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後始末。この世界の宗教を添えて(3)

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 嵐のようだった。
 姿こそ現しはしなかったけれど、光の聖獣様は降臨なさったかと言いたい事やりたい事をやったかと思うとあっという間に去っていった。
 光の柱も消えると同時に扉も消えてしまったし、今は入った時と同じ光景が広がっている。
 本来ならあの扉の向こうが隠された部屋なのだろう。
 いわば聖獣様の住処であり、本当の祭壇が存在する部屋なのかもしれない。
 ただ、仮定が当たっているとするとそこに至るまで相当の魔力を必要なのではないかと思う。
 実際あれだけ力の宿った魔石を使ってホログラム風の扉しか出現しなかったのだから。
 それとも純粋な魔力ならもっと少なくても大丈夫なのかな?
 水の神殿への道が開けた時のように【愛し子】の魔力を必要とするとか?
 などと、色々考えなければいけない事はあるのだけれど、何となく疲れてしまった。
 はぁと溜息をつくと誰かのモノと重なった。
 其方を向くとヴァイディーウス様が私と同じように何とも言えない表情で祭壇を見ていた。

「聖獣様を理解するのは私たちには難しいのかもしれないな」
「遥か彼方の御方ですから」

 苦笑するヴァイディーウス様に同意すると彼は肩を竦めて護衛の方達を正気に戻し歩き出した。
 それに続きながら私は何となく無言のクロイツが気になった。
 伝わってくる気配が何となく憮然としているというか、納得いかないと言った風だったのだ。

「<どうしたの?>」
「<カミサマってのは勝手だと思っただけだ>」

 クロイツはこの世界の神に対して隔意を抱いている。
 今回の聖獣様の言葉もそんなクロイツの琴線に触れたらしい。

「<祝福だの加護だのを勝手に与えておいて、今度はそれに見合った行動を取れって勝手過ぎだろ。どーもオマエに何かさせたいみてーだしな>」
「<……やっぱり、そう思う?>」

 水の聖獣様と良い光の聖獣様と良い、私は何やら【役割】を与えられているらしい。
 しかも強制的にだ。
 そんなもの『ヒロイン』に与えろ! と思う訳だけど。
 
 『ヒロイン』の役割がそのままシフトした? ってのは流石にゲーム脳過ぎるか。ただ妙な事に巻き込まれるのが確定している感じはするんだよねぇ。

 迷惑な話である。
 一令嬢としては身内のためにだけ動きたいものである。
 仮に「世界を救え」なんて言われたら困る。
 やる気が地を這いそうな勢いで困る。
 どうして赤の他人のためにそこまでしなければいけないのか。
 そりゃお兄様達の住むこの世界が滅びるとなれば必死に抵抗する所存だが、その他大勢のためとなるとモチベーションは段違いである。
 ……そりゃお父様が国の中枢に居る限り、与えられた役割をこなすしかないのだろうけど。
 
「<今からでも誰かに押し付けられないもんだろうか>」
「<誰にだよ>」
「<え? それこそ『ヒロインサマ』とか?>」

 心優しいお嬢様らしいし、世界のために奮闘してくれると思うよ?
 
「<そもそもこの世界って危機にあるのか?>」
「<さぁ? 『ゲーム』では別に“世界を救う!”みたいな展開は無かったけどね>」

 学園の卒業と共にエンドだし。
 その後は基本的に幸せに暮らしましたエンドだから。
 別に魔王が現れたりしなかったし、世界を救う聖女様になったりもしなかった……はず。
 記憶が薄れている上、偏ったプレイしかしなかったもんだから確証はないけど。

「<実際の所、別に世界に異変があるって話も聞かないしねぇ>」

 私が子供だからとか普段王都から離れているから、という理由ではなく、単純に領地でも特に異常気象が起こったとか魔物の異常繁殖とかの話は聞いていないって事である。
 冒険者ギルドでもそういった話は聞かないしね。

「<そうなると根拠は聖獣様達の意味深な言葉だけなんだよね>」
「<けっ。煙に巻く喋り方しやがって。何かして欲しいなら、キチンと目的を話した上で報酬を寄越しやがれってんだ>」
「<そこまでは流石に言えないなぁ>」

 クロイツは聖獣様達とも相当相性が悪そうだ。
 言いたい事は分かるんだけどね。
 本当に物語の聖女様や英雄様は凄いよね。
 寛大な心と慈愛でもって背負わされた期待に負けずに身命を賭して世界の敵と戦うんだから。
 私には絶対出来ない決断と行動だ。
 全く以て憧れはしないけど。

「<ま。私達はらしく生きるだけだよ。操り人形はゴメンだしね>」

 後は私に課せられている可能性のある【役割】が分かった時に判断する事だから。
 そんな風にクロイツを話していると前の方が騒がしいと足を止めた。
 どうやら言い合い? をしているらしい。
 んん? 片方の声が子供な気がするんだけど?

