましょう」
もう一度、メニューに目をやるとパンケーキと書かれた下に何種類もあることに気づいた。
赤い実のまっ赤っ赤パンケーキ、まるでろうそくみたいなパンケーキ、ふわふわスポンジパンケーキ、きらきらパンケーキ、メルヘンパンケーキと書いてある。しかしそのどれもがどんなパンケーキなのか予想もつかない。
「それじゃあ、きらきらパンケーキをお願いします」
聖夜はその場をしのぐため、何も考えずに選んだ。その一方でミミズは嬉しそうに返事をすると重そうにメニューを下げた。
すると隠れていた向かいの席にいる死神がふたたび姿を現した。魂を食わせろと言っていたはずの死神はテーブルに広げた雑誌をめくり、団子を口へ運んでいる。
ガラスの器にバニラと抹茶のアイス、そこに生クリームにあんこと団子が乗っていた。ご丁寧にそこにはきな粉がまぶされ、上から黒蜜がたっぷりかかっているようだ。その隣には渋い湯飲み茶わんからは湯気が立っている。
聖夜がじっと見つめすぎたのが、死神が骨ばった手を親しげに振ってきた。聖夜はびくりとして小さくお辞儀をすると一目散に目をそらした。
どういうことかわからないが、今のところを襲ってくることはなさそうだ。それでも気味が悪かったので、いつ襲われても逃げられるように警戒しながら待つことにした。
店内にはどの席にも机の中央に花が飾ってあり、邪魔にならない音量でジャズもかかっている。
すると聖夜はもう一人、客がいるのに気づいた。一番奥の席に落ち武者が座っていたのだ。
その風ぼうといえば、テレビや漫画で見た姿とそう変わりはなかった。頭のてっぺんは毛がなく少し青く見える。両わきから伸びている黒々とした髪の毛はぼさぼさに絡みあっていた。肌の色も黒く、無精ひげが生えていてとても清潔とはいえない。
しかし目つきは鋭く両腕を腰に置いたまま、背筋を九十度に保ち微動だにしないのだ。
そこへクリーム色の長い髪を揺らしスズメが聖夜の前を通り過ぎた。お盆には細長いグラスに苺がふんだんに使われた可愛らしいパフェ、生クリームが添えられたプティング、そして真っ赤なサクランボとバニラアイスが浮かぶメロンソーダが乗っている。
スズメがそれを落ち武者の机に置くと、何やらそわそわとうずいているのが見えた。そして両手を強くたたき合わせると、大きな声でいただきますと言い放ちスプーンに手を伸ばした。
その動きはどこかぎこちないがパフェのアイスを口に入れた瞬間、落ち武者は両手をぎゅっと握り小刻みに震えだした。さっきまでのいかつい顔と違って目はたれさがり口元は緩んでいた。よほど美味しいのだろう。
それから聖夜は落ち武者から目を離すとポケットに手を伸ばした。そこに固く冷たいものが入っている。携帯電話だ。
確か電車に飛び込む寸前までいじっていたが、ポケットに入れていたことをすっかり忘れていた。もしかしたら壊れているかも知れない。そう思い優しく取り出してみると傷一つなかった。それどころか、ダメもとでボタンを押すと電源が入ったのだ。電波はなくインターネットにつなぐことはできなかったが、それでもどこか嬉しさを感じずにはいられなかった。
聖夜はいつものとおり携帯電話をあやつり、暇を潰していると注文した品が運ばれてきた。落ち武者のようにスズメが運んでくるのではないかと一瞬緊張したが、その必要はなかったようだ。ミミズが胸を張り隣に立っている。
白く大きなカップが置かれ、そこになみなみにミルクティーが入っていた。
「こちらはお客様のお好みに合わせて、ご自由にお使いください」
小瓶に入った砂糖、そして何種類かのスパイスが置かれた。
次に大きめのお皿にこんがり焼けたパンケーキが三つ重なって出てきた。甘く焦げた香りを吸いこむと、ちぢんでいた胃袋が活発に動き出すのを感じた。パンケーキの周りには生クリームが添えられ、ブルーベリーとラズベリーにバナナもたっぷり飾られていた。白いお皿の余白にはチョコレートでハートをつなげたような形がえがかれている。
そこへミミズがメープルシロップをさらりとかけた。さらに別の小瓶を手に取り、透明の液体をかけた。中にはきらきらとした銀色のかけらがたくさん入っている。
「それではごゆっくり」
聖夜は美味しそうな香りに無心でナイフとフォークを使い、パンケーキを口に運んだ。すると舌の上にひろがる絶妙の甘さとうまみに自然に口元が緩んだ。
あの落ち武者がとった行動がよくわかった。とにかく美味しいの一言なのだ。今まで食べたパンケーキとは比べものにならない。心が満たされ幸福感が体中を包んでいる。
さらにミルクティーを口にしたがこれも別格だ。暑すぎず、常に一定の温度を保っていて冷めることもない。柔らかい紅茶の香りと深いコク、こんなにほころぶような食べ物を初めて口にした。
聖夜はあっという間にミルクティーとパンケーキを食べてしまった。
心も体も幸せに満たされたのはどれくらいぶりだろうか。
正面を向くと相変わらず死神は雑誌を広げ団子を食べている。さっきまでは怖くて仕方がなかったが今は違う。落ち武者もあの奇妙な動きをしながらメロンソーダを飲んでいたが、どこかこのカフェの味がわかる仲間のように思えてならない。
カウンターを見るとミミズがこちらを見つめている。何かを期待しているのだろうか。黄色に光る瞳とよく目が合う。するとミミズがこちらへやってきた。
「お味はいかがでしたか?」
「すごく美味しかったです! 初めはどんなものが出てくるのか不安だったけど、パンケーキもミルクティーも、こんなに美味しいって思ったの初めてです!」
その言葉にミミズは満足したような笑顔を向けた。
「パンケーキのシロップは魔界の暗闇にしか咲かない花の蜜からとった特製のシロップなんです。ミルクティーも人間界では味わうことのできない魔界の牛、魔牛からとれたミルクを使っているんです。一生懸命、メニューを考えたかいがありました。美味しいと言っていただけで光栄です。あぁ、他のパンケーキもぜひ食べていただきたい! どれもこれも僕がねりに練って考えたものばかりなんです。それに実はミルクティーに関しては四種類ほど新しい商品を考え中なんです」
どうやらミミズはカフェのことになると話しが止まらないようだ。放っておけば一日中話していられそうだ。
その話しぶりを聞きながら、聖夜は今後の自分の取るべき道をふと考えた。ミミズは人間界をうろつくか魔界探索するかのどちらかだと言っていた。 しかし魔界探索をする人間などいるのだろうか。
聖夜はミミズの話しをさえぎり口を開いた。
「あの、魔界に行く人っているの?」
「そうですね、なかには魔界探索を希望する方もいらっしゃいます。しかし、死んだばかりの方や魔界人のお友達がいない人間の霊魂が一人で魔界をうろつくのは大変危険なんです。人間の魂を好んで集めている怪物や、利用しようとする悪霊などがたくさんいますから。とはいっても、魔界にも楽しいところはたくさんあるんですよ。ですから、魔界を冒険したい時には魔界人のお友達をつくることをお勧めしています」
魔界人の友人。そう聞いて、もしミミズが自分と友達になってくれたら人間界へ戻らずに済むのではないかと頭をよぎった。しかし魔界にずっといると考えると寒気がした。カフェに着くまでに、さんざん怖い思いをしたのだ。何度もあの恐怖を味わうなどまっぴらごめんだった。
「そうだ、そうしよう !」
突然、聖夜は大きな声を出し立ち上がった。不思議そうにミミズがこちらを覗きこんでいたが、それすらも気にならないほど、いい考えがひらめいたのだ。
どうせ死んでさまようのなら、怪談でよく聞く幽霊のまねごとをしてみればいいのだ。これは名案だと聖夜は瞳を輝かせた。
例えば学校をうろつき自分をいじめていた憎たらしい同級生たちを驚かせるのも悪くない。めいっぱい怖がらせて自分を自殺に追い込んだことを後悔させるなんてのもいい。
それに飽きたらこのカフェに来て息抜きをすればいいのだ。こんなにも美味しいと感じられるなら死んでいてよかったと思えるかもしれない。
「ミミズさん、色々とありがとうございました。僕、人間界に帰ります」
「そうですか。いつでもここにきてくださいね」
「はい」
聖夜は晴々した気持で立ち上がりカウンターへ向かった。これからどうなるかはわからないが、少なくともいじめを受けることはないのだ。
カウンターの前まで行くと、壁にたくさんの時計がかけられているのが見えた。形は丸いものから三角、四角、長方形や楕円形など様々で、針しかないものもあった。大きさもバラバラで普通の時計とは様子が違っていた。
十二時間や二四時間表記よりもさらに数字が多いものや逆に少ないものなど、どれ一つとして同じ時計がない。どんな意味があるのか全くわからないが、針もそれぞれ違う時間をさして動いている。
そんな時計の群れに圧倒されていたが、ミミズとスズメを前にしてハッと気づいた。
「あの、支払いは ……」
ポケットに手をのばしても携帯電話と小さな小銭入れしか入っていない。
「お代は結構です。ここは魔界カフェ。魔界人が楽しむための憩いの場所ですから、亡くなった方からお代は頂きません」
その言葉に聖夜は安心すると小さな声でごちそうさまでしたと言って、ドアノブに手をかけた。後ろからはまたお越し下さいとミミズの声が聞こえる。
ところがいくらひねってもドアが開かない。押しても引いてもちっとも動かないのだ。
その瞬間、店内に甲高い叫び声が響いた。防犯ブザーのように頭を貫く高音に聖夜はたまらず痛む耳をふさぎ体を丸めた。
するとスズメがさっそうと現れ、箒でドアの上にある丸い玉のようなものを小突いた。たちまち叫び声は止まったが、耳の奥で耳鳴りがしている。
「なんていうことでしょう!」
静かになった店内でミミズの大きな声が聞えた。目を見開き驚いた表情をしている。
一方のスズメは何事もなかったかのようにカウンターへと戻っていた。大きな音にロビンは厨房から顔を覗かせている。
すると足音もなくふらり、ふらりとカウンターへ死神が近づき、突然ミミズと話しだしたのだ。その声は会話しているというよりも、唸るような低い声を出し合っているようにしか聞こえない。
