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第四章 浩司と転機
敵視?
しおりを挟む俺はいいんだ。
確かにリストラされて挫折したし、離婚もした。
人にバカにされる負け組に入るのかもしれない。
だけど、桑崎は違う。
そんなに器用じゃないけど、 派遣であっても一生懸命仕事してる、……と思う。
「雇用形態で態度を変えるなんてクソだな」
元同期の姿は過去の俺みたいで、余計に腹が立った。
「僕は独立してフリーになった者ですが、そのスタイルを軽視される理由はなんですか?」
そこに、正義感たっぷりの三宅も登場し、怯んだ元同期との正面衝突は避けられたのだが……。
「添乗員さん! 大変!」
また、新たなトラブルが発生。
昼間、あんなに元気だった赤石婆さんが倒れたと他の客が教えにきた。
駆け寄ると、騒然とする中、赤石婆さんはお守り袋を握りしめて喘いでいた。
「どこが苦しいんですか?」
桑崎は、いつものように、冷静に落ち着いて対応しているかのように見えたけれど、
「もう少しの辛抱ですからね」
赤石婆さんの背中をさする手が震えているように見えた。
こいつらしくないな。
客の急病なんて初めてじゃなかろうに。
顔色も悪いし、何かトラウマか?
気になりながらも、到着した救急車への同乗を桑崎に任せた。
「桑崎さん!赤石さんの荷物、貴重品! 念のため!」
蛯原が部屋から持ってきた荷物が、赤石婆さんが戻れない事を物語っているようで、それを暗い顔で桑崎が受け取る。
心配、だと思った。
赤石婆さんだけじゃなくて。
「あのクレーム婆さん、どこまでも迷惑かけやがるな!」
同じテーブルだった南条という客が、おかしくもないのに笑ってそう言うと、
「迷惑ってなによ!」「あなたよりマシでしょうよ!」
と、主婦グループにやり込められていた。
「添乗員さん、大変だなぁ………飯も食ってないだろうに」
木下の親父がボソッというと、息子の方も大きく頷いていた。
「どこの病院だろう? 僕、迎えに行ってもいいけど」
三宅が席を立つと、そばにいた蛯原が、「私と一緒にいきます?」と、ぬけぬけと言っていた。
「えっ」
「あはは、冗談ですよー」とも言っていたが、目が絶対に本気だった。
「蛯原、悪いけど、お開き迄ここに居てくれ。俺は電話してくる」
ガイドの域を越えてしまうが仕方ない………。
「了解、てか、岡田さんはご飯は?」
「今は食わない」
「そう」
中国人とトラブルを起こさない限り、まぁ何とか蛯原で場を仕切れるだろう。
宴の間を出る俺の後を、何故か三宅が付いてきた。
「何?」
振り向くと、三宅が堅い顔をして立っていた。
「添乗員さんと、………桑崎さんと、もしかして付き合ってるんですか?」
「は?」
何でそうなる?
廊下で俺と話す三宅を、若い女従業員がチラチラと見ながら通り過ぎていく。
その視線なんかどうでも良さげに、三宅は俺を見据えている。
「そんなわけないだろ?」
「でも、今から桑崎さんを迎えに行くんでしょ?」
「それも仕事、だからな」
他に理由はない。
「なら、僕も連れて行ってください」
けれど、この男は、やっぱり、どうやら桑崎の事が好きならしい。
たった二日間で人は恋に落ちるものなのか?
少しでもそばにいたいという、気持ちはわからなくもないけれど、
「ダメだ」
あくまで三宅は客の一人。
「何で? 夜は自由時間だろ? 客がどう過ごそうが勝手でしょ?」
業務に関わらせてはいけない。
「どうしても個人的に桑崎に会いたいんなら、旅が終わってからにしてくれ」
後は、俺の知ったことじゃない。
「…分かりました」
はじめ、善人面してると思ったが、すんなりと引く三宅は、多分いい奴だ。
「帰り、桑崎さん に変なことしないでくださいね」
「するか!」
桑崎が若い客と恋愛関係になろうが、俺には関係ない。
…この時は、まだ、そう思っていた。
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