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騒動の始まりは里帰り?から
しおりを挟む草木が眠りにつく冬を越えて、命が芽吹く春風の中、私は……――
「――……本に埋もれています」
いや、本当に何で?
自分の声が書庫に虚しく響くのを聞きつつ最後まで目を通した本を閉じた私は、それを脇に除けると次の本に手を伸ばす。
と、その時、本が窓から差し込む柔らかい日差しに当てられているのが見えて目を細める。
次に読もうと思った本を片手に立ち上がると、窓辺に乗り上げた。
家の窓は頑丈で窓辺に子供一人乗り上げてもびくともしない。
少々行儀は悪いけど、まぁ書庫に急な来客があるはずもないので大丈夫だろう。
マナーの先生でも来襲しない限り、見逃してくれるはずだ。
外を見ると流石は芽吹きの季節。
青々とした緑が広がり、花々が鮮やかに咲き誇っている。
柔らかい日差しは昼寝をするにもよさそうだ。
いっそ寝てしまおうか?
なんて事が思い浮かぶが苦笑して振り払うと本に目を落とす。
本を読む事自体は嫌いじゃない。
むしろ好きな方だろう。
けれど、それは内容が好みの場合だ。
私は内容問わず好んで読む程の本好きではない。
今、読んでいるのは神々や聖獣に関する伝承を含めた書物である。
根本的に「私」という人間は『わたし』の知識や道徳観念を下敷きに「わたくし」の知識が積み重なっている。
『前』のあれやこれやは無意識下である事が多いが生きて来た年数の違いだろうか?
考え方などは『前』の思考や道徳観が強く出ているのだ。
それは神に対する考え方にも適応される。
たとえば神殿に関してだけど。
私だって神殿を壊す事や汚す事に忌避感を感じる。
けれど、それが必要ならば『罰当たり』と思いながらも実行できるだろう。
これがこの世界では有り得ない行動だとしても。
後々相当苦い思いをするし、他者がやれば「何てことを!」と怒るが、理由によっては無理やり飲み込む事が出来る。
ならこの世界の人間ならばどうか?
基本的には“出来ない”し”考えもしない”のである。
生粋のこの世界の存在は相当狂っていない限り神殿に攻撃を加える事が“出来ない”。
戦時下などにより精神に異常でもきたさない限り神殿に手を出す事はない。
それほどまでにこの世界は「神々に近い」と言える。
私はクロイツのように神々に嫌悪を抱ているわけではないが、言ってしまえば、嫌悪抱く程の興味も無いと同義なのだ。
意味合いは大分違うが『人事を尽くして天命を待つ』の心境とでも言えば良いだろうか?
神様なんてあてにするものではなく、色々成す事をした後、「うまく行きますように」と祈る程度の扱い。
神様なんて遠くから見ているのだろう、程度のスタンスが丁度良い。
神様が存在しているかどうかなんて見た事もないから分からない。
けど、私達では決してなしえないような出来事が起こっているのだから神様もいるのでは? と言う気持ちもある。
そんな曖昧かつ適当なスタンスだった『前世』の感性のまま、今世も生きている。
まぁ『日本人』って神様とか神秘に対しての感覚って曖昧かつ、大雑把な気がするんだけどねぇ。信じていないとか口で言いながら普通にお参りとかするし。
神様を心から信じていると言えば変わり者扱いのくせに気軽にお参りとかして神頼みをするのが『日本人』だ。
この世界の人達が聞いたら冗談を言っていると言われるか有り得ないものみたいに見られることだろう。
と、『前』の事はともかく。
何故、そんな私が神々や聖獣について調べているかと言うと。
この先に厄介事に巻き込まれそうだからである。
水の聖獣様に頂いた【眷属神の加護の腕輪】には現在【水の加護】と【光の恩恵】の効果が付与されている。
更に私に“誰かを託したい”と言うような言動が見られたのだ。
つまり、私に今後何かの【役割】が与えられる可能性が高い。
ただの令嬢である私に、だ。
迷惑な事この上ない。
けど、この腕輪外せないのである。
此処まで来るとレアアイテムやらキーアイテムというよりも呪のアイテムなのでは? と思ってしまう。
心の底からメンドクサイ。