どこか張りつめた空気に聖夜は二人の話しが終るのを待つしかなかった。 しばらくすると話しが終わったようで、死神は聖夜の肩をポンと小突き店内から音もなく出ていった。
「あの ……」
一体何が起きたのか聞き出そうと、聖夜は難しい顔をしているミミズにそっと話しかけた。
「まいりましたね。まさか、そんなことがあるなんて ……」
声が小さかったのかミミズは一人でつぶやくばかりだ。
聖夜はもう一度、今度はさっきよりも大きな声をかけた。すると我に返ったかのようにミミズがふりむいた。
「これは失礼。久々のことなので珍しく取り乱しました。どうやらお客様にはお伝えしなければいけない重要なことがあります」
「重要なこと?」
「ええ、そうです。絶対に驚かないで下さいね」
その言葉に聖夜はこくりとうなずいた。
「本当に驚かないで下さいね」
再びミミズに聞かれはいと答えた。
「本当に本当に驚かないで ――」
「驚かないので早く教えてください!」
どうやらミミズは普段からおしゃべりなようだ。話しが進まないので聖夜が大声を出すとミミズは人差し指を立てた。
「ずばり、お客様は死んでいません」
「え? ここに来た時、死んでるって ……」
「やっぱり、ほら、驚いたでしょ?」
「あ……」
「ふふふ、冗談です。死んでると思ってたのに、生きてるなんて聞かされたら誰だって驚きますよね。僕だってすごく驚きました。ここは生きた人間の来れる世界ではないので我々もてっきりお客様が幽霊だと思い込んでいたのですが、ここ魔界カフェにはごく、ごくまれに生きた人間の方が迷い込んでくることがあるんです。あなたでちょうど三人目……だったかな?」
「五人目」
横でずっと話しを聞いていたスズメがきっぱりとミミズのあいまいな記憶を訂正した。しかしまだ説明が不十分だ。なぜ自分が生きているのか聖夜には理解できない。
「詳しく教えてください」
「ええ、よろしいですよ。ここ魔界カフェ〈死のはざま〉に来るには人間界にある入り口を通らなければいけません。でもその入り口は生きた人間が生きるか死ぬかの絶妙な境界線にあるんです。その境界線に一分一秒、数ミリたりとも寸分狂わず侵入しなければここへ来ることはできません。我々魔界人は時間や空間の概念がありませんから、そんな入口へ入ることはとてもたやすいことなのです。しかし人間は違います。どんなに頑張っても、人間界の生き物は時間や空間、それに物質に縛られていますから、生きたまま魔界に来ることは非常に難しいことなんです。と言いますか、亡くなってからこちらの世界に来ることがほとんどです。けれど、それは百パーセントではないんです。たしか、お客さまは電車に飛び込んだとおっしゃられていましたね。僕の見立てだと、そのとき偶然にもすべての条件が重なり、お客様は奇跡的に死ぬことなく魔界カフェへ来られたのです。死神のお客様がおっしゃられていましたよ。たまたま入り口で一緒に入ってきたと。それから、つい癖で驚かせてしまって申し訳なかったとも言ってました。魂など食べないので安心してほしいとのことです」
息をつく暇なく話すミミズについていくのがやっとだ。自分は生きている、死んではいない、そう聞かされても全く実感がわかない。ただ頭が真っ白になるばかりだ。
そんな聖夜にさらに追い打ちをかけるようにミミズが口を開いた。
「あのー、大変申し訳ないのですが、料金の方をお支払いいただきたいのですが ……」
さっきは支払わなくていいと言っていたはずだ。そのことを聞くとミミズは少し困ったように話し始めた。
「ここは魔界人、つまり妖怪や死霊のためのカフェなので、生きた人間のお客様からはお代をいただくことになっているんです。お支払いいただけないと、この建物から出ることができません。先ほどの大きな音は生きた人間のお客様が無銭飲食をして出ようとしたときに教えてくれるベルなんです」
ミミズが指をさした先には、ドアの上に猿のミイラのような頭がぶら下がっていた。あれはたしかスズメが小突いていたものだ。
「そうなんですか。それで、いくらですか」
平常心を保ったようにふるまったが、内心は焦っていた。今までカフェで食事などした試しがないため、支払いがどれくらいになるのか見当もつかなかったのだ。
「えっと、お客様は日本人ですから ――」
「円」
「そうでしたね、ですから日本円になおすと18万3600円になります」
その言葉に血の気が引くのを感じた。ミルクティーとパンケーキを頼んだだけで、それほどまで大きな金額になると予想もしていなかった。
それにそんな大金、持っているわけがない。たとえ人間界に帰ったとしても貯金はせいぜい三万円程度だ。
聖夜はポケットから小銭入れを取り出すとチャックをゆっくりあけた。そしてミミズとスズメが見ている前で小銭入れをひっくり返した。
「すみません、これしかありません」
小銭を合わせても一四三円しかない。
「あと18万3457円足らない」
スズメが料金を確認すると何の感情もこもっていないような口調で言った。
「困りましたねー」
言葉とは裏腹にあごに手を置くミミズから困惑した様子は感じられない。
「すべての金額をお支払いできない場合、お客様が召し上がった分の料金をここで働いて返して頂くほかありません。それが嫌だというのなら、悪魔に引き渡すしかありませんがどうしますか?」
「悪魔?」
「ええ、そうです。悪魔です。ここは何度も言うように魔界ですから、生きた人間は我々魔界人のルールに従ってもらわなければいけません」
「悪魔に引き渡されるとどうなるんですか?」
「そうですね、悪魔は強力ですからうまく利用され、肉体や魂そのものも永遠に悪魔の奴隷となります。もしかしたら自分の大切な人にまで危害が及ぶかも知れませんね。悪魔とかかわった人間は一時的な快楽を味わえますが、それ以上に苦痛が伴い身を滅ぼします。それでも深い欲を満たしたいのなら悪魔は力を貸してくれますし、僕も無理には止めません。そんな権限は僕にはありませんから。しかし後のことを考えるとはっきり言ってお勧めできません」
なぜだかわからないが、聖夜にはミミズがどこか楽しそうに話しているようにしか見えない。とにかく悪魔に引き渡されるというのは嫌だ。
「ここで働きます」
まるで誘導されたように口から出たその言葉によろしいとミミズが言うと、スズメがカウンターから紙を一枚取り出した。そこにはまたもや何語かわからない文字が紙一面にびっしりと書かれている。
「これはお客様が召し上がった分の料金を働いて返すという内容が書かれた契約書になっています。ちなみにこの文字は魔界で使用される言語のひとつです」
すると契約書の文字が動き出し日本語に変わった。
「これでお客さまも契約書の内容をご確認できます。ゆっくりでかまいませんので内容をざっと読んじゃってください。そのあとにここにお客様のお名前を書いてください」
ミミズは契約書の下の方を指さした。
「そうすれば、ひとまずはこの屋敷から出ることができます。ただし勝手に逃げ出さないで下さいね。もし逃げ出すようなことがあれば、あなたの身の保証はできません。生身の人間の肉体は魔界では大人気なんです。匂いを嗅ぎつけた魔物に体を引きちぎられ餌になってしまいますから、生きて帰りたかったら我々の忠告に耳を傾けてくださいね。もし生きていたくないというのなら、ここでご自由にお亡くなりになっても結構です。その場合、召し上がった分の料金は支払わずに済みますので。それから、本当の名前を書いて下さいね。嘘の名前を書いても契約したことにはなりませんから、いつまでたっても屋敷から出られず餓死しますので。嘘は厳禁です。ふふふ ……」
怖がらせようとしているのか楽しんでいるのかわからないが、何とか難しい契約書の文書を最後まで目で追うと震える手でペンを握り自分の名前を書いた。
「ほう、望月聖夜というんですね。実に日本人らしい名前だ」
そう言ってミミズは契約書をたたむとスーツの内ポケットにしまった。
すると後ろに何やら強烈な気配を感じた。あの落ち武者だ。みけんに深いしわを寄せ、腕を組んでこちらの様子を見ている。
「足りない分を働いて返す、なるほど。頑張るがいい、若者よ。ご主人、今日も美味であった。また来る」
「ありがとうございました。またお待ちしております」
落ち武者はところどころ穴の開いた朱色の甲冑を鳴らしカフェから出ていった。
もう客は誰もいない。
「さて、働いてもらうにあたってあなたのその格好ではいけませんね。スズメ、ここは任せましたよ。それでは聖夜さん、僕についてきてください」
ミミズの後をついていくと、店内にある階段の前に来た。そこはロープでふさがれ、札がかけられていた。聖夜が札を目にすると瞬時に文字が『関係者以外立ち入り禁止』と日本語に変わった。
そのロープを外し二階へ上がると、壁に掛けられたロウソクに薄暗く照らされ、扉が何カ所もあるのが見えた。一階は煌々と明かりがついていたが、二階は違うようだ。廊下には弱い光しかなく、冷たく静かな空気が漂っている。
そこで聖夜はある部屋へ案内された。中に入ると古い西洋のタンスやベッドが備えつけられていてどこかほこりっぽい。オレンジ色のライトが薄暗く部屋を照らしている。
「今日からここがあなたの部屋です。二階にはあなたのほかに、スズメの部屋があるので間違えて入らないようにして下さいね。すごく怒られますから。僕の部屋はこの上の三階、ちなみにロビンは厨房で暮らしています。それからお仕事がお休みの日は今着ている、その ……“ A M A N S T A N D U P ”(一人の男が立ちあがった) と書いてあるダサイお洋服で構いませんが、カフェの仕事をするときは別の服に着替えてもらいます。ええとたしか ――」
ミミズはタンスを開けると何やら服を探し始めた。
その一方で聖夜は少しへこんでいた。母親が買ってくれた安物のTシャツだったし、カッコイイと思って着ていたわけではないが、はっきりとダサイと言われると傷つくものだ。
「ありました! この服が僕のカフェにふさわしい」
