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しおりを挟む僕がレポートを纏めたり、調査隊が新しい薬草を沢山仕入れてきてくれて、薬草達のお世話をしたり忙しく駆け回っている間。
ラディの方もかなり忙しかったらしくて、一緒に帰れない日々が続いていた。
同じ家に住んでても、お互い交互に仕事場に泊まり込んだりして朝ご飯も一緒にとれなくて、お互いに遅く帰ってくるから顔を合わせることすらもできてなくて。
ようやくひと心地着いて久しぶりに家に早く帰れたら──玄関先で、ようやくラディに会えた。
ラディは──白と金、落ち着いた青色を基調にした、とても豪華で高価そうな、まるで上流貴族にも見える正装を纏っていた。腰には金と銀の装飾が美しい、それでいて立派な重厚感のある剣をさげている。
いや、にも見えるというか、ラディは確かに上流貴族なんだけれども。
「あっ、ラディだ……」
「サーナ!」
ラディが嬉しそうに微笑んで、僕を抱きしめてきた。力一杯。
「う、ごほごほっ、苦、しい……っ!」
「うおっ、悪い! 久しぶりにサーナの顔みれたから、すげえ嬉しくてちょっと力加減ができなかったわ……悪い。お前、ここしばらく忙しそうに研究所に詰めてたし……大丈夫か?」
「う、うん。こほっ、僕は、大、丈夫。ラディのほうこそ、帰りも遅くて、忙しそうだったね。……その格好……もしかして。今日、祝賀会?」
ラディがやれやれといった感じに肩をすくめて、苦笑した。
「もしかしなくても、そうだよ。お前、忘れてたのか?」
「だって、僕は出席しないもの」
「はいはい。だからってなあ、最近は遅くまで薬草園に篭り過ぎだぞ。……まあ、それはそれで、余計な虫がつかなくて安心ではあるけどさ」
「うん? 虫対策は、ちゃんとしてるよ。新種の薬草達は、綺麗にすくすく育ってる」
「……はいはい、それは良かった」
ラディが少しだけ呆れたように、ちょっとおどけたように笑って、僕から身体をゆっくり離した。
僕は離れていく温かさに何だか無性に寂しい気分になって、ラディの袖を掴んでしまい、慌てて離した。
「サーナ?」
「……な、なんでもない。いって、らっしゃい」
「ああ。お前はしっかり食べて、ゆっくり風呂に浸かって、早く寝とけよ。ちょっと目の下、隈できてるぞ」
「え? そうかな?」
「そうだよ。まったく。俺達の健康管理ばっかり気にしてないで、自分の事も、ちゃんとしてくれよ?」
そう言いながらラディが僕の顎に手をかけて、上に向けるようにして、左右の目の下に唇を押し当てた。
僕を気に掛けてくれているのが分かる優しい声音と言葉に、じんわりと身体の中から暖かくなってくるような気分になる。嬉しい。目元もほわほわと温かい。
「……気をつけてね」
「ああ。行ってくる」
ラディの唇が頬をかすり、そのまま通り過ぎる感じに僕の唇に、押し付けるみたいな感じで当たった。当たって、しまったのかもしれない。
着飾ったラディとラディの愛馬が王宮へ向かう背を見送りながら。
行かないで、早く家に帰ってきて、誰とも一緒に帰らないで、という言葉がどうにもこうにも口から飛び出しそうになったけど、僕は必死に口を閉じ、どうにかこうにか、飲みこんだ。
その日の夜遅く、ラディは帰ってきた。
なんで分かったのかというと、ラディが僕の寝室まできたからだ。
ラディは時々、僕のベッドに潜り込みにくる。
まあ、人は誰しも無性に甘えたくなる時があるからな。もちろん僕にも、そういう気分になることがある。そういう時は、僕もラディのベッドに潜り込みにいっている。
僕は別に潜り込んでこられるのは嫌じゃないし、ほかほかして心地良いし、ラディの方も嫌がらないどころか抱きついてくるし、だからこれはお互い様であり、所謂、甘え合い? ……いや、違うな。そうだ、あれだ。助け合いの精神、持ちつ持たれつてやつだろうと思う。
ラディは僕のベッドに潜り込んできて、僕に身体を寄せて、というか抱きついてきて、息をついた。
疲れている気配を感じて、僕は心配になって、顔を上げた。
「ラディ? おかえり。大丈夫? ……疲れてる?」
「ただいま。おう……すげえ、疲れたわ……もう二度と、パーティなんか出たくない……」
僕は笑って、なんだかとてもよれよれしてるのに恰好良くみえる謎補正のかかってる(やっぱり珍しい精霊の効果なのかな? ちょっと研究してみたいかも)友人の頭を撫でた。少し固い髪質が手の平にこそばゆい。ラディも気持ちよさそうに撫でられるままじっとして、目を閉じている。
「……あれ……?」
ふわりと、微かに、花の香りがした。
上品で軽やかな、ほんのりと甘い香り。
可愛らしい女の子が好んでつける香水、みたいな──
心臓が大きく跳ねた。
