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第四章
風の前触れ
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夏休みはあっという間に終わってしまった。
それなりの量があった宿題も、切羽詰まった人間のパワーで何とか乗り越えた。しかし、夏理がいなければ終わらなかったに違いない。
発情期もちょうど夏休みに来て、非常にタイミングが良かった。
始業式前の騒がしい教室では皆がまだ夏の余韻を引きずっている。
「おい理人…焼けすぎだろ」
「ワイルドになっただろ」
沖縄の別荘でだいぶ遊びすぎたらしい理人は何故か誇らしげだった。寮でも会っていたので知っていたが、やっぱり焼けている。歯がやけに白く見えた。
チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。その担任の後ろに、見慣れない男がくっついてきているのをクラスメイトが確認すると、教室がにわかに騒がしくなった。
制服を着たその男はやや釣り目で、艶々としたきれいな黒髪をハーフアップにしていた。一見すると、取っ付きにくそうな見た目だが、微笑を浮かべており人の良さを感じさせた。
「皆さんお静かに。アメリカに留学されていた高くんが今日から復学されます」
昨年Cクラスにいた真加は知らなかったが、Dクラスには留学していた者がいるらしい。そういえば40人定員なのに一人欠けていた。
真加はそれをハルだと勘違いしていたのだが、この男だったらしい。全く覚えがないので、高等部から入学したのだろう。
「高 千里(こう せんり)です。知らない人もおるやろうけど…よろしく」
何だかミステリアスな雰囲気のある青年だった。
「高くんも久しぶりの学校ですからね…今日の日直は……笠間くんですか?」
「はい?」
スーツを身にまとったいつでも温和な担任が出席簿を開きながら真加を名指しした。
真加は完全に油断していたので気の抜けた返事をする。
「後で校舎を軽く案内してあげてください。移動教室と食堂だけでも」
「あっはい」
そういうのって学級代表の仕事じゃないのか。真加は心の中で思ったが、担任が善意で言っていることがわかるので大人しく請け負うことにした。
始業式はすぐに終わった。午後からは悲しいことに早速授業である。
昼休みに案内をしようと人に取り囲まれている高に話かけた。
「高、さっき先生が言ってたやつだけど、今行ける?」
「ええよ」
ちらりと見た高の爪は黒く塗られていた。赤い紐のような耳飾りをしていて、中国系のルーツがあるのかもしれない。
教室を出て並んで歩くと、少しばかり高の方が背が高いようだった。
「せっかくだから食堂でご飯食べる?さっきの子たちと約束してるなら別にいいけど」
「ううん。してへん。笠間くんが大丈夫やったら行きたい
「わかった」
まあ大体の場所は覚えているだろうと思いつつ、やけに広くて豪勢な校舎なのでところどころ立ち止まりながら案内する。
「留学ってどれくらい行ってたの?」
「一年くらいやな」
寮生活の真加が言うことでもないが、こんな時期に親元を離れて海の向こうに一年も行けることがすごい。
「アメリカのどこ?」
「ニューヨーク。親戚がおるねん」
なるほど。ニューヨークに親戚がいるほどの金持ちだったのか。無用な心配だったらしい。
食堂に着くと、いつもよりかなり活気と熱気があった。
「げっ。今日王子いるかも」
王子がいると取り巻きと一目見ておきたいと言う人で食堂が混む。流石に席は空いているだろうが、探すのが大変かもしれない。
「王子……?ああ、そういえばそんなんおったなあ」
高は一年の留学生活でこの学園に王子がいることをすっかり忘れてしまったらしい。
「あんまり大声で言わない方がいいよ。誰聞いてるかわからないし」
「マジで?気いつけるわ」
人混みがすごいので王子の姿は確認できなかったが、なんとか席を確保出来たので、2人で今日のランチを食べる。
「出身が関西なのか?」
「そうそう。中学までな。生まれはシンガポールやで」
「えっシンガポール!?」
思わず大きな声が出た。
「笠間くん、ここじゃそんなん珍しくないやろ?」
「俺にとってはすごいの!悪かったな。めちゃくちゃ国際的じゃん」
あまりよくわからなかったが、シンガポールの中華系金持ちのお家らしい。真加からは想像も出来ない世界だった。
「まあボクは分家やしそんな大したことないで。ベータやしな」