ミミズは聖夜に洋服の上下を照らし合わせている。その服は白のブラウスに茶色のチェックのベスト、ズボンは帽子とネクタイと同じ茶色に統一されていた。
しかしどう見ても小柄な聖夜にはサイズが大きい。ズボンの丈もかなり長いし、上着も肩幅が合いそうにない。
するとミミズは聖夜の肩幅や身長を遠目で測ると一人で何かをぶつぶつ話しだした。そして洋服を掲げた瞬間、中に生き物が入ったかのように生地が暴れると、みるみるうちに服のサイズが小さくなった。
「これでよし!」
ミミズは満足げに言うと、今度はタンスの中から大きめの靴を取り出し聖夜の足に合わせ、指を鳴らした。すると服と同じように聖夜の足にちょうどいい大きさの靴になった。
「すごい。魔法が使えるの?」
「そうですね、人間界でいうところの魔法でしょうか。僕たちは魔力と呼んでいます」
「それじゃあ、ほかの人も魔力が使えるの?」
「ええ、簡単なものだったら皆さん使えますよ。魔人とよばれている我々なら魔力は誰でも持っています。ただし、人間の霊魂は強い魔力を持っていないので僕たちほど色々なことはできませんけどね」
「そうなんだ」
やはりここが魔界なのだと聖夜はあらためて思い知らされた。
「ここ、座ってもいいですか?」
「ええ、いいですよ。今日からここは聖夜さんの部屋ですから、何でもご自由に使ってください」
聖夜は静かにベッドに座った。
「おせっかいだとは思いますが、あまり気を落とさずに楽にしてくださいね。自殺したとおっしゃられていましたが、ここには死にたいほどの悩みや苦しみもありません。それにどちらにしろ聖夜さんはしばらくここ離れることができませんから。こう見えて、魔界もなかなか楽しい場所ですよ」
隣に座ってきたミミズに聖夜はやさしく肩をなでられ、懐中時計を渡された。濁った黄金のふたを開くと時計の針は深夜0時を過ぎ一時になろうとしている。
「この時計を聖夜さんにお渡しします。これは人間界の時間を現したものです。もっとくわしく言うと、聖夜さんが暮らしていた日本時間で動いています。ここは魔界ですから人間界とは全く別の時間で動いているんです。僕たち魔人の時間で動くと、人間の体をもった聖夜さんは疲れてしまいますから、人間界の時間で動いてください。時計の針が朝の九時になったら、お仕事を始めますので降りて来て下さい。といっても、ここは魔界なので朝は来ないですけどね」
ミミズはタンスの中に入っている服だったら好きなもの着ていいと言い部屋を出ていった。
一人になった聖夜はどっと疲れが出てくるのを感じた。それもそのはず、短い時間の中でたくさんの出来事があったのだから疲れて当然だった。
聖夜はポケットから空になった小銭入れと携帯電話をベッドに置くと部屋の奥へ行き、バスルームに向かった。ここに来るまでにかいた大量の汗を流したかったのだ。
洗面台の鏡を見ると髪はぼさぼさで、どこかやつれたような顔をしている。聖夜は汗臭い服を脱ぐと固くなったシャワーの蛇口をひねった。
ところがいくら蛇口をひねっても錆びついた音が聞こえるだけでお湯が出てこない。シャワーのホースの奥からは何かが詰まったような音がしている。
しばらく持っていると生温かいお湯がようやく出てきた。
「ひゃあ!」
聖夜は飛び上がりバスルームから出た。
身体中、ぬるぬるした赤い液体に染まっているのだ。確認してみるとシャワーから赤茶色の水が流れ、バスルームに鉄のにおいが充満していた。どうやらさびついていたようだ。
そのまま様子を見ていると、赤く濁った水は透明になりしだいに湯気がたちこめた。
ようやく求めていたお湯になったところで聖夜はさっさと体を洗い流すと、バスルームに置いてあるボトルに手を伸ばした。そこには魔界の文字が書かれていたが、聖夜が目にすると『これ一本ですべて洗えます! スペシャルハーブ石鹸』と日本語に変わった。
あたりを見ても他に洗えそうな石鹸は見当たらない。聖夜はそれで頭から体までを洗うと、次に洗面台に置いてあった新品の歯ブラシと歯磨き粉を取り出し、さっさと歯を磨きお風呂から出てきた。
それからバスルームに置いてあるタオルで水気を取ると着ていた服に目をやった。また汚れた服を着たいとは思えない。聖夜はタオルを巻いてミミズが好きに着ていいといったタンスへ向かい、寝るのにちょうどよさそうなシャツと短パンに着替えベッドに横になった。
窓から月が見え青い光がベッドに差し込んでいる。とても静かだ。
あんなにも死にたいと思っていたはずなのに朝が来ないという言葉を思い出し、急に陽ざしが恋しくなった。
それに死んでも意味がないということがよく分かった。ミミズに死後の世界があると聞かされ、実際に魔界に来てしまったのだから死ぬ気が失せた。
聖夜は電源が切れた携帯電話を手に取った。電源を入れると相変わらず電波はないようだが、それでも見慣れた画面が現れると少し安心した。
とにかく明日から働かなければならない。寝坊せずに起きなければと思いながら、そのまま聖夜は布団もかぶらずに深い眠りに落ちていった。
間違いなく電車に飛び込んで死んだはずだが、生きている時と同じように意識がある。どれくらい気を失っていたのだろうか、時間の感覚がない。
聖夜は目の前で両手を広げ握ったり開いたりを二、三回繰り返した。しっかり動くし痛みもない。
電車にぶつかった衝撃で体中ばらばらになっているかと思ったが、そうではないようだ。体のあちこちを触って確認したが足も腕もお腹も頭だってちゃんとくっついている。
「ここが…… 天国?」
聖夜は頭上に広がる夜空を見上げ言った。普段よく目にする星空のように見えたが、ここが地球ではないことがすぐにわかった。星の間に真っ青な三日月が浮かんでいるのだ。
「わぁ、すげぇ」
聖夜は見たこともない色の月に目を奪われ、すくりと立ち上がった。
すると何とも心地よい音が足元に広がった。地面には石が敷き詰められていて、月明かりで青白く光っている。それが足を動かすたびにシャリ、シャリと小気味よく鳴るのだ。
どうやらこの青い光は白いものが膨張して見えるようだ。足元の白石だけでなく聖夜のTシャツも青白く浮かんで見えた。
石は青白く浮かび上がる一本の小道になっており、道の先には西洋風の屋敷が一軒建っていた。窓から明りがもれているが誰かいるのだろうか。
小道の両わきにはバレーボールほどの丸い石と街灯が屋敷に向かって一列に並び、その奥には光さえ飲み込んでしまいそうなほどの暗闇に木々の陰影が浮かびあがっていた。太い木が密集しているようだが枯れ木なのか、葉っぱがごっそり抜け落ちているようだ。
それに加えて奇妙なのは街灯の明かりだった。真っ黒な光沢を放つ金属でつくられていて四面のガラスが張られている。その中に蝋燭が入っているのだが、月と同じ青い色の炎がゆらめいているのだ。炎の先端の濃い青から水色へと変わり中心は淡い黄色に輝いている。
聖夜は見慣れない景色を前にして、これからどうすればいいのかわからずにいた。
生きていることが嫌になり電車に飛び込んだはずが、死んだ後の世界がこんな事になっているとは予想もしていなかった。それに生前に思い描いていた天国や地獄とはまるで違っている。
仕方なく聖夜は再び小道の先にある屋敷に目をやった。中に誰かがいるのは間違いないようだ。窓から人が動く影が見えている。
いくら周りを見ても屋敷以外の建物は見当たらず、後ろをふり返れば雲の中にいるような真っ白な霧が立ち込めるばかり。とにかくあの屋敷にいって、ここがどこなのか聞くしかなさそうだ。
さっそく足を動かした聖夜だったが、何となく視線を感じ暗闇にたたずむ木々の奥へと顔を向けた。しかし何も変りない。
気のせいだと思い目を離そうとした瞬間、何かが動いたように感じた。目を凝らしもう一度よく見てみると、聖夜の体はまるで凍ったように動かなくなった。
木の幹に人間の顔のようなものが浮かび上がっているのだ。
血走った目をカッと見開き、こちらを見つめている。その顔は苦悶の表情を浮かべ、大きく開いた口からはうめき声がもれていた。
しだいに木の顔は何カ所にも浮かび上がり、低いごろごろといった男の苦しそうな声が二重、三重と重なり響いていた。
さっき見た時は気づかなかったが、暗闇に目が慣れたせいかごつごつした木の幹には藁人形や五寸釘がいたる所に刺さっていた。巨大な獣が爪でひっかいたような大きな傷もある。それに誰かが首を吊ったのだろうか、枝に縄まで垂れ下がり、その先には人間や動物の頭蓋骨があちこちに刺さっていた。
聖夜は腰が抜けたように地面に尻餅をついた。急いでこの場から逃げなければという衝動にかられた。ところがどんなに立とうとしても足が麻痺をしてしまったかのようにピクリとも動かないのだ。
あわてて手で足を持ち上げようとすると、自分が座っている青白い石に目が止まった。石の形がすべていびつで小さな穴がぽつぽつと空いているのだ。
「これ、石じゃない!」
フライドチキンを食べた後に出る鳥の骨のようなものが敷き詰められていた。おしりの下にあるのは心地よい音が広がる石ではなく、得体のしれない小さな生き物の骨だったのだ。
「動け、動け」
聖夜は息を速め動かない足をはたいた。
すると今度はどこからともなくカスタネットを叩くような音が鳴っている。恐ろしくなった聖夜は耳をふさぎ、目を閉じると無視を決め込んだ。ところが音はみるみる大きくなり、敷き詰められた小骨が勢いよく体にぶつかってくる。
それでもかまわず無視を続けていると、弱々しい声が聞こえた。
「ねぇ、こっち。こっちを、見て……」
何かに話しかけられ聖夜はそっと目を開き、音がする方へゆっくり顔を向けた。
「うわあぁ !」
バレーボールほどの丸い石が一斉に聖夜に振り返ったのだ。大量の人間の頭蓋骨が向かって顎をカタカタと鳴らし、笑い声まで上げている。まるで地獄のような光景だ。
聖夜は立つことをあきらめると動く腕で這いつくばり、屋敷まで逃げようとした。必死に右の肘をつけて、次に左腕を前に出す。これでどれくらい進んでいるのだろうか。
周りからはこの世のものとは思えない耳障りなうめき声に乾いた歯を鳴らす音が聞こえている。