「なにやら騒がしいな?」
「ここでお待ちください。確認してまいります」

 テルミーミアスさんが確認に走る。
 私達は取り敢えず待機である。
 それにしても片方は多分神官さんなんだろうけど、攻撃的なのは子供の声の方なのが凄い。 
 声が此処まで聞こえてくるし。
 
「現実に居るんですね。“私は特別なのよ!”なんて叫ぶ子供」
「どういう意味で特別かはわかりませんが、殿下達の方がよほど特別では?」
「確かにおれたちも特別と言えるが、キースダーリエ嬢も特別ではないのか?」
「ワタクシですか?」
「【闇の愛し子】ですからね。特別と言えるのでは?」

 そういえば【愛し子】って特別なんだっけ?
 殿下達もそうだし、なんなら陛下もだし。
 あまり特別感ないけど、確かに?
 
「<あと『前』の記憶持ちってのも特別じゃね?>」
「<そうなるとクロイツも叫ばないといけなくよ? “オレは特別なんだ!”ってさ>」

 返すとクロイツの「うげっ」という嫌そうな声が聞こえて来た。
 うん。
 自分を特別と声高々に言える程図太くないよね、普通。
 いや、子供だからかな?

「あ、今度は“その他大勢の分際で煩いのよ! あんたは粛々と私を最奥に案内すればいいの!”ですって。目的地は最奥の間のようですわ」

 騒動を確認しに行ったテルミーミアスさんを待たずに状況分かるのって凄いね。

「貴族、ですかね?」
「多分、な。嘆かわしいことだけど貴族の中には神官を見下す存在もいるからね。けど、最奥の間に何の用事があるのだろうね?」
「光の聖獣様にお逢いしたいとか、ですかね?」
「しばらく姿を現さないといってなかったか?」
「ですね」

 けど、一般公開の日以外に最奥の間に行く理由って他にあるのだろうか?
 しかも神官を見下してるって事は神殿自体そこまで重視してないと思うし。
 理由も分からず首を傾げているとテルミーミアスさんが戻って来た。
 物凄く眉間に皺を寄せて。
 うわぁ、嫌そう、というか怒りを堪えている顔してる。
 本当に何事?

「どうやら子供が二人迷い込んだようです。身なりから平民のようでしたので神官が迷子かと思い声をかけた所「最奥の間に案内しなさい」と命令され、驚いたとか? 断ると「あんたは私の命令を聞けばいいのよ!」と怒りだしたと」

 今は数人がかりで引き返す様に説得しているようです、と締めくくったテルミーミアスさん。
 表情が芳しくないので詳しく聞いてみると、どうもテルミーミアスさんも「あんたでも良いわ。さっさと案内しないよ」と言われたらしい。

 あーうん。幾ら民を護る騎士とはいえ、それは、ねぇ? テルミーミアスさんは貴族の中では家格を気にしない方だし、普段なら貴族と平民である事を持ち出さないと思うけど、平民だと態々言っている所、今回は流石に腹に据えかねたのかな?

 随分強烈な子がいたもんだね。
 後、平民が神官を見下すのって珍しいかも?
 むしろ神に仕える者として尊敬している人の方が多いと思っていたんだけど。

「二人ともなのかい?」
「いいえ。騒いでいるのは女子の方だけですね。もう一人は止めようと必死で神官と共に説得していました。擁護もしていましたが、それは仕方のない事かと」

 確かに、一緒に行動しているって事は友人とか家族とかそういった近しい存在なんだろうし。
 そうじゃなくとも良識があれば一緒に処罰されてもおかしくないから止めるよね。