慌てて、手を引っ込めて、どうしてなのかどんどん苦しくなってくる胸元を押さえながら、握りしめる。
それから、ああ、やっぱりなあ、と思った。
ラディは、ようやく……気に入った子を、見つけられたのかもしれない。
それで、楽しくお話して、踊って。
──肌に香りが移ってしまうくらい近くに、長く、側にいて。
それから、家まで、送ってあげたのかな。だから、帰るのがこんなに遅くなったのかなあ。
うん。そうだ。きっと、そうなのだろう。
……──じゃあ、もう……こうして、お互いのベッドに潜り込んでは一緒に寝る事も……そのうち、なくなっちゃうんだろう、なあ……
僕は何故だか目元が急に熱くなってきて、それから濡れた感じがしてきて、慌ててぎゅっと目を閉じて、手で擦った。
「サーナ?」
「なんでも、ない。おやすみ、ラディ」
「ん……おやすみ……」
心臓が煩くて眠れなくて、早く収まってほしいと念じながら待っていると、その内、寝息が聞こえてきた。
どうやら、ラディは眠ったようだ。
僕はようやくホッとして、震える息をゆっくりと吐きだした。
「……そう、かあ……」
荷物の整理を、少しずつでもしておかないと、いけない……のかもしれない。
この、優しくて甘い花の香りのする人が、この家に、やってくる前に。
優しく穏やかで甘くて良い香りなのに、どうにも気分が落ち着かない、柔らかな花の香りを感じながら。
僕は濡れた感じがまだ残り続けている目を、無理矢理に閉じた。
* * *
いつもの日々が、やってきた。
僕が朝食を作って、ラディが起きてきて、やっぱりちょっと寝ぼけて僕を齧ってきたりして、起しながら席に着かせて、朝食をとる。
今日はハーブを混ぜたパンと、サラダと、野草と野菜たっぷりの厚焼き卵だ。
ラディ用の濃いめの黒香火茶も忘れずに。
「……サーナ。サーナってば。おーい。起きてるか?」
目の前で手を振られて、僕はハッとして顔を上げた。
「あっ、ごめん。僕は起きてるよ」
「本当かあ?」
ラディが訝しげに、呆れたように、でもちょっと心配そうに首を傾げた。
「大丈夫か? こないだ気になってた薬草が持ち込まれたって言ってたけど、張り切り過ぎて疲れてるんじゃないか? 今日は仕事、休んだらどうだ?」
「大丈夫だよ。疲れてもないし。ちょっと、ぼーっとしてただけ」
「それ、珍しいな。……本当に大丈夫か?」
「本当に大丈夫だって! 心配のし過ぎだよ! ほら、食べて食べて。遅刻しちゃうよ」
ラディが少し眉間に皺を寄せながらも、大きな卵焼きを口に放り込んだ。これ美味いなと言ってくれて、嬉しくなる。
「それでな。三週間ほど──いや、二週間だな。二週間で、終らせてくるから」
「え? 何を?」
何を二週間で終らせてくるのだろうか。
僕が首を傾げると、また呆れた様子で、心配げな溜め息をつかれた。
「まったく……お前なあ。さっきの話、聞いてなかったのか? ……本当に、大丈夫かサーナ? やっぱ体調、悪いんじゃないのか。だったら、ちょっと心配で置いていけないぜ……」
「僕は元気だし、大丈夫だってば! 心配しないでいいよ。それと、聞き逃して、ごめん。それで? 二週間で、何を終らせてくるの?」
「討伐」
「とうばつ……討伐!? えええ!?」
「ぶはっ、うん、予想通りの反応ありがとう。研究室に引きこもってたお前は知らないだろうけどな。南西の砦近くで、かなり強い魔物が出たっぽい。数も多いらしくて、先日、救援要請の伝令がやってきた。だからちょっと、行って倒してくるわ」
「そ、そうなんだ……。気をつけて……ていうか! それ、僕、僕もついていった方がいいんじゃないの!? 今日、治療院に行ったら医療班にも支援要請きてるかも。だったら僕、志願して──」
「──ダメだ。お前は絶対に、志願届出すなよ。絶対に出すな」
「で、でも! だって、そんな。僕も、僕も一緒にいくよ。その方がきっと良い。支援人数は多ければ多い方が──」
「いいってもんでもない。大丈夫だから、心配するな。お前はここで待ってろ。ちょっと行って、ささっと倒して、そのままちゃちゃっと帰ってくるだけだからさ」
「そうかあ…… いや! ちょっと待って!? そんなちょっとしたおつかいみたいな口調に一瞬騙されそうになったけど、簡単に済むようなものじゃないだろ! 僕も──」
「志願しても、即却下させるからな。分かったら、出すなよ」
「ええ……」
なんだそれは。横暴だ。ちょっとそれは職権乱用しすぎではないのか。
「ラディ」
「そんな心配そうな顔するなって。大丈夫だ。すぐ、帰ってくるから」
ラディは苦笑しながら席から立ち上がり、僕の頭を撫でて額に唇を落してから、出ていってしまった。
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