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第三章 紫都と恋の風
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しおりを挟む「鼻は腫れてないから骨には異常なさそうだけどねぇ」
待機している ″ 元看護師 ″ というのは、お客様の赤石さんだった。
バスに戻った私の鼻をそっと触って、冷たい氷で冷やしてくれた。
「ありがとうございます。この氷は、どこで?」
「そこの売店。あとで請求するから。五割増しで」
赤石さんが 駐車場にある大きな売店を指さした。
「は、はい。全然構いません」
「冗談だよ、何でも真に受けて、頭カチカチの添乗員さんだね、全く」
「よく言われます……」
冷やしたお陰なのか、鼻血はすっかり止まった。
「シャツ、汚れてるけど、まぁ、黒だから見えないわね。きっと、鼻の奥の太い血管から出血してるんだよ。帰ったら耳鼻科に行って焼いてもらうといいわね」
「焼く……」
それ、想像しただけで怖い。幽霊よりもずっと。
「子供が良くやる治療法だよ!あんたの鼻は子供並!」
赤石さんの言葉に、運転席に座っていた岡田が吹き出した。
「貧相な鼻は、中がデリケートなんだな」
「余計なお世話です」
言いながら、岡田のシャツに赤い汚れが付いてるのを見つけた。
他人の血。
しかも、 鼻血。
途端に、岡田に申し訳なく思った。
「戻ったら、僕が病院に連れて行きます」
心配そうに見ていた三宅くんも、まだ気落ちしている様子。
「それじゃ私、本当に子供みたいだから。付き添わなくても大丈夫」
若くて純粋な男の子にそんな顔をされたら、母性本能が目覚めてしまうじゃない。
「そうだ、地元に戻って正気になったら、ふと、そんなオバサンに時間を使うのがアホらしくなるから軽々しく言わない方がいい」
「お……」
オバサンって。
私、あなたとそんなに変わらないんですけど?
失礼な岡田の発言に、赤石さんが豪快に笑っている。
そうこうしてるうちに、蛯原さんと一緒にお客様がバスに戻ってきた。
鼻血も止まったし、点呼せねば。
点呼をしていると、色んなお客様に心配された。
「添乗員さん、災難だったねぇ」
「女の顔殴るなんてとんでもない男だよ」
「マナーのない外国人は観光に来るなよなー」
心なしか、南条さんも元気を失っていた。
韓国のカップル客に相当叱られたのだろう。
これに懲りて、少し大人しくなってくれればいいのだけど。
「皆様、ご心配おかけしまして申し訳ありません。赤石さんのお陰で、この通り鼻血も止まり、業務を遂行することができます。ありがとうございました」
出発したバスでお客様にお詫びをすると、また拍手を頂いた。
マイクを蛯原さんに渡して、座席に座ろうとしたら目眩がした。
まぁ、あれだけ出血したんだから、貧血になっても当然といえば当然。
「次に通ります、″ 母智丘公園 ″は、日本の桜名所100選にも選ばれおり、2㌔の桜のトンネルは、もし、満開ならば言葉を失うほどの絶景でございました……」
蛯原さんのガイドと同時に、殆ど散ってしまった桜の並木道をバスがゆっくりと通っていく。
「満開の時に来る楽しみをとっておこうかねぇ」
もう、誰も ″ 詐欺 ″ だとか、″ 金返せ ″ とは言わなかった。
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