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第三章 紫都と恋の風
ハラハラ
しおりを挟む吊り橋には、韓国人のツアー客が大勢いた。
こちらの客層とは違い、若い人が多い。
自撮り棒なるもので、滝をバックにしきりに撮影している。
「言葉を聞かずに顔だけ見てたら日本人だよなぁ、てか露出多いな、あっちの若い子は」
ニヤついた南条さんが、デニムのショートパンツ姿の女の子のお尻ばかりを見ている。
こんな不安定な吊り橋で、前をちゃんと見てない歩き方には、ヒヤヒヤした。
「やっぱり、吊り橋からの滝は迫力が違う」
カメラマンとして良いアングルを見つけたのか、三宅くんも夢中になってシャッターを押している。
「彼方に渡ってから、橋と一緒に滝を撮りたいな」
そんな彼の行動も危うくて、吊り橋が得意ではない私はハラハラし通しだった。
そして。
トラブルは起きた。
「パンへハジ マ!」
自撮りをしていた 韓国人客が、夢中になってシャッターを切る三宅くんに強い口調で何か言い始めた。
邪魔するな、といったところ?
「sorry!」
三宅くんが謝るも、韓国人は、自分のスマホを見せて、まだ何か文句を言っている。
画像に三宅くんが写ってしまったのか。
言葉は分からないけれど、罵倒しているのがわかった。
流石の彼も、ちょっとムッとしているようだ。
「撮り直せばいいだろ?」
「ムォヤ? ク オルグルン? ブルマンイラド インヌンコヤ」
なんだ、その顔は? 、とでも言ってるのか、韓国人の客が、三宅くんの胸をド突いた。
「何するんだ!? 日本に来たなら日本語で話せよ!」
ダメだ。二人とも喧嘩腰になっている。
二人の間に入ろうとした時だった。
今度は、吊り橋の端の方から悲鳴が聞こえた。
韓国人の若いデニムパンツの女の子が、彼氏らしき男性と南条さんに向かって怒っているようだ。
まさか、触った?
南条さんは、「手が当たっただけだろー?」と首を横に振っている。
まるで痴漢の言い訳。
「やめろって!」
こっちはこっちで自撮り棒を振りかざした韓国人が、三宅くんのカメラを奪おうと暴れ出した。
相次ぐトラブルに目眩がしそう……と思ったら、吊り橋が激しく揺れた。
「ァッ!ッシバル!」
悲痛な韓国語が辺りに響く。
スマホが吊り橋から落ちてしまったのだ。
「……あーあ……」
カメラを奪われまいと必死に抵抗していた三宅くんも、川に姿を消したスマホを見て複雑そうにしていた。
「申し訳ありません! ここは危険ですので、あちらへ移動してください!」
向こう側から蛯原さんの声が聞こえたの同時に、こちらでは韓国人が三宅くんの胸ぐらを掴んで、ひどく叫び始めた。
「落ち着いてください!」
このままでは本当にマズイ。
英語も忘れて、韓国人と三宅くんの間を割ろうとしたら、
「あっ!」
大きな拳が、私の顔面を襲った。
「桑崎さん!」
人に、拳で殴られたのは初めてだった。
勢いで 倒れた私を、三宅くんが抱き起こす。
すると、ポタポタと鼻血が落ちてきた。
うそ。
しかも、多い。
慌ててハンカチで押さえる。
「大丈夫?」
「う、うん、鼻血は良く出るタイプなの」
言葉とは裏腹に、痛みで涙が出てくる。
それを見て少しばかり、動揺を見せた韓国人が、
「チョヌン ナプジ アナヨ!」
と、何か吐き捨てて立ち去ろうとした。
「待てよ!ケガさせて逃げるのか?」
それを追おうとする三宅くん。
再び、韓国人が三宅くんをド突こうとする。
「三宅さん!いいから!」
これ以上、長引かせたくない。
ゆっくり立ち上がると、またも吊り橋が激しく揺れて、蛯原さんが近寄って来るのがわかった。
「ポリス!ポリス!」
しゃがれた声で、橋の向こうを指差している。
誰か警察に通報したの?
″ ポリス ″ に反応した韓国人は、更に吊り橋が揺れる勢いで渡っていき、私たちの前から消え去った。
「大丈夫? 無理しちゃダメ!」
蛯原さんが私の鼻血を見て血相を変えていた。
「……警察、来たんですか?」
「まさか。嘘に決まってるじゃない、韓国人がスマホの弁償とか言い出す前に離れて貰うため!」
なんだ。
「……良かった」
蛯原さんは、私の気持ちをくんでくれている。
こちらに非がなくとも、あちらが三宅くんにスマホを落とされたと言い張れば、暴行の理由として成立してしまう可能性があった。
「スミマセン。僕のせいで」
三宅くんが、申し訳無さげな気にシュンとした。
「三宅さんのせいじゃないから! 悪いのはカメラ取り上げようとしてたあっち!」
蛯原さんが励ます。
あなた、さっきまで南条さんたちのトラブルを対処してたでしょ?
しながら、こっちも気になってたんだね。
「……ぁ……」
何となく気配を感じて視線を移すと、 橋の先に運転士の岡田がいた。
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