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第三章 紫都と恋の風

ぬくもり

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  なんで待機中のドライバーがここにいるの?
   
  しかも。
  何やら、韓国のミニスカート添乗員と流暢りゅうちょう、親しげに話している。

   ″ あっち ″ だと思ってたけど、若い女もストライクゾーンなわけ?
  
   思わず、蛯原さんと顔を見合わせる。
   話し終えて握手を交わした岡田が、此方を見て近寄ってきた。
    
   そして、目の前で止まるなり……、
  
 「大丈夫か?」
  
 「えっ、僕ですか?」
    
   何故か三宅くんに手を差し出していた。

   おい。


  「見ればわかるでしょ? ケガしてるのは桑崎さん!」
     
   蛯原さんが苛ついて言うと、岡田は、鼻を押さえている私のハンカチに視線を移していた。
     
   冷たい目。
   
 「鼻血、止まらないみたいだな。何やってるんだ、添乗員の癖に」
  
 「……!」
   
 「こんな時に説教?! 」「桑崎さんは俺を庇ったんですよ!」
  
   蛯原さんと三宅くんが反論してくれたけれど、岡田の言ってる事は正しい。
     
   私の仕事は、お客様が潤滑に、予定通り旅行が出来るように管理すること。
     
   それなのに、
 
  「あんたが動けなくなったら、誰が行程を管理して精算するんだ? 」
    
   今は、鼻血が止まらなくて、何もできない。
    
   添乗員が最善を尽くして避けなければいけないのは、旅行中の事故・怪我・警察沙汰・病気。
 
 「あっちの添乗員とは名刺を交換して、殴った男の名前を確認しておいた。万が一、被害届を出すなら必要だろ」
   
 「……韓国語、話せるんですか?」
   
   その問いに返事はなかったものの、やっぱり岡田は普通のドライバーではないような気がした。
   
 「あんたはあんたの仕事あるだろ? 戻ったら?」
  
   岡田は蛯原さんに顎で、あっち行け、というと、私の背中と膝下に腕を回して、ヒョイと軽く抱き上げた。

 「な、なに?」
 
   お姫様だっこ? こんな吊り橋で?
 
 「あっちに元看護師ってのが待機してるから、急ぐぞ」
  
 「え、いや、走らないで」
  
 「予定が押すだろ」
    
   そりゃそうだけど……。
 
   他のお客様が渡ってしまうのを確認して、岡田は、私を抱きかかえたまま、大股で移動した。
    
   そのあとを三宅くんが追ってくる。
   
   先を歩いていた蛯原さんも、珍獣にでも出会ったような顔をして振り返っていた。
  
 「そんなに力強くしがみつくなよ。落としたりしない」
  
 「あ……、ごめんなさい」
 
   自然と、岡田の首に回す腕に力を込めてしまっていた。

   こんな風に、男性に全身を委ねたのは何年ぶりだろう?

   無愛想だし、しかも恐らくゲイだけど。

  その抱かれ心地は頼もしくて、懐かしい気さえした。

   …… きっと、運転士の制服のせい。

   遠い記憶が蘇り、感じる温もりを離したくないと思った。




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