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星瞬く空の下で

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 二人の里帰り? ……いえ、どう考えても決して里帰りとは言えない獣人二人の故郷訪問は様々な疑問を残しつつ一応終わった。
 隠し部屋の中身に関しては一時的に私が預かり【巡り人の休憩所】に運んだ。
 と、言うよりも最初は私も其処までするつもりは無かったのだ。
 最初の予定では開いた私の空間にある程度分けて入れておくつもりだった。
 それをどう考えたのか二人は開いた私の空間に無造作に放り込むものだから、これではまずいという事になったのだ。
 結局私は二人を叱りつけ、先生二人に懇願して、一人にしてもらってクロイツと一緒に頑張って運ぶ事になってしまった。
 クロイツに大きくなってもらい、袋や箱ごと縛りつけて、中に運んでは外に出て縛って運んで……繰り返す事幾度か。
 終わった後にはクロイツと共にげっそりしていたに違い無い。
 これだけの量の目録を後日作らないといけないの? と考えると今から嫌気がさすのだが、このまま放置も出来ない。
 ルビーンとザフィーア自体は全くもって気にしないかもしれないが、私は気になる。
 幾ら本人が良いと言っていても人様の物、しかも他者が頂いた贈り物や遺産を横取りするのは嫌だ。
 と、いう訳で時間を空けてさっさと目録を作って二人には突き付けるつもりである。
 
 ん? むしろ目の前で目録を作成すべき? その方が確実だもんね。別にちょろまかすつもりは一切ないし、二人は絶対に気にしないけど、少しでも疑われるのは嫌だし。あー結局纏まった時間を作るしかないのかぁ。

 既にげんなりしてくる。
 クロイツの目も死んでた。
 けど、文句も言わずに手伝ってくれたので感謝である。
 それにしても隠し部屋には沢山の物が収められていた。
 あれらを愛情と取るか、単なる使える物と取るかは受け取った人達次第だが、第三者として、気になる事がある。
 失礼ながら、集落自体はそこまで規模は大きくない。
 その割には隠し部屋に置いてあった財産は膨大だった気がするのだ。
 一体あれ程の鉱物や素材をどうやって入手したのだろうか?
 最悪代々受け継いでいた物の可能性があるのではないだろか?
 そうならば余計私が持ち主となるのは問題があるのだ。
 その場合持ち主以外が持っていたら何が起こるか分からないのだから。
 魔法や呪術があるこの世界だ。
 血によりのみ受け継ぐモノが存在しないとは限らない。
 今は預かっていると公言しているから問題ないのかもしれない。
 けど、ルビーン達が完全に放棄していると明言している以上、何時私が横取りした持ち主だと認定されるか分からない。
 その気が無いのに、そんな判断された日には頭を抱えるだけではすまない。
 と、そんな最悪の状況を考えるとせめてそういった物が存在するかだけは調べておかねばならない。
 本当に、自分達が要らないからと言って丸投げしてきた二人にはもはや溜息も出ない。
 
 せめて、もう少し幼少期の記憶、出来れば隠し部屋の記憶を持って入ればよかったのだけれど。

 まぁ、あの二人にそこまで求めても仕方ないだろう。
 あの隠し部屋はかなり不思議な場所だったので少しばかり残念ではあるのだけれど。
 後、私はあの地味に偉そうな口調の箱、金庫っぽい魔道具の事が気になっている。
 特定の条件を持った存在にだけ開ける事の出来る扉は普通にある。
 ……意思を持つ魔道具も存在はしていると思う。
 …………けど、条件を選別した上で、選定し時に弾き、時に受け入れる魔道具を普通と言っていいものだろうか?
 あれからは神力を感じなかった。
 つまりは神から授けられた物ではないという事になる……と思う。
 分類としてはきっと、魔道具と言えるのだが。
 調べる事が出来ない以上、それ以外の事は分からないのである。

 壁に完全に埋まってなければなぁ。持ち出して調べるんだけど。先生も興味津々だったし。

 完全にマッドな御方になっていた先生が脳裏に浮かんで苦笑する。
 あの隠し部屋自体に魔法がかかっていたのもあって勝手に掘り出し持っていくのは気が引ける、というよりも無謀な行為にほかならない。
 建物倒壊の可能性もあって諦めたのだ。
 あの時は先生と一緒に悲嘆の声を上げてしまったぐらいは名残惜しいのだが。
 