「なるほど。さて、どうしようか?」

 騒動が過ぎるまで此処で待機していても良い。
 けど、何時収まるのかが不透明過ぎるというデメリットがある。
 私やお兄様はともかく殿下方はこの後ご予定があるかもしれないし。
 だからと言ってちょっと変わっている(柔らかい表現)女子の横を通って帰る訳にはいかない。
 
「ここって一本道なんですよね?」
「そこが問題だよね。私達が王族だと気付けば媚びをうってくる可能性もある」
「気づかずとも、僕達という例外をみてしまえば引き下がならないかもしれませんし」
「流石に子供の身で警邏に引き渡すのも忍びないですし」

 会わない事が最良の道なんだけど、方法が無い。
 本当にどうしようかな?
 などと暢気にしていたのが悪かったのだろうか?
 騒動が向こうから走り寄って来てしまったのだ。
 騒動の女の子はどうにかして神官を振り切ってしまったらしい。
 走って来るのが見えた私達は咄嗟に避けてしまう。

 結構なスピードでてたし、あれぶつかったら洒落にならない。相手は平民だから相手に罰則が行く可能性もあるし。

 などと一応相手側のためでもあると言い訳しつつ通り過ぎるのを待ったのだが、ここでハプニングが起こってしまう。
 何と女の子が私達の目の前ですっころんだのだ。
 え? まさかのスライディング?
 痛そうだけど、ここって凸凹もしてないし、どうして殿下達の前で転ぶかな?
 狙ったような転び方とタイミングに思わず疑ってしまうが、流石に意図的なモノではないだろう。
 此処で転んでも誰の策で誰の利益になるのだ? という話である。
 殿下達も目の前で転ばれるとは思わず目を丸くしている。
 護衛の方達も顔を見合わせて、一番子供受けの良いインテッセレーノさんが手を差し伸べた。

「大丈夫ですか?」
「いてて。ちょっと! こんなか弱い女の子が転びそうなのよ?! 受けとめるくらいしたらどうなの?!」

 まさかの暴言にインテッセレーノさんも口元が引き攣っている。
 この平民の子、凄い度胸。
 騎士って平民も居るけど基本的に貴族だし。
 確かに平民出身もいるけど、実力が認められれば騎士爵とか準男爵とかは叙勲の時に与えられる。
 確かインテッセレーノさんも元々は平民だけど、近衛隊に配属になった時に何処かの家に養子に入ったはず。
 つまり立派な貴族って事だ。
 この言葉だけで不敬罪に問えるって事なんだよね。
 え? 平民ってそういう事に敏感なイメージあったんだけど、実は教育されていないとか?
 だとしたら、それはそれで問題な気がするんだけど。
 差し伸べた手を払い立ち上がった女の子はインテッセレーノさんを見て鼻で笑った。
 うーん?
 服装が平民なだけの貴族なのかな? と一瞬思ったんだけど、仕草が平民っぽいんだよなぁ。
 貴族教育されていない感じがする。
 って事は本当に平民なのかな?
 顔は可愛いし、声も良いのに言動で全部台無しにしてる。
 此処まで来ると失礼だけど親にちゃんと教育してます? と聞きたくなる。
 あ、お兄様や殿下達がドン引きしてる。
 きっと初めて見る人種ですもんね。
 
「全く。騎士って言っても何もなっちゃいなんだから!」

 あー追い付いた男の子の顔が真っ青。
 そりゃね。
 気持ちは分かる。
 暴言も良い処だもんね。
 インテッセレーノさん、驚きで固まってるし。
 さながら未知との遭遇?

「特別な私に怪我をさせたってなったら将来騎士でいられなくなるのよ? 分かってる?」

 うわぁ、凄い。
 見事に意味が分からない!
 此処まで酷いのは見た事が……うん?
 見た事……あったっけ?
 無いと言い切りたいんだけど、何と言うか既視感が?
 えぇと、今世では絶対に無いのは分かる。
 って事は『前世』で?
 あんな強烈な子がいたようないなかったような?
 うーん。
 いたとしても殆ど接した事ないのは確かだと思う。
 小中高のどれかの時期に居たのかも。
 まさか、こんな強烈な子にまた会うなんて。
 ある意味感心して見ていると一通り文句を言った女の子が次の獲物を探すためか周囲を見渡したのだが殿下達を見た途端、再び豹変したのだ。
 しかも、今回は乙女全開、と言うか肉食女子全開の媚び全開で殿下達に駆け寄ろうした、と言う変貌ぶり。
 あまりの変わりように、此処まで来ると呆れよりも感心してしまう。

「ロア様! こんな所で会えるなんて! やっぱり私は特別なのね!」

 駆けよろうとする不審者に騎士達が壁となり遮る。
 うん、多少顔が引きつっているけど仕方ない。
 だって未知との遭遇だものね。
 だと言うのに女の子は一切気にしてない。
 凄い、けど鈍すぎませんかね?

