上 下
253 / 288

砂嵐と守護者

しおりを挟む




 森を抜けた先は切り立った岩壁に囲まれた岩場とも言える場所だった。
 まるで線が引かれたようにある場所から景色が一変しているのが何処までも異質だった。
 そこが境界線なのだろうけど、明らかに不自然な風景に足を止めてしまう。
 けど、それは私だけだったのか、誰も気にした様子も無く、境界線の前まで歩いていってしまった。

「<え?! 不自然過ぎませんか!? これ下手すると罠では?!>」
「<慌てる気持ちも不気味に思う気持ちも分かるがな! 罠って誰のだよ!>」
「<あっ! そうだよね。神殿に来る人に対して罠を仕掛ける必要なんてないよね。……誰って、土の聖獣様とか?>」
「<ないだろ……無いよな?>」
「<断言して! そして、私が知りたい!>」

 念話で喧しい私達を他所に先生方は境界線を調べていた。
 怪しいとは思っていないだろうに、何をしているのかな? と思ったけど、考えてみれば水の神殿に行くためには儀式が必要だった訳だし、神殿へは簡単に行けないのが普通なのだろう。
 そのために安全に進む方法を調べている、なんて所なんじゃないかな。
 私としては此処って本当に土の神殿への道なんだろうか? と疑問が先に浮かぶわけだが。
 水の神殿が水中にあったのは実に分かりやすかった。
 けど、光闇の神殿に関しては、どうしてあそこに? と疑問に思うような場所にあるし。
 その神殿が冠する場に相応しい場所にあるとは限らないとはいえ、そういった場所にあるのではないかと思ってしまうのだ。
 そういった考えからすると岩場としか言いようのない場所に土の神殿は合うような合わないような?
 
「<まぁこの先に土の神殿があるにしろ、無いにしろ、明らかに結界のようなモノがあって境界線がしっかり引かれている事は確かなんだけどね>」
「<水の神殿のことを考えりゃ土の神殿がこの先にあって、ここを通るのにも何か必要なんじゃね?>」
「<だと、思うんだけどねぇ>」

 集落跡に残された資料には確かに“土の神殿”と書かれていたし、今の所書かれた行き方は間違っていなかった。
 だから間違った資料では無いと思う。
 けど、あの集落に残されていた土の神殿への行き方の中には帝国で行ったような儀式は記されていなかった。
 単純に存在しないのか、それともあえて記さなかったのか。
 これまでが正確に記してあったからこそ、不穏な印象は拭えない。
 
「<もし、業と書かなかったとしたら? ……獣人達にとって土の聖獣様が大切があるために方法を秘匿した?>」
「<だとしたら、人間はそーとー恨まれてるな>」
「<そうなるよね>」

 ルビーンとザフィーアを見ていると土の眷属神を信仰しているようには見えない。
 けど、二人は例外に分類して良い事は分かっている。
 幼い頃に攫われた裏組織で育ったという事実を考えなくても性格的に神々を信仰するような性格ではないからだ。
 生きていく中で性格は構築されるものだが、二人の生きて来た道を考えれば故郷を縁にしてもおかしくはない。
 なのに、二人は故郷を一切懐かしむ事はないし、家族の生死すら他所事と考えている節がある。
 つまり二人にとって故郷は縁とはならなかった。
 良く言えば現実的、悪く言えば薄情なのだろう。
 そんな二人が神々を縁として信仰するとは思えない。
 けど、だからと言って二人を獣人の基準と考えるのはあんまりだろう。

「<二人の場合、双子か年子かは分からないけど、お互いさえいれば良いという意思も感じるけどねぇ>」
「<あー。けど今はオマエが優先順位一番だろ。どー考えても>」
「<いやまぁ、多分ね? けど、そこだけ獣人の性に従われてもねぇ>」

 いや、そんな二人でも従ってしまう程【枷】は強固という事かもしれないけど。
 私は境界線のギリギリで向こう側の岩場を眺めているルビーンとザフィーアを見やる。
 二人は時折調べている先生方を見て笑っているが、からかいに行く事はなく、何故か殆ど向こう側を見ていた。

「<いえ、見てる……というよりも警戒している?>」
「<警戒? あの犬っコロ共が?>」
「<ように見えるんだけど、気のせい?>」

 少しだけ纏う空気がピリッとしている気がするのだ。
 もしかして二人には違う光景が見えている?
 私は正面に向き直ると改めて向こう側である岩場を見つめる。
 じっくり見てもある場所で線を引いたように草花が途切れている。
 その向こう側は岩肌が剥き出しになっていて、草木が一切ない。
 ゴツゴツとした岩がただ転がっているだけの荒野とも言える場所。
 生き物の気配も無く、何処か作り物染みた印象を受ける。
 本当に向こう側は【視たまま】の光景なんだろうか?
 …………いや、違う。

「人によって作られた道?」
「リーノ?」

 驚きによって思わず声が零れ出る。
 不思議そうなクロイツに答える余裕が無かった。
 目を凝らし、暫く見ていると、景色が歪んだのだ。
 驚きから眼を逸らしそうになる心を宥めつつ見ていると歪みは大きくなり、遂には弾けた。
 弾けた粒子が粉雪のように消えていき、現れた向こう側には明らかに人の手によって作られた道が存在していた。
 境界線は消え失せていた。
 岩場なのは変わらない。
 けど、草木が存在し、生き物の気配も又あるためか、違和感が完全に消えていた。
 先程の絵のような光景が消え、現実の光景が現れる。
 まるで幻に騙されたのかようだった。
 そこでよくやく私は詰めていた息を吐くと指を差し、クロイツに問いかける。

