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第五章 紫都とリスタート
願いはーー
しおりを挟むバスで朝の挨拶。
「皆様、おはようございます。本日は桜名所巡りツアーの最終日ということで、予定では石山観音池公園の散策となっております………が…」
つい、空席になった赤石さんのシートを見て、言葉が詰まりそうになる。
けれど、お客様全員が、マイクを持つ私を心配そうに見ているのが分かり、グッと感情を押し殺した。
「本来ならば、3500本のさくらが皆様を出迎える所だったのですが、あいにく宮崎も早咲きで、昨日の情報では既に葉桜となっておりまして………」
ツツジが咲いてるならまだ良かったが、それもまだだし、有料の遊具や施設はこの格安ツアーではメインとして利用出来ない。
「石山観音池公園の代案として、道の駅で買い物というのはいかがでしょうか? 」
そこは、特産品が多く取り揃えてあり、きんかんのソフトクリームが美味しいと評判だった。
「いいよー、そこで」 「もう今日はゆっくりしよーやー」
お客様が拍手と同意の言葉をくださり、
「ありがとうございます」
お礼を言って、前方の蛯原さんと岡田に頷いて見せた。
バスがゆっくりと都城を離れて行く。
「見て、この莓!キレイなのに 安っ!」「炭火焼地鶏が美味そうだな」
「アルコールは置いてないんだね」
お客様が道の駅で買い物をされている間、病院に電話をして赤石さんの容態を確認。
「良かった………」
意識もしっかりしていて、今日にも造影検査を行うとのこと。
一先ず、安心だ。
「添乗員さん、一緒に食べませんか?」
電話が終わったところで、ソフトクリームを2つ持った三宅くんに声をかけられた。
「あ、ありがとうございます」
お金を取り出そうとしたら、「一人で食べるの恥ずかしいから」と、無理やり1つを持たされた。
初日のどら焼きといい、申し訳ないな。
空いていた外のベンチに腰をおろし、爽やかな甘さのソフトクリームを食べる。
……そういえば、昨日、この人にハグされたんだった。
色々あって忘れていた。
夜と同じ匂いが、力強い腕の感触を思い出させた。
「臨機応変が必要な仕事ですよね、旅行の添乗員って」
「え? ええ、そうね」
不意に真面目な話。
この三宅くんは、年齢や、あか抜けた容姿からは想像つかないほど誠実で、落ち着いていて、信頼もできると思う。
「本当は次の場所も悩んでるの」
なので、つい添乗員としての本音も洩らしてしまった。
「桜、ですか?」
「うん。水前寺公園も八重桜がまだ咲いているのかハッキリしてなくて、代案として田原坂はどうかな、って昨日も話してたんだけど」
「田原坂?」
「そう、西南戦争の激戦地で有名な………」
心霊スポットでもある。
知っていたのか、三宅くんは激しく首を横に振り、その際にソフトクリームが口の端に付いてしまっていた。
「止めてくださいよ。そこも有名な恐怖スポットじゃないですか」
それに気付いていないところが可愛い。
思わず笑ってしまった。
「そこ、本当に霊いるんですか? 桑崎さんは行ったことある?」
「ありますよ」
ソフトクリームが溶けるほど暖かいのに、一度、仕事で行った田原坂を思い出すと、寒くなってゾッとした。
200年前、あの場所で一万人以上の命が消えた 日本国内で最大の、最悪な歴史的戦争が起きた。
今でも成仏できない人は沢山いるだろう。
怖いものを怖いと考えないようにしている私でも、かなり不気味で、気を緩ませると、何処かに連れて行かれそうになる。
時代の境目がハッキリしない、不思議な場所。
「だから、あそこでは、現地の案内はガイドさんに任せてるの」
「う、げぇ、絶対に行きたくない」
「でも歴史ファン、特に幕末辺りが好きな人は絶対に行ってみたい場所だから、度々、歴史ツアーに盛り込まれてる」
「そんなに霊感あるのに、よく夜の病院に行けたね」
感心する顔に、まだソフトクリームはついていた。
「そうね、ただ、昨夜は無我夢中だったから」
「お話、盛り上がってる所失礼!」
と、 突然、背後から蛯原さんが割って入ってきたものだから、
「わぁっ!」
怖い話のあとだけに、三宅くんはかなりビックリしていた。
「お化け出たみたいに驚かないでよー、素っぴんじゃあるまいし」
蛯原さんがそう言うと、少し離れた所にいた岡田が、クッ…と笑っていた。
「岡田さんとも話してたんだけど、水前寺江津湖公園に行ってみようかって。八重桜が咲いてるって情報が流れてきたのよ!」
「水前寺………」
田原坂じゃなくて内心、ホッとした。
その公園なら無料だし、駐車場もある。
「おまけに、どっかのテレビ局の撮影隊が来てるみたいで、もしかしたら芸能人を見られるかもしれないって」
「へぇ」
三宅くんが興味深そうな顔をし、彼の頬のソフトクリームに気が付いた蛯原さんが、ウェットティッシュをあげていた。
「いよいよ熊本が最後の観光地、今度こそお客様に満開の桜を見せたいわー」
蛯原さんの言う通りだ。
この写真目当ての三宅くんは分からないけれど、皆、桜が好きでこのツアーに参加した。
願いは一つ。
どうか、桜日和でありますように。
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