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第五章 紫都とリスタート

揺れる心

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     私は、咄嗟に時計を見た。
   
    バス出発時間まであと15分。が、お客様がちゃんと乗車できるように見届けないといけないし、他にも仕事はある。
     
    何の話か分からないけれど、
  
 「5分くらいなら、いいですよ。なるべくバスのそばで」
 
    堅い表情で頷く彼と、駐車場へと向かった。
   
    陽射しが強く、皮膚が焼けているを感じる。
    
    バスには既に岡田が待機していたため、少し離れて影のある方へ回った。
 
    窓から岡田が見ている。
  
    とても冷たい目。
    そんなに睨まないでよ。
 

  「ツアーが終わってからも個人的に会って欲しいんです」
  
    彼の言葉は、何となく想像出来ていた。
    昨夜、部屋に誘われ、 ハグされた事を思えば。
    
    でも。
 
  「今、会いたいと思ってくれていても、旅が終われば気持ちは落ち着いてきますよ」
 
    旅先の恋なんて、その場限りのもの。
    日常に戻れば薄れていく。
 
  「どうしてそうだと言い切れるんですか? 僕の気持ちなんて推し測れないでしょ?」
    
    憤慨したように顔を赤くする三宅くん、彼の、先ほど見てしまった涙がまだ忘れられない。
  
 「 あなたが会いたいのは本当に、私、ですか?」
 
    誰かを想っている間は、なかなか新しい恋が出来ないことも、私は知っている。


  「なんで、そんな俺の気持ちをわかった風に言うんですか?」
  
    少し動揺の色を見せた三宅くんの目。
 
    私は、それを見つめたまま、何も言わなかった。
  
    三宅くんの喉仏がゴクンと上下した。

  「……ひょっとして、霊感ですか?」
 
    いやいや。エスパーみたいに言わないで。

  「そうじゃない、だって、見たから……」
  
  「え」
  
  「まだ、恋してる二人だった」
     
    あの片桐英子と会った後の涙と、あなたを見守る彼女の視線に。
   


  「………俺、カッコ悪っ…」
     

   まだ残る 恋愛の熱を、確かに感じたから。



    それから三宅くんは、片桐英子との過去の話をした。
    
    関係が終わってからも確かに未練があったこと、写真だけが目的じゃなく、新しい出会いも求めてツアーに参加したことも。
  
  「本当は、桑崎さんに、色んな面でサポートしてくれることも期待してたんです」

    彼が ″ ヒモ ″ 的な時間を過ごしていたのは驚いたけれど、腕時計を見れば納得できた。
  
  「英子とは、今日、確実に終わったんです。彼女が俺を振った本当の理由も教えてくれて、俺はやっと再スタートを切れる」
    
    三宅くんが知らない、片桐英子の二冊目のエッセイに、病気の為に子宮を取ったことも書いてあるのだそう。
   

  「やり直したい、もう人によりかからない。その上で桑崎さんに、また会いたいんです」
    
    真っ直ぐで、人を癒す力のある三宅くんの瞳。
     
    私の心は、少しだけ揺れた。




   
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