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長い冬
明日美の虐げられ日常 (自宅)
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もう少しで落ちる所だった。
それでも雅夫兄さんは悪びれもなくダメ出しを続ける。
「お前、うちの会社に入ってから三年目だろ? 同じ課のやつ顎で使えるくらいリーダーシップ発揮しろよ」
雑用ばかりさせられ、家族からもこんな扱い受けてるような私に誰も従わないだろう。
「北営業所に行かないといけませんので、失礼します」
「あー、ならついでに【シルベール】のシュークリーム買ってこいよ」
逃げるようにしていた足を止める。
ついでにって。営業所の近所にそのケーキ屋があるわけじゃないのに。
「わかりました、では行ってきます」
「くれぐれも社用車使うなよ。電車で行け」
「……承知ました」
社長であり、今じゃ梅野家の家長である雅夫兄さんに、私が楯突く事は許されない。
北営業所へ移動した時にはちょうど昼休憩が終わる頃だった。雑然としたオフィスに「お疲れ様です」と足を踏み入れる。
「あれ、早かったですね。これが新しいパソコンです」
電話してきた間宮という営業マンが、爪楊枝をくわえたまま所長の机を指差した。
なんと、ダンボールに入ったままの状態だ。ケーブルさえ繋いでない。
箱から出して説明書にも一応目を通し、とりあえず最低限度は使えるようにする。その間、間宮と事務員は珈琲を飲みながら雑談していた。
よし。
ネットOK。プリンタとスキャンも使える。メール設定もシステム取り込みも完了。
「終わりました」
「あ、やっぱり速いですね。じゃあ、この壊れた所長のパソコン持って帰って頂いてもいいですか?」
「はい?」
今度は事務員がダンボールを指差した。
「不使用のパソコンってどっちにしろ本社に送らないといけないし、明日美さんが持ち帰れば配送運賃が浮くじゃないですか」
持ち帰ればって。書類みたいに軽く言うんだから。
しかし、パソコンを配送すれば確かに数千円かかる。
言われたまま、パソコンの入った箱に取っ手を付けて自分のオフィスへ戻った。
……あぁ。お腹空いた。昼食べ損ねた。パソコン重たかった。混んだ電車で死ぬかと思った。
備品室にパソコンを置いて、我慢していたトイレへ。
個室に入ったと同時に話し声が聞こえてきた。
「明日美さん、北営業所に行ってたの?」
「そうそう。なんか雑用頼まれたっぽい」
私の事、話してる、よね?
上野さんと、他の部署の女性のようだ。
「前から思ってたけどさー、社長の妹なのに扱い酷くない?」
「知らないの? 明日美さんて雅夫社長とは母親が違うんだよ」
便器に腰を落としたまま、私は息を潜めた。
そっか。私の後に入社した人は知らないのか。
「へー、それでも半分は血繋がってるじゃない。前社長の娘なのは間違いないんでしょ? 後妻の子?」
「逆。後妻の子は、雅夫社長と社長弟の凱也専務と大学生の妹。ちなみに弟と妹とは父親も違う」
「どういう事?」
「元々妾だった後妻の愛人の子で、前社長が病気になってから梅野家に入れてるんだってさ」
「複雑過ぎ」
「社長の嫁、葉月さんも一応肩書は副社長だし、社長妹も大学卒業したら入社して監査役とかになるみたい。前社長が亡くなった今、明日美さんは邪魔なだけじゃないかな」
「ていうか、UMENOってマジモンのファミリー企業だよね。大丈夫かなぁ」
「心配よねー。あ、それよりさー、」
インスタ映えするカフェの話だとかをして二人はトイレから出て行った。
「……ふぅ」
邪魔か。
それなら、いっそ放り出してくれればいいのに、継母や兄達家族が私を手放さないのには理由がある。
今は亡き、UMENO創立者である祖父の遺言に、梅野家の屋敷と土地の相続が私だと記してあったからだ。