「クロイツ。私が指さした先の景色をじっと見ていると景色が変わらない?」
「んー? いや、かわらねーわ。見てると渦巻いたみてーに歪みはみえっけど、景色が変わったりはしねーな。……うぇ、気持ちわり」
「え? 大丈夫?」
「あー。へーきだ。ただ本当に渦巻みてーなのをずっと見てるって感じになってるから酔う」
「それは、確かに酔いそう」

 私でも、それは酔う。
 私は先生方に近づくと変化があるのだと言って先程と同じ位置まで下がり、クロイツと同じ問いかけをした。
 だが、私以外はみな光景が変わらなかったのだ。
 クロイツのように歪みすら見えないらしい。

「ワタクシの目が可笑しいのかしら?」
「でもキース嬢ちゃんって“眼”に関する【スキル】を習得しやすい体質なんだろ? なら元々【視る】ことに長けてるんじゃないか?」
「ですが、今回は特にスキルなどを習得した様子も御座いませんし」

 ちょっと【精霊眼】の事が頭をよぎったが、シュティン先生に首を横に振られた。
 どうやらいつの間にか先生も試していたらしい。
 さて、どうしようかと思った、その時、向こう側を警戒していたルビーンとザフィーアが先生方を見てニヤニヤと笑っていたのが見えた。
 先生方を小馬鹿にした笑みに首を傾げる。

「ルビーン? ザフィーア?」
「【主】。そいつらは資格がないから見えねぇだけダ」
「資格?」
「あア。過去の獣人が張った結界であり、人族単独じゃ絶対に入れネェ。そんな結界が張ってあル。この境界線は分かりやすい標って所ダ」
「……本当に人族は獣人族に嫌われていますのね」

 頭が痛い。
 過去の、という事は現在の話ではない。
 遥か昔においても人族は獣人族を虐げ、獣人族は自分達の信仰する眷属神、ひいては聖獣様と聖域を護ろうとした。
 その証が目の前にあるのだ。
 【枷】などあっても争いは無くならない。
 それが証明されたようなものだった。

「一部にはナ。マァ、【主】を求める本能は制御できねぇシ、嫌ったとしても本気でどうにか出来るわけじゃねぇんだろうけどナァ」

 人族は獣人族に【枷】をかける事が出来る。
 だが獣人族は人族に【枷】をかける事は出来ない。
 遥か昔には存在していたかもしれないが、少なくとも現在においては失伝している。
 これが世界が創ったシステムなのだとしたら、エラーが起きているとしか思えない。

「ここを無条件に抜けることが出来るのは獣人と【主】だけダ。その猫野郎が歪んでみえんのは使い魔だからだろぉゼ?」
「猫じゃねーんだよ。言うじゃねーか、犬っコロ」

 ルビーンとクロイツが何時もの言い合いをしている横で私は妙にルビーンが詳しいな、と思った。
 故郷の事も家の事も忘れていたのに。
 隠し部屋の事すら忘れていたのだ。
 だというのに、どうして此処の事だけこんなに詳しいのだろうか?
 疑問のままにルビーンを見ているとザフィーアが溜息をつき近づいてきた。

「我、話ス、苦手。代わリ」
「ああ、成程」

 ザフィーアの事ならば、言葉にしていない部分まで通じ合っているルビーンの事だ。
 言葉少なな状態でも十全に受け取って、私達に説明してくれたのだろう。
 皮肉交じりなのは、彼の癖なのでどうしようもない、と諦めている。
 性格で言えばザフィーアも同類な訳だし、案外そのまま話している可能性もあるが。

「ザフィーア、ありがとう。……此処を皆で通れるようにして欲しいのだけれど、出来るのかしら?」
「出来ル」
「ならお願いしますわ」
「御意」

 一礼したザフィーアはまだ言い合っているルビーンの頭を思い切り叩くと、境界線を指さした。
 ルビーンは当然文句を言っていたが、ザフィーアが何をしたいのか分かったらしく、顔を顰めた。
 だが、私の方を見ると全てを納得したのか、何時もの皮肉気な笑みを浮かべて境界線ギリギリに向かった。
 二人は境界線ギリギリに立つと指を二本立て前に突き出した。
 まるで透明な壁を指さすような仕草をした後、小さく何かを呟きだす。
 此処からだと何を言っているかは聞こえない。
 けど、声に連動するように変化が始まった事により結界に干渉しているのだと分かった。
 私が見たように、クロイツが見たように中空が渦巻くように歪んでいく。
 その歪みは段々大きくなり、最後には弾け飛んだ。
 その際、結界の欠片とも言える魔力の欠片は光の粒子が宙に消えていった。
 まるで通り抜けるように許可を得るという形ではなく、無理矢理通るために結界を完全に壊したようだと思った。
 もしかして、力業しか知らなかったのだろうか?
 過去の獣人にとってとても大切だったモノを私達の我が儘であっさりと壊して良かったのだろうか?
 私は一瞬だけ二人に頼んだ事を後悔したが、神殿に行くという目的があるのだ。
 私は過去の獣人達に対して目を瞑ると黙祷する。
 自己満足でしかない。
 だが、やらずにはいられなかった。
 その間にも結界は完全に消滅し、私の見た景色が広がっていった。
 現れた先程とは全く違う光景に先生方も含めた見えなかった人達が驚く中、ルビーンとザフィーアは振り返るとニヤと何時もの皮肉気な笑みを浮かべる。

「サァ、さっさと行こうゼェ。土の神殿とやらにナァ」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:45,654pt お気に入り:17,478

田舎で師匠にボコされ続けた結果、気づいたら世界最強になっていました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,563pt お気に入り:582

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:61,455pt お気に入り:3,689

トラブルに愛された夫婦!三時間で三度死ぬところやったそうです!

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:1,640pt お気に入り:34

処理中です...