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第七章 紫都の新しい旅

ドSなの?

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 「ちょっ………?!」
   
    ビックリした。
    もしかしたら、こうなるかも、とは思ったし、…少しは覚悟してきたけど、
    
  「 嫌だろ? 酔い潰れた女をヤッちまうなんて。それこそ正気に戻ったら後悔して泣かれる、とか………」
    
    ベッドの上で、私を見下ろす岡田の目は、やっぱりちょっと冷たくて怖い………。
    
 「お互いに後悔しか残らないような抱き方はしたくない」
   
     だけど、やっぱり、どこか切なくてーー
     
     目を閉じて、この三日間の事を思えば、岡田に惹かれてしまったことを、認めざるを得ない。
   
 「………私は」
    
    今日、この人の車に乗った時から、きっと、受け入れる覚悟をしていた。
    
 「酔い潰れてもいないし、後悔もしない」


    二人の間には沈黙が走り、テレビから、話の全く見えない映画の音が聞こえているだけだった。
     
   ………私の言った意味、分からなかったの?
     
    岡田は、ただじっと、私の目と唇を見つめている。
     思わず、羞恥から顔を背けてしまうくらいに。
 
  「………もう、恋愛はしないと思っていたのにな」
    
    岡田がようやく口にした言葉は、私の思いと同じだった。
   
  「私も、です」
      
    岡田が、私の顔についた髪を、指で丁寧に耳にかけて、そして笑った。
   
  「なのに、どこをどう間違ったのか…俺はあんたが気になって仕方なくなった、この小さな目も、一見、薄情そうな唇も、隙だらけの性格も………」
 
  「それ、けなしてる?  」
   
  「………いや、とりあえず、二回目のキス、していいか? 」


    わざわざ聞いちゃうんだ。

    私が  ″ うん ″ と言う前に、岡田の鼻先が右頬に降りてくる。
   
    シャンプーの匂いが広がって、力が抜けると、岡田の唇が私の輪郭をなぞった。
    
    冷たく、くすぐったい感覚にそこから熱くなって、そして、はたと冷静になる。
  

  「二回目の? ………一回目はいつ?」
 
    私の問いに岡田が顔を上げてクスリ…と笑った。
 
  「さぁ、な」
   
  「さぁなって、そこ大事なところなのに、イケメンぶって濁さないで」
   
  「ぶってってなんだよ」
 
  「やっぱり、あの時なの? ねぇ、そうなの?」
 
     私は、船で聞き損ねた件を確かめるべく持ってきた ″ アレ ″ を、ポケットから取り出した。

    唐辛子ガムーー。
     
    これを食べた時、タクシーの中で目覚めた後の辛味に似てたから、まさか、とは思っていた。
   
     岡田は、私が取り出して見せたガムを見て、クッといつもみたいな笑い方をした。
    
  「やっと気が付いたか、おせーよ」
    
    そして、それを私の手から奪うと、包みを剥がして自身の口の中に入れた。
   
 「え、ちょ、キスする前にそれ噛む?」
    
 「小説の【トム・ソーヤの冒険】で、トムが女の子とチューインガムを交代で噛むシーン知ってるか?」
     
   おまけに、いきなり文学の話。
   
 「知らない、アニメしか知らない」「だろうな」
    
    岡田が私の上で劇的な匂いを放ちながら、ガムをしきりに噛む。
    
    なに、この図ーー
   
  「子供ながらに、最高にエロチックだと思ってた」
  
  「………そういう観点で描かれてないんじゃないの?」
   
 「それ、やってみたかった」
 
  「何で今? よりによってそのガムで?!」
    
    私の言葉なんて無視して、岡田がガムを含んだまま、私の唇にキスを落としてきた。
  
   「!!」
    
    辛い!辛い!
    拒否の隙を与えないように、ガッチリ顔を掴まれて、岡田の口からガムが流れてくる。
   
    一回目のキスは寝てる時。
     
    二回目は濃厚でハード過ぎ。


    ーーこの人、やっぱりわかんない……。
    
    ガムを噛んでいくと、辛味や唾液と一緒に、今まで溜めていたものが、掘られた温泉水のように溢れていくよう。
    
   それを岡田が全部吸い込んで、また、私に戻し、私達の間に甘くない薫りが充満した。

  「………もう、出していい?」
    
    半分涙目で訴えると、岡田がティッシュをあてがってそれにガムを吐き出した。
   
 「………普通じゃ嫌なの? それともドSなの?」
     
   その問いにも、ドヤ顔で、
 
  「さぁ、な」
   
   と、岡田は笑っていた。



     ーーイメージ通り、というか。
    
    岡田とのセックス中に、甘い言葉はなかった。
   
    好き、だとか、付き合おう、だとか、そんな ありふれた当たり前のセリフは、彼の中には存在しないのかもしれない。
     
    これが一夜限りのものだったのか、それともずっと続けるつもりの ″ 愛 ″ だったのかは、一晩中一緒にいても分からなかった。







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