三年前に亡くなった父は、若い頃から過度の女好きで、私の母をずっと苦しめていた。
そして、私が小学生の時に母はとうとう精神崩壊し、自殺をしてしまった。
それから、そう経たないうちに、妾だった現継母と父が再婚、雅夫兄さんとも家族になった。
継母は、梅野家に入った当初から私に優しくはなかったが、祖父が脳梗塞で倒れてから私への扱いが酷くなった。
家事は全て私に任せて、自分は遊び呆ける。
高校も、祖父に痴呆が見られるようになってからは中退させられ、介護を強要された。
しかし、祖父は、たとえ痴呆が入っても私の将来を憂いていたのだ。
会社は無理だが、屋敷と土地だけは私に遺すようにしてくれていた。
今となっては、それが私を縛り付ける足枷のようで重たかった。
自宅に戻り、髪を束ねて家事を始める。
「遅かったじゃないの。何してたのよ」
継母である美里がテレビを観ながら文句を言った。
「残業でした」
言葉少なく返して料理をこなす。
家事は一切出来ないのに、子供を三人も産んだこの人をある意味尊敬する。
これだけの屋敷、家政婦を雇えばいいのに、お金が勿体ないからと全て私にやらせ、自分は昼間はエステだランチだと毎日浪費する継母は、兄同様実年齢より若く見える。
「残業ねぇ。それにしても、親が会社やってて良かったわね。あんたみたいな中卒、世間じゃどこも採用しないわよ」
私は唇を噛んだ。
商業高校に通っていた私を無理やり中退させたのは自分じゃないの。
祖父につぎ、父も亡くなったら、IT担当者が辞めたからと、OSなんて分からない私にその仕事を押し付けたくせに。
けれど、不平不満を口に出した事はない。もし、しようものなら――
「ふん、無言かい。相変わらずつまんない娘ね。まぁそう躾たんだけどさぁ」
私の背後で煙草を吹かしながら、継母の美里は愉しそうに続けた。
「灰皿で殴ったって謝らないあんたを、うちの雅夫がどうやって躾けたのか、私は知らないけど?」
冷たい汗が流れ、魚を捌く手を一瞬止めそうになる。
「あら、噂をすればなんとやら」
廊下を歩く荒い音がしたかと思うと、ダイニングキッチンに鬼のような顔をした雅夫兄さんが顔を出した。
「明日美! お前、【シルベール】のシュークリーム買ってきてないのかよ?」
「……あ」
パソコンというサプライズの手荷物のせいでケーキ屋なんて寄れなかったのだ。それを報告しそびれた。
「あそこのシュークリームは葉月の大好物なんだよ!」
「雅夫の嫁好きは相変わらずねぇ。ね、まだご飯出来ないの?」
「もうすぐ出来ます」
まだ何か言いたげな雅夫兄さんと、息子の嫁ラブは面白くない継母に睨まれながら、私は料理の最終段階へ移る。
継母、兄、兄嫁、義弟、義妹、そして私の分。
それなりの量の料理を並べる。
義弟の凱也は一応専務という肩書だがほぼ何もしない。副社長である葉月さんと同じで、しかし帰りはしっかり遅い。
「ただいまー」
そこへ義妹の瑠衣が帰ってきた。
「わー、久しぶりに家で夕飯食べようと思ったら和食だよ」
継母にそっくり派手目な美人だが、性格はサバサバしていて意外に話しやすい。
「おかえり。葉月さんの希望なの。雅夫兄さん達は洋食が良さそうなんだけど」
「ダイエットぉ? ババァが痩せたって無意味だっつーの」
「葉月さんはまだ三十歳でしょ」
「二十一歳の私からすればババァだよ」
パクっと肉ジャガのイモをつまみ食いし「うまっ」と、瑠衣は鼻歌まじりに自室へと消えて行った。
――夜。
一通りの家事をこなし二階の自室に入る。
時計を見たら十二時。クタクタだ。
小学生の頃から使っているベッドは小さいが、買い替えるお金もない。
布団に入り、睡魔を待つ。ながらスマホはしない。
スマホは持っているが、子供並みに制限されて最低限度しか使えないからだ。
それでも、最近は夢さえ見ないであっという間に朝を迎えている気がする。
ずっと、こんな生活を続けていくの?