「どきなさいよ! ロア様と話せないじゃない!」
「初対面の人間にあいしょうで呼ばれるすじあいはないのだが?」

 思い切り嫌そうな顔で言い切るロアベーツィア様にも何のその、女の子はニッコリ笑って「もう大丈夫よ!」と言い正した。

「私なら貴方のことを分かってあげられるわ! だから、もうそんな仮面を被らなくてもいいのよ!」

 仮面とは?
 えぇ、ロアベーツィア様の嫌そうな顔は心の底からの本心のように感じるのですが?

「言っているいみがわからないな。自分は本心しか話していないが?」

 声が固い。
 恐怖からか怒りからかは分からないけど、ロアベーツィア様が相手を嫌っているのは分かる。
 気づいていないのは張本人だけだけど。
 そんな事言われると心の底から思っていなかったのか、女の子はキョトンした顔になった。
 言われた女の子はその顔のまま、周囲を見回して、何故か私を見て鬼の形相になった。
 え? 何故?
 そして、百面相ですね。――現実逃避ですが。

「あんた! ロア様が嫌がっているのに付き纏っているのね! あんたがいるからロア様は本心も出せずに苦しんでいるのよ!」
「<えー。初対面にここまで言われるってどういう事?>」

 言っている意味が分からない。
 あまりの突拍子の無さに怒りは沸かないけど、代わりに意味が分からな過ぎて対応に困る。

「<笑える程話が通じてねーな>」
「<いや、本当にね>」

 お兄様は妹の私に言いがかりをつけて来た事から女の子を睨んでいるし。
 ロアベーツィア様とヴァイディーウス様も渋い顔をしている。
 護衛の方々は殺気だってるし、カオスだ。

「<どうしよう?>」

 あまりに事態収拾が困難な状況に頭を抱えたくなった、その時。
 女の子の目が一瞬金色になった気がした。
 ん? と思いもう一度しっかり女の子を見ると、再び彼女が豹変したのだ。
 すっと憑き物が落ちたように怒りが冷めたかと思うと次の瞬間には真っ青になり、最終的にはその場に平伏した。
 あまりに淀みない流れに唖然としていると男の子も女の子の横に並ぶように平伏した。
 呆然と立っている貴族息女の前に平伏している子供の男女。
 先程までの騒動を知らない人間が見たら貴族の横暴に見えそうだ。
 
「え?」

 首を傾げると子供達は震えだす。
 なにこれ?
 これだと私が極悪貴族みたいなんですが?

「顔を上げる事を許します。――殿下方もよろしいですか?」
「ああ。構わない。口を開くことも許そう」

 私達に言われて二人は恐る恐る顔を上げる。
 顔色は未だに悪い。
 けど、先程までの非常識さは一切感じられなかった。

「さきほどまでの無礼と暴言、たいへんもうしわけございません! わたしはどうなってもかまいません! ですが、どうか家族だけは、かんだいなしょちをおねがいいたします!」
「おれたちの首でおゆるしください!」

 震える声で家族の助命を願う子供達。
 本当に先程との違いに困惑しかない。

「<あ、女の子の方【恵み子】なんだ>」
「<現実逃避すんな。現実と向き合え>」

 嫌なんですが。
 えぇ、これも女の子の策略なんですか?
 いや、でもさっきまでとはまるで別人なんですけど?
 え? 実は何か憑りついていたとか?
 ああ【呪術眼】発動させておけばよかった。
 私は思わず殿下達の方を見ると、殿下方も困惑しているようだった。
 うん、処断するには充分な罪を犯したんだけど、家族だけはって震える子供達に罪を問うのは、ねぇ?
 熟考の後ヴァイディーウス様が口を開いた。