冷たい汗が額からながれ、胃液が逆流しそうだ。今までに味わったことのない恐怖が全身を巡っている。
すると何かに肩を叩かれた。背後に人の気配を感じる。今度は何が始まるのだろうと体中の筋肉がこわばっていく。聖夜は目を閉じ動くのをやめ、気配が消え去るのをやりすごそうと考えた。
しかし抵抗する暇もなく何者かに両肩をつかまれ、強引に持ち上げられてしまった。
足は震えているが何とか地面を踏みしめている。そのままじっとしていたが不思議と何も起こらない。そこで恐る恐る聖夜は振り返った。
するとそこには黒いマントを羽織り、フードを深々と被った人間が立っているのだ。どうやら自分以外にも人間がいたようだ。安堵した聖夜は震える口を開いた。
「は、早く、逃げないと。こ、ここには、ば、ばば化け物がた、たくさん ――」
しかしその人間はまるで反応がない。それどころか口のあたりから白い霧のようなものが漂い、地鳴りのような低い声が聞こえる。
よく見ればまるでゲームや漫画に出てくるアレにそっくりの姿だ。
「も、もしかして、し、死神!?」
声にならない声で聖夜がたずねるとフードをかぶった人間は縦にゆっくりと首を振った。さらにどこからともなくお経のような声が聞こえると、死神の体が徐々に薄くなっていき黒い人影になったのだ。
その姿に聖夜はハッと思い出した。電車に飛び込んだとき目の前にいたあの影にそっくりなのだ。
「あ、あの時、ぼぼ、僕の目の前にいた?」
人影は静かにうなずいた。なぜこの死神は電車に飛び込んだとき、目の前にいたのだろうか。死神は人の命を奪う悪魔のような存在のはずだ。もしかしたら自分の魂を狙っているのかもしれない。そうだとしたら、殺される前にこの場から逃げるしかない。
聖夜は死神にバレないようにそっと足を動かし前を向いた。
ところがあっけなく後ろから肩をつかまれた。死神の先のとがった爪が鎖骨に食い込み痛みが走る。それと同時に首すじに嫌な気配を感じる。
「お前の ……魂 ……食わせろ ――」
空気が漏れるような低くかすれた声が耳をかすめると、死神は肉が干からびほとんど骨だけになった腕を突き出してきた。そこから丸々と太った蛆虫がころりころりと落ちていき、聖夜の肩に何匹かくっついた。蛆虫はとがった頭を左右に動かし聖夜の肩を移動している。
そのしぐさに思わず顔をのけぞらせたが、すぐそこには死神の顔があった。ミイラのように皮膚は茶色く骨にくっつき、目の奥は真っ黒にくぼんでいる。
死神は金属をこすり合わせたような声を出すと、あごが切れそうなほど口を大きく広げた。
「うわあぁぁ!」
聖夜は大声をあげた。
死神の口の中から派手な色のムカデや黒光りした大きなヤスデ、それにシデムシにゴキブリといった虫たちが我先にと這い出てきたのだ。
聖夜は死神を振り払い屋敷をめざし、無我夢中で駆けだした。一歩が重く、地面に敷きつめられた骨がまるで足を吸い込んでいるかのように、なかなか前に進まない。
やっとの思いで屋敷の前にたどりつくと木でできた五段ある階段を震える足で一段ずつ登り、息を切らしドアノブに手をかけた。
すると聖夜がドアを引く前に扉が開き、中から風変わりな男が現れた。
首から上の肌の色といえば生きている人間の健康的な色とはまったく違っている。そのせいか口が異様に赤く見え、目の周りはアイシャドーを塗りまくったように真っ黒だ。
「いらっしゃいませ、お客様」
男は暗やみで光る猫の目のように黄色い瞳を輝かせ頭を下げた。かぶっている大きなシルクハットの下からは真っ青な髪に羊のように巻いた角が見える。
その異様な男の姿に聖夜は一瞬ためらった。しかし振り返ればいつの間にか大きな鎌を持った死神がゆらり、ゆらりとこちらへ向かってきている。
「た、助けて、し、死神に追われてるんだ」
ところが目の前にいる長身の男は涼しい笑顔をしている。
「あの方は大事なお客様ですよ」
「お客様? どういうこと? とにかく、助けてください! 僕、殺されちゃうよ」
聖夜は男が着ている赤茶色のスーツのふちをつかみ必死に訴えたが、思わずのけぞった。男の服の袖やズボンのふち、それにシルクハットに至るまで横に何本もの太い線が生き物のように波打ち動いているのだ。
しかし男は気にもとめていない。
「殺されてしまう ……? ふふふ、面白い御冗談を!」
「じょ、冗談なんか言ってません!」
「何をおっしゃいます、お客様。だってここにいるお客様や従業員を含め全員、もうすでに死んでいるんですよ」
男は口に手をもっていくとくすくすと笑っていた。
確かにそうだ。あまりの恐怖で忘れていたが自分はもう死んでいるのだ。
「あ、ちょっと失礼」
男がそう言って屋敷に出てくると扉の奥から血色の悪い肌をした、赤ちゃんのような大きな腕がにゅっと出てきた。四本の太い指には爪は見当たらず、毛も一本も生えていない。扉から体のようなものが出てこようとしているが、ぎゅうぎゅうに詰まっているせいか、先に出ている腕が左右に暴れている。そのせいで扉が今にも壊れそうな音を立て鳴いていた。
聖夜は男の後ろに隠れ様子を見た。
分厚い腕から体がゆっくりと出てくると、ジャガイモに太い手と短い足が生えたような化け物が現れた。二メートルはあろうかという巨大な肉の塊だ。口らしきものはあるが目や鼻といったものは肉が垂れさがりまるでわからない。動くたびに垂れ下がった肉はゼリーのように揺れていて、ところどころ黒くくすんでいたり、肌の色が青っぽく変色している。
その異様な姿に聖夜は言葉を失った。
「ありがとうございました。またお越しください」
男の挨拶に肉の塊は小さくお辞儀をすると、重そうな足をゆっくり動かし目の前を歩いて行った。
そのとたん、息を吸い込んだ聖夜は力なく崩れ落ちた。
今までかいだことのない刺すような匂いが鼻を通りこし、脳や肺を貫いたのだ。瞬時に毛穴がその匂いを防ごうとしているのか全身に鳥肌が立った。眼球はチクチクと刺すような痛みを感じ、涙がとめどなくあふれてくる。そのせいでまぶたを開くことができず、鼻の奥にじっとりとこびりつく悪臭に吐き気をもよおしている。
「しまった。お客様、しっかり」
聖夜は男に頬を叩かれたが、例えようのない強烈な匂いに意識が遠のき動くことができない。
「仕方がありませんね」
そのまま聖夜は男に引きずられていくと、冷たい床に座らされた。静かにしていると水が流れる音や食器のぶつかる音が聞こえる。それにもう一人、低く滑らかな声で話す別の男の声が聞えた。二人は何かを話しているようだが、日本語ではなさそうだ。テレビでよく耳にする英語やほかの国の言葉とも違う。
すると低い声の男に話しかけられた。
「すぐに楽になりまーすから、暴れないで下さーいね。まずは目に特製の目薬を入れまーす」
外国人が日本語を話しているような独特のなまり口調だ。
聖夜は言われたとおりじっとしていると、先のとがった棒のようなもので無理やりまぶたを広げられた。そこへ冷たい水が数滴入ってきた。
目の表面に刺すような痛みを感じたが、それから数秒後にはメンソールを塗ったような冷たい感触が浸透していくのがわかった。眼球を洗浄したかのような不思議な感覚が走り、いつの間にか痛みや涙が止まっている。
「さあ、次はこれを飲んでくださーい。温かいハーブティーでーす。飲まなーくても香りだけでもいいので、楽しんでみてくださーい。気分が良くなりまーすよ」
聖夜は涙でかすむ目を開くとペリドットのような美しい黄緑色をした飲み物が入った白いカップを渡された。顔を近づけるとレモンのような爽やかな香りが鼻から肺にまで広がり、鼻にまとわりついている頑固な悪臭が一瞬にしてどこかへ消えてしまったかのようだ。
たまらず一口、口へと含む。味はないが癖もない。かわりにハーブ独特の香りに包まれ、舌の上はまるで消毒をされたかのようにさっぱりとしている。
ハーブティーなど飲んだことはなかったが、あまりの喉ごしの良さにあっという間に飲み干してしまった。そのころには鼻の奥にこびりついた悪臭も吐き気もきれいさっぱりなくなり、心地よいハーブの余韻だけが残っていた。魔法をかけられたような感覚に聖夜は感動するばかりだ。
すると今までしなかった砂糖の甘い香りやコーヒーの香ばしい香りがするのに気づいた。
さっそく聖夜は苦痛から解放された体を動かし、あたりを見まわすとどうやらここは厨房のようだ。
部屋の中央には焦げ茶色の木でできた大きなテーブルがあり、そこにはリンゴやオレンジにレモン、マスカットや洋ナシといった具合に様々なフルーツがカゴに入っていた。それに果物といっていいのかわからない、赤茶色の棘の生えたソフトボールくらいの丸い実や薄黄色の長い毛におおわれた楕円形の実もある。
その隣には少し小さめのカゴが置いてあり、イチゴやサクランボそしてブルーベリーにラズベリーが山積みになっていた。
黄ばんだ白い壁には大きさの違う不格好な黒いフライパンや片手鍋がいくつもかけられている。壁に掛けられた三重の木の棚には様々な形や色をした瓶が並べられ、液体や漢方薬のようなものが入っていた。
近くにはコンロが三つあり、その下に年機の入ったオーブン。天井には黒くなった柱にひもでくくりつけられた乾燥した様々なハーブがたれさがっている。
古い木でできた戸棚には食器がきれいに並べられ、隣には銀色の大きな冷蔵庫と中が透けている冷蔵庫が二つ並んでいた。透けている冷蔵庫には美味しそうなケーキがいくつも見える。
聖夜はゆっくり立ち上がった。後ろにある棚にはサイフォンなど、コーヒーを抽出するための機械が所狭しと並んでいた。
「ご気分は良くなられまーしたか?」
なまり口調の男に話しかけられ聖夜は振り返った。ところが声のする方へ顔を向けたはずが誰もいない。不思議に思い目線を上にしたとたん、聖夜は目を大きくひろげたまま硬直した。
天井の隅に長い脚を器用に折りたたんだ巨大なクモがいたのだ。色は白っぽく細い体をしていた。頭にはコックの帽子をかぶり、膨らんだお腹の部分にエプロンをまいている。
そのクモはたたんでいた足を一本ずつ伸ばし、こちらにゆっくり歩みよってきた。八本あるすべての足が広がると、厨房の半分を覆い尽くすほどあった。