でも、私が行ける場所なんて、どこにもない。
ウトウトしていると、部屋のドアノブのカチッと回った音がして、ハッと瞼を上げた。
「……誰?」
聞かなくても、シルエットでその闖入者が分かった。
「″おれ″」
義弟の凱也だ。
それでも雅夫兄さんは悪びれもなくダメ出しを続ける。
「お前、うちの会社に入ってから三年目だろ? 同じ課のやつ顎で使えるくらいリーダーシップ発揮しろよ」
雑用ばかりさせられ、家族からもこんな扱い受けてるような私に誰も従わないだろう。
「北営業所に行かないといけませんので、失礼します」
「あー、ならついでに【シルベール】のシュークリーム買ってこいよ」
逃げるようにしていた足を止める。
ついでにって。営業所の近所にそのケーキ屋があるわけじゃないのに。
「わかりました、では行ってきます」
「くれぐれも社用車使うなよ。電車で行け」
「……承知ました」
社長であり、今じゃ梅野家の家長である雅夫兄さんに、私が楯突く事は許されない。
北営業所へ移動した時にはちょうど昼休憩が終わる頃だった。雑然としたオフィスに「お疲れ様です」と足を踏み入れる。
「あれ、早かったですね。これが新しいパソコンです」
電話してきた間宮という営業マンが、爪楊枝をくわえたまま所長の机を指差した。
なんと、ダンボールに入ったままの状態だ。ケーブルさえ繋いでない。
箱から出して説明書にも一応目を通し、とりあえず最低限度は使えるようにする。その間、間宮と事務員は珈琲を飲みながら雑談していた。
よし。
ネットOK。プリンタとスキャンも使える。メール設定もシステム取り込みも完了。
「終わりました」
「あ、やっぱり速いですね。じゃあ、この壊れた所長のパソコン持って帰って頂いてもいいですか?」
「はい?」
今度は事務員がダンボールを指差した。
「不使用のパソコンってどっちにしろ本社に送らないといけないし、明日美さんが持ち帰れば配送運賃が浮くじゃないですか」
持ち帰ればって。書類みたいに軽く言うんだから。
しかし、パソコンを配送すれば確かに数千円かかる。
言われたまま、パソコンの入った箱に取っ手を付けて自分のオフィスへ戻った。
……あぁ。お腹空いた。昼食べ損ねた。パソコン重たかった。混んだ電車で死ぬかと思った。
備品室にパソコンを置いて、我慢していたトイレへ。
個室に入ったと同時に話し声が聞こえてきた。
「明日美さん、北営業所に行ってたの?」
「そうそう。なんか雑用頼まれたっぽい」
私の事、話してる、よね?
上野さんと、他の部署の女性のようだ。
「前から思ってたけどさー、社長の妹なのに扱い酷くない?」
「知らないの? 明日美さんて雅夫社長とは母親が違うんだよ」
便器に腰を落としたまま、私は息を潜めた。
そっか。私の後に入社した人は知らないのか。
「へー、それでも半分は血繋がってるじゃない。前社長の娘なのは間違いないんでしょ? 後妻の子?」
「逆。後妻の子は、雅夫社長と社長弟の凱也専務と大学生の妹。ちなみに弟と妹とは父親も違う」
「どういう事?」
「元々妾だった後妻の愛人の子で、前社長が病気になってから梅野家に入れてるんだってさ」
「複雑過ぎ」
「社長の嫁、葉月さんも一応肩書は副社長だし、社長妹も大学卒業したら入社して監査役とかになるみたい。前社長が亡くなった今、明日美さんは邪魔なだけじゃないかな」
「ていうか、UMENOってマジモンのファミリー企業だよね。大丈夫かなぁ」
「心配よねー。あ、それよりさー、」
インスタ映えするカフェの話だとかをして二人はトイレから出て行った。
「……ふぅ」
邪魔か。
それなら、いっそ放り出してくれればいいのに、継母や兄達家族が私を手放さないのには理由がある。
今は亡き、UMENO創立者である祖父の遺言に、梅野家の屋敷と土地の相続が私だと記してあったからだ。
三年前に亡くなった父は、若い頃から過度の女好きで、私の母をずっと苦しめていた。
そして、私が小学生の時に母はとうとう精神崩壊し、自殺をしてしまった。
それから、そう経たないうちに、妾だった現継母と父が再婚、雅夫兄さんとも家族になった。