私は身内のためだけに動きたい。
けど現実は非情である。
この腕輪がある以上私が何事かに巻き込まれる事は決まってしまっている。
だから、私は取り敢えずの準備として知識を求める事にした。
神々や聖獣、ついでに過去に世界に危機的な何かが起こったかなど。
そういった事を調べられる本を読み知識を深める事から始める事にしたのだ。
「ただ、そういった事柄となると伝承とか、酷いと伝説とか英雄伝とかになるのが問題なんだよねぇ」
伝承ならまだましだ。
伝説伝や英雄伝ともなれば、もはや事実であったかを調べる事すら出来ない。
話が壮大過ぎるし、大真面目に全てを事実と考えると現実に居たら化け物と言いたくなるような人物しか出てこない。
むしろあなたは魔王ですか? と言いたくなるような本もあったぐらいだ。
ふと現実に帰るととても虚しくなる事多数。
知識を深めているのか御伽噺を極めているのか分からなくなる有様である。
だって、御伽噺を大真面目に信じて裏付けを調べたり類似性を調べたりするんだよ? 御伽噺を全面的に信じて良いのは幼い子供の頃だけです!
まぁ考古学の研究と考えればまだましかもしれないけど。
残念ながら私の好みの分野ではない。
「読み物としては面白いのもあるんだけどねぇ」
本当に御伽噺としては面白いのもあるのだ。
作中に出てくるモノを錬成できないかな? なんて考えた事もある。
その後本筋から離れている! と振り払ったけど。
王都から戻ってきて時間を見つけては自宅の本を読んではいるけど、神々の事が分かるどころか遠ざかった気がする。
「いっその事神様や聖獣様を研究していた人の論文でも読んだ方がいいかもしれないなぁ」
ただ、そうなると本の入手ルートで困るのだが。
其方の研究分野に進む気は更々ないし、伝手もないから多分、無理だろう。
言うだけはタダなだけで。
結局、今日も今日とて、家にある本を読み漁るしかないのである。
溜息一つ、もう少しと本に眼を落とした時、文章を黒い猫の手が遮った。
「クロイツ?」
「オマエ、こんな所で読んでると怒られね?」
「家の人なら平気。苦笑してみない振りしてくれるから」
「家の奴等はオマエ等にあめーもんな」
「本当にね」
ラーズシュタイン家の使用人達は皆優しい。
仕事も沢山あるし、一応公爵家って事で色々格式に拘るざるを得ないから煩わしい事だって多いのに。
私達家族を慕い見守ってくれている。
きっと、それはお父様とお母様、それに歴代のラーズシュタイン家の人達が使用人であろうとも「人」として接しているからだと思う。
尊大にならず、だからと言って阿らず、時に対等の立場として、時に領民を護る者として、領民に対して様々なモノを還元する。
そうやって領民と共に生きて来たからこそ、領民も使用人の人達もラーズシュタイン家を慕い護ってくれる。
まぁ私やお兄様は現時点ではおまけかもしれないけどね。
それでも良い。
だって優しくしてくれた事も甘やかしてくれた事も見守ってくれた事も事実なのだから。
「んで? なんか収穫はあったのか?」
「うーん。謎が増えた」
「ダメじゃねーか」
そうなんだよねぇ。
けど色々な本を読めば読む程「神々」や「聖獣」って言う存在に対しての謎が増えていく感じなのだ。
そもそも読みずらい。
装飾が多いのは仕方ないとは思っていた。
だってこの世界の存在にとって神様っていうのは「確かに存在している」し「絶対的な存在」なのだから。
姿形を見た事は無くとも神威は身近に感じているからこそ、存在を疑う事は無い。
実際に存在しているもんだから、賛美の言葉は無限大で罵倒は殆ど無い。
だから仕方ないと思っていたけど、流石に多すぎて読みずらいのだ。
私が本を読んで最初にやった事は装飾された言葉の数々のどれだけが事実なのかを探り、削る事だった。
「慣れるまで気疲れの方が酷かったよね」
「いっそのこと装飾全部剥がせばいいんじゃね? とか思ったしな」
「出来たらいいんだけどねぇ。それが難しいんだよねぇ。一部は事実なもんだから」
流石神様と言うべきか。
過多な装飾の一部は事実だったりして驚いた。
全部削るのも全部鵜呑みにするのもダメって、一体どうすれと?