「……あんまりここでそういうこと言うなよ」
学園ではお互いの性には触れないことが美徳だった。
「別に笠間くんはそんな気にする人ちゃうやろ?」
「俺はまあそうだけど。だからって自分のことは言わないよ」
「そんなんええって。別にそっちも教えて欲しいとかじゃなくて、笠間くんならええかなーって思っただけやし」
高が真加のどこに良さを見出したのかはよくわからないが、こざっぱりして駆け引きがないところは真加もいいと思った。
「なんか高って頭も良さそうだな。なんでDクラスなの?」
素朴な疑問だった。頭も切れそうだし、何でもそつなくこなしてしまいそうに見えた。
「一年の時はBクラスやってんけどすぐ留学してもうたからDになってん。勉強頑張って来年にはAに入らなあかんわ。あっ向こうで勉強してへんわけちゃうからな」
「A?」
今からAクラスを目指すならテストで相当いい結果を出さなければ難しい。
「そ、ボクが関西から来てここに入ったんも、人脈作りのためやから」
基本的にこの学園の成績の優秀さと家柄の良さは比例している。だからよりいい出会いを求めて上のクラスを目指すのはおかしいことじゃない。
この学園に入って結果的に社会に出てもいいお付き合いのある友人が出来るのではなく、人脈のためにここに来ているのか。自分とは本当に見えている世界が違う。真加は思った。
「ふーん……なんか大変だね」
真加はそうとしか言えなかった。じゃあ自分はいいのか?という思いが少し頭をよぎった。
自分も似たような立場のはずなのに、まだ子供だからいいんだと勝手に決めつけていた。
昼食を済ませ、教室に帰る道中、高が口を開いた。
「そういえばさっき王子おったなあ」
「本当?あんなに人がいてよく見つけたな」
あの人混みの中でも王子は背が高くて目立つため見つけられたのだろうか。
高はうーん、と考え込むように歩く。
「なんかー、人?探してたんかな?キョロキョロしてはったわ」
一ミリだけ、自分のことかと思ったがすぐにそんなわけないなと思い直した。
あの日自分を心配してくれた人間が、よりにもよって王子だなんて、心が落ち着かない気持ちでいっぱいで、少し気になってしまったのだ。
「ふーん。Sクラスの友達でも探してたのかもな」
真加は言ってみたものの、王子が人を探すのは何となく想像できなかった。
それなりの量があった宿題も、切羽詰まった人間のパワーで何とか乗り越えた。しかし、夏理がいなければ終わらなかったに違いない。
発情期もちょうど夏休みに来て、非常にタイミングが良かった。
始業式前の騒がしい教室では皆がまだ夏の余韻を引きずっている。
「おい理人…焼けすぎだろ」
「ワイルドになっただろ」
沖縄の別荘でだいぶ遊びすぎたらしい理人は何故か誇らしげだった。寮でも会っていたので知っていたが、やっぱり焼けている。歯がやけに白く見えた。
チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。その担任の後ろに、見慣れない男がくっついてきているのをクラスメイトが確認すると、教室がにわかに騒がしくなった。
制服を着たその男はやや釣り目で、艶々としたきれいな黒髪をハーフアップにしていた。一見すると、取っ付きにくそうな見た目だが、微笑を浮かべており人の良さを感じさせた。
「皆さんお静かに。アメリカに留学されていた高くんが今日から復学されます」
昨年Cクラスにいた真加は知らなかったが、Dクラスには留学していた者がいるらしい。そういえば40人定員なのに一人欠けていた。
真加はそれをハルだと勘違いしていたのだが、この男だったらしい。全く覚えがないので、高等部から入学したのだろう。
「高 千里(こう せんり)です。知らない人もおるやろうけど…よろしく」
何だかミステリアスな雰囲気のある青年だった。
「高くんも久しぶりの学校ですからね…今日の日直は……笠間くんですか?」
「はい?」
スーツを身にまとったいつでも温和な担任が出席簿を開きながら真加を名指しした。
真加は完全に油断していたので気の抜けた返事をする。
「後で校舎を軽く案内してあげてください。移動教室と食堂だけでも」
「あっはい」
そういうのって学級代表の仕事じゃないのか。真加は心の中で思ったが、担任が善意で言っていることがわかるので大人しく請け負うことにした。
始業式はすぐに終わった。午後からは悲しいことに早速授業である。
昼休みに案内をしようと人に取り囲まれている高に話かけた。
