上 下
46 / 84
第四章 浩司と転機

敵視?

しおりを挟む

    俺はいいんだ。
  
    確かにリストラされて挫折したし、離婚もした。
    人にバカにされる負け組に入るのかもしれない。

    だけど、桑崎は違う。
    そんなに器用じゃないけど、 派遣であっても一生懸命仕事してる、……と思う。
 
   「雇用形態で態度を変えるなんてクソだな」
     
   元同期の姿は過去の俺みたいで、余計に腹が立った。

  「僕は独立してフリーになった者ですが、そのスタイルを軽視される理由はなんですか?」
    
   そこに、正義感たっぷりの三宅も登場し、怯んだ元同期との正面衝突は避けられたのだが……。

  「添乗員さん! 大変!」
   
   また、新たなトラブルが発生。
   昼間、あんなに元気だった赤石婆さんが倒れたと他の客が教えにきた。
  
    駆け寄ると、騒然とする中、赤石婆さんはお守り袋を握りしめて喘いでいた。

  「どこが苦しいんですか?」
  
    桑崎は、いつものように、冷静に落ち着いて対応しているかのように見えたけれど、
 
 「もう少しの辛抱ですからね」
    
    赤石婆さんの背中をさする手が震えているように見えた。
     
    こいつらしくないな。
    客の急病なんて初めてじゃなかろうに。
    
    顔色も悪いし、何かトラウマか?
    気になりながらも、到着した救急車への同乗を桑崎に任せた。

   「桑崎さん!赤石さんの荷物、貴重品! 念のため!」
   
   蛯原が部屋から持ってきた荷物が、赤石婆さんが戻れない事を物語っているようで、それを暗い顔で桑崎が受け取る。

   心配、だと思った。
   赤石婆さんだけじゃなくて。


 「あのクレーム婆さん、どこまでも迷惑かけやがるな!」
     
    同じテーブルだった南条という客が、おかしくもないのに笑ってそう言うと、

  「迷惑ってなによ!」「あなたよりマシでしょうよ!」
    
   と、主婦グループにやり込められていた。
  
  「添乗員さん、大変だなぁ………飯も食ってないだろうに」
    
   木下の親父がボソッというと、息子の方も大きく頷いていた。
 
 「どこの病院だろう? 僕、迎えに行ってもいいけど」
   
    三宅が席を立つと、そばにいた蛯原が、「私と一緒にいきます?」と、ぬけぬけと言っていた。

  「えっ」
  
 「あはは、冗談ですよー」とも言っていたが、目が絶対に本気だった。
  
 「蛯原、悪いけど、お開き迄ここに居てくれ。俺は電話してくる」
     
   ガイドの域を越えてしまうが仕方ない………。
   
 「了解、てか、岡田さんはご飯は?」
 「今は食わない」
 「そう」
   
    中国人とトラブルを起こさない限り、まぁ何とか蛯原で場を仕切れるだろう。
    
   宴の間を出る俺の後を、何故か三宅が付いてきた。

 「何?」
     
   振り向くと、三宅が堅い顔をして立っていた。
  
 「添乗員さんと、………桑崎さんと、もしかして付き合ってるんですか?」
 
 「は?」
     
   何でそうなる?
   廊下で俺と話す三宅を、若い女従業員がチラチラと見ながら通り過ぎていく。
    
   その視線なんかどうでも良さげに、三宅は俺を見据えている。
  
  「そんなわけないだろ?」
   
  「でも、今から桑崎さんを迎えに行くんでしょ?」
   
  「それも仕事、だからな」
   
    他に理由はない。
  
  「なら、僕も連れて行ってください」
     
    けれど、この男は、やっぱり、どうやら桑崎の事が好きならしい。
     
   たった二日間で人は恋に落ちるものなのか?
     
   少しでもそばにいたいという、気持ちはわからなくもないけれど、
  
 「ダメだ」
     
   あくまで三宅は客の一人。
   
「何で? 夜は自由時間だろ? 客がどう過ごそうが勝手でしょ?」
     業務に関わらせてはいけない。
  「どうしても個人的に桑崎に会いたいんなら、旅が終わってからにしてくれ」
    後は、俺の知ったことじゃない。
  「…分かりました」
   はじめ、善人面してると思ったが、すんなりと引く三宅は、多分いい奴だ。
   「帰り、桑崎さん に変なことしないでくださいね」
   「するか!」
     桑崎が若い客と恋愛関係になろうが、俺には関係ない。
    …この時は、まだ、そう思っていた。











 


しおりを挟む

処理中です...