「結局“コレ”の正体も分からずじまいだしねぇ」
片腕を上げるとシャラと澄んだ音が鳴る。
腕輪は陽の光を反射して青色と薄い金色に輝いている。
多分キーアイテム。
私的には呪いのアイテムでも良くない? と思うこの腕輪。
よくよく見ると継ぎ目がないし外れない。
いや、本当に外そうとしても一切外れなかったのだ。
今の所外さないといけない場面も無いから良いものを絶対外さないといけない場面に出逢った時どうすればいいのだろうか?
マジックアイテムを外さないといけない時って言うのも思いつかないからいいんだけどさぁ。
「【鑑定】しても分からない事だらけだし」
一応謎のアイテムって事もあって調べるために色々頑張ったのだ。
特に光の聖獣様と声だけでご対面してからは。
【スキル・鑑定】のレベルを上げてから【鑑定】したりもした。
そのために高級品とか希少度の高い素材とかを見まくったのは、今は良い思い出……という事にしたい。
ともかく、そうやってかなりレベルを上げた【鑑定】でも結果は惨敗。
謎の素材を使った謎の腕輪という結論に。
あれ? 一歩も前進してなくないですか? と一瞬で疲労感を感じたのは秘密である。
これ以上となると【鑑定】の上位互換である別のスキルが必要となるらしい。
勿論成長と共にレベルもまだ上がるのだが、根本的に【視る】ために必要な別の能力が必要となるのではないか? というのがお父様達の結論である。
結局、聖獣様が造ったモノだしなぁ、と其方からのアプローチは諦めるしかなかった。
大変切なかったが。
「いいんだけどね? 【鑑定】のレベルが上がれば採取とかでも役に立つし」
「負け惜しみに聞こえるぞー」
「だまらっしゃい」
認めません。
今後役に立ちそうだから良いんです。
負け惜しみじゃないです。……うん、違うから。
「謎の腕輪に聖獣様達の謎の御言葉。そもそも神々や聖獣様が謎だらけの存在」
「謎ばっかりじゃねーか。全く、嫌になるな」
「本当にね」
取っ掛かりとして神々や聖獣について調べたはいいけど、謎が謎を呼ぶ状態。
ちょっとだけ“腕輪”みたいなモノがないかも調べたけど、成果無し。
ついでに世界情勢について調べたけど平和なもんだし。
いや、世界が平和なのは良い事だけど。
一応『記憶』もさらったけど、やっぱりこの世界が危機にさらされたっていう描写は思い出せないし『ヒロイン』はあくまで『ヒロイン』であり聖女などとは言われていなかった。
というかこの世界に聖女は存在しない。
教会とかも別に聖女を選んだりはしていないし、物語として英雄に寄り添う聖女という形で出て来ているけど、現実にそういった称号を授かった存在はいない。
もしかしたら派生した小規模の宗教団体には認定された聖女はいるかもしれないけど、そんな所まで調べる術はないし、私達には関係はないはずだ。
「ここまで収穫がないとねぇ。落ち込むし、脱線したくなるよね。まぁその結果も今の所、分かった事と言えば“エルフが実在していた、又は現在まで実在している可能性”と“私達が知っている三種類の神殿こそが最古の神殿であり、他の属性の神殿も存在し、嘗ては神すらも降臨した場所”ぐらいかなぁ」
「そーなのか?」
「うん。まぁ後者は多分? って感じなんだけどね」
「へー。って事はエルフの方はある程度確信があるって事か?」
「あー。文献を読んだ限りって前提は付くけどね」
私は肩竦めると影から紙を数枚出して本の上に広げる。
「これ、複数の文献、書物から抽出したエルフについての描写を纏めた紙なんだけどさ。どうもエルフの生態に関しての描写がほぼ同一なんだよね」
「なるほどなー」
「結構な数なんだけど、流石にこれを一人が書いた、なんてありえないでしょ?」
文体や、出された時代、書かれたと思われる場所。
その全てがバラバラな状態で同一人物が書いたなんて状態だったら、恐怖だ。
