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第四章
劣情の幕切れ②
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真加が再び目を覚ますと、あたりはすでに真っ暗だった。
これが推理小説の世界であれば、孤立して連続殺人事件でも起きそうな重厚な洋館の客室のベッドの上に真加はいた。
薬がかなり抜けたのか、頭の感覚がシャープですっきりとしている。
(抑制剤が効いたんだな。点滴だから効きも早いのか?)
真加は仰向けのまま右腕を持ち上げてみた。点滴のテープの跡が残っている。
(……あれ?俺何で点滴のこと知ってるんだ、っけ………)
「……ああーーー!!」
真加は叫びながら飛び上がった。
一度目を覚ました時、ここには王子がいなかったか?そして自分は何を話したか?いや、夢だ。
そう思って頭を抱えていると、両の手首に王子に掴まれた痛々しい痕が残っていた。
(うわっ………!!)
とんでもないことに夢みたいな現実だったようだ。自らの痴態を思い出し真加は全身の血が顔に上る。
(キスした…?いやしたよな。王子と?俺が?俺しかいないな)
今すぐどこか逃げて叫び出したい。
キスは王子からだったけど、仕掛けたのは自分だったような気がする。
それって不味くないか?いや、王子も多分満更でもなかったはずだから一応大丈夫……?
しかも、自分はめちゃくちゃに乱れていたような気がする。王子が止めてくれなかったら、公開プレイするところだった。
それに関しては真加のプライドや気持ちを察して止めてくれたのだろうと思うが、そもそも介抱してくれなくたってよかった…。しかも服もなんだか着替えられてる。多分下着も。ますます頭を抱えた。
王子は曲がりなりにも番になりたいと言うくらいには真加のことが好きだと考えると(さすがに嘘をつくメリットもない)、心配してくれたのかもしれない。
だいたい、会場で抱き上げられた時、番になるのなら抱くと言われた時、言葉にできないくらい動揺してしていたのも事実だ。
王子のことは嫌いではない。でも、欲が絡む方面での好意を抱いてもいなかった。
ただ、今回の件でうっかり肉体の接触をしてしまったから、自分の中で案外いけるもんだなとわかってしまった。
知らないままなら選択肢としてそもそも存在しなかったのに。
何だか色々とやらかしたような気がするが、記憶が朧げで断片的な景色としてしか思い出せない。
点滴がなければ何も覚えていなかったかもしれない。王子が助けてくれなければ、今頃自分はどうなっていたのか、考えるだけでゾッとした。
「ん………」
「!?」
自分しかいないだろうと勝手に悶えていた真加の視界の隅で何か動く物体があった。
「な、夏理…?」
「ん……?あ、真加くん」
夏は部屋の隅のテーブルに突っ伏して寝ていたようだ。真加が叫んだりしたからうるさくて起きたようだ。
「真加くん!目が覚めたんですね!」
夏理は花の咲くような笑顔で駆け寄ってきて真加のベッドの淵に座った。
「本当に良かった……生きた心地しませんでしたよ。体調はどうですか?」
「結構平気。まだだるいけど」
「副作用でしょうか……」
それに加えて、色々あったからシンプルに疲れている。
「今何時?」
「今は…19時ですよ。今日は泊まってもいいと棗くんが言ってました。明日は国立病院で検査してもらうそうですが…一旦寮に帰りますか?」
「いや、ここに泊まってこうかな。フェロモン残ってたらやだし」
「そうですね。僕は寮に帰ります。みんなにはついでに実家に帰ったと言っておきますよ」
「…ありがとう」
本当に夏理がいてくれて良かった。心の中で静かに思った。
「あのー、真加くん」
「なに?」
夏理が改めて名前を呼んだ。少し顔に緊張が走る。
「どうして……どうして、あんなことしたんですか?」
「…ごめん。とっさに飲んじゃった」
「毒でも入ってたらどうするつもりだったんですかっ……!」
夏理が珍しく声を荒げた。真加は謝ることしかできない。
「ごめん。でもあいつらも流石にそこまでしないだろって…」
「それでも…!」
夏理が真加の言葉を遮る。
「それでも、僕が飲めばよかったんですよ!僕なんか…僕なんか」
「おい、夏理」
体を起こして夏理に近づく。
「そんなこと言わないでよ。俺がお前のためにしたことがただの馬鹿になっちゃうじゃん」
「っ…!違います。自分なんかのために、真加くんが薬を飲むことなんかなかったんです」
「お前なあ、」
「…僕は、本当は両親がいません」
「えっ…?」
夏理の唐突な告白に頭が真っ白になる。そこから続いた言葉も、壮絶なものだった。
「小さい頃に虐待を受けて、施設で育ちました。そこから親には会ってません」
「え、そんな…でも…」
「人との接し方なんか親からロクに教えてもらってないから、汚い言葉遣いになってしまって。こんな学園じゃあっという間にボロが出る。だから僕はずっと敬語なんです」