「まぁ、これだけでも充分貴重なんだけどね」

 手元にある資料に視線を落とす。
 獣人の生態他を獣人の視点から書かれた資料。
 流し見程度だが、それだけでも貴重な物である事は分かる。
 視点の違い、だけではないのだ。
 読めばすぐに分かった。
 獣人は人族よりもこの【世界】に詳しいのだと。
 資料にはこう書かれていた。
 この世界は種族の違いによる争いをとても嫌っていた。
 それこそ過剰と言える程に。
 そのために【従属契約】が生まれたのだと。
 身体的に人族に勝る獣人族が一方的に人族を蹂躙しないために。
 運命とも言える【主】と会ってみないと分からない以上、必要以上に人を殺す事は出来ないだろう。
 自分の主ではなくとも誰かの主である以上、正当と言える攻撃以外を戸惑うと言うのだ。
 実際【主】がらみ以外で獣人族による一方的な殲滅の話は殆ど聞いた事が無い。

 中にはルビーン達みたいなヒト達もいるから絶対ではないんだろうけどねぇ。少なくともあの二人は自分達の快楽が優先されていたし、そのためにギリギリのスリルを得る殺し合いを好んでいた。結果として今まで生き残っている以上、相手の人は死んでいる訳だしねぇ。

 とはいえ、本能にまで植え付けられた枷は決して外す事は出来ない。
 だからこそルビーン達のような獣人でさえ【主】に対してある種の絶対服従の状態なのだろう。
 はっきり言って荒唐無稽な話だと思わなくもない。
 が、この世界は神々の神威を直に感じる事の出来る世界だ。
 少なくとも『前』の世界よりは有り得る話なのだろう。
 だが、資料を信じるからこそ疑問が出る。
 獣人族は人族に対して枷が存在する。
 では逆は?
 人族とて数の優勢により獣人族を圧倒する事が出来る。
 実際人によって此処にある一つの集落は放棄するまで追い詰められたのだ。
 種族間の争いを世界が厭うと言うならば、人族から獣人族に対する枷も存在しなければいけないのではないだろうか?

「それともこの関係は相互じゃない?」

 人族と獣人族間で行われる相互関係ではなく、そこに他種族も交えた力関係の可能性は無いだろうか?
 たとえば五行における相生・相克のような関係が。

「けど、エルフ族は存在が未確認となると……ドワーフと?」

 言っておいてなんだが違和感を酷く感じる。
 ドワーフとは権力に一切興味が無く、火の眷属神を崇め、鍛冶を含めた“モノを作る”事にしか意欲を表さない種族だと聞いている。
 人族も獣人族も圧倒する力を持ちながらもそれを一切他種族に行使せず、攻め入られた場合にのみ防衛するらしいが、そういった事も既に文献でしか残っていない。
 しかも文献に残っている話は壮絶としか言いようがない。
 遥か昔ドワーフを従えようと攻め入った国が存在した。
 だが、軍事国家とも言える頑強な国の圧倒的な軍事力すらドワーフには敵わず、最初に送り込んだ軍は壊滅した。
 その後、何度か侵略しようと軍を送るが全て壊滅か退却を余儀なくされ、国力は低下。
 結果としてその国は大国であったのに、周辺の小国に攻め落とされた。
 その後、後始末の一環として和平の使者を送った所、ドワーフ達は降りかかる火の粉を払う以外の意味は無く、あっさりと大国の愚行を流し、貿易を再開した。
 その侵略戦争に置いてドワーフ側の死者はゼロ。
 逆に大国は屍で草原が埋め尽くされたらしい、何ていう血腥い逸話も残っている。
 “ドワーフに手を出すべからず”
 今でも国の上層部には戒めのために大国の惨劇を記した文献が残っていると言われている。

 軍事国家は自業自得だけど、実際の所ドワーフの恐ろしさは充分に分かるよね。そして他種族への無関心さも。

 此処までくると人族や獣人族を個として認識できるのかどうかも怪しい所だ。
 それほど、この世界ではドワーフという存在は個で確立されている。
 そんな種族に枷が存在する?

「失伝していたとしても考えられないわね」
「何をぶつぶつ言ってんだ?」
「クロイツ?」

 いつの間にか影から出て来てたのかクロイツが私の肩に乗っていた。

「さっきはありがとね」
「あれのことを知ってんのはオレ等しかいねーしな。まーしゃーねーかと思ったんだよ。にしてもとんでもねー量だったな」
「あ、はは。本当にね。後で目録を作らないといけないのが今から憂鬱になるよねぇ」
「もしかして犬っコロ共、そこら辺が面倒で放棄したんじゃね?」
「まさかねぇ」

 手元にある程度の財産があるにこした事は無い……よね?
 親の情云々は置いておくとしても自由に出来る財産を整理が面倒だから放棄するとか。
 
「有り得そうな所が何とも言えない」

 あの二人ならやりかねない。

「って、言っても。魔道具の中には血によって受け継がれる物もあるかもしれないから、確認だけはしないといけないし、ちゃんと引き継いでもらわないと困るんだけどねぇ」
「そーいう面倒なもんだけは受け取るかもしんねーけど、残りは丸投げされる可能性高くね?」
「勘弁してよ」