見上げるほど大きなクモに圧倒され返す言葉も出ない。
そんな聖夜をよそに巨大なクモは帽子をとると、手前に生えた一番長い足を伸ばし握手を求めてきた。
「初めまーして。わたくしはここのパティシエ、ロビンと申しまーす」
正面の顔には瞳が六つあり、左右に三つずつに分かれている。そのうちの二つは聖夜を見ているが残りの四つはそれぞれ別の方を向いている。
八本ある足は手前が一番長く、腹部にいくにつれ短くなっていた。瞳と同様に足もすべて違う動きをしている。
ロビンは握手を催促するかのように伸ばした足を動かすとウインクをしてみせ、人間のように生えた歯を鳴らし笑顔を見せた。その様子にこちらに危害を加えようとしていないと感じた聖夜はゆっくり手を広げ、ロビンの足を迎えいれた。
先端はかたい毛が生えていて少し痛かったので軽く握るだけにした。
「今、ミミズさんを呼んできまーす」
ロビンは長い脚を器用に動かし、聖夜をまたぎ厨房の入り口から顔を出した。
ロビンが言うミミズとは誰のことなのだろうかと聖夜は思ったが、その疑問はすぐに解決した。シルクハットの男が小走りで現れたのだ。
「ご気分はどうですか、お客様」
ミミズはにっこりと笑顔を向け聖夜に話しかけてきた。
「ハーブティーのおかげですごく楽になりました。一瞬であの吐き気や目の痛みが消えるなんて、まるで魔法みたい!」
「それはよかった」
ミミズは胸に手を当て安堵の表情を見せた。
さらに話しを聞いていたロビンが少し興奮したように聖夜に近づいてきた。
「魔法だなんて最高の褒め言葉をありがとうございまーす! あのハーブティーはわたくしが貴方の症状を見て、特別にブレンドしたものなんでーす。お役に立ててよかった」
ロビンは帽子を二本の足で握りつぶすほど感動しているようだった。その様子にミミズも満足したようにうなずいていた。
どうやら聖夜を治してくれたのはロビンのようだ。あの棒のような先のとがったもので目を広げられたのも、今思えばロビンの足の先端だ。
どこか親しみやすい二人に気を許した聖夜は疑問を口にした。
「あの、一体何が起きたのか教えてもらえますか。すごく嫌な匂いがしたけれど ……」
するとミミズは待ってましたとばかりに流ちょうに話し始めた。
「実はお客様が倒れてしまったのは、ぬっぺふほふのよっちゃん様が放つ匂いが原因だったんです」
「よっちゃん様?」
「ええ、そうです。彼の名前です。僕がつけたんです。可愛いでしょ?」
よっちゃんという名前に思わず口元が緩んでしまった。すると聖夜に応えるようにミミズは笑顔を向け話しを続けた。
「よっちゃん様はぬっぺふほふという人間の死肉でできた日本の妖怪なんです。体が死肉なものですから、彼が通った後は腐敗臭が漂ってしまうのです。僕たち魔人は何も感じないのですが、人間の方は腐敗臭を強烈に感じとってしまうようなんです。ほかにも嫌悪感を抱くお客様もいらしたり、コーヒーの香りが死肉の臭いでかき消されてしまうので、ぬっぺふほふのお客様が入店されたときには僕の魔力でにおいを封じ込めているんです。ですが、ちょうどよっちゃん様がお帰りになる際にお客様と鉢合わせしてしまったので匂ってしまったようですね」
人間の死肉の妖怪、しかも腐っているだなんてどおりで吐き気がする訳だと聖夜は思った。それにくわえて魔人と名乗る男の疑問に満ちた話しに、考える暇もなく聖夜の口が勝手に動いた。
「あの、ここは一体どこなんですか?」
その問いにミミズは眉をつりあげた。
「こことは、この世界のことですか? それともこの場所のことですか?」
「えっと、両方」
「なるほど、もしかしてお客様は死なれて間もない方ですか?」
「はい、たぶんそうです」
「やはりそうでしたか。それではご説明しましょう! ここは魔界という世界です。そしてこの場所は魔界にある〈死のはざま〉というカフェです。僕がカフェの店長」
ミミズは手を胸に当て深々とお辞儀をしてきた。
「ここ、魔界なの? それにカフェもあるの?」
「ええ、そうです。魔界にカフェがあるなんておしゃれでしょ? ちなみにどちらからいらっしゃったのですか?」
どういう意味だろうと答えに困っていると慌ててミミズが付けくわえた。
「魔界カフェ〈死のはざま〉に来るためには、人間界にある三つの入り口を通らなければいけません。入り口は海に橋に列車なのですが ……。亡くなられる前にその三つのどこかにいませんでしたか?」
「えっと、電車です」
「なるほど。ということは、飛び込み自殺 ……でしょうかね? それとも突き落とされたとか?」
「その、自殺の ……」
微笑みながら聞いてくるミミズに、人の死というものに対して笑いながら話せるものなのかと聖夜は不快に思いながら返事をした。
するとミミズはすべてを話す前に人差し指を立てると聖夜の話しをさえぎった。
「やはりそうでしたか。それ以上、言わなくて結構! 誰だって嫌なことはありますからね。ここにはお客様のように魔界への入り口で自ら命を絶ったり、何かの不運で亡くなった方がまれに迷い込んで来るんです」
「そうなんだ」
聖夜は小さな声で返事をすると黙り込んだ。
この不思議な世界に飲み込まれていたが、自殺という言葉に一気に現実に引き戻されたのだ。そう、自分はすべてが嫌になり電車に飛び込んだ。それなのに感情は生きてる時と何も変わっていない。
あの世だろうが魔界だろうがそんなことはどうでもよかった。死んで何もない世界を望んでいた聖夜にとって、今の状況は喜ばしいものではないのだ。
これから先、自分はどうすればいいのか、どうなってしまうのかと思うと瞬時に不安と恐怖に襲われ、思考回路が止まり言葉がつまる。
そんな聖夜をよそにミミズといえば黙っていることが耐えられないのか、落ち着きのない様子で厨房にあるサクランボを口に入れ話しかけてきた。
「もしかして、これからどうすればいいか悩んでます?」
「はい」
「そうでしょうね。ここに迷われた皆さん、そうおっしゃいます。迷い込んだ方の道案内をさせていただくのも僕の仕事の一つです。先ほどもいいましたがここは天国でも地獄でもない、魔界という世界です。ちなみに魔界はご存知?」
「聞いたことはあるけど ……。化け物がいる世界のこと?」
「ええ、まあそんなところです。妖怪や幽霊、魔物に悪魔、それに妖精も暮しています。魔界と聞いて亡くなられた皆さんは天国へ行きたいとおっしゃられるのですが、残念なことに僕は天使ではなくミミズの魔人ですから、天国へ導いてあげることはできないのです」
そう言ってミミズは白い手袋をとると、そこには人間の手の形をした赤茶色の大量のミミズが絡み合っていた。ミミズは自慢げにその手を握っては広げ、再び白い手袋をはめ話しをつづけた。
「それに人間の霊魂が逝く霊界と魔界は別次元の世界ですから、ここから天国へ通じている道など聞いたことがありません。ですから、お客様の今後の選択肢は二つです」
「二つしかないの ?」
「はい、もっといっぱいあれば楽しいんですけれどね。それでは説明させていただきます。カフェを出てまっすぐ歩いて白い霧を抜けて行くと道が四つに分かれています。その先にはそれぞれ石像が置いてありますから、自分が死んだ時に入ってきた石像を通って人間界をうろうろするか、魔界専用の石像を通って魔界探索をするかそのどちらかになります」
胸を高らかに張り上げるミミズをよそに、聖夜は硬い表情を向けた。
教えられた二つの選択肢のどちらも選びたくないのだ。
「あの、何もない世界とかってあるんですか? できればそういったところに行きたいんだけれど ……」
「何もない世界とは ?」
「その、意識が消えてなくなるような……」
「残念ですがそんな世界はありません。お亡くなりになっても魂はちゃんと存在しますし、意識が消えてしまうなんてことはありえません。よく人間界で死んだら終わり、なんていう方がいらっしゃいますが、それは迷信です。亡くなってからは新しい生活が待っているんです。ちなみに参考になるかわかりませが、迷い込んだ人たちのほとんどの方が人間界へ帰って行きますよ」
聖夜は息を深く吐いた。
これでは何のために死んだのかわからなかった。またあのつらい世界に帰らなければいけないと思うと、胸が痛いほどしめつけられる。
しかも今度は幽霊としてさまようことになるなんて考えたくもない。
「そうがっかりしないでください。人間界に行けば……そう! 運が良ければ霊媒師に成仏させてもらえるかも知れませんよ。それにいつでもここにきてかまいません。亡くなっていれば魔界と人間界を何回だって往復できますし、相談や愚痴だって僕でよければいつでも聞きます」
ミミズは口が裂けそうなほど不気味な笑顔を見せているが、聖夜にとって憂うつなのは変わりがなかった。
「とにかく、あちらへ座って御注文ください。ここはカフェです。何か口にすればきっと心が落ち着きますよ。それから先のことを考えてもいいじゃありませんか。時間はたくさんありますからね。だってもう死んでいるんですから!」
聖夜はミミズに促され厨房を抜け、カフェの店内へと入っていった。
すると入口のすぐそばにフロントがあり、そこに十七歳か十八歳くらいの女の子が立っているのが見えた。
その姿に聖夜は一瞬にして釘づけになった。
長い髪の毛を二つに結び、複雑な緑色が重なった柄のメイド服を着ている。顔つきは人間と少し違うようで、白目がなく真っ黒だ。角度によってはその黒い瞳が光に反射し紅く見える。
「彼女が気になりますか? 当店の従業員、スズメです」
「いや……別に」
そう言いながらも、神秘的に映るスズメに聖夜は思わず会釈をした。
しかし向こうからの反応はない。あっさりと目線をそらされただけだった。
「さあ、お客様! お好きな席へお座りください。すぐにメニューをお持ちいたします」
聖夜は耳を赤く染めながら、静かに一番手前の近い席に座った。
長方形の木でできた古い机に椅子が四脚。机のまん中には正方形の小さな赤い布が置かれ、その上には鮮やかなピンク色をした花が一輪飾ってあった。細く先のとがった濃い緑色の葉に丸みを帯びた花びらだ。
