上 下
54 / 84
第五章 紫都とリスタート

キラキラ

しおりを挟む

  
  「最後の最後まで色々ございましたが、この旅で全員が同乗するのも、いよいよ熊本港までとなりました」
     
   マイクを持った蛯原さんがそう言うと、何となく寂しい空気が漂った。
     
    ツアー参加の皆さんを拾うのは、各自、最寄りバス停からだったが、島原港からは、南高地域のお客様をマイクロタクシーに乗せてお送りするため、一気に乗客が減るのだった。

 「少しの時間ですが、ここでキラキラネームのクイズをしたいと思います」
     
     最後まで明るいガイドをしようと、蛯原さんが手作りのボードを取り出して皆に見せた。

   キラキラネームという言葉が浸透したのはここ数年だ。
    年配のお客様に通じるのか、と思う人もいるかもしれないけれど、実際クイズをしてみれば、ああ!となる方が殆ど。
   
 「蛇足ですが、キラキラネームに対して、私のように優子など、″ 子 ″ がつく名前をしわしわネームって言うらしいです」
   
    車内に笑いが起きる。
    
    優子でそれなら、私の ″ 紫都 ″ なんてどうなるの?
  
 「まずは簡単なものからいきますね、これは何と読むかお分かりになりますか?」
 
    蛯原さんがマジックで書いた名前は、 ″   赤斗  ″

  「せきと、しか読まんやろ」と、前の席の方が答えたあと、
  
  「れっど?」
     と、主婦グループの一人が正解を言った。
 
  「何でわざわざ英語?! 逆にダサくね?」
     
   南条さんのツッコミに、年配の方々がウンウンと頷く。
     和やかに進む読み当てのクイズの間、私は、レポートの追加を進めさせてもらう。

     ……と、思ったけど。
   
    あまりの面白さに、つい、私もクイズにのめり込んで見てしまう。
    
   キュッキュッ……と蛯原さんのマジックを走らせる音に耳を澄ます。
  
  「はい、これも簡単なものです」
  
   ″ 沙音瑠  ″ 。
 
  「さ、ねる?」
    
    木下さんのお父さんの方が首をかしげている。
 
  「近いですね、これは私も大好きなブランドです!」
  
     蛯原さんが、にやっと笑うと、
  
  「しゃねる!  私も好き!」
   
     と、岡田にキーホルダーをプレゼントしていた女の子が答えた。
   
     続けて、美富(びとん)・大雌 (エルメス ) が出て、女性客の間で湧く。
  
    好きなブランド名を、お母さんが子供につけたのだろうか。
   
   「ここからはハイレベルですよー!」
   
     蛯原さんが大きく書いたその漢字は、
  
   ″ 姫守 ″ 。
  
  「 お父さんが、将来、女の子を守るようにと付けたようです」
    
     それならば、″ ナイト ″ なの?
     と、皆が口に出したところで、蛯原さんは首を横に振った。
  
  「が、お父さんはその言葉の意味を勘違いしてたようで、まるっきり逆の意味の読み方なんです」
  
    すると、
     三宅くんが、
 
  「 ″ ひも″ ?」
     と答え、
  
  「凄い!良く かりましたねぇ! 実際、ヒモになってたら凄いですね!」
  
     蛯原さんが拍手をし、三宅くんが顔を赤くしていた。

 



    それから、一時間半弱で熊本港に到着。
   
  「島原に着く頃は、薄暗くなってわかりづらくなりますので、大きな荷物をここでお渡ししておきますね。それをバスの座席の方へ置いて、フェリーには貴重品を持っていってください」
  
     駐車場にて、バスの下に納めていたスーツケース等を、岡田や蛯原さんと手分けしてお客様に渡す。

  「くれぐれも船内のプレミアム室には入らないでくださいね。そちらをご希望のお客様は、各自お手続きください」
  
    フェリーに上がっていくお客さまを見送っていると、最後にバスを出てきた三宅くんと目が合った。
  
 「…ぁ……」
    
    何か言いたげだったけれど、
   
 「お気をつけて」
   
    と、微笑むだけにしておいた。
     
     二人の間に流れたぎこちなさに、蛯原さんが気が付いた。
   
  「なんか、あったの?」
     
     ーー   ″ やり直したい、もう人によりかからない。その上で桑崎さんに、また会いたいんです ″
 

    少し迷ったけれど。
    私は、三宅くんの気持ちにノーと答えた。


   

しおりを挟む

処理中です...