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第七章 紫都の新しい旅

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    美隆のこと………。
    
   フェリーでの行動からそう見えたんだ。
   でも、実際は想い出を美化して引きずってたのは私。

  「そんなことないです。あっちは早々に切り替えて結婚してるし、奥さんが妊娠中に遊びたかっただけだと思います」
 
    私は、岡田の手から日本酒のカップを取った。

  「お、そっちにいくか? チューハイ取るかと思ったら」
  
   「言ったじゃない、甘いのはあんまり好きじゃないって」
 
     蓋を剥いで一口飲むと、 ビールとは違う辛さに口の中が熱くなった。
    
    この辛さ、唐辛子ガムを思い出す。
    だけど、美味しいのでツマミなしでもイケる。
    気分よく、半分飲んだところで、

  「お前、ザル?」
 
     岡田がちょっと険しい顔をして聞いてきた。
 
  「では、ないです」
  
  「飲み過ぎたらどうなんの?」
 
  「普通に酔って寝ます」
  
  「なら、ほどほどにしとけ」

  「ほどほどに、ってどうして?」
  
    部屋呑みしようかと誘ってきたのはそっちじゃない。
   
   「てっきりザルかと思ったから」
   「なんでそう思うの?」
   「理由はない」
   「勝手な憶測ですね」
 
    あなたへのゲイ疑惑と一緒。
   
    それにさ。二人きりで、酒も飲まずに何するのよ?  雑談? それもアルコールなしじゃ続かないはず。
     
    構わず、ハイピッチでカップを空けてしまうと、ちょっとだけクラクラときた。
 
   「そうだ、お前、病院行ったのか?」
    
   「あ」
      
    忘れてた。最近、貧血が酷いんだった。
    
  「鼻血。血管、焼くんだろ?」
  「そっち?」
    
    すっかり忘れてたわよ。
    
  「悪かったな、俺が誘ったばっかりに。なんなら明日、付き添ってもいいぞ」
   
 「勢いでそんな事言ったら後悔しますよ? 正気に戻った時に、こんなオバサンに時間を使うの勿体ないって」
    
    この前、岡田が三宅くんに言っていた事をそのまんま放ってやる。
    
    どうだ? とばかりに笑う私を見て、岡田がため息をついた。
  
  「目がすわってるっつーの」

    岡田が、冷蔵庫から今度は水を取り出した。
   
 「もうこれ飲んで寝ろよ」
   
  「え、まだあんなにお酒入ってるのに?」
     
     私、酔ってませんよ?
     
     ………のはずなのに、気分が陽気になってきた。
  
  「明日持って帰ってもいい、どうせ車なんだから」
 
  「とか言いながら、一人で飲んでしまう気でしょ? あなたこそザルと見た! 」
 
  「俺だって、こんなには飲めない」
   
  「ウケるー、そのつらで弱いの?」
   
  「キャラまで変わってきやがった。その面ってどんな面なんだよ」
 
  「冷徹、非情、無慈悲、意地悪………」
   
  「ほぼ同じ意味合いじゃねぇか、てか最後のはもう少し頑張れ」
 
  「励ますところ間違ってますからー」
     
    言いながら、冷蔵庫の日本酒のカップに手を伸ばすと、
   
  「だからもう止めとけって」
    
    マジな顔の岡田に遮られる。
  
  「だから何で?」
  
  「酒のせいにしたくないからだよ」
   
  「 何を?」
   
  「………」
     
    言葉を詰まらせた岡田が、面倒臭そうに髪をかきあげた。
   
     勝った。

   「 ″ もう少し頑張れ ″ ー」
 
    お返しだ。
   
     私が日本酒の蓋を取って飲もうとしたら、再び遮られる。
 
  「こういうこと!」
     
    そして。いきなり、私の肩を掴んでベッドに押し倒してきた。


 












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