一輪挿しの下には細長い小さな紙が立てかけてあり、見たことのない文字が書かれている。
眺めていると紙の中で文字が動き、あっという間に日本語に変わった。そこに書かれた文字を読むと文章が右から左へと流れていった。
『キョウチクトウ 何度も死の苦しみを味わいたい者以外、間違ってもこの植物を食べてはいけません』
キョウチクトウと聞いて聖夜は園芸好きの父親がこの植物を育てていたのを思い出した。確か毒があったはずだ。きっとそのことを言っているに違いないと聖夜は思った。
ほかにも文字が流れてくるかもしれないと紙を見つめていたが、わけのわからない元の文字に戻っただけだった。
聖夜はキョウチクトウの花に目を戻した。その瞬間、体中の血液が凍ったような恐怖を感じ、慌てて目線をそらした。
向かいの席に自分を追いかけて来た死神が座っているのだ。
「お待たせしました。こちらがメニューです。えっと、お客様は日本人ですから日本語のページですね」
ミミズが死神をさえぎったおかげで恐ろしい姿が見えなくなった。
さっそく、ミミズが持ってきたメニューを見てみると辞書のように分厚く、図鑑のように大きい。表紙は茶色く、そこに金色で見たこともない文字が書いてある。
ミミズは手際よく分厚いメニューを広げると、深い赤色のランチョンマットを敷き、温かいお絞りとワイングラスを置いた。そこへガラスポットの水を注いだ。透明な水の中に輪切りになったレモンと生のハーブの葉が数種類入っている。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
ミミズは手を胸におき、深々と頭を下げるとその場からいなくなった。
聖夜はグラスに手を伸ばし、水を一口飲んだ。レモンとミントの香りがする。厨房で飲ませてもらったハーブティーよりも癖は少なく水に香りがついたようなものだ。きっとこれも厨房にいたロビンが作ったに違いないと聖夜は思った。
もう一度口に含むと、とりあえずメニューに目をやった。特に何かが食べたいというわけではなかったが、ミミズの申し出を断ることができずにいたのだ。
メニューの初めのページは飲み物のようだ。一番上に大きな文字でドリンクと書いてある。
まず目に飛び込んできたのはコーヒーだ。何十種類と書いてあるが、コーヒーをあまり飲まない聖夜にとって何がいいのかちっとも分らなかった。
その他にカフェラテ、紅茶、フルーツジュース、野菜ジュース、と続きドリンクだけで三ページも埋まるほど書いてあった。しかしほとんどが聞いたことのない名前の飲み物ばかりだ。
ドリンクのページが終わると、次はデザートだ。こっちはドリンクのページよりもさらにメニューが多かった。五ページほどデザートの名前が続いたが、やはりドリンクと同様にどんな食べ物なのか想像がつかないものばかりだった。
それを過ぎると軽食が書かれていたが、メニューの数といえば二つしかなかった。なぜかサンドイッチとおにぎりしかないのだ。
次のページをめくると英語がずらりと書かれていた。どうやらこれで日本語といわれたページは終わりのようだ。
しかし他のページが気になった聖夜は、注文を決めることなく次々とメニューを開いていった。難しい漢字が並ぶ中国の言葉。なじみのないアラビアの文字、ロシア語や韓国語など、開けば開くほど様々な国の言葉がメニューに記載されていた。
けれど地球上の言葉がメニューに書かれていたとしても、到底この分厚さにはなりそうもない。聖夜はさらにページを進めていくと、今度は何語なのか見当もつかないページへ突入してしまった。
象形文字のようなもの、点だけが描かれているもの、蛇のような文字が紙の中で動いているものもあった。
それ以上に理解不能だったのは、大きく一文字しか書かれていなかったり、逆に小さくて虫眼鏡を使わないと見えそうにない文章。さらに真っ黒に塗りつぶされていたり、開くと何も書かれていない代わりに話し出すものまであった。もちろん何を言っているのかはわからない。そのかすれた声に聖夜は怖くなり、手で挟んでおいた日本語のページへと一気に戻った。
「お決まりになりましたか?」
突如聞こえたミミズの声に聖夜は我に返った。メニューを見ているだけで時間がかかっていたのだろう。どうやらミミズが待ち切れず聖夜のところにやって来たようだ。
「えっと、それじゃあ ……」
ドリンクのページを見て何にしようか悩む聖夜だったが、今か今かと待ち切れずミミズがメニューを覗き込んでくる。そのせいでゆっくり考えられず、適当にミルクティーを注文するはめになった。
「はい、かしこまりました。そのほかにご注文は?」
「そのほか ……?」
「スイーツはいかがですか。おいしいですよ」
そう言ってミミズはデザートのページをめくった。再びミミズの襲撃に合わないように、聖夜は一番わかりやすいパンケーキを選んだ。
「パンケーキは五種類ありますが、どれにいたしましょう」
もう一度、メニューに目をやるとパンケーキと書かれた下に何種類もあることに気づいた。
赤い実のまっ赤っ赤パンケーキ、まるでろうそくみたいなパンケーキ、ふわふわスポンジパンケーキ、きらきらパンケーキ、メルヘンパンケーキと書いてある。しかしそのどれもがどんなパンケーキなのか予想もつかない。
「それじゃあ、きらきらパンケーキをお願いします」
聖夜はその場をしのぐため、何も考えずに選んだ。その一方でミミズは嬉しそうに返事をすると重そうにメニューを下げた。
すると隠れていた向かいの席にいる死神がふたたび姿を現した。魂を食わせろと言っていたはずの死神はテーブルに広げた雑誌をめくり、団子を口へ運んでいる。
ガラスの器にバニラと抹茶のアイス、そこに生クリームにあんこと団子が乗っていた。ご丁寧にそこにはきな粉がまぶされ、上から黒蜜がたっぷりかかっているようだ。その隣には渋い湯飲み茶わんからは湯気が立っている。
聖夜がじっと見つめすぎたのが、死神が骨ばった手を親しげに振ってきた。聖夜はびくりとして小さくお辞儀をすると一目散に目をそらした。
どういうことかわからないが、今のところを襲ってくることはなさそうだ。それでも気味が悪かったので、いつ襲われても逃げられるように警戒しながら待つことにした。
店内にはどの席にも机の中央に花が飾ってあり、邪魔にならない音量でジャズもかかっている。
すると聖夜はもう一人、客がいるのに気づいた。一番奥の席に落ち武者が座っていたのだ。
その風ぼうといえば、テレビや漫画で見た姿とそう変わりはなかった。頭のてっぺんは毛がなく少し青く見える。両わきから伸びている黒々とした髪の毛はぼさぼさに絡みあっていた。肌の色も黒く、無精ひげが生えていてとても清潔とはいえない。
しかし目つきは鋭く両腕を腰に置いたまま、背筋を九十度に保ち微動だにしないのだ。
そこへクリーム色の長い髪を揺らしスズメが聖夜の前を通り過ぎた。お盆には細長いグラスに苺がふんだんに使われた可愛らしいパフェ、生クリームが添えられたプティング、そして真っ赤なサクランボとバニラアイスが浮かぶメロンソーダが乗っている。
スズメがそれを落ち武者の机に置くと、何やらそわそわとうずいているのが見えた。そして両手を強くたたき合わせると、大きな声でいただきますと言い放ちスプーンに手を伸ばした。
その動きはどこかぎこちないがパフェのアイスを口に入れた瞬間、落ち武者は両手をぎゅっと握り小刻みに震えだした。さっきまでのいかつい顔と違って目はたれさがり口元は緩んでいた。よほど美味しいのだろう。
それから聖夜は落ち武者から目を離すとポケットに手を伸ばした。そこに固く冷たいものが入っている。携帯電話だ。
確か電車に飛び込む寸前までいじっていたが、ポケットに入れていたことをすっかり忘れていた。もしかしたら壊れているかも知れない。そう思い優しく取り出してみると傷一つなかった。それどころか、ダメもとでボタンを押すと電源が入ったのだ。電波はなくインターネットにつなぐことはできなかったが、それでもどこか嬉しさを感じずにはいられなかった。
聖夜はいつものとおり携帯電話をあやつり、暇を潰していると注文した品が運ばれてきた。落ち武者のようにスズメが運んでくるのではないかと一瞬緊張したが、その必要はなかったようだ。ミミズが胸を張り隣に立っている。
白く大きなカップが置かれ、そこになみなみにミルクティーが入っていた。
「こちらはお客様のお好みに合わせて、ご自由にお使いください」
小瓶に入った砂糖、そして何種類かのスパイスが置かれた。
次に大きめのお皿にこんがり焼けたパンケーキが三つ重なって出てきた。甘く焦げた香りを吸いこむと、ちぢんでいた胃袋が活発に動き出すのを感じた。パンケーキの周りには生クリームが添えられ、ブルーベリーとラズベリーにバナナもたっぷり飾られていた。白いお皿の余白にはチョコレートでハートをつなげたような形がえがかれている。
そこへミミズがメープルシロップをさらりとかけた。さらに別の小瓶を手に取り、透明の液体をかけた。中にはきらきらとした銀色のかけらがたくさん入っている。
「それではごゆっくり」
聖夜は美味しそうな香りに無心でナイフとフォークを使い、パンケーキを口に運んだ。すると舌の上にひろがる絶妙の甘さとうまみに自然に口元が緩んだ。
あの落ち武者がとった行動がよくわかった。とにかく美味しいの一言なのだ。今まで食べたパンケーキとは比べものにならない。心が満たされ幸福感が体中を包んでいる。
さらにミルクティーを口にしたがこれも別格だ。暑すぎず、常に一定の温度を保っていて冷めることもない。柔らかい紅茶の香りと深いコク、こんなにほころぶような食べ物を初めて口にした。
聖夜はあっという間にミルクティーとパンケーキを食べてしまった。
心も体も幸せに満たされたのはどれくらいぶりだろうか。
正面を向くと相変わらず死神は雑誌を広げ団子を食べている。さっきまでは怖くて仕方がなかったが今は違う。落ち武者もあの奇妙な動きをしながらメロンソーダを飲んでいたが、どこかこのカフェの味がわかる仲間のように思えてならない。