「高、さっき先生が言ってたやつだけど、今行ける?」
「ええよ」
ちらりと見た高の爪は黒く塗られていた。赤い紐のような耳飾りをしていて、中国系のルーツがあるのかもしれない。
教室を出て並んで歩くと、少しばかり高の方が背が高いようだった。
「せっかくだから食堂でご飯食べる?さっきの子たちと約束してるなら別にいいけど」
「ううん。してへん。笠間くんが大丈夫やったら行きたい
「わかった」
まあ大体の場所は覚えているだろうと思いつつ、やけに広くて豪勢な校舎なのでところどころ立ち止まりながら案内する。
「留学ってどれくらい行ってたの?」
「一年くらいやな」
寮生活の真加が言うことでもないが、こんな時期に親元を離れて海の向こうに一年も行けることがすごい。
「アメリカのどこ?」
「ニューヨーク。親戚がおるねん」
なるほど。ニューヨークに親戚がいるほどの金持ちだったのか。無用な心配だったらしい。
食堂に着くと、いつもよりかなり活気と熱気があった。
「げっ。今日王子いるかも」
王子がいると取り巻きと一目見ておきたいと言う人で食堂が混む。流石に席は空いているだろうが、探すのが大変かもしれない。
「王子……?ああ、そういえばそんなんおったなあ」
高は一年の留学生活でこの学園に王子がいることをすっかり忘れてしまったらしい。
「あんまり大声で言わない方がいいよ。誰聞いてるかわからないし」
「マジで?気いつけるわ」
人混みがすごいので王子の姿は確認できなかったが、なんとか席を確保出来たので、2人で今日のランチを食べる。
「出身が関西なのか?」
「そうそう。中学までな。生まれはシンガポールやで」
「えっシンガポール!?」
思わず大きな声が出た。
「笠間くん、ここじゃそんなん珍しくないやろ?」
「俺にとってはすごいの!悪かったな。めちゃくちゃ国際的じゃん」
あまりよくわからなかったが、シンガポールの中華系金持ちのお家らしい。真加からは想像も出来ない世界だった。
「まあボクは分家やしそんな大したことないで。ベータやしな」
「……あんまりここでそういうこと言うなよ」
学園ではお互いの性には触れないことが美徳だった。
「別に笠間くんはそんな気にする人ちゃうやろ?」
「俺はまあそうだけど。だからって自分のことは言わないよ」
「そんなんええって。別にそっちも教えて欲しいとかじゃなくて、笠間くんならええかなーって思っただけやし」
高が真加のどこに良さを見出したのかはよくわからないが、こざっぱりして駆け引きがないところは真加もいいと思った。
「なんか高って頭も良さそうだな。なんでDクラスなの?」
素朴な疑問だった。頭も切れそうだし、何でもそつなくこなしてしまいそうに見えた。
「一年の時はBクラスやってんけどすぐ留学してもうたからDになってん。勉強頑張って来年にはAに入らなあかんわ。あっ向こうで勉強してへんわけちゃうからな」
「A?」
今からAクラスを目指すならテストで相当いい結果を出さなければ難しい。
「そ、ボクが関西から来てここに入ったんも、人脈作りのためやから」
基本的にこの学園の成績の優秀さと家柄の良さは比例している。だからよりいい出会いを求めて上のクラスを目指すのはおかしいことじゃない。
この学園に入って結果的に社会に出てもいいお付き合いのある友人が出来るのではなく、人脈のためにここに来ているのか。自分とは本当に見えている世界が違う。真加は思った。
「ふーん……なんか大変だね」
真加はそうとしか言えなかった。じゃあ自分はいいのか?という思いが少し頭をよぎった。
自分も似たような立場のはずなのに、まだ子供だからいいんだと勝手に決めつけていた。
昼食を済ませ、教室に帰る道中、高が口を開いた。
「そういえばさっき王子おったなあ」
「本当?あんなに人がいてよく見つけたな」
あの人混みの中でも王子は背が高くて目立つため見つけられたのだろうか。
高はうーん、と考え込むように歩く。
「なんかー、人?探してたんかな?キョロキョロしてはったわ」
一ミリだけ、自分のことかと思ったがすぐにそんなわけないなと思い直した。
あの日自分を心配してくれた人間が、よりにもよって王子だなんて、心が落ち着かない気持ちでいっぱいで、少し気になってしまったのだ。
「ふーん。Sクラスの友達でも探してたのかもな」
真加は言ってみたものの、王子が人を探すのは何となく想像できなかった。
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