上 下
47 / 84
第四章 浩司と転機

冷たい唇

しおりを挟む

    部屋で、 睡魔と戦いながら桑崎からの連絡を待つ。
     
   ミンティアでは追い付かなくて、昼間に赤石婆さんから貰った、唐辛子のガムを噛むことになった。
    これが想像以上の辛さで口の中で燃えるようだった。
    
    あの婆さん、いつ、どんなタイミングで食ってやがるんだ?  絶対にイタズラ用だろ?
     
    一時間後。
    ようやく桑崎から電話がかかってきた。
    赤石婆さんに同情したのか、病院に残ると言い出した。
   
  「だって、一人なんですよ? ………こんな旅先の病院に。目覚めたら、誰もいないんですよ? この先どうなるのかも分からないのに」
     
    心配した通りだ。
    桑崎の隙は、この情の脆さのせい。
    それを叱責したあと、俺は、タクシーを呼んで迎えに行った。
    

   「………迎えに来てくれたの?」
   
   「本当はバスで行こうかと思ったけど、駐車場から出せなかった」
     
    何の遠慮か警戒か知らないが、桑崎は俺より一人分離れてタクシーに乗り込んだ。
    
   が、よほど疲れていたのか、直ぐに、うとうとし始めて、タクシーが道を曲がったのと同時に俺の肩に寄りかかってきた。

  
 「お……」
  
    起こそうと思ったけれど、完全に寝入ってる顔を見たらそれもできない。
    一人分空けていたのが仇となって、桑崎はキツイ態勢でもたれかかっている。
    
   俺は、少しだけ寄って桑崎の体の支えになった。
   すると、ぐんと、桑崎の顔と匂いが近くなった。
 
  「ありゃ、夜間工事で通行止めだった。すんません、迂回します」
    
    タクシーの運転手が、暗闇に光る赤灯を見て急遽Uターン。
     桑崎の頭がガクン!と肩から落ちて、ストン!と俺の太股を枕にした。
    
    女の体温が、足に広がっていく。
    この時ばかりは、理性が一瞬にして飛んだ。

  
  ″ 帰りに変なことしないでくださいね ″

    三宅の言葉が頭を過ったけれど、直ぐに何処かに消えた。

   こんな事態でも起きない無防備な桑崎。
   その首と肩の下に腕を入れて、座る態勢に戻しながら、薄くて、それでも柔らかそうな唇に見とれる。
    
    半開きになった口から白い歯が覗いて、今にも何か語りだしそうだった。
    
     ーー 起きるなよ。
    
    そう願いながら、一瞬だけ、自身の唇を、被せるように落とした。
    
     冷え性なのか、ヒヤリとした感触だった。



しおりを挟む

処理中です...