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第六章 優子の青春と恋

諦めたけれど

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   「ね、なんかあの団体、芸能人っぽいよ」
   
    主婦グループが駐車場に止まっていたロケバスらしきものに気が付いた。
    その声につられて視線をやると、くまもんがいた。
   
    スタッフが女優と打ち合わせをしてるみたいだった。
    どうやら熊本復興祈願に関する番組らしい。

  「あれ、片桐英子じゃね?」

    男性客が湧く。
 
     私と同年代の、デビュー当時は学園ドラマでアイドルっぽかった女優が、すっかり熟女のオーラを出して目の前にいる。
     
    中学の頃は、歌手になりたくて、一回だけ芸能プロダクションに書類を送った事がある私。( かすりもせずに落ちたんだけどさ)
    
   テレビカメラを見たら妙に興奮してしまった。

   
 「スミマセン、ちょっとだけ時間を下さい。5分でいいです」
    
    興奮したのは私だけじゃないようで、己を抑えられなくなった三宅くんや、男性客達がロケバスの方へと行ってしまった。
 
    おいおい。
    桑崎紫都が必死になって止めている。
   
   この時、私は、三宅くんがまさか、片桐英子と付き合っていたなんて思ってはなかったのだけどーー。



    熊本港に着き、バスから降りる際。
    三宅くんと桑崎紫都の間に流れた気まずい空気は察知した。
 
 「何かあったの?」

    彼女が話すわけないと思ったけど。
 
 「怪談で盛り上った仲だから、旅が終わるのが寂しいだけ………」
 
    分かりやすい嘘をつかれて、余計に気になっちゃった。
    怪談でそんなに盛り上がるか? って。
   
    あー。でも。
    
    桑崎紫都って、他の人にはない、第六感みたいなのが冴えてるんじゃないかな? て感じたのよね。       このツアー中に。
    
    そのわりにはトラブルに巻き込まれてばっかだけど。
    
    自分に関心がないぶん、他人の心の傷に敏感なのかな?って………。
   
    何となくね。





    島原までの一時間ちょいの船の旅。
    
    私はお客様と同じ三階の客室に席を取る。
   
    フッ……と窓から外を見ると、デッキに桑崎紫都がいた。海を見て黄昏たそがれている。
    疲れるから座っていればいいのに。
 
 「うわ。何、あれ」
  
    数分後。他のお客さんが面白そうに身を乗り出して彼女を見ていた。
 
  「おー………」
  
   私も流石だな、と思った。
   餌のえびせんも持ってないのに、カモメに囲まれていたからだ。
    
   すっごぉい。やっぱり何か持ってるのね。もしかしたら鳥と話せる?
    
   すると、いつの間にか岡田もデッキに出ていて、桑崎に話しかけていた。
   ま、 どうせ何か嫌味でも言ってるんでしょ。
  
 「………桑崎さん、凄いな。俺、鳥は苦手だからちょっとゾッとする」
    
   いつの間にか近くに来ていた三宅くんが、外を見て、首を横に振っていた。


    もう、三宅くんとどうにかなりたい、とかそんな望みもなくなっていたので、聞いてみた。
 
  「気にならないの? 岡田と二人で何を話してるのか」
   
     いくらゲイとはいえ、岡田も男だ。
    こんな絶景と、最高のシチュエーションでいい雰囲気にならないとも限らない。
     三宅くんは、再び首を横に振る。
   
  「気にしても仕方ないです。俺、もう桑崎さんにハッキリと振られたので」
  
   「えっ」
   
    い、いつの間に?!
 
  「俺の汚い過去も全部話した上でだったので、仕方ないんですけどね。きっと俺が本気だったって事も信じて貰えなかった」
     
    そう言って俯く美青年の横顔に、キュンしない女がいるだろうか?
     
     私は、何か慰められないかと、ハンドバッグを探った。
   
   「これ、食べる?」
     
     さっき、岡田に突き返したつもりのガムだった。
     まだ残っていた。
 
  「ガム、ですか。ありがとうございます」
    
    どうか、それ食べて元気を出してーー



    私は、すっかりそのガムの主成分を忘れていた。
    
    三宅くんはガムを口にした途端、

  「っぐっ!!」
    
    漫画のように吐き出した。それを私がハンカチでうまくキャッチ。
    あ、もちろん捨てるわよ。
 
 「大丈夫?!そんなに不味いの?? 」
    
    ゲホゲホ!と涙を流して、喉を押さえている。
    言葉も出ないようだ。
   
  「何、客、泣かしてるんだよ」
     
    すると、デッキから戻ってきた岡田がジロリと私を睨みながら、わざわざ私達の前の席に座った。
    
     おい。
     デカイ癖に、なんで前なのよ! テレビ見えないじゃん!
  
   まぁ、この状況でテレビは観ないけどもさ。
   隣の三宅くんもようやく落ち着いて、目を閉じた。
    
    疲れたよね。
   そうそう眠りなさい。
   美形の寝顔で私も癒されるから。
  …… しかし。
    
    桑崎紫都は、まだカモメと遊んでるの?
    フッ……と再び外に視線を移すと、今度は知らないイケメンと桑崎紫都がいい雰囲気になっていた。
   
   ちょっとちょっと!
  
 「あれ、誰?」


    私の声に、眠りに就こうとしていた三宅くんが目を開けて、私と同じ方向を見た。

  「この短時間にナンパされたとか?」
 
    窓から見える、桑崎紫都と黒髪イケメンのツーショット。
    もう諦めた風な事を言っていた三宅くんの顔が、たちまち曇っていく。
   
    ヤバい。
    また、キュンしてしまう。
    
    綺麗な男の嫉妬に歪む顔。
  
    綺麗なのは、前にいる岡田もなんだけどね。
   
    窓から岡田に視線を移すと、岡田は、外なんて見てなかった。
    珍しく本を読んでいる。
    
    進行方向を向いてるとはいえ、船酔いしないのかしら?
    てか、もしかして、エロ本?
     
    何を読んでるのか、少しだけ腰を上げて覗くと、何かの文庫本みたい。
    
    しかも。
   
    ………桜の花びらを挟んでいる。
    
     もしかして。
     さっき公園に咲いていた八重桜の花びら?
     
      ジンクス信じてキャッチしたの?
      思わず想像してしまった。
  
     …… こいつ、乙女なの?
     
     BLで言ったら、受けの方なの?
     
    ちょっとだけゾワリ…として、数時間前に好印象を持った事を後悔した。
     

    私の恋は実らなかったけど、この旅に咲いた恋の花は、まだ咲き乱れてるようだ。














 





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