カウンターを見るとミミズがこちらを見つめている。何かを期待しているのだろうか。黄色に光る瞳とよく目が合う。するとミミズがこちらへやってきた。
「お味はいかがでしたか?」
「すごく美味しかったです! 初めはどんなものが出てくるのか不安だったけど、パンケーキもミルクティーも、こんなに美味しいって思ったの初めてです!」
その言葉にミミズは満足したような笑顔を向けた。
「パンケーキのシロップは魔界の暗闇にしか咲かない花の蜜からとった特製のシロップなんです。ミルクティーも人間界では味わうことのできない魔界の牛、魔牛からとれたミルクを使っているんです。一生懸命、メニューを考えたかいがありました。美味しいと言っていただけで光栄です。あぁ、他のパンケーキもぜひ食べていただきたい! どれもこれも僕がねりに練って考えたものばかりなんです。それに実はミルクティーに関しては四種類ほど新しい商品を考え中なんです」
どうやらミミズはカフェのことになると話しが止まらないようだ。放っておけば一日中話していられそうだ。
その話しぶりを聞きながら、聖夜は今後の自分の取るべき道をふと考えた。ミミズは人間界をうろつくか魔界探索するかのどちらかだと言っていた。 しかし魔界探索をする人間などいるのだろうか。
聖夜はミミズの話しをさえぎり口を開いた。
「あの、魔界に行く人っているの?」
「そうですね、なかには魔界探索を希望する方もいらっしゃいます。しかし、死んだばかりの方や魔界人のお友達がいない人間の霊魂が一人で魔界をうろつくのは大変危険なんです。人間の魂を好んで集めている怪物や、利用しようとする悪霊などがたくさんいますから。とはいっても、魔界にも楽しいところはたくさんあるんですよ。ですから、魔界を冒険したい時には魔界人のお友達をつくることをお勧めしています」
魔界人の友人。そう聞いて、もしミミズが自分と友達になってくれたら人間界へ戻らずに済むのではないかと頭をよぎった。しかし魔界にずっといると考えると寒気がした。カフェに着くまでに、さんざん怖い思いをしたのだ。何度もあの恐怖を味わうなどまっぴらごめんだった。
「そうだ、そうしよう !」
突然、聖夜は大きな声を出し立ち上がった。不思議そうにミミズがこちらを覗きこんでいたが、それすらも気にならないほど、いい考えがひらめいたのだ。
どうせ死んでさまようのなら、怪談でよく聞く幽霊のまねごとをしてみればいいのだ。これは名案だと聖夜は瞳を輝かせた。
例えば学校をうろつき自分をいじめていた憎たらしい同級生たちを驚かせるのも悪くない。めいっぱい怖がらせて自分を自殺に追い込んだことを後悔させるなんてのもいい。
それに飽きたらこのカフェに来て息抜きをすればいいのだ。こんなにも美味しいと感じられるなら死んでいてよかったと思えるかもしれない。
「ミミズさん、色々とありがとうございました。僕、人間界に帰ります」
「そうですか。いつでもここにきてくださいね」
「はい」
聖夜は晴々した気持で立ち上がりカウンターへ向かった。これからどうなるかはわからないが、少なくともいじめを受けることはないのだ。
カウンターの前まで行くと、壁にたくさんの時計がかけられているのが見えた。形は丸いものから三角、四角、長方形や楕円形など様々で、針しかないものもあった。大きさもバラバラで普通の時計とは様子が違っていた。
十二時間や二四時間表記よりもさらに数字が多いものや逆に少ないものなど、どれ一つとして同じ時計がない。どんな意味があるのか全くわからないが、針もそれぞれ違う時間をさして動いている。
そんな時計の群れに圧倒されていたが、ミミズとスズメを前にしてハッと気づいた。
「あの、支払いは ……」
ポケットに手をのばしても携帯電話と小さな小銭入れしか入っていない。
「お代は結構です。ここは魔界カフェ。魔界人が楽しむための憩いの場所ですから、亡くなった方からお代は頂きません」
その言葉に聖夜は安心すると小さな声でごちそうさまでしたと言って、ドアノブに手をかけた。後ろからはまたお越し下さいとミミズの声が聞こえる。
ところがいくらひねってもドアが開かない。押しても引いてもちっとも動かないのだ。
その瞬間、店内に甲高い叫び声が響いた。防犯ブザーのように頭を貫く高音に聖夜はたまらず痛む耳をふさぎ体を丸めた。
するとスズメがさっそうと現れ、箒でドアの上にある丸い玉のようなものを小突いた。たちまち叫び声は止まったが、耳の奥で耳鳴りがしている。
「なんていうことでしょう!」
静かになった店内でミミズの大きな声が聞えた。目を見開き驚いた表情をしている。
一方のスズメは何事もなかったかのようにカウンターへと戻っていた。大きな音にロビンは厨房から顔を覗かせている。
すると足音もなくふらり、ふらりとカウンターへ死神が近づき、突然ミミズと話しだしたのだ。その声は会話しているというよりも、唸るような低い声を出し合っているようにしか聞こえない。
どこか張りつめた空気に聖夜は二人の話しが終るのを待つしかなかった。 しばらくすると話しが終わったようで、死神は聖夜の肩をポンと小突き店内から音もなく出ていった。
「あの ……」
一体何が起きたのか聞き出そうと、聖夜は難しい顔をしているミミズにそっと話しかけた。
「まいりましたね。まさか、そんなことがあるなんて ……」
声が小さかったのかミミズは一人でつぶやくばかりだ。
聖夜はもう一度、今度はさっきよりも大きな声をかけた。すると我に返ったかのようにミミズがふりむいた。
「これは失礼。久々のことなので珍しく取り乱しました。どうやらお客様にはお伝えしなければいけない重要なことがあります」
「重要なこと?」
「ええ、そうです。絶対に驚かないで下さいね」
その言葉に聖夜はこくりとうなずいた。
「本当に驚かないで下さいね」
再びミミズに聞かれはいと答えた。
「本当に本当に驚かないで ――」
「驚かないので早く教えてください!」
どうやらミミズは普段からおしゃべりなようだ。話しが進まないので聖夜が大声を出すとミミズは人差し指を立てた。
「ずばり、お客様は死んでいません」
「え? ここに来た時、死んでるって ……」
「やっぱり、ほら、驚いたでしょ?」
「あ……」
「ふふふ、冗談です。死んでると思ってたのに、生きてるなんて聞かされたら誰だって驚きますよね。僕だってすごく驚きました。ここは生きた人間の来れる世界ではないので我々もてっきりお客様が幽霊だと思い込んでいたのですが、ここ魔界カフェにはごく、ごくまれに生きた人間の方が迷い込んでくることがあるんです。あなたでちょうど三人目……だったかな?」
「五人目」
横でずっと話しを聞いていたスズメがきっぱりとミミズのあいまいな記憶を訂正した。しかしまだ説明が不十分だ。なぜ自分が生きているのか聖夜には理解できない。
「詳しく教えてください」
「ええ、よろしいですよ。ここ魔界カフェ〈死のはざま〉に来るには人間界にある入り口を通らなければいけません。でもその入り口は生きた人間が生きるか死ぬかの絶妙な境界線にあるんです。その境界線に一分一秒、数ミリたりとも寸分狂わず侵入しなければここへ来ることはできません。我々魔界人は時間や空間の概念がありませんから、そんな入口へ入ることはとてもたやすいことなのです。しかし人間は違います。どんなに頑張っても、人間界の生き物は時間や空間、それに物質に縛られていますから、生きたまま魔界に来ることは非常に難しいことなんです。と言いますか、亡くなってからこちらの世界に来ることがほとんどです。けれど、それは百パーセントではないんです。たしか、お客さまは電車に飛び込んだとおっしゃられていましたね。僕の見立てだと、そのとき偶然にもすべての条件が重なり、お客様は奇跡的に死ぬことなく魔界カフェへ来られたのです。死神のお客様がおっしゃられていましたよ。たまたま入り口で一緒に入ってきたと。それから、つい癖で驚かせてしまって申し訳なかったとも言ってました。魂など食べないので安心してほしいとのことです」
息をつく暇なく話すミミズについていくのがやっとだ。自分は生きている、死んではいない、そう聞かされても全く実感がわかない。ただ頭が真っ白になるばかりだ。
そんな聖夜にさらに追い打ちをかけるようにミミズが口を開いた。
「あのー、大変申し訳ないのですが、料金の方をお支払いいただきたいのですが ……」
さっきは支払わなくていいと言っていたはずだ。そのことを聞くとミミズは少し困ったように話し始めた。
「ここは魔界人、つまり妖怪や死霊のためのカフェなので、生きた人間のお客様からはお代をいただくことになっているんです。お支払いいただけないと、この建物から出ることができません。先ほどの大きな音は生きた人間のお客様が無銭飲食をして出ようとしたときに教えてくれるベルなんです」
ミミズが指をさした先には、ドアの上に猿のミイラのような頭がぶら下がっていた。あれはたしかスズメが小突いていたものだ。
「そうなんですか。それで、いくらですか」
平常心を保ったようにふるまったが、内心は焦っていた。今までカフェで食事などした試しがないため、支払いがどれくらいになるのか見当もつかなかったのだ。
「えっと、お客様は日本人ですから ――」
「円」
「そうでしたね、ですから日本円になおすと18万3600円になります」
その言葉に血の気が引くのを感じた。ミルクティーとパンケーキを頼んだだけで、それほどまで大きな金額になると予想もしていなかった。
それにそんな大金、持っているわけがない。たとえ人間界に帰ったとしても貯金はせいぜい三万円程度だ。
聖夜はポケットから小銭入れを取り出すとチャックをゆっくりあけた。そしてミミズとスズメが見ている前で小銭入れをひっくり返した。
「すみません、これしかありません」
小銭を合わせても一四三円しかない。
「あと18万3457円足らない」
スズメが料金を確認すると何の感情もこもっていないような口調で言った。
「困りましたねー」
言葉とは裏腹にあごに手を置くミミズから困惑した様子は感じられない。