いっそ、そうならば書いた人こそが神様なんじゃないかと思う。
同時期に書かれた別の著者の書物もあるから、真似たって可能性も低いと思うし。
「そして、書かれたエルフの生活形態や性質は決して荒唐無稽じゃない。と、なると?」
「エルフは実在していた、ってわけだ」
「そういう事。後は、まぁ寿命についての描写があるんだけど、長命種っぽいんだよねぇ」
こちらは憶測だけど。
「なら現在も生きている可能性はあると思う」
「けど、滅んでねーのに、存在しない、なんてことできるのか? 魔法には【探知系】も存在すんだろ?」
「する。けどこの世界も『前』でよくある設定の通り、エルフって魔法に長けた存在らしいよ?」
「探知魔法を跳ねのけることが出来るってことか? それでいて森でのみ生きる存在となると、今でも生きてる可能性は無きにしも非ずってか?」
「私はそう考えたかな」
過去実在していた事はほぼ確定しても良いけど、現在も存在しているかはちょっと自信がないんだけどね。
細々と人を交流していて、その交流している人達全てが口を噤めば出来ないもない。
けど、人なんて欲に弱い生き物だから、全く漏れない、なんて無理だと思うし。
「ただし、魔法による制約がかかっている可能性は否定できないけどね」
「交流している奴等全員に魔法で制約かけてんなら、エルフって相当慎重だし、性格も悪くね?」
「だよねぇ。出来れば会いたくない類だわぁ」
夢が壊れるし、滅びましたって言った方が人々の心の安寧にはいいかもね?
「獣人と人との間とは違ってエルフとの間に諍いがあったって記録もないんだけどね」
「事前に契約でもなんでもしてたんじゃねーの?」
「否定できないけど、とことん夢の無い話だよねぇ」
否定できない所が世知辛いよ。
「世の中なんて、んなもんじゃないんじゃねーの? それで? 神殿についてはどーなんだ?」
「こっちは推測も推測。『レポート』で出したら『不可』くらいそうなんだけどねぇ。――まず、私達が知っているのは【光の神殿】【闇の神殿】【水の神殿】でしょう?」
「確かに、その三つだな。――懐かし言葉がでてきてんなー。ってか『レポート』の『不可』って『大学生』にとっちゃ悪夢じゃね?」
「突っ返された時の絶望感は確かに味わいたくないよね。――その三つに関してはデザインを考えた存在または建造者が同一人物なんだと思うんだよね。時代とデザイン的に」
「だろうな。光と闇の神殿は見りゃわかるし、水の神殿も似た感じだったからな」
「その事を念頭に文献を読むと、神々が降臨している神殿がその三つの神殿なんじゃないかと思う描写が多々あったの」
白一色で汚れ一つない神殿。
黒一色でこちらも汚れ一つない神殿。
そして水の中に存在する神殿。
「神々の降臨と共に描かれた描写が三つの神殿と一致している。まぁこれに関しては神殿を実際見ている存在が神の降臨場所として相応しいと思って捏造した可能性は否めないんだけどね」
「神殿に神様こーりんなんてあながちだしな」
「うん。けどまぁ聖獣様の聖域の描写も神殿っぽいんだよね。その文献……ついでに伝承も」
「聖獣サマが実際いた場所をみたのは水の神殿だけか。けどまぁ確かにあの場所は【魔力】じゃねー力に溢れてたな」
「そうそう。あれ多分【神力】とかの類だと思うの。そうなるとあそこは聖獣様の住処、つまり聖域って事になるんじゃないかなぁと」
「穴だらけって言えば穴だらけだな」
「だから言ったでしょう? 推測に推測を重ねたって。現存する最古の文献でも読む事が出来れば推測なのか違うのかの判別は出来ると思うけどさぁ」
「現時点じゃ読む事はできねーと?」
溜息をついて頷く。
この書庫においても私がまだ読めない書物は沢山存在する。
読んでも分からないのではなく“読めない”のだ。
物理的に本に拒まれるとか、なんてファンタジー!