「貴方方が心から反省しているのならば今回は罪には問いません。ですが、次はありません。いいですね?」

 ヴァイディーウス様の許しに子供二人は再び平伏した。

「貴女もいいですね?」
「殿下の御心のままに」

 大変助かります。
 後味悪すぎるもんね!
 その後子供達は神官に連れられて神殿を後にした。
 途中で振り返った二人が深々と頭を下げていくのを見る限り、あんなおかしな事をしでかすような子には思えないんだけど。

「一体なんだったのだ?」
「分かりません。が、何か憑りついていたのでしょうか?」
「【洗脳】などの可能性、か」
「それだと、この神殿内でまで効果を持続させる程の魔法という事になってしまいますけど」

 光の神殿は害意のある魔法を弾く。
 最奥の間に行きたいと意志が彼女自身の意志ではなく、他者のモノである場合、最奥の間で何をしたかったのか。
 ろくでもない事だった可能性が高くはないだろうか?
 だから神殿の魔法陣が解除し弾いたのかもしれない。
 それならばあれだけの豹変も分からなくはない。

「だとすると神殿の警備を強化するひつようがあるね」
「そうですね。悪意ある何かが神殿の最奥の間を狙っている可能性がありますから」
「陛下に進言しておく」

 きな臭い話である。
 それをお兄様とヴァイディーウス様が話してる事にちょっとだけ違和感を感じるけどね。
 こうやって外野から見ているとお兄様達も大概年齢詐欺っぽいんだよね。
 そこで私はクロイツが妙に無口な事に気づいた。
 もっと文句とか色々言いそうなのに? と思ったのだ。

「<クロイツ?>」
「<んぁ?>」
「<いや。妙に静かだなぁと?>」
「<あー。ただあの手の女には関わりたくねーなと思ってただけだ>」
「<え? あんな強烈な子にあった事あるの? しかも他に?>」
「<今はじゃねーよ。『前』だ『前』>」

 成程。
 クロイツも私と同じように『前世』であった事があるんだ。
 案外何処にでもいるもんだんだね。

「<大学の時にな。妙に絡まれたってか、その女の取り巻き化してた野郎共が面倒だったというか>」
「<へぇ。そう言えば『わたし』も絡まれたはずなんだよね>」
「<はずかよ>」
「<いや、もう顔も声も何もかも覚えていないんだけど、何か妙な集団に絡まれた事があったなぁって、あの子に言いがかり付けられた時の思い出したんだよね>」
「<あんなウザそうな奴に絡まれてんのに、それしか覚えてねーのかよ>」
「<だって短期間だったし、別に興味ないし>」

 別に『わたし』の身内を傷つけられた訳じゃないし、本当に短期間だった覚えが薄っすらとある。
 あれじゃ覚えて居ろって方が無理。

「<絡まれた事実は何となく覚えているから、それでいいじゃん>」
「<羨ましい性格だな。『おれ』にとっちゃウザがらみされて忘れられねーってのに>」
「<あら、有難う?>」

 皮肉に対して軽口を返す。
 『前』も「今」も私の性格なんてそんなものなのだ。
 薄情と言われた事もある。
 頭がおかしいと言われた事もある。
 けど、変えようとも思わないし変える気もない上、こんな(『わたし』/「私」)を受け入れてくれる人達がいる。
 そうなると有象無象に何を言われても気にもならない。
 私のそんな所を知っているからだろう。
 クロイツも口では羨ましいと言いながらも大して気にしている様子もない。
 
 全く、懐が深いと言うかなんと言うか。決して善意だけのヒトではないが、悪意のヒトでもないのだ、彼は。

 ある意味『現代人』らしい人間だったのかもしれない。
 色々な事に希薄であり流されながらも何だかんだコミュニティから離れる事なく生きていく事が出来る。
 ある種外れていた『わたし』にしてみれば羨ましいのかもしれない。
 とはいっても『悪友』や『親友』達と一緒に居る事も決して嫌いではなかったのだから、言っても仕方のない事なのだけれど。

 クロイツと話しているとお兄様達のお話も終わったのだろう。
 お兄様が私の方に歩いてきた。

「ダーリエ、大丈夫かい?」
「大丈夫ですわ、お兄様」
「良かった。ダーリエにあんな暴言をはいた人間だからどうかと思ったのだけれど、さすがに子供に重い刑罰を科すわけにはいかないらかね」
「貴族の傲慢になってしまいますものね。ですけれどお兄様? あまり歳の変わらない相手を子供呼びはなさらない方がよろしいのでは? 周囲が驚きましてよ?」
「……そういえばそうだね」

