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第四章 浩司と転機
シワ
しおりを挟む交通情報を見ていたお陰で、混んでいた道を避け、予定よりも少しだけ早くホテルに着いた。
昨日の宿とは違い、硫黄の香りがしなかった。
「此方のホテルの温泉は、徒歩五分のところにございます。タオルは有料となっておりますので、ぜひ部屋に備え付けの物をお持ちになってください」
しかも、部屋と温泉が別館だと聞いて、ちょっと面倒くさいなと思った。
客も同じようで、
「こんな広い所迷子になっちゃう」「湯冷めしそう」
とぼやいていた。
それより、俺が気になったのが……。
玄関入口にあった、ウェルカムボードだ。
良く団体客の名前が書いてあるが、 俺達、南部観光バスの隣に、【ATB南京支店ご一行様】とあった。
前職の会社……。
なるべく知り合いには会いたくないものだ。
恒例の打ち合わせが終わったあと、桑崎が俺の部屋に戻ってきた。
何かと思ったら、
「岡田さん、シャツ、洗います」
鼻血で俺のシャツを汚してしまったのが気になったらしい。
可愛いとこあるじゃないかと、ついでに肌着まで脱いで投げ渡した。
その間、俺は、早めの風呂に入ることに。
中国の団体と被ると、文化や意識の違いでイラついたりしそうだからだ。
そして。
30分、40分経っても、桑崎はシャツを持ってこない。
乾燥機までかけてるんだろうか?
気になってランドリールームに行くと、一台の乾燥機が丁度終わったところで、ピーピーと鳴っていた。
南部観光バスのマークが見えたから、俺の制服であるのには間違いない。
「鼻血は取れたのか?」
取り出して、驚いた。
「シワッシワッじゃねーか!」
あの女、家で洗濯しねーのか!
ランドリールームに籠る、洗剤の匂いに負けない香水の残り香にも苛ついた。
三宅がここにいたんだな、と。
そのまま、部屋に戻ろうとしたけれど。
乾燥機からシャツが消えてたら、桑崎が探すかもかしれない。 そう思って宴会場に赴いた。
そして、ウェルカムボードを見て、またゲンナリした。
よりによってATBと同じフロアーで晩飯かよ。
まぁ、バイキングだから仕方ない。
それに、俺の事を知ってる人間がいるとは限らない。ATBも最近は、派遣添乗員を使うって聞いたし。
「 与其他一?的那??排? ( 他の方と同じように列に並んでください」
中国人客にマナーの注意をする桑崎の背中を見つけた。
あっちの添乗員は、何してんだよ?
「おい」
俺が声をかけると、桑崎がビクッとして振り向いた。
しわしわのシャツを見せると、
「ご、ごめんなさい!それ、貸してください。帰ったらアイロンかけます! もしくはクリーニングに……」
また、面倒くさい事を言い出した。
そんなんだから、男にツケこまれるんだよ。
「もういい。それじゃ、このツアー終わってからもあんたに会わなきゃいけないだろ? 」
極力、声を低くして桑崎を突き放す。
世の中には、それを口実に誘う男もいるっていうのに。
本当に隙だらけの女。 苦手なタイプだ。
「お。岡田じゃないか?」
振り向くと、見覚えのある顔が…。
八年ほど経って、恰幅良くなってはいるけど、確かに知り合いだった。
ツイてね。
よりによって同期の男が南京支店の添乗員をしていたよ。
失礼ながら名前は覚えてないが。
「うちで、国外向けチーフ兼支店長代理まで務めた岡田が、まさかのまさか! 地方のバス運転手かよ?」
勝ち誇ったような笑いとともに、そいつの腹が揺れ踊る。
おまけに、よせばいいのに、桑崎が入ってきた。
「私、南部観光バスで添乗員として雇われております、トラベルプロの桑崎と申します。今回はご縁がありまして、そちらと宴の間を共有させて頂くことになりました」
桑崎の丁寧な挨拶さえも、元同期の男は鼻であしらった。
「関係ない派遣の人間はすっこんでろ」
こいつ、桑崎を最大限に侮辱しやがった。
俺の中でブツッ…と糸がキレた。
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