……なんて茶化さないとやってられない。
「家の書庫に置いてあるかは分からない。まぁ写しならおいてあるかもしれないけど、現時点じゃ確実に“読めない”し」
「んで結果が『不可確実のレポート』ってわけか」
「そぉいう事」
穴だらけの推測しか立てられない事にうんざりしつつも腕を上に伸ばす。
これについてはその内解明出来ればいいかなぁ? 程度の興味だ。
それよりも先に調べないといけない事があるのだ。
私は苦笑するとクロイツの額を軽く突く。
「って訳で本を読みたいからどけてークロイツ」
「おー……あ、いや。オマエ猫被れ。だれかくんぞ」
「猫って。家で被る必要はないけど?」
「口調が完全に庶民になってんぞ」
「おや?」
それは迂闊だった。
お兄様とリア以外には『前の話し方』もとい庶民口調は隠している。
私が【神々の気紛れ】によって【巡り人】になった事を知っているお父様とお母様にも言っていない。
受け入れてくれるとは思うけど、その前に通じるかどうかって問題もあるし。
トーネ先生と御友人だし大丈夫だとは思うんだけどね?
だから理由としては「なんとなく?」という大変ふわっとしたモノになってしまっている。
他の人には「何処でそのような話し方を?」と聞かれるのが面倒なので隠している。
いや、家の使用人に関してはそこまで心配してもいないんだけどさ。
何となく一度隠すと決めてしまったから続けている感じだったり。
と、何となく心の中で言い訳じみた事を考えていると、私の耳にも足音が聞こえて来た。
ほどなく、ノックも無しに扉があくと鮮やかな赤と青が視界に入って来た。
「ルビーンとザフィーア? 珍しい所に来ましたわね?」
「やっぱりここにいたカ、主」
「あら? ワタクシを探していましたの?」
頷く二人に首を傾げる。
珍しい所とは言ったが実の所、この二人が書庫に来る事自体は珍しい事でもなかったりする。
二人とも本を読む事が嫌いでもないらしく、本をここで読んでいる姿を見た事もある。
一緒に行動しているのも比較的見かける。
他の人達に言わせると別行動の方が多しらしいけど。
ただ、私が目的で書庫に来るのは珍しい。
ここ最近私が目的あって書庫に通っている事を知っているからだ。
二人は享楽的だし、思いついた事は即行動にうつすタイプだ。
けど、絶妙に私の邪魔はしない。
工房にこもりきりになると窓の外に張り付いていたりするが、それも私が休憩も忘れて錬成している時だったりするので、一応心配もされているのだろう。
未だに慣れずホラーかサイコにしか思えない光景ではあるのだが。
とは言え、これを例外としても私が何かしている時に二人は邪魔をしてこないし、何なら声をかけてくる事も無い。
こういう時に声をかけてくるのは私が休憩を取らず集中し過ぎている時か余程の用事がある時、だ。
「一体何の用ですの?」
「前にいってただロ? 俺達が生まれた集落にきてくれッテ」
「ああ。そういえば、そんな事も言いましたね」
あの後王都に行って色々あったから忘れてた。
今更言い出すって事はその件なのだろう。
「時期的には丁度良いかもしれませんわね」
私も来年には学園に入学しなければいけない。
その前に一度二人の帰省に付き合うのもいいだろう。
もはや人の居ない集落を訪れる事が帰省と言うならば、だが。
けど、いきなりと言えばいきなりだとも思う。
疑問のまま二人を見ると二人はそっくりの笑みを浮かべた。
「主もある程度聖獣に関して調べたみたいだしナ」
「どういう意味ですの?」
「その腕輪について分かるかもしれなイ……って言ったら疑うカ?」
ルビーンは【加護の腕輪】を指さし笑う。
私を試すつもりなのか、その笑みは大層胡散臭い。
今更何を試したいと言うのだろうか?