 実際此処に居る護衛の人達は慣れているのか平気だけど神官の人達が驚いているのが見える。
 私もお兄様も、勿論殿下達だってまだ子供の域なのだ。
 それを分かってくれる大人ばかりではないのだけれどね。

「たしかに。私達はまだ子供だ。なら子供らしく後は大人に任せてしまおうか?」

 ヴァイディーウス様が笑いながら言うと護衛の人達が苦笑いをする。
 きっとヴァイディーウス様の言葉が悪戯っ子のような響きだったからだろう。
 けど、私達は笑顔で頷いた。
 もう私達が神殿でする事は終わったのだ。
 後は大人の仕事である。

「さぁ、帰ろうか」

 私達は困惑する神官の方々を他所に神殿を後にするのだった。





 家に帰って来た私は部屋に戻ると直ぐにベッドに倒れ込む。
 今は行儀が悪いと言う人も居ないし、いいよね?
 自分を甘やかしつつ王都にやってきてからの事を思い返す。
 王都に来てからあっと言う間だった気がする。
 最初はお兄様に会えるって事で「楽しみ!」という感情だけだったのに。
 事件に巻き込まれるは自我が揺らぐわ。
 色々起こりすぎである。
 いや、本当に。
 お兄様と穏やか時間を過ごさせてくださいませんかねぇ! って全方位に叫びだしたくなるぐらいは忙しかった。
 私の我が儘でお兄様に負担も心配もかけてしまったし。
 落ち込む事が多すぎである。
 良かった事も無いわけでもない。
 私にとって殿下達は既に交流を断つ事に戸惑いを感じるくらいの「友人」だと気付いた事。
 学園には素晴らしい先生がいる事。
 あまり多くはないけど王都に来て良かった事も確かにあった。
 けれど、悪い事の方が圧倒的に多い気がどうしてもするのだ。
 【愛し子】には試練が課されると言われている。
 “試練”なのだと思切れれば楽なのかもしれない。
 けど声を大にして言いたい。
 此処まで波乱万丈でなくても良いのでは? と。
 そろそろ学園の休みが明けるので私も領地に帰らないといけない。
 お兄様と落ち着いてお話する時間もあまりとる事は出来ず、楽しくおしゃべりも出来なかった。
 逆に負担ばかりかけてしまった気さえする。

 私は本当に王都に来てよかったのかな? 迷惑ばかりかけているのに?

 凹む。
 考えれば考える程凹む。
 ベッドの中で不甲斐なさに唸っているとノックの音と共に「入ってもいいかい?」と言うお兄様の声が聞こえた。
 慌てて起き上がると私は服に皺がない事を確認して扉を開ける。
 お兄様はティーセットを持って立っていた。

「あまり時間も取れなかったからね。どうかな?」
「勿論構いませんわ!」

 いそいそと机の上を片付けるとお兄様がセットする。
 傍から見たら公爵家の子供がする事じゃないと思う。
 けれど、側仕えの仕事を奪わない程度には私達は自分の事は自分で出来る。
 そう出来るようにお母様に教えて頂いている。
 
 お母様もお父様を休ませるためにお茶などを自分で入れるしね。

 お茶会というのうは不十分だけど、お兄様とお喋りするためにはこれで充分。
 お兄様とこんなゆったりとした時間が取れる事自体が嬉しい。
 クロイツには「ニコニコ通り過ぎてニヤニヤしてるぞ?」と突っ込まれた。
 余計なお世話である。
 だって、家だから貴族の仮面は要らないのだから。
 どんな顔をしてようと問題はないのである。
 私は容赦なくクロイツの額にデコピンする。
 痛がって文句を言ってくるクロイツと軽口を叩いているとお兄様が「元気そうだね」と言い出した。

「王都に来てから色々あったからね。少し心配だったんだ。けど元気みたいで安心したよ」

 安堵した様子のお兄様に先程の懸念が脳裏をよぎる。
 やっぱり私は王都に来なかった方が良かったのでは?
 それが顔に出てしまっていたのだろう。
 お兄様に心配され、最初は誤魔化していたのだが「なんでも話してほしい」と言われてしまい。
 私は結局心の内を話してしまった。
 話し終えて俯ていると額に温かいモノを感じた。
 顔を上げるとクロイツが私の額を肉球で押していたのだ。