継母は、梅野家に入った当初から私に優しくはなかったが、祖父が脳梗塞で倒れてから私への扱いが酷くなった。
家事は全て私に任せて、自分は遊び呆ける。
高校も、祖父に痴呆が見られるようになってからは中退させられ、介護を強要された。
しかし、祖父は、たとえ痴呆が入っても私の将来を憂いていたのだ。
会社は無理だが、屋敷と土地だけは私に遺すようにしてくれていた。
今となっては、それが私を縛り付ける足枷のようで重たかった。
自宅に戻り、髪を束ねて家事を始める。
「遅かったじゃないの。何してたのよ」
継母である美里がテレビを観ながら文句を言った。
「残業でした」
言葉少なく返して料理をこなす。
家事は一切出来ないのに、子供を三人も産んだこの人をある意味尊敬する。
これだけの屋敷、家政婦を雇えばいいのに、お金が勿体ないからと全て私にやらせ、自分は昼間はエステだランチだと毎日浪費する継母は、兄同様実年齢より若く見える。
「残業ねぇ。それにしても、親が会社やってて良かったわね。あんたみたいな中卒、世間じゃどこも採用しないわよ」
私は唇を噛んだ。
商業高校に通っていた私を無理やり中退させたのは自分じゃないの。
祖父につぎ、父も亡くなったら、IT担当者が辞めたからと、OSなんて分からない私にその仕事を押し付けたくせに。
けれど、不平不満を口に出した事はない。もし、しようものなら――
「ふん、無言かい。相変わらずつまんない娘ね。まぁそう躾たんだけどさぁ」
私の背後で煙草を吹かしながら、継母の美里は愉しそうに続けた。
「灰皿で殴ったって謝らないあんたを、うちの雅夫がどうやって躾けたのか、私は知らないけど?」
冷たい汗が流れ、魚を捌く手を一瞬止めそうになる。
「あら、噂をすればなんとやら」
廊下を歩く荒い音がしたかと思うと、ダイニングキッチンに鬼のような顔をした雅夫兄さんが顔を出した。
「明日美! お前、【シルベール】のシュークリーム買ってきてないのかよ?」
「……あ」
パソコンというサプライズの手荷物のせいでケーキ屋なんて寄れなかったのだ。それを報告しそびれた。
「あそこのシュークリームは葉月の大好物なんだよ!」
「雅夫の嫁好きは相変わらずねぇ。ね、まだご飯出来ないの?」
「もうすぐ出来ます」
まだ何か言いたげな雅夫兄さんと、息子の嫁ラブは面白くない継母に睨まれながら、私は料理の最終段階へ移る。
継母、兄、兄嫁、義弟、義妹、そして私の分。
それなりの量の料理を並べる。
義弟の凱也は一応専務という肩書だがほぼ何もしない。副社長である葉月さんと同じで、しかし帰りはしっかり遅い。
「ただいまー」
そこへ義妹の瑠衣が帰ってきた。
「わー、久しぶりに家で夕飯食べようと思ったら和食だよ」
継母にそっくり派手目な美人だが、性格はサバサバしていて意外に話しやすい。
「おかえり。葉月さんの希望なの。雅夫兄さん達は洋食が良さそうなんだけど」
「ダイエットぉ? ババァが痩せたって無意味だっつーの」
「葉月さんはまだ三十歳でしょ」
「二十一歳の私からすればババァだよ」
パクっと肉ジャガのイモをつまみ食いし「うまっ」と、瑠衣は鼻歌まじりに自室へと消えて行った。
――夜。
一通りの家事をこなし二階の自室に入る。
時計を見たら十二時。クタクタだ。
小学生の頃から使っているベッドは小さいが、買い替えるお金もない。
布団に入り、睡魔を待つ。ながらスマホはしない。
スマホは持っているが、子供並みに制限されて最低限度しか使えないからだ。
それでも、最近は夢さえ見ないであっという間に朝を迎えている気がする。
ずっと、こんな生活を続けていくの?
でも、私が行ける場所なんて、どこにもない。
ウトウトしていると、部屋のドアノブのカチッと回った音がして、ハッと瞼を上げた。
「……誰?」
聞かなくても、シルエットでその闖入者が分かった。
「″おれ″」
義弟の凱也だ。
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