あれだけ強引に契約を結んだというのに。
私は分かりやすく大きくため息をつく。
「その集落が貴方方の生まれ故郷である事も嘘なんですの?」
私の質問が意外だったのかルビーンが驚いた顔になった。
珍しい素の表情に私は笑う。
口ごもったルビーンに代わり答えたのはザフィーアだった。……そんなザフィーアも驚いた表情を隠せなくなっていたけれど。
「否。我々の故郷である事は事実」
「あ、あア。それは嘘じゃねぇヨ」
「ならなんの問題もありませんわね。別に【腕輪】についての事が嘘でも真でも行く事には変わり有りませんもの」
意味深な事を言っているが、別に私にとってはどうでも良い。
二人が聖獣様の関係者なら、それはそれで良いし。
違っても今までと何も変わらない。
二人の里帰りに付き添って、土地固有の植物や鉱石でもあれば最高だ。
その程度の事しか考えていない。
あっさりと言い切られた事に驚いたのか二人は私を見たまま何も言えなくなっていた。
そんな二人に私は微笑みかける。
「確かにワタクシはここ最近神々や聖獣様について調べていましたわ。それに貴方達は何やら知ってそうな言動も見られましたわね。けれど、それだけでしょう? その事でワタクシが何か不利益を被った事もありませんし。……今後もないのでしょう?」
「それは勿論ダ!」
「なら、やはり何の問題ありませんわね。――そんなに驚く事かしら? 別に貴方方に特別な価値があったとしてもワタクシの貴方方に対しての評価が上がる事もありませんし。逆に言えば価値が低くなっても評価は変わらないという事になりますけれどね? まぁ、それが嫌なら側仕えは早めに辞退なさる事ですわ」
【契約】は切れないから、そのままだけど、家に不利益を被る事がないと約束するならば家から出ていけば良い。
そのためならば【命令】を使う事も厭わない。
嫌ならば、気ままな冒険者に戻れば良いのだ。
流石に暗殺者として返り咲くのはラーズシュタイン家に迷惑が掛かるから許す事は出来ないが。
そんな風に告げると、二人は一瞬唖然とした表情を晒した後、爆笑した。
それはもう見事な爆笑姿である。
前にも私の言葉に爆笑した存在がいたが、一体私の言葉の何処が面白いのだろうか?
かなりひどい事を言っている自覚があるので不思議で仕方ない。
「いヤ、それでこそ主ダ。けド、そんな未来は絶対にこねぇからナ? 主の側を離れる日は永遠にこねぇヨ」
「我等の永久の忠誠ヲ」
「そう」
本当に物好きというか、何と言うか。
この二人は色んな意味でねじ曲がっている気がする。
その二人が面白がって、一緒に居たがる私も相当歪んでいるって事になるかもしれないけど。
考えない事にしておこう。
「それで? 改めて聞きますけれど、用は何ですの?」
私が改めると二人は笑みを消し、姿勢を正した。
「我等が故郷に案内したイ。共に来て頂けますカ?」
「見て欲しい物がありまス」
「……貴方方、そんな丁寧な言葉を喋れたのね」
返事にしては聊か間抜けな言葉に二人は同じ顔で笑った。
応援ありがとうございます!
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