裕福な家じゃないにしても、てっきりちゃんとした両親がいるのかと真加は思っていた。
夏理は真加に背を向けたまま話し続ける。
「とにかく這い上がりたくて、施設の子達に馬鹿にされていじめられながら必死に勉強しました。連休の時に帰る家なんか無くて、どうしても寮を出ないといけないときはホテルに泊まってるんです」
「夏理…バイトしてないよな?そんなお金…」
オメガだから、体のことを考えるとネットカフェやカプセルホテルよりもちゃんとしたビジネスホテルを選ばざるを得ないのだろう。
「お金は、ノートを売ったりして稼ぎました。みんな物の価値を知ってるのか知らないのか、いい値段で買ってくれます。…僕には心配してくれる家族なんていません。真加くんは僕のことをとてもすごいやつだと思ってくれてるけど、君こそ僕からすると何もかも持ってて羨ましくてたまらない」
咄嗟に思ったのは、「何で言ってくれなかったのか」だったが、すぐに言えるわけがないと思った。少なくとも、真加は衣食住の心配などしたことがない。小さい貧しい頃でも、両親はそんなものは見せなかった。ただ後から振り返って、あの時はお金がなかったんだとわかった。そんな気持ちを真加が十分に理解できるわけではいし、夏理にもプライドがある。
「……俺たち、全然お互いのこと知らなかったんだな」
「そうかもしれません」
勉強せずに呑気に部屋でくつろぐ真加を夏理はどう見てたのだろう。あまりのこれまでの経験の違いに、自分が幼稚に見えた。
ああ、お互い無いものねだりなんだな。真加は肩を落とした。言いたくなかった、隠しておきたかったことを言わせてしまった気がする。
そして、夏理の普段の泥臭い真面目な姿がこんなところから来ているのかと思うと、その強さをかっこよく思った。
「…でもさ、やっぱり今日のこと俺は後悔してないよ。それで無事だった、良かったってことにしといてよ」
「……そんなっ」
「あと、教えてくれてありがとう。今日も、助けてくれてありがとう」
「僕がいてもどうにもなりませんでした」
「それでもいてくれてよかったってこと!」
「…………」
「なんで夏理がぶすくれてるんだよ」
「今日の今日くらいこれでいいでしょう。僕は君ほど切り替えられない」
「確かに」
真加は寝た分多少吹っ切れた部分(王子にすっきりさせてもらった部分?)もあるが、夏理はウンウンと悔やんで先ほどのも疲れてうたた寝していただけかもしれない。
「あーあのさ、夏理あの…」
真加は顔をポリポリと掻きながら申し訳なさそうに呟く。
「なんです?」
ほんの少しは吹っ切れたらしい夏目が不思議そうに返す。
「俺、色々言ってなかったことあるだろ…?夏理に比べてるとバカみたいな話なんだけど」
「もう比べるのはやめましょうよ。ずっと心配してたんですよ。教えてください」
夏目がただでさえでかい目をかっぴらいて、なんでも受け止めますよという顔をする。肩もめちゃくちゃ力が入ってる。
「…そうだよな。俺、王子とさ…」
「は?王子?」
思ってもみなかった方面らしく、夏理の声がなんだか冷めたものになる。
「えっ王子となんかあったんですか!?」
「いや、ちょっと待って…」
急に落下するアトラクションのようの夏理が捲し立てた。
「言いました!?僕言ってないですかね?僕がどんだけやってもいっつも学年一位で涼しい顔して…もはや僕は王子…五鳳院くんを憎んでますよ…それで、王子がどうしました?」
言いづらい。
「…告白された」
正確にはハルだったけど。
「……いつ?」
可愛い子の真顔ってこわい。
「先週くらい」
「それでどうしたんですか?」
「断った」
「おおおお……」
夏理は顔も赤くかなり興奮している。
「水臭いですよ。どうして教えてくれなかったんです?」
「夏理が言うなよ…相手が相手だから言えなかった」
「ええ。僕が五鳳院くんのことでなんか言うように見えますか?面白いとは思っても羨ましいなんて思いませんよ」
猫被ってるからわからなかったんだろ…とは言わなかった。そういえば夏理が誰それが可愛いだの何だのを芸能人や学園の生徒問わず言うのを聞いたことがない。もしかしたら本当に顔の美醜に興味がないのかもしれない。
しかも夏理は相当なライバル心を王子に燃やしているようだ。
真加は少しホッとした。ここ最近、色んなことを誰にも言えず抱え込んで、ふとしたときに思い出して心が重くなって憂鬱だった。
そこからは色々と質問攻めされ、2人でいろんなことをとにかく話した。
夏理は「王子も人間だったんですね、今度のテストなんだか頑張れそうです」ととにかく嬉しそうで少し引いた。
しばらく話して夏理は名残惜しそうに帰っていった。明日にはまた会えるしなんなら毎日一緒だというのに何故かまだ話し足りないような気がした。
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