 ないと言えない事が一番困る。
 人目をはばかる事無く頭を抱えたくなった。

「まー、面倒はともかくとして、何、ぶつぶつ言ってたんだ? それ資料だろ? 別に今読む必要なくね?」

 どうせまだ数日旅しなきゃなんねーんだし、と言ったクロイツに苦笑する。
 此度の里帰りだが、思わぬ出来事により他の場所にも行く事になったのだ。
 どうやらこの集落はとある神殿を護り相応しい者を案内する者達の住まう地でもあったらしく、神殿への行き方が残されていた。
 土の神殿。
 多分土の聖獣様の聖域が存在する神殿の事だろう。
 その場所に何故かシュティン先生が反応したのだ。
 私はまだ時間に余裕のある身だし、一番忙しい先生方が乗り気という事であっという間にお父様に連絡を取り、私達は神殿へ向かう事になった。
 先生は錬金術師であって考古学者ではないはずなんだけどね?
 疑問を素直にぶつけると、どうやら最近になって神々や聖獣様に関して興味を持ち色々研究していたと返答をもらった。
 と、いう訳で私達は今その神殿に向かう道中であり、野宿中である。
 だから、確かにクロイツに言われた通り、貴重な資料だし、誰かに譲る訳でもないから、こんな所で急いで読む必要ない。
 けどまぁ、好奇心は人並み以上の錬金術師の端くれとしては衝動には勝てない訳で。
 読み込む事は流石に出来ないけど、さっと目を通す事ぐらいはできるかなぁと……いやまぁつまり欲望に負けました。

「いやまぁ。面白くて」
「オマエなー。意外でも何でもねーが、もうちょい我慢しろよ」
「損傷しないようには気を付けているから」
「そーいうこっちゃないんだがな」

 呆れられてもどうしようも無いです。
 だって気になるし。

「あ、そういえば獣人で面白い特性が書いてあったんだよね」

 明らかに無理のある話題転換にクロイツは半目だったけど、文句は出なかった。

「なんでも獣人は皆【人化】って言って人に化ける事ができるんだって」
「へー。んじゃそこら辺に獣人がいる可能性はあんのか」
「多分ね。【人化】にどれだけの魔力が必要かによって時間制限はありそうだけど。後、【主】を持った獣人は逆に【獣化】も出来るだってさ」
「【獣化】? つまりあの犬っコロがまじもんの犬になるって事か?」
「いや一応狼だからね? と、そんな所かな? 主を持った事で本能で制御されていた力が解放されるって書いてある所、【人化】よりも【獣化】の方が大変みたいだね」
「そういうもんかねー。……へー。【人化】と【獣化】ねー」

 考えてみれば分かる気もするけど。
 獣人が獣の部分を隠すだけの【人化】と全身全てを変換させる【獣化】では魔力的にも身体的にも負担は段違いだろう。
 私達だって髪色とか瞳の色だけ変えるのと別人に変化させるのでは使用魔力の量が大幅に違うし。
 ただ本能で制御されていた力って所がいまいち分からないけど。
 単純に魔力量が増えたりするのだろうか?
 その割には二人が魔力のコントロールに苦心している様子は見られないけど。
 あ、そういえば、魔力と言えば……。

「そういえばさ、クロイツ。最近魔力を大きく消費してるよね? 何してんの?」
「んぁ? そんなことまで分かんのかよ」
「まぁ一応【契約】してるからね。ただアンタの場合、前までは『省エネ』でもしてるの? って感じで魔力も消費してなかったのに、ここ最近は大量に消費してるみたいだから。流石に気づいたって訳」
「あー。なるほど」
「別に良いんだけどさ。何? 新しい【スキル】でも習得したの?」

 クロイツ……フェルシュルグはスキルを習得しやすい体質だと思う。
 もしかしたら私の持つ【精霊眼】なども容易に習得できるかもしれない。
 前に「試してみる?」って聞いたら「めんどくせーからパス」なんて言われたんだけどね。
 私は首を傾げてクロイツを見たが、彼は何とも微妙な顔になっていた。
 別に無理に聞くはないんだけど、何? その顔。

「そんなところだ」
「ふーん? まぁ、あんまり無茶はしないように」
「へーへー」

 ならその変な顔はやめたら? と言おうと思ったけど言わなかった。
 言いたくなったら言うだろうし、別に強制する事はないと思ったから。
 だから、代わりに聞き流しているクロイツの額を弾いてやると再び半目になって抗議してくる。
 そんなクロイツと軽口を叩きつつ、空を見上げると星が綺麗に輝いていた。

 その内、何の【スキル】が聞いてみようかな?


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