「オマエさ。ほんと身内の事になるとネガティブだよな? 他の奴には何いわれてもへーきなくせによ」
「私が怖いのは身内に嫌われる事だけだし」
「言い切るな。言い切るな。それはそれでどーよ?」
「私の事を欠片も知らない人に何を言われても……違うかな? たとえ私という人間を知っていたとしても心の内に居ない人に嫌われても、罵倒されても響かない。だってその人の考えている事も気持ちも私にはどうでも良い事だから。そんな言葉覚えているだけ無駄でしょ? そんな人達に気を掛けるぐらいなら私はその分身内のために使いたい」
「割り切りが良すぎて、ある意味すげーよな、オマエ」

 クロイツが苦笑している。
 『前』の時から根本的な性格は変わっていない。
 だから『前』の時は周囲に色々言われた。
 罵倒も嘲笑も憐れみも色々。
 けど、性格は変えられないし、変える気も無かった。
 変わっている『わたし』を友と言ってくれる人達が居たから。
 ……それは「今」もだけど。
 変える必要性も欠片も感じず、『わたし』は多分死ぬまで変わらなかった。

「ダーリエ」
「はい、お兄様」

 お兄様の方を見ると此方を見て微笑んでいたが、何処か悲しそうにも見えた。

「僕はダーリエが来てくれて嬉しいよ。それに事件に関して言えば僕こそダーリエに謝りたいぐらいなんだ」
「え?! お兄様に謝って頂くことなどありませんよ!」
「ううん。僕はまたダーリエを護れなかった。あれから成長出来ていると思っていたけど、まだ全然努力が足りないことに気づいたよ。僕は兄なのにね」

 今度こそはっきり分かる程、寂しそうなお兄様に私は駆け寄り抱き着く。
 こんな表情をして欲しかったわけじゃない。
 ただお兄様に笑って欲しいのに。
 どうして上手くいかないんだろう?

「お兄様には沢山護って頂いています。私こそ置いて行かれない様に必死なのに。そんな悲しい事を言わないで下さい」
「おや? 僕の目標もダーリエなんだけどね? ふふ。じゃあ仕方ないから一緒に頑張っていこうか。兄として今度こそ可愛い妹を護りたいからね」
「私もお兄様を護ります。あんな風に倒れた御姿はもう見たくありません」
「うん。僕も妹が目の前で攫われる姿なんてもう見たくない。だから一緒に頑張っていこう?」
「はい」

 お兄様の顔から憂いが晴れる。
 その笑顔だけで十分だ。
 お兄様が笑って下さっていれば私も嬉しいのだから。

「ダーリエ。ダーリエが領地に帰るまで、こうやって話をする時間を僕にくれないか?」
「え? 私は構いませんけど、お兄様はお忙しいのでは?」
「やらなければいけないことは終わっているんだ。だから少しくらい妹と一緒にいたいじゃないか」

 気を使ってくれているのかもしれない。
 けど、とても嬉しい。
 知らず笑みがこぼれる。

「はい! 私もお兄様とお話したいです!」

 嬉しくて笑っている後ろでクロイツが「だから、オマエ等は恋人かって」と突っ込んでいたけれど、聞こえません。
 
 私が領地に帰るまで特に大きな問題は無かった。
 時折お茶会に殿下達が参加したぐらいで。
 ちょっと前まであった騒動が嘘みたいな穏やかな時間を過ごす事が出来た。
 最初からこれならなぁと少しだけ悲しくなったけど、終わり良ければ総て良しって事にしておこう。
 私が学園に入るまで後ちょっと。
 もう騒動がなければ良いなぁと思う。
 どうせ学園は穏やかに過ごせないのだから、せめて学園に入るまでは穏やかな日々を過ごしたいもんである。
 それくらい許して下さっても良くありませんか、神様?




「うーん。帰ってくるのか」

 お父様が手紙を見て苦笑している。
 嬉しそうだけど、違う感情もチラホラ?
 
「まぁ、大丈夫かな?」

 何とも言えないまま手紙をしまいお父様は書類を手にした。

 
 神様? もう少し手加減してくれませんか?

 どうやら私の平穏な日々は長くは続かなさそうです。



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