「すべての金額をお支払いできない場合、お客様が召し上がった分の料金をここで働いて返して頂くほかありません。それが嫌だというのなら、悪魔に引き渡すしかありませんがどうしますか?」
「悪魔?」
「ええ、そうです。悪魔です。ここは何度も言うように魔界ですから、生きた人間は我々魔界人のルールに従ってもらわなければいけません」
「悪魔に引き渡されるとどうなるんですか?」
「そうですね、悪魔は強力ですからうまく利用され、肉体や魂そのものも永遠に悪魔の奴隷となります。もしかしたら自分の大切な人にまで危害が及ぶかも知れませんね。悪魔とかかわった人間は一時的な快楽を味わえますが、それ以上に苦痛が伴い身を滅ぼします。それでも深い欲を満たしたいのなら悪魔は力を貸してくれますし、僕も無理には止めません。そんな権限は僕にはありませんから。しかし後のことを考えるとはっきり言ってお勧めできません」
なぜだかわからないが、聖夜にはミミズがどこか楽しそうに話しているようにしか見えない。とにかく悪魔に引き渡されるというのは嫌だ。
「ここで働きます」
まるで誘導されたように口から出たその言葉によろしいとミミズが言うと、スズメがカウンターから紙を一枚取り出した。そこにはまたもや何語かわからない文字が紙一面にびっしりと書かれている。
「これはお客様が召し上がった分の料金を働いて返すという内容が書かれた契約書になっています。ちなみにこの文字は魔界で使用される言語のひとつです」
すると契約書の文字が動き出し日本語に変わった。
「これでお客さまも契約書の内容をご確認できます。ゆっくりでかまいませんので内容をざっと読んじゃってください。そのあとにここにお客様のお名前を書いてください」
ミミズは契約書の下の方を指さした。
「そうすれば、ひとまずはこの屋敷から出ることができます。ただし勝手に逃げ出さないで下さいね。もし逃げ出すようなことがあれば、あなたの身の保証はできません。生身の人間の肉体は魔界では大人気なんです。匂いを嗅ぎつけた魔物に体を引きちぎられ餌になってしまいますから、生きて帰りたかったら我々の忠告に耳を傾けてくださいね。もし生きていたくないというのなら、ここでご自由にお亡くなりになっても結構です。その場合、召し上がった分の料金は支払わずに済みますので。それから、本当の名前を書いて下さいね。嘘の名前を書いても契約したことにはなりませんから、いつまでたっても屋敷から出られず餓死しますので。嘘は厳禁です。ふふふ ……」
怖がらせようとしているのか楽しんでいるのかわからないが、何とか難しい契約書の文書を最後まで目で追うと震える手でペンを握り自分の名前を書いた。
「ほう、望月聖夜というんですね。実に日本人らしい名前だ」
そう言ってミミズは契約書をたたむとスーツの内ポケットにしまった。
すると後ろに何やら強烈な気配を感じた。あの落ち武者だ。みけんに深いしわを寄せ、腕を組んでこちらの様子を見ている。
「足りない分を働いて返す、なるほど。頑張るがいい、若者よ。ご主人、今日も美味であった。また来る」
「ありがとうございました。またお待ちしております」
落ち武者はところどころ穴の開いた朱色の甲冑を鳴らしカフェから出ていった。
もう客は誰もいない。
「さて、働いてもらうにあたってあなたのその格好ではいけませんね。スズメ、ここは任せましたよ。それでは聖夜さん、僕についてきてください」
ミミズの後をついていくと、店内にある階段の前に来た。そこはロープでふさがれ、札がかけられていた。聖夜が札を目にすると瞬時に文字が『関係者以外立ち入り禁止』と日本語に変わった。
そのロープを外し二階へ上がると、壁に掛けられたロウソクに薄暗く照らされ、扉が何カ所もあるのが見えた。一階は煌々と明かりがついていたが、二階は違うようだ。廊下には弱い光しかなく、冷たく静かな空気が漂っている。
そこで聖夜はある部屋へ案内された。中に入ると古い西洋のタンスやベッドが備えつけられていてどこかほこりっぽい。オレンジ色のライトが薄暗く部屋を照らしている。
「今日からここがあなたの部屋です。二階にはあなたのほかに、スズメの部屋があるので間違えて入らないようにして下さいね。すごく怒られますから。僕の部屋はこの上の三階、ちなみにロビンは厨房で暮らしています。それからお仕事がお休みの日は今着ている、その ……“ A M A N S T A N D U P ”(一人の男が立ちあがった) と書いてあるダサイお洋服で構いませんが、カフェの仕事をするときは別の服に着替えてもらいます。ええとたしか ――」
ミミズはタンスを開けると何やら服を探し始めた。
その一方で聖夜は少しへこんでいた。母親が買ってくれた安物のTシャツだったし、カッコイイと思って着ていたわけではないが、はっきりとダサイと言われると傷つくものだ。
「ありました! この服が僕のカフェにふさわしい」
ミミズは聖夜に洋服の上下を照らし合わせている。その服は白のブラウスに茶色のチェックのベスト、ズボンは帽子とネクタイと同じ茶色に統一されていた。
しかしどう見ても小柄な聖夜にはサイズが大きい。ズボンの丈もかなり長いし、上着も肩幅が合いそうにない。
するとミミズは聖夜の肩幅や身長を遠目で測ると一人で何かをぶつぶつ話しだした。そして洋服を掲げた瞬間、中に生き物が入ったかのように生地が暴れると、みるみるうちに服のサイズが小さくなった。
「これでよし!」
ミミズは満足げに言うと、今度はタンスの中から大きめの靴を取り出し聖夜の足に合わせ、指を鳴らした。すると服と同じように聖夜の足にちょうどいい大きさの靴になった。
「すごい。魔法が使えるの?」
「そうですね、人間界でいうところの魔法でしょうか。僕たちは魔力と呼んでいます」
「それじゃあ、ほかの人も魔力が使えるの?」
「ええ、簡単なものだったら皆さん使えますよ。魔人とよばれている我々なら魔力は誰でも持っています。ただし、人間の霊魂は強い魔力を持っていないので僕たちほど色々なことはできませんけどね」
「そうなんだ」
やはりここが魔界なのだと聖夜はあらためて思い知らされた。
「ここ、座ってもいいですか?」
「ええ、いいですよ。今日からここは聖夜さんの部屋ですから、何でもご自由に使ってください」
聖夜は静かにベッドに座った。
「おせっかいだとは思いますが、あまり気を落とさずに楽にしてくださいね。自殺したとおっしゃられていましたが、ここには死にたいほどの悩みや苦しみもありません。それにどちらにしろ聖夜さんはしばらくここ離れることができませんから。こう見えて、魔界もなかなか楽しい場所ですよ」
隣に座ってきたミミズに聖夜はやさしく肩をなでられ、懐中時計を渡された。濁った黄金のふたを開くと時計の針は深夜0時を過ぎ一時になろうとしている。
「この時計を聖夜さんにお渡しします。これは人間界の時間を現したものです。もっとくわしく言うと、聖夜さんが暮らしていた日本時間で動いています。ここは魔界ですから人間界とは全く別の時間で動いているんです。僕たち魔人の時間で動くと、人間の体をもった聖夜さんは疲れてしまいますから、人間界の時間で動いてください。時計の針が朝の九時になったら、お仕事を始めますので降りて来て下さい。といっても、ここは魔界なので朝は来ないですけどね」
ミミズはタンスの中に入っている服だったら好きなもの着ていいと言い部屋を出ていった。
一人になった聖夜はどっと疲れが出てくるのを感じた。それもそのはず、短い時間の中でたくさんの出来事があったのだから疲れて当然だった。
聖夜はポケットから空になった小銭入れと携帯電話をベッドに置くと部屋の奥へ行き、バスルームに向かった。ここに来るまでにかいた大量の汗を流したかったのだ。
洗面台の鏡を見ると髪はぼさぼさで、どこかやつれたような顔をしている。聖夜は汗臭い服を脱ぐと固くなったシャワーの蛇口をひねった。
ところがいくら蛇口をひねっても錆びついた音が聞こえるだけでお湯が出てこない。シャワーのホースの奥からは何かが詰まったような音がしている。
しばらく持っていると生温かいお湯がようやく出てきた。
「ひゃあ!」
聖夜は飛び上がりバスルームから出た。
身体中、ぬるぬるした赤い液体に染まっているのだ。確認してみるとシャワーから赤茶色の水が流れ、バスルームに鉄のにおいが充満していた。どうやらさびついていたようだ。
そのまま様子を見ていると、赤く濁った水は透明になりしだいに湯気がたちこめた。
ようやく求めていたお湯になったところで聖夜はさっさと体を洗い流すと、バスルームに置いてあるボトルに手を伸ばした。そこには魔界の文字が書かれていたが、聖夜が目にすると『これ一本ですべて洗えます! スペシャルハーブ石鹸』と日本語に変わった。
あたりを見ても他に洗えそうな石鹸は見当たらない。聖夜はそれで頭から体までを洗うと、次に洗面台に置いてあった新品の歯ブラシと歯磨き粉を取り出し、さっさと歯を磨きお風呂から出てきた。
それからバスルームに置いてあるタオルで水気を取ると着ていた服に目をやった。また汚れた服を着たいとは思えない。聖夜はタオルを巻いてミミズが好きに着ていいといったタンスへ向かい、寝るのにちょうどよさそうなシャツと短パンに着替えベッドに横になった。
窓から月が見え青い光がベッドに差し込んでいる。とても静かだ。
あんなにも死にたいと思っていたはずなのに朝が来ないという言葉を思い出し、急に陽ざしが恋しくなった。
それに死んでも意味がないということがよく分かった。ミミズに死後の世界があると聞かされ、実際に魔界に来てしまったのだから死ぬ気が失せた。
聖夜は電源が切れた携帯電話を手に取った。電源を入れると相変わらず電波はないようだが、それでも見慣れた画面が現れると少し安心した。
とにかく明日から働かなければならない。寝坊せずに起きなければと思いながら、そのまま聖夜は布団もかぶらずに深い眠